【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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三十五 メディカルチェック

 

 

「先に言っておこう。鉱石病は合併症を併発していることが確定した」

 

 液晶に映し出されたのはCT検査による断層図。造影剤の投与により内臓がはっきり映し出されている。

 

「アビス、胃の辺りにはどのような臓器がある?」

 

「肝臓や腎臓、それと膵臓、脾臓……でしょうか?」

 

「概ねそれでいい。その中で問題となっているものは恐らく、肝臓の近くにあるだろう」

 

「恐らく、ですか?」

 

「ああ。非常に面倒なことに、鉱石病に併発したのは更に合併症を発症させる疾病だった。それの程度によって、範囲は肝臓に留まらない」

 

「ボクの抱える病気は鉱石病を含めて三種以上だと思われる、ということですか」

 

「そうだ」

 

 断層図に描写されている入り組んだ臓器。それらの間当たりには何やら明度の高い灰色の塊が存在している。

 

「これがお前の体内にある源石だ。体表のものが規模を拡大させた結果、臓器にまで届いたということだろう」

 

 灰色の塊は、臓器を丁度避けるような位置にあるが、薄く何かと重なっているようにも見えた。

 

「この肝臓から伸びている管のようなものは分かるか?途中で二つに分かれ、源石の方へと伸びているものだ」

 

「……見えました」

 

「これは胆管と呼ばれる。そしてその胆管が源石によって塞がれた状態。これは擬似胆石症と言うべきものだろう」

 

「胆石症ですか?」

 

「通常であれば胆石と呼ばれる結石の一種が胆嚢や、総胆管と呼ばれる部位に落ちて症状を引き起こす病気だ。しかし今回胆石ではなく、また胆嚢管を塞いだものとは中々珍しいケースだな」

 

 胆管とは、肝臓と十二指腸を繋ぐ管の名前だ。肝臓は分泌した消化液をその十二指腸へと送り込むのだが、絶えず垂れ流しにすると上手くいかない。

 それは膵臓などとも関係しているのだが──兎も角、そういう訳でそれを調整する役割を持っているのが、胆管から横に伸びた先にある胆嚢という器官だ。

 

「胆管を塞いだことで本来なら消化不良も起こるのだろうが、お前の食生活によりそのようなことはなかった訳だ」

 

「あ、はい」

 

「それで、お前は本当に無症状なんだな?腹部及び上腹部の痛みや吐き気がする訳でもないんだな?」

 

「……」

 

 発熱と頭痛を除けば、アビスの体を襲っているのは正にその通りだった。伸ばされたケルシーの手がアビスの右上腹部を少し押した瞬間、鋭い痛みが腹部を伝った。

 呼吸が乱れ、そんなアビスをケルシーはどこか無感情に見つめていた。

 

「胆石症には無症状のこともあるが、ここまで胆管が塞がれているとなれば急性胆嚢炎や急性胆管炎を引き起こしていないのは不自然極まりない。そしてそちらは先程言ったような症状を伴うのだが」

 

「……症状は、あります」

 

「分かっている」

 

「はい。すみません」

 

 しかしその言葉に反して、アビスの顔に申し訳なさというものは少しも見受けられなかった。もしやサリアから格闘術だけでなく鉄仮面をも受け継いだのだろうか。

 

「手術が必要だ。急性胆嚢炎の場合は胆嚢の摘出を、急性胆管炎の場合は全身麻酔を行い源石の融和が予見されるため、部分的な切除と縫合が必要だろう」

 

 ロドスはインフォームドコンセントをそこまで重視してはいないが、手術の概要程度なら伝える。重視していないとは言っても、それは感染者に対する手術が異常発達や体内に作られた源石などによってパターン化が難しくなっているからだ。一般性を保って定められた手術方法は意味を成さないことが多いため事前に伝えたプランは参考にしかならないこともあり、決して軽視している訳ではない。

 

「まずは重症度の測定からだ。後日手術を行うとして、お前はその覚悟だけしておけ」

 

「はい」

 

 伝えるべきことは全て伝えた。再度ワルファリンにメッセージを送り、必要な機材の準備をさせる。

 

 アビスの診療はいつも通りの淡白なやりとりに終始した。

 アビスを部屋に入れてから、ケルシーは失敗しなかった。無駄で無意味な感情を見事に押し留めてみせた。奥歯を噛み締めて我慢していたところを、必死に抑えた。歪みそうになる表情をピクリとも動かさず、只管耐えてみせた。

 

「ケルシー先生。次の検査まで時間があるのでしたら、少したわいない話でもしませんか」

 

 その言葉で、浮かそうとしていた腰を仕方なく戻した。アビスの探るような視線に返すのは普段の自分であり、アビスはそれを望んでいる。アビスの言うような『格好のいい人』であろうとする。

 

 アビスはリラに縛られることを望み、そしてそう生きているが、ケルシーはむしろ自分を縛ることの方が得意だった。

 見慣れたケルシーの無表情は、ケルシーの無感動さを表すものではない。その下にどのような感情が押さえつけられているのか、それが分かる二人は片方がとうに死んでいて、もう片方は記憶を失くしている。

 

 時間さえかければ、アビスがケルシーの心中に踏み込むこともなくなるだろう。少なくともケルシーはそう思っている。

 自分の感情がどうしてそこまで自分の中に居座り続けているのか、その理由を解ろうとしないままにケルシーは断じていた。

 

 そんなケルシーに対面しているアビス。

 彼もケルシーに訝しむような視線を見せつつ、普段通りに振る舞っている。まだ隠している症状があるにも拘らず、信頼できる人には何も話していない。

 

 結局のところ、似た者同士なのだろうか。どちらも本音を零さないようにいつも通りを装っている点で共通なのだろうか。

 ケルシーがそれにどう思うかは分からないが、もしアビスがそう言われたのであれば凄まじく顔を歪めた後にこう言うのだろう。『テラに生きるなら当然』だと。

 そんな酷く悲しい思い込みこそが、そのある種自分に向けてのものではない被害妄想こそが、アビスの心を支える一助となっている。

 

 何はともあれ二人の仮面は使い込まれていて、それは本物と見分けがつかないまでに磨き上げられているということだ。

 努めて自然な風を装い、アビスは話を始めた。

 

「ケルシー先生もWからお聞きになっていると思いますが、レユニオンには独立部隊が存在していたようですね」

 

「ああ、聞き及んでいる」

 

「名前は、確か……」

 

 レユニオンには八人の幹部がタルラの下に存在していた。パトリオット、フロストノヴァ、メフィスト、ファウスト、クラウンスレイヤー、W、スカルシュレッダー。

 そして、『亡灵(アンデッド)』。亡霊の名を冠する、未だロドスには一度たりとて姿を見せていない幹部の一人だった。

 

「ロドスと戦っていた時には不在でしたが、遊撃兼工作部隊としてかなりレユニオンの中でも存在が大きく、しかし指示を聞かなかったとか」

 

「あの時に居なかったのは扱いにくいという理由ただ一つだろう。かなりの脅威となるだろうと、タルラは言っていた。それで、その部隊がどうしたんだ」

 

「アンデッドを探すことの許可をください」

 

 ケルシーはアビスの顔を見た。書類でも裁いているかのように真剣な表情で自分を見据えていた。最悪なことに、それはジョークの類ではなかったようだった。

 ケルシーは額に手をついた。淀みない動作で寄っている皺を揉み解す。

 

「病状の安定、アーツの禁止、それに同伴者を付けても構いません。しかしこれはあくまでボク自身の嘆願ですから──うぁっ!?」

 

「それが通ると本気で思っているのか」

 

 胸ぐらを掴んでアビスを持ち上げる。アビスよりもケルシーの方が背も高いため、爪先でさえも床から離れた。

 だがアビスは変な声を出したきり特筆すべき行動をしていない。驚愕に顔を染めることもなく、ただケルシーの怒りを受け止めている。

 

「お前の脳味噌はまさか私の言うことを一日以上保存しておけないのか?それともお前は、私の言うことを聞く気がないのか。なあ、どちらが正解だ?」

 

 本来のケルシーはそのような怒り方を是としないはずだった。分かりきっている無駄な問いなど相手を追い詰めているだけで、それが叱っているのであれば正しくない。自身のストレスをただぶつけることは、相手を正したいならば逆効果になってしまう。

 だがそんなことすら頭から抜け落ちてしまうほど、アビスはケルシーの怒りを買った。

 

 ケルシーはアビスへの怒りをただ子供だからという理由だけで許していた節がある。だが何もかもを許せるわけではないし、それらが取るに足らないことの寄せ集めであっても容量は存在する。

 

 留意しろと言い含めているにも拘らず酷使するアーツ、注意しても全く頻度を下げない訓練による怪我、今回のように併発した合併症の症状を意図的に隠していることも医者として見過ごせず、重ねて言うならばLancet-2から渡した覚えすらない理性回復剤の摘発を受けている。

 上司であるはずなのに言うことを聞かず、それをなあなあにしておくのもそろそろ限界だったのだ。

 

「ロドスはお前の職場だ。オペレーターによっては弛緩した雰囲気を作ってもいるだろう」

 

 胸ぐらを掴む手に更なる力が込められる。

 

「だが間違ってもお前の家じゃない。私はお前の保護者になり得たとしても母親ではない……ッ!」

 

 アビスは子供だろう。それは分かっている。そしてそれをロドスが保護している以上、ケルシーも責任を持ってはいる。

 だがだとしてもそれが親を指すことにはならない。子供を見守り間違いを正す、そんな理想の親は居ないし、況してや本当の親ではないケルシーがそれをやる義理などない。

 

「ああ、お前は『ボクみたいな患者に拘うのは時間の無駄』だと言ったな。自分の言ったことくらいは覚えているだろう?」

 

 返答を待たず、アビスを突き飛ばすように手を離した。床に尻餅をついたアビスを見下ろし、怒りを宿した目で宣告する。

 

「中途半端にしてすまなかった、今ここでお前に対する私の方針を言い渡してやろう」

 

 逆立った尻尾がスツールを弾き飛ばし、大きな音を立てて倒れた。刺々しい言葉を吐くと共にしゃがみ、ケルシーはアビスと目線を合わせる。

 

「お前の病気はその捻じ曲がった考え方ごと私が治す。全力を賭して、お前の命はこの世に繋ぎ止めてやる」

 

 アビスが何が言いたそうな顔をして口を開き、その直後ケルシーの背から伸びてきたMon3trの爪に閉口させられる。ケルシーが幾ら理性的に振る舞おうとも、その憤激は理性を振り切ったからこそ発露しているのだ。

 乱暴にまたアビスの胸ぐらを引っ張り、至近距離で視線が交わる。

 

「お前は治す。だがそれは現在(いま)のお前だ」

 

 ケルシーが宣言する。

 

「救われたお前に、未来のお前に、過去などというものがカケラでも残ると思うなよ……ッ!!」

 

 ロドスはオペレーターの家ではない。

 だが職場だ。居場所になることはできる。

 

 ロドスは行き場のない感染者の居場所を打ち立てる。

 それはどんなに拗れた死生観を持ち女々しく過去に縋り付き未だ初恋に囚われているような面倒くさいオペレーターであっても同様だ。

 

 アビスはケルシーの手を振り払った。だからと言って諦めてやるのは癪だった。折角の救済を拒絶したアビスが嫌いになっても、救わない選択肢など元からなかった。

 

「いいか、アビス」

 

 幾分か落ち着いたケルシーが、未だ口を閉じたままのアビスに対して指を突きつけた。

 

「私はお前が嫌いだ。だからお前の言う、冷徹で無情な医療用ロボットになるつもりは毛頭ない」

 

「そんなことを言ったつもりはありません」

 

「事実そうだろう。出会ったばかりでもない、数年来の付き合いがある子供をただ病状が悪化して救えなくなったからと言って死へと突き放すような存在が、人であって堪るか!」

 

「その子供は治療を拒否しています」

 

 アビスが苛立つ。何故自分の言うことを理解してくれないのか。今までケルシーの注意も警告も全て聞き入れなかったアビスにその資格があるとは思えないが、アビス自身からすればそれは些細なことだった。

 アビスの中で、ケルシーはまだ『格好のいい人』だった。それはアビスからして嫉妬するほどに、格好のいい人だった。

 それも理解できない一因になっているのだろう。アビスは格好のいい人になりたいと思っていて、折角手に入れたそれを捨てることなど考えられないから。

 

 だから、裏切られたのだろう。

 

「言っただろう、私はお前が嫌いなんだ」

 

「……っ!」

 

 思うように行かず、立ち上がったアビスの頭に血が昇った。

 ケルシーの言った通りだったのだろう。そしてアビスの言葉はかなり本質が歪んでいる。

 何故なら、ロドスに来たばかりでは鉱石病を恐れて救われようとしていたはずなのに、救世主としての像を期待していたはずなのに、気付けば自分を見放してくれることを願っていたからだ。

 

 アビスの思う『格好のいい人』はいつしか変質していた。

 鉱石病が進み何もできなくなった自分に価値など絶対にない。そう思うようになっていたから、アビスは自分の考えが変わっていることに気付いていない。

 だから、ケルシーに対して怒りが爆発した。今まで通りのケルシーであれば黙殺しただろうと本気で思っているために、ケルシーのその行動は裏切りとしか思えなかった。

 

「嫌いなら……本当に嫌いなら、救わなければいいでしょう!相手が自ら死んでくれるのですから、それに任せることこそ最善ではないですか!」

 

「嫌いな相手が欲しいものを手に入れるのは邪魔したいだろう?」

 

「ふざけるな!貴女は命が意思より重いと言っていたはずだ!勘違いして死んでいく馬鹿を見て笑えばいい!それが貴女には出来るだろう!」

 

「それだとお前は幸福になってしまう。私たちから見て不幸なだけでは意味がない、お前が満足しているのは癪に触る」

 

「貴女は、どうして──ッ!」

 

「ああ、今のお前の表情は中々いい。お前が余裕をなくしていると、胸がすく思いだ」

 

 アビスは思わず絶句した。暗く笑うケルシーが今までのイメージとは乖離したものであることを強く認識させられ、次の言葉を探しても全く見つからない。

 

「どうした?お前は酷薄な私を求めていたのではなかったのか?お望み通りのそれだろう、泣いて喜ぶといい」

 

 両手を広げてそう言うケルシーが異常ではないのだとどうにか飲み込むアビス。

 

「お前は死に場所をロドスと決めた。ならば私はお前を懇切丁寧に扱ってやるだけだ。お前を絶対に死なせてやるものか」

 

 アビスが後退る。

 それをケルシーは心底おかしそうに笑って、二歩詰めた。

 

「もしお前が死ぬのならば、私自身が直接手を下そう。世界で一番を誇ることが出来るくらいには惨いやり方を心得ているつもりだからな。安心して殺されてくれ」

 

 まるでどこかの漫画のキャラクターだった。薄く笑ったケルシーの指がアビスの顔をなぞり、アビスの肌が泡立つ。

 先程怒りをぶつけていたとは思えない程に余裕ぶっているケルシーはアビスにとって酷く不自然に思えるが、その歪さはアビスが持つケルシー(格好のいい人)に対しての偏見によるものだろう。

 

 アビスの身長は166cm、ケルシーは169cm。

 たった3cmの差が途方もない大きさに思えるほど、ケルシーはアビスを圧倒していた。

 

「安心しろ、アビス」

 

 花が咲いたようにケルシーは笑った。

 

「お前の命は絶対に、私が助けてやるからな」

 

 アビスが更に怖気(おぞけ)立つ。

 形容できない程の違和感と、圧倒的な強者からの恐怖と、そして今まで見誤っていた自分がどれだけ危険な綱渡りをしていたのか知ったからだ。

 

 

 ちなみにケルシーのそれは半分ほど演技だ。

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