【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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注意
この話は中盤にメタフィクション要素が存在します。幕間だからと許せる人や、メタフィクションについて寛容な方は気にせずお読みください。
また、特定のキャラの持つ特徴に対するアンチ・ヘイトがこの話以降も残るような形で存在します。作者としてはその部分も好きですので、決して貶める意図が存在しない、偏見や主観を多分に含んだ一意見であることをご理解ください。


幕間
二十九 ライサの恋愛事情


 

 

「えぇと、つまりどういうことかしら?」

 

 ラナさんがそう言って首を傾げた。

 

「すみません、分かりにくかったですよね」

 

 私はそう言って笑顔を作った。色々と迂遠に伝えすぎたのかも知れない。まあ、伝わることがなければ何度だって言うつもりだから別に構わないけど。

 

「整理すると──ラナさんはアビスに近付かないで、ってことです」

 

「ああ、そういうこと」

 

 ラナさんは納得した様子で手を合わせた。

 私が今居るのはロドスの中でもかなり特殊な区画で、療養庭園だとか療養菜園だとか呼ばれる場所。アビスが一人で任務に行っている時とか、部屋で何かしていて入ることを拒否された時とかはよくここに来る。

 ラナさんの調香の話はとても興味深くて、最近は少し香水を使って匂いを付けてみたりもしてる。アビスが気付いてくれたことは、たぶんないけど。

 

「あなたの好きな人を取る気はないわ。だから、近付くくらいは良いと思うけれど……」

 

「じゃあ一つ質問です。アビスはどんな匂いですか?」

 

「そうね、少しだけ似てるのはクチナシかしら」

 

「ダメです」

 

「えぇっ!?」

 

 ダメに決まってる。クチナシの匂いなんてフローラル系男性用香水の材料としてはメジャーで、女性用香水としてもかなり良い香り。つまりはヴァルポの人にはアビスはもう近付けられない。しっしっ。

 

「あとクチナシの香水って貰えますか」

 

「いいけれど、でも似てるってだけで同じじゃないのよ?恋愛のテクニックとしてそういうものはあるけれど……」

 

「ミラーリング効果ですか?確か、相手が自分と同じだと好意を抱きやすいとかいう?」

 

「大体そんな感じね」

 

「だとすれば、アビスは私の匂いになんて興味がないので意味はないですよ」

 

「じゃあ、どうして?」

 

「ベッドに振り掛けて寝れば最強じゃないですか?」

 

「ハングリー精神ってこういうことなのかしら」

 

 当然少しは自分自身にも付ける。でも私の狙いはあくまでもそっち。だって今のように隙を見つけてはアビスのシーツを回収して、新しいシーツを用意して、なんて馬鹿らしいでしょ?

 まあオリジナルの匂いを至上主義とする考えに異論はないけどね。でも手間を省くためとして試行してみるのは価値あることだってドーベルマン教官が言ってたし。

 

「とにかく、ラナさんは近付かないでください。アビスの匂いを嗅ぐのもダメです。拒否します。やめてください」

 

「わ、分かったわ。そこまで言うなら仕方がないわね」

 

「ご協力ありがとうございます」

 

 さて、ラナさんはこれでいいとして、問題はあの人だ。

 

 庭園の向こう、ベンチに座って花の匂いを嗅いでいるあの人には柔軟な対応が求められる。一応プランは何個か用意してきたけど、これで制御しきれるかかなり不安。

 けどやるしかない。求人だとかも綿密な手回しが重要だとケルシー先生は言っていたし、こういう努力が実を結ぶためには必要。異論は認めない。

 

「こんにちは、ナイトメアさん」

 

「あら、こんにちは」

 

 この人はナイトメアさん。よく療養庭園に居るオペレーターの一人で、ロドスのオペレーターに恥じない美少女。

 いや、元大学生だったらしいからそれは美女が適当なんだろうけど、童顔だから美少女でいいや。ロドスに居るともう全員ライバルに見えてくるから本当に嫌になる。

 

 それで、この人の対処法は。

 

「一つ聞いてもらいたい頼みがあるんですけど、大丈夫ですか?」

 

「頼み?……当然だけど、それがどんなことかによるわよ」

 

「そうですよね、それが当たり前です。でも私はナイトメアさんがそれに興味を持って近づいてしまうことを何よりも恐れています」

 

「へえ?」

 

「ですので、取引です。私が一つ頼みを聞いてもらう代わりに、ナイトメアさんの頼みを一つ聞きます。つまりこの取引を受け入れて尚且つ私の頼みを聞いてもらえれば、ナイトメアさんは二つ、私に命令できます」

 

「その頼み事はあなたにとってそんなに手を出してほしくないほど大事なことかしら?例えば、そうね──アーミヤにとってのドクター、とか」

 

 鋭い視線。ほぼドンピシャの例え方をしているあたり、ナイトメアさんの勘は異常なくらいに冴えていると分かる。

 たぶんこの人は大学生時代も男の人たちを落としていたに違いない。何としてでもアビスから遠避けないと私のアビスが籠絡される。

 くっ、猫と兎のどっちが可愛いか、白黒ハッキリさせてやりますよ、ええ、やってやります……!

 

「やるじゃない、睨み返すなんて」

 

「取引はどうするんですか」

 

「そうね、取り敢えず受け入れるわ。じゃあ早速あなたの頼み事を聞いて……」

 

「いいえ、まずは私がナイトメアさんの頼み事を聞きます。取引を受け入れてくださったなら、それが普通ですよね?」

 

 一度受け入れたならもう逃がさない。私が頼み事を聞く義務を果たせば、ナイトメアさんには取引を遂行する義務が発生する。それが契約だから。

 ナイトメアさんがどう出るか。

 

「ふふふ、ちゃんと考えてるのね。でもダメよ、もし私がその約束事を守らなかったら、それに意味なんて全くないもの」

 

「いいえ、意味ならありますよ」

 

 思っていたより優しい人なのかもしれない。

 もしかすると私より、ずっと。

 

「その時はナイトメアさんを利用して私が目的に近づくだけですから」

 

 もしナイトメアさんがアビスの方に近寄ったら、私にはそれを断るための大義名分が存在する。そして近寄ったナイトメアさんにそれを宣言するということは、アビスにもそれが伝わるということ。

 私はそこまで際立って可愛くはないけど、決して不細工でもない。アビスが水面下で動いていた私に好感を持つ可能性は十分にある。アビスも男なんだから、絶対嬉しく思うはず。ほら、好きになれ。私を。

 

「いいわ、いいわね、本当に。あなたのその目的が何なのか分からないけれど、その全部を奪ってあげたい」

 

「お褒めに預かって光栄至極です。それで、その返答が取引への返事だと?」

 

「……いいえ?その取引受けてあげるわ。あなたは私の要望を二つ聞く。私はあなたの願いを一つ対等に聞いてあげる。それでいい?」

 

 何を考えてるんだろう、ナイトメアさんのこの顔は。鋭い視線そのままに、好戦的な笑み。少なくとも嗜虐心を満たす格好の獲物として私を見てるっていうのはあるんだろうけど。

 

「じゃあ、そうね。私の一つ目の頼み事は、明々後日(しあさって)から始まる資源の調達任務を肩代わりして頂戴。作戦期間は五日だったはずよ」

 

 なに、それ。私をロドスから離したいってこと?それともその調達任務自体が罠なの?ううん、きっと流石に後者ではない、はず。

 

 読めない。

 何を考えているの?いや、でも。私の取引は遂行されるはず。それさえあれば何の問題もない、そのはず。

 

「あなたの頼み事、聞かせてもらえるかしら」

 

 ああ、もう。こういうの考えるのは私の仕事じゃなかった。でも他に相談する人も居なかったから自分で何とか絞り出したつもりだったんだけど、ケルシー先生とか頼った方が良かったのかなぁ……

 でも、もう後には引けない。

 

「……分かりました。私の頼み事は単純で、とあるオペレーターに近付かないで欲しいんです」

 

「ふーん?もしかするともう接触してるかもしれないわよ?」

 

「いえ、それは下調べ済みですので」

 

「裁判でも起こす気なのかしら」

 

 あれ?あんまり勘が冴えてない。人に近づかないで欲しいだとか、その人周りの交友関係を調べてるだとか、そんなのほぼ恋愛に決まってるのに。

 

「オペレーターの名前はアビス。ご協力のほど、宜しくお願いしますね」

 

「一つ質問いいかしら」

 

「何ですか?」

 

「その人から私にコンタクトを取ろうとしたら、私はそれに応えてもいいのよね?」

 

「……それが意図的でないのなら、良いですよ。ナイトメアさんがそのような言葉を言っていないにも拘らずであれば、私も納得はしましょう」

 

「ああ、良かった。私の解釈通りだったわ。それで、どうしてそんなことを私に頼むのかしら?」

 

 これ、答えていいのかな。取引は終わってるけどナイトメアさんは油断できない怖さがある。アビスが療養庭園を訪れることだって、私が見てる限りではほとんどない。

 大丈夫、きっと。

 

「アビスが好きだからです」

 

「あら」

 

 態とらしく口の前に手をやるナイトメアさん。嫌な予感は猛烈にしているけど、きっと気のせいだと信じたい。

 

 

 

 

 任務、終了。新米とは言えアビス直々に鍛えてもらった私は、オペレーターの中では底辺でも、そこらの傭兵には負けない。それにアビスに教えてもらった単独での動き方は実践的で役に立つ。

 最近の自分は何故か協調意識が低くなっているし、たぶん余程のことがないと人と組むことはないんだろうな。アビスは別だけど。

 

 で。

 

「グロリアさん、こちらがライサです」

 

「あ、あの、グロリアです。コードネームはナイトメアなんですが……できれば、グロリアの方で呼んでもらえたら嬉しい、です」

 

「……何してんですかナイトメアさん」

 

「えっ」

 

 何してんの?本当に何してんの?いや確かにただの口約束だし破るかもなと思ってたけど、こんな大々的に破ることなんてある?鉄面皮過ぎない?

 私が任務から帰ってアビスを求めて歩いて、まだ五分だよ?この辺りは割と人目もあるからね?舐めてんの?

 

「ちょっと、ちょっとこっち来い」

 

「え、えぇっ!?」

 

「ラーヤ、何があったの?」

 

「何があったも何も、私とナイトメアさんには面識があるの」

 

「……ああ、なるほど」

 

 なるほど?何が?

 

「ラーヤ、グロリアさんは鉱石病の影響で、もう一つの人格が出てることがあるんだ」

 

 は?

 

「え、えっと、ライサちゃん。また私は、何かしてしまったんですか……?」

 

 そ、んなのってアリ……?あの女、自分の症状を私の契約をぶっ壊すためだけに使いやがった。

 ああ、そうか。見えてきた。発言からも推理できた。つまりはあの女、ナイトメアはグロリアさんの第二人格で、あの女が出てる間はグロリアさんの意識はない、と。

 それで、その隙に何か問題を起こしているかもしれない、っていうグロリアさんの不安を煽るような文章やメモと共にアビスの名前を書いた。たぶんそんな感じ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、私はまんまとナイトメアに穴を突かれたってこと。

 

「はあ……分かりました。すみません、グロリアさん」

 

「いえ、迷惑をかけてしまったようで……こちらこそ、本当にごめんなさい」

 

 まあ確かにちょっと殴りたくなったけど、それはナイトメアが出てる時にしよう。グロリアさんは別に悪くないんだ。どっちかって言うとその良心を利用されちゃっただけだから。

 

「ちなみに、アビスのことはどう思ってるんですか?」

 

「どう、というのは……」

 

「あっ、いやもう大丈夫です」

 

 うん、まあたぶん大丈夫でしょ。私の任務は暫く基地内のものだし、目を光らせておけば問題ないはず。それに今は五日ぶりのアビスを堪能する時のはずだから、他に(かかずら)っていられない。

 

「って、あれ?アビスは?」

 

「さあ、私も先程、歩いているアビスさんを見かけて声をかけただけなので……」

 

 どこに行ってたんだろう。今の時間帯でアビスが変な行動をしたのは、私の確認できた範囲ではたったの二回。中途半端な時間帯だから普段は訓練ばかりしてるし、どこかへ行くなんてのはほぼ考えられない。

 

「あの、もしかして療養庭園じゃ……」

 

「えっ、なんで?」

 

「ポデンコさんと話すのが、お好きなようですから」

 

 おっとこれはアビスを殴る必要があるのかな?

 

 

「……ねえ、アビス」

 

「何かな」

 

「もし私がペッローだったら好きになってた?」

 

「どうして?」

 

 どうして?どうしてって言ったの?

 

「だってアビス、ペッロー大好きじゃん!チェルノボーグの時からカーディさんカーディさんって五月蝿かったし!」

 

「そうでもないよ」

 

 アビスは私に一切目を向けることなくポデンコさんとやらから貰ったらしい押し花の栞を指で撫ぜている。カーディさんからは大いに引かれていたから全然問題なかったけど、こっちは酷過ぎる。

 いや、まさかあの状態のアビスを受け入れて話せる人が居るなんて思ってもみなかった。正直私でさえあのアビスには引いてるのに。笑顔になるのは、まあ、喜ばしいけど。

 

「これは恋愛感情じゃないんだよ、ラーヤ」

 

「この期に及んで言い訳?」

 

「違うって。ボクが恋愛的に好きになったのは一人だけで、たぶんこれからもずっとそうだと思う」

 

「でもそれペッローの人でしょ」

 

 あっ、目逸らした。

 

「あとアビスって実は尻尾が太い方が好きでしょ」

 

「え゛っ」

 

「ガヴィルさんのとかサリアさんのとか、割と見てるよね。鱗がある方が好きだよね」

 

「……」

 

 アビスは顔を真っ赤にして俯いた。ちょっと私には理解できないことだけど、アビスからすれば尻尾は重要な評価ポイントらしい。

 私の尻尾は、ごく平凡なコータスのそれ。ちょっと力込めたらぶちって取れないかな。それでヴイーヴルとかの尻尾が生えないかな。出来るだけ太くて鱗が付いてるやつ。

 

「私は知ってるからね。アビスが見つめ過ぎたせいでエステルさんが引っ込み思案になった説」

 

「その説まだ伝わってるんだ……」

 

 アビスは手で顔を覆った。少し前、思い出したようにワルファリンさんが食堂でその説を大声で喋っていたから概要は知ってる。本当にバカなんじゃないのかと思った。

 その後ワルファリンさんはケルシー先生のMon3trに連行されていった。あの人いっつも減給食らってない?

 

「アビス、もう少し考えよう?」

 

「ごめん、本当にごめん」

 

「あ、カーディさん居た」

 

「どこ?」

 

「おい」

 

 嘘だよ。まんまと引っ掛かったよアビス。全然反省してないよこいつ。

 居ないから。ここにカーディさんは。なんなの本当にそのペッロー推し。なんでコータスじゃないの?いやコータスだったらアーミヤさんに迷惑かけてる光景しか見えないか。

 

「あのさぁ、少しは私のこと見てくれない?」

 

「ごめんラーヤ。それでカーディさんはどこに?」

 

「だから居ないって言ってんじゃんか!何なの!?アレですか、私は本来作者が書いたプロット擬きの中に居なかった間に合わせの存在だからか!」

 

「ちょっと待ってラーヤ、やめた方がいい」

 

「信号弾と二章のオチだけ任せといてもうさよならですか!ざっけんなバカ!それに二章の最後とかほとんど意味分かんないから!なんで回想に入ったのか、アビスのセリフ覚えてて、その上アーツに関してもちゃんと覚えてた人しか分かんないじゃん!」

 

「ラーヤ、この小説に『メタフィクション』タグはないんだよ!?幕間だからって許される訳じゃないからね!?」

 

「知らない!作者が怒られようが私のセリフを書いてるのは作者だし!突然過ぎる回想シーンも作者のせいだし!責任はあるべき所に帰属してる!」

 

「そろそろやめよう、本当に」

 

 それに、なんで作者は私をコータスに作ったの?別に耳がいいペッローとかで良かったじゃん。いや分かるけどさ、分かりやすく主人公のことが好きなキャラはメインヒロインまでの繋ぎになるっていうのは。

 でもサブヒロインとすら設定されてないっていうのは酷くない?この幕間が終わったら最悪永久退場なんだよ私って。流石にそれは違和感があるからやらないだろうけど。

 

「よしラーヤもう止まろうか。一旦止まろう」

 

「でも、だって……」

 

「作者はラーヤが突然生まれるくらい杜撰なプロットを書いてるし、会話はどちらかと言うと作者の思い通りじゃなくてキャラクターのやり方を尊重してるってことは分かってるはずだよ。ほら、今だって止め時を見失って適当にメタいこと喋らせてる」

 

 ……そっか。そうだよね。頭空っぽの作者にそんなこと期待する方がダメだよね。所詮私の願いも叶えられない作者は、アビスを死から救わない役立たずな神様と一緒。

 

 だとすると仕方がない訳じゃないよね。

 

「アビスの言った通りだと、カーディさんに付き纏うのはアビスが暴走してるってことだよね。許さないよ?」

 

「……オリ主だから、こう、手綱があるんだよ」

 

「私もオリキャラだけど」

 

 アビスが私に背を向けた。

 

「逃げます」

 

「逃がしません」

 

 待ちなさい。

 

 

 

 日が変わって、今日はアビスが検査をする日。簡単な検査だけじゃ終わらなくて、胃についてだとかもやるから一日はそれで潰れるみたい。ケルシー先生主導の検査だから他の医療オペレーターも交えてやるみたい。検査結果が出るまでは一応研究区画内に居ることが必要だとか。

 ということで、ライバルを巡って危険度チェックをしていこうと思う。何が『ということで』なのかは分からないけど、幕間だから許してって作者が言ってた。許さなくていいよ。私をコータスに作った作者だし。

 

 

「こんにちは、ラーヤちゃん」

 

「こんにちは」

 

 エイプリルさんは、コータスの狙撃オペレーター。私が長期任務に行ってる間に任務でアビスと一緒になって、それからアビスが隠していたアーツについて恐らく最初に知った人。

 アビスとの仲は良好、特にシーさんというオペレーターを加えた三人で喋ることが多い。音楽を聴くことが好きで、ドクターや他オペレーターに勧めることもある。

 

「な、なんで睨んでるの?」

 

「……」

 

 警戒レベルは、オレンジ。要警戒である赤よりは低いけど、注意が必要な相手。偶にアビスとイヤホン半分こしてるのは絶対見逃しちゃいけない。本当に何なのあれ。

 

 

「こんにちは、シーさん」

 

「ええ」

 

 シーさんは年齢不詳、経歴不詳のヒキニート。

 

「今失礼なことを考えなかったかしら」

 

「何でもないです」

 

「……そう」

 

 何だっけ、昔聞いたことがある。

 そうだ、なんか、巨匠?シーさんは年齢不詳、経歴不詳、自称巨匠のヒキニート。ロドスのオペレーターとして偶に戦場に出ることはあっても、絶対に書類だとかの面倒なことはしない自由人。ニェンっていうオペレーターが連れてくるように言ったとか。

 アビスとの仲は良好だけど、他の人には何故かそこまででもないって言ってる。二人ともそうだから、正直仲の良いところを見せ付けてるようにしか見えない。

 

「アビスのことは嫌いよ」

 

「チッ」

 

 警戒レベルは黄緑。恋愛関係に発展することを警戒する必要はなくてシーさん単体なら緑でも良いけど、他のオペレーターとの横繋がりを鑑みると黄緑が妥当。頗る厄介。

 

 

「こんにちは、サリアさん」

 

「ああ」

 

 アビスと同じヴイーヴルの重装オペレーター、サリアさん。アビスの師匠みたいなポジションに収まってる人で、よく訓練室に二人きりになる人。

 オペレーターとしての強さは随一で、体術だけで言えばアビスの完全上位互換。ただ、コミュニケーション能力に難点アリ。アビスのことは特段好きでも嫌いでもないけど、一応目をかけてるってくらいなのかな。手に入った演習記録をアビスと見たりもしてるみたいだし。

 

「君も訓練に参加するか?」

 

「私はまだ死にたくないです」

 

 警戒レベルは緑。この人がアビスと恋愛関係になることは恐らくない。アビスがこの人繋がりで関係を持っているオペレーターも居ないから、警戒に値しない。むしろ二人で訓練室に居る時私はアビスの部屋を堪能できるから味方とさえ言えるかもしれない。

 

 

「ケルシー先生、お久しぶりです」

 

「ああ、ラーヤ。次にアビスが検査を受ける日には君のカウンセリングも並行して行う。それを心の中に留めておいてくれ」

 

「了解しました」

 

 ケルシー先生はロドスを創った人、らしい。ドクターやアーミヤさんと並んでかなりの重鎮で、人材が不足していた頃には戦場に立ってたなんて話も聞く、経験豊富な謎の人。

 アビスとの仲は良好、アビスの鉱石病を診てる人はこの人で、訓練室のことだったり色々とアビスとの接点がある。でも普段は忙しくてあまり時間が取れていなくて、私を通してアビスに連絡することも少なくない。

 

「近いうちにプロファイルを編集しなければ……」

 

 警戒レベルは黄。アビスとのやりとりを見てると少し不安になるくらい距離が近くて、なんていうか母子(ははこ)を見てるみたいな気分になる。危険だとは思うけど、忙しそうだから注意はその時その時で十分だと思う。

 

 

「こんにちは。カーディさん」

 

「うん、こんにちは!ラーヤちゃんはどうしたの?えっと、今日はあの人、居ないんだよね……?」

 

「発信機の位置からしてまだ医療区画に居ます」

 

「えっ?」

 

 カーディさんは行動予備隊A4の重装オペレーター。白と灰色がグラデーションのようになってる髪を持っているペッローで、アビスの大好物。出身地がアビスと同じだとか色々と油断できない属性を持ってる。

 いつも燥いでいて、同じ行動予備隊の隊員であるスチュワードさんやアンセルさんによく迷惑をかけている。でもアビスの前では一転萎らしい女の子になる。

 

「大丈夫です、絶対にカーディさんをアビスには会わせませんから」

 

「あっ、うん。お願い」

 

 警戒レベルはオレンジ。赤にしても良かったんだけど、カーディさんのアビスへの対応に関してはアビスが気の毒になる程拒否してるし、赤ではないかな、という判断。もし何かしらが起こってアビスを受け入れたら、その時こそ文句なしの真っ赤。今のうちに消しておくのも手かな。

 

 

「あら。奇遇じゃない、ラーヤ」

 

「チッ」

 

 サルカズの元傭兵、W。銃器や手榴弾など、火薬を扱う武器を得意とする変人。ドクターの命を狙ってるだとかいう噂があるけど、まあそれはどうでもいいや。

 アビスとの仲は、奇妙。珍しくアビスが交流を避けているオペレーターで、それはつい最近の出来事があった後も変わらない。ただWの感情は私から見ても判断不可。

 

「そういえば今日、アビスは検査の日だったかしら」

 

「とっととドクター殺して死ねばいいのに」

 

「あんたって割と広範囲にケンカ売るわね」

 

 警戒レベルは赤。勘だけど、Wのアビスに向ける感情は決して悪いものだけじゃない。以前はちゃんと嫌い合ってたけど、最近イチャイチャしてる。アビスは目的を測りかねてるみたいだけど、私には分かる。

 

 

「ワルファリンさん、アビスの話を」

 

「えっ、妾それのせいで今減給中なんだが」

 

「お願いしますね」

 

 ワルファリンさんはサルカズの医療オペレーター。サルカズの中でもツノを持たない特殊な種族で、ブラッドブルードと言うらしい。医療オペレーターとしての発言力は大きく、ロドスの創設に関係したっていうのは確からしい。

 でも変人。強いオペレーターを拉致する計画をしたり、そして実際アーツを隠していたアビスの身柄を拘束しようとしたらしい。ちょっと署まで来い。

 

「あまり話せることはないが」

 

「いえ、有益ですので」

 

 警戒レベルは青。オペレーターの中でもアビスから嫌われてる方で、ワルファリンさん自身もアビスのことを苦手になってる。その人に古参なだけあって、アビスの些細な行動を思い出した時はすごく参考になることがある。逮捕は勘弁してやる。

 

 

「よっ、ラーヤ」

 

「こんにちは、ガヴィルさん」

 

 ガヴィルさんはワルファリンさんと同じく医療オペレーター。だけどその身体能力は高くて、生半可に鍛えてるだけじゃ太刀打ちできない。普段の物言いは荒々しいけど、医療に関することは信頼できる人。

 アビスとの仲は険悪とまではいかないけど、互いに笑いながらナイフを突きつけ合ってるみたいな雰囲気を出す。ライバル関係みたいなものなのかもしれない。目が合うと二人で訓練室に入ってく。

 

 警戒レベルは黄緑。まだそこまでの警戒をする程じゃないけど、二人の仲がそういう感じに発展した瞬間、黄を飛び越えてオレンジや赤にまで手を届かせるかもしれないって思ってる。まだまだ先の話ではあるけど。

 

 

「はあ、こんなに警戒対象が居るなんて」

 

「あらラーヤ、そんな溜め息を吐いていたら幸せが逃げてしまうわよ?ほら、カモミールの匂いでも──」

 

「失せろ」

 

「きゃあ、怖いわ。私が居ない時も誰かに守ってもらわないと私の身が心配ね。メモしておかなくちゃ」

 

「死ね」

 

 このクソアマ、ナイトメアはフェリーンの術師オペレーター。二重人格の裏側風情でありながら表に出てくる最悪のオペレーター。若干私情は入ってるけど私の言に間違いはないはず。早よ消えろ。

 アビスとの仲は特段悪くない。どうして。グロリアさんとナイトメアがどんな状況に置かれているのか知って少しは複雑になってるみたいだけど、それを理由に拒否してない。私のことは避けるのに。

 

「アビスとの仲は上手くいってる?」

 

「お前に言う意味ってある?」

 

「ふふ、『怒りは感情の蓋』って知ってるかしら?人は悲しかったり寂しかったりすると、それを誤魔化すために怒ることがあるらしいのよ」

 

 警戒レベルは、忌々しいことに黄。優先順位を正確に付けると、この人が行動を起こすたびに私は注意を割かなきゃいけないくらい。ナイトメア自身がアビスに近づこうとしたことはまだないから、オレンジに上げて私から消した方が良いって程じゃない。

 ああ、本当にうざったい。療養庭園に手なんか出すんじゃなかった。

 

 

「あ、ラーヤちゃん……」

 

「は?って、グロリアさんですか」

 

 つい威圧しちゃったこの人はグロリアさん。ナイトメアの表側に当たる人で、術師なのによく人を癒すヒーリングアーツを使ってるらしい。ナイトメアの存在によって一番困ってる人だから、少しは同情する気になる。

 でも私は同情するだけ、譲る気なんてこれっぽっちも湧かない。今はまだ、アビスが療養庭園に来た時にグロリアさんが居れば少し話すだけの関係。でも二人の仲を阻む障害(ナイトメア)がある。恋に障害は付き物で、つまり仲のいい異性間に障害があれば恋になる条件はほぼ整っていると言っても過言じゃない。

 

「ナイトメアには負けないでください。でも出来れば一人で克服することが良いかと」

 

「ご、ごめんなさい……ロドスが無いと、私……」

 

「あっ、そういうことじゃなくてですね」

 

 警戒レベルは黄。アビスの療養庭園に足を運ぶことやグロリアさんがその時に居合わせることが無ければ関係は停滞するし、ナイトメアが打ち勝てば関係はなくなる。私がなんとか調整すれば、或いは大丈夫だと思われる。

 

 

「あの……」

 

『あっ、今はダメです。少し待っていてください』

 

 療養庭園の少し奥まった、今の季節では花のついていない植物が設置されている場所。そこにあるテーブルの前に居たこの人が、アビスの大好きなポデンコさん……だよね?

 

「ふぅ、何か用でもありますか?」

 

「少しクチナシの香水に興味が湧いたのでお話を聞かせてもらえればいいな、と……」

 

「そうだったんですか!では温室に行きましょう、クチナシの香りはとても良い匂いなんですよ」

 

 ガスマスクと小さい密閉袋を持ったポデンコさんが歩いていく。ポデンコさんは補助オペレーターの方で、ペッロー且つ、恐らく明るい髪色という条件を満たしたアビスの好きな人。

 アビスはポデンコさんの趣味に合わせて花の話を聞いたり、花を使ったアクセサリーを製作したり、とにかく手を尽くしてポデンコさんに近付いている。そしてポデンコさんはそれを歓迎してる。ううむ、まさかそこまで花が好きな人が居るなんて。

 

「どうですか?」

 

「好きな香りではあるんですけど、匂いが強いような」

 

 警戒レベルはまだ測定中。ポデンコさんは花が好きだと言うアビスに好感を持っているようだけど、もしアビスが自分目当てにそう言ってるとしたら絶対にがっかりするはず。今はオレンジに相当すると思うけど、すぐに黄緑や緑にまで落ちる可能性は無きにしも非ず。

 それにしてもクチナシって、こんなに良い匂いなんだ。匂いが丁度いい香水を取り寄せてもらおっと。

 

 

「アビス、しばらく私と二人で任務に出よう」

 

「旅行みたいなノリで言うね」

 

「だってWと任務行く約束してたし」

 

「ああ、うん。そういえばそれも、そっか……」

 

 アビスが額に手をついて天井を仰いだ。何を言ってるのかよく分からない。もしかしてケルシー先生に何か言われたのかな。

 

「ラーヤ。この話を聞いたらきっと君は怒るだろうけど、どうにか心穏やかに聞いて欲しいんだ」

 

「なにそれ、改まって」

 

「ボクの鉱石病が小康状態から抜け出した。原因はアーツで、暫くの間大事をとってボクは任務に出ないことになった」

 

 は?

 

「アビス。私何度か聞いてるけど、それの答えが返ってきたことないよね。今なら話してくれる?」

 

「……分かった」

 

 アビス。

 嘘だよね、アビス。

 

「アビスの鉱石病、具体的にどこまで進んでるの?」

 

 重苦しい。

 早く言ってよ。

 

 アビス。

 嘘だって、言ってよ。

 

 

「源石融合率23%から、緩やかに上昇中。血液中源石濃度は、0.43になってる。他は……必要ないから、省くよ」

 

 

 




ご安心ください、以降の展開でアビスがこれ以上幸せになることはほぼないと思います。恐らく四章が終わればWを許すほどの余裕なんてものもなくなっている予定です。

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