【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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タイトルを決めなければと思いながらも仮題よりいいものが思いつかない頭の弱い作者をどうか許してください。


三十七 ツノ

 

 

 ケルシー先生が端末を操作した。軽快な効果音と共に天井からも音がして、ボクにだけスプリンクラーがかかった。

 ケルシー先生は機能の一端を見せたかったんだろうけど、もっと違うものの方が良かったと思う。少なくともこの局地的ゲリラスプリンクラーなんて機能は絶対に要らないはず。ボクは今何のために濡れ鼠にされてるんだ。訴えたら勝てるかな。

 ……ケルシー先生。ボクが悪かったのでそろそろやめていただいても宜しいですか。

 

「ああ。このタオルを使え」

 

「ボクが持ってきたものですよ、それ」

 

「細かいことは気にするな」

 

 残念ながらボクのよく知るケルシー先生は何処かへ行ってしまったようだ。今のケルシー先生は全然格好良くな……格好……ちょっと待って、今も割と格好良く感じるのはどうして?ケルシー先生ってそういう何かしらの補正を持ってるのかな。ボクも欲しいんだけど。

 えっと、ダークヒーローだったかな。以前気まぐれに読んだよく知らない雑誌にそんな感じのことが書いてあったような気がする。

 そう考えればMon3trもそれらしい存在に思えてくる。別人格(ペ◯ソナ)みたいな、こう、幽波紋(スタ◯ド)みたいな。あ、でもそうなるとケルシー先生とMon3trがニアリーイコールの関係に……?

 

「何か失礼なことを考えていないか」

 

「全く心当たりがありません」

 

 ケルシー先生の視線が何故だか重量を伴っているように感じる。Mon3trと同列に並べられるのは、ケルシー先生からして失礼なことなのだろうか。いや、きっと違うはず。だってケルシー先生は服に緑と黒の配色してるし。

 ところであの服って何着同じものがあるんだろう。気に入ってることは確かなんだろうけど。

 

「さて、遊ぶのはここまでだ。検査によって判明したことをお前に伝えることが先……いや、その手が何故傷ついたかを説明するか」

 

 なんとか説教は回避できないかな。

 

「まず前知識として、何故ヴイーヴルが耐久力の高い種族と言われているのか知っているか」

 

 首を振って否定する。

 

「耐久力は概ね『物理強度』と『回復速度』の二つによって構成されている。物理強度は動的強度を主軸とした材料強度学についての視点から評価されたもので、回復速度は主にそれらによる破壊が発生し損傷を獲得した場合での──」

 

「差し支えなければ噛み砕いていただけると」

 

「その実験での耐久力の定義を話しているだけだ。そしてその定義は、どれだけ傷つけられやすいか、そしてどれだけその傷が癒えやすいかを評価したものとする」

 

 それだけなら材料強度学なんて複雑なものに言及する必要はなかったのでは?ケルシー先生、そういうところありますよ。

 

「種族別にした耐久力の実験概要だが」

 

「それも割愛してください」

 

「……その実験においてヴイーヴルは非常に優秀な値を叩き出した。まず物理強度としては動的強度に優れていて、それに少しは劣るものの静的強度においても平均値より一回り以上高い数値を観測することができた。動的強度は外部損傷に関わるもの、静的強度は内部損傷に関わるものだと思っておけ」

 

 外部損傷ってことは、例えばナイフで切りつけられた時のこととか、かな。内部損傷は……骨や筋肉にかかる負荷のことだから、高所からの落下に対する強度とか、そういうものかな?

 

「この実験結果を受けて、その損傷に強いということがどういった理由によるものかを追求して更なる実験が重ねられていった。クルビア、リターニア、ヴィクトリア。主にこの三国に居る科学者たちが実験を重ねていった」

 

 ダメだ、全然興味が湧かない。ケルシー先生は整理して話をしてくれるからきっと分かりやすいんだろうけど、そもそも結論以外聞く気がないボクにとってこの時間は拷問だ。

 

「さて、ここで一つお前にクイズを出すとしよう」

 

 やめてください。

 

「お前のツノはシカに近いか、それともサイに近いか」

 

 やめてください……っ!そういう知識マウントを取るかのようなクイズは人に嫌われますよ!

 ボクの頭の中にそんな知識は全く──あっ。

 

 シカは毎年生え変わって、サイは欠損するまで生え変わりがないって聞いたことがあったような……?

 

「サイ、でしょうか」

 

「正解だ。お前のツノはサイのそれに近い。共通点としては成分が挙げられるだろう。サイのツノは私たちの爪や髪と同じ成分でできていて、お前のツノも同じようなものだ」

 

 なる、ほど?そういえばWに撃ち抜かれた時も、ボクが痛みを感じたのは削られた部分じゃなくてツノの根元あたりだった。ツノ自体に痛覚はなくて、正に髪の毛を引っ張られた時みたいな痛みだった。

 あんまり考えたことはなかったけど、ツノにも違いってあるんだ。正直そこまで知りたいことでもないけど。

 

「そしてお前たちヴイーヴルは、皮膚にそれが混じっている」

 

「えっ」

 

「格落ちではあるものの、全身がツノのようになっている訳だ」

 

「えっ」

 

 えっ、えっ。

 

「ツノのようにそれが主体となって出来ている訳ではないから、人体の弾性をむしろ補強しつつその動的強度を高めることができる」

 

「そ、それってドラコやオニなどもそうなんですか?」

 

「オニの方はまた違ったと思うが……ドラコに関しては判明していない。あのヴィクトリア王国に伝わる血筋がそのような実験に参加する訳もないからな」

 

「タルラさんに協力していただくのはどうでしょうか」

 

「専用の器具を態々購入するのか?それとも製造するのか?ロドスという企業がそのような不必要な実験に投資する義理はない」

 

「まあ、そうですよね……」

 

 いきなり質問を始めたボクを不審に思ってか、ケルシー先生が眉を寄せた。

 

「どうしてそこまで知りたいんだ?」

 

「一緒に死んだ目をしてくれる仲間が欲しいんです」

 

 ボクはツノで、それは科学的に証明が済んでいるらしい。こんなのショックどころじゃないんだけど、どうしよう。ツノがない人にとってはイマイチ分からないかもしれないけど、つまり『貴方は親指と同じです』とかそういうことだよ?

 はぁ。それで耐久力が上がってるならきっと歓迎すべきなんだろうけど、ちょっと複雑過ぎる。

 

「……それで、何の話でしたっけ」

 

「お前の物理強度が低下した理由について、だ」

 

 ああ、そう言えばそんな話題だった。

 

「先日行った検査において、全身への転移が見受けられつつあると伝えただろう?」

 

 ああ、なるほど。

 

「その移転して散らばった源石が、先程口にしたツノの成分を弱めているということですか」

 

「厳密には違う。だが、概ねその通りだ。お前の細胞間を補強していたそれは本来の半分も役に立たず、ヴイーヴルとしての高い耐久力を失っている」

 

 それは、少し困る。

 

「改善する方法はありますか」

 

「ない」

 

 まだやるべきことが残ってる。

 

「本来の機能を全損していないのであれば、再度強化することも可能なのではないですか」

 

「いいや、無理だ」

 

 今から武器を取るのは間に合わない。

 ボクは亡灵(アンデッド)に用があるんだ。

 

「ボクの尻尾はどうなっていますか」

 

「源石の転移しない鱗に影響はないだろう。だがその内部は恐らく同じようなことになっているはずだ。ツノは根本を除き固いだろうが、根本から折れる可能性はある」

 

 そんなの、どうしろって言うんだ。

 

「お前の手から血から流れ出したのは、お前の筋肉に何の変化もないからだろう。お前の手が痛まない最大限の力と、今の耐久力が噛み合っていなかった」

 

 そうだ、ボクの手は弱くなっても瓦礫を粉々にすることは出来た。ボクの筋肉までは衰えてなんかいなくて、だからまだ希望はある。

 

「だがそれも直になくなる。数週間、事によれば数ヶ月かかるだろうが、今の耐久力を超過しない程度に調節できるだろう」

 

 そんな……いや、最低数週間なら余裕がある。過激派として残ってしまったレユニオンの掃討には龍門近衛局だって力をかけるはずだろうから、きっとそれまでに。

 

 握った手に力が篭る。痛いのは嫌だけど、それよりやるべきことがある。どこまで切り捨てるかはちゃんと考えて行動しなきゃ、最後には何も残らない。残ってくれない。

 

「その顔は、やはり諦めていないのだな」

 

「やるべきことは、体が弱くなった程度で変わりません。ボクの体がどれだけ鉱石病に侵されてしまっても、それは絶対です」

 

「なればこそ、私はお前の意思を全て踏み躙って笑おう」

 

 ケルシー先生がボクを睨む。今度はボクもどうにか怯まずに居られた。ケルシー先生がどういう人だったのか、そしてその権限を振り翳せる範囲がそこまで広くないって、今なら分かってるから。

 

 さて、ケルシー先生の話は終わったようだし、スプリンクラーで少し冷え始めているのをどうにかしないと。

 

「どこへ行く」

 

「……」

 

「まだ説教が残っているだろう」

 

 逃げます。

 

「逃がすか」

 

 

 

 

 ケルシー先生から油を搾られたその翌日、ボクはロドスの図書室に足を運んでいた。図書室内にある蔵書の数は分からないけど、新書から専門書まで幅広く、それでいてかなり広い分野を網羅していることだけは確かだ。

 図書室を利用する人は割と多い。アーツ関係の本を読みにラヴァさんが来ていたり、ポデンコさんが来ていることもある。

 今日も探せば一人くらい、知り合いが居るはず──と、やっぱり直ぐに見つかった。

 

 向かいから一冊の本を片手にこちらへ歩いてきた、水色の髪をしたウルサスの少女。イースチナさんだ。

 

「こんにちは」

 

「あぁ、はい。こんにちは」

 

 なんか睨まれてる?

 

「えっと、お元気ですか?」

 

「どのような本をお探しですか?」

 

 えっ。

 

「植物について、です」

 

「ではこちらに」

 

 あれ、ボクの声って3%くらいの確率で相手の耳に届かなかったりするのかな。もしかすると鉱石病の影響?

 首を捻りながらイースチナさんの後をついていくと、本棚の置いてあるエリアを抜けてしまった。そのままイースチナさんはとある扉を開き、ボクに手招きする。

 イースチナさん、そこは読書用の個室ですが。中に入れば、椅子に座ったイースチナさんが腕を組んで不機嫌そうにしていた。

 

「アビスさん」

 

「はい」

 

 この状況は一体……?

 

「心当たりはありますか」

 

 えっ、ボク何かしました?

 イースチナさんということで咄嗟に思いつくのは二つ。イースチナさん自身のことと、もう一つは自治団。

 だけどボクはどちらにも深入りしてないし地雷を踏んだ覚えもない。強いて言うなら同じチェルノボーグ出身であるラーヤと引き合わせたくらい……あっ。

 

「ラーヤのことですか」

 

「おめでとうございます、あと四秒遅かったら衣服を乱して泣き叫びながら個室を飛び出していた所です」

 

「もしかしてボクは今追い詰められているんですか?」

 

「はい」

 

 いや『はい』じゃなくて。

 そんなことしたら本当にラーヤがボクを殺しかねないんですよ?これはボクの自惚れとかではなく実際既に何度かキレられてるから、あの、本当にやめてください。

 

 今のラーヤがそれをするのかは、正直なところ分からないけど。

 

「最後にラーヤと会ったのはいつですか」

 

 最後?最後に会ったっていうのはつまりラーヤが部屋に鍵をかけたあの日だから、つまりは検査の日か。

 

「確か一週間ほど前かと」

 

有罪(ギルティ)ですね」

 

「いったぁ!?」

 

 ちょっと、アーツはやめて!?ヴイーヴルに対して術攻撃は理に適ってるけどさ、味方に対する攻撃じゃないから!

 

「ああ、質問を間違えていました。あなたが最後にコンタクトを取ろうとしたのはいつですか」

 

「三日前ですね」

 

有罪(ギルティ)

 

「いたたたたったぁ!?」

 

 あれ、君ってそんなに連射の利く人だった?今の本気を出したアンジェリーナさんのマシンガン(スキル2)くらいあったよ?

 あのですね、ボクって一応イースチナさんの味方側なんですよ。驚きましたか?本当に痛いのでもうやめてくださいね?

 

「その時は何を?」

 

「部屋の外からノックと声掛けを」

 

「最低ですね」

 

「痛っ!」

 

 ど、どうして……?

 

「部屋に閉じこもった人が居て、その人を大っぴらになんとかしようとするなんて愚の骨頂です。況してやドアの前で声をかけるなんて、隣室の人や近くの人に広まってしまう最低な手段ですよ」

 

「そう、ですね」

 

()()()()()()()()()んです」

 

 ……っ!

 

「廊下を通るのは親しい人だけじゃない……アビスさん?」

 

「あっ、いや、大丈夫です。すみません」

 

 ケルシー先生の言葉と、イースチナさんの言葉が重なった。ボクが思っているよりもずっと、ロドスのことを自分の家だなんて認識がボクの中に根付いてる。

 少しだけ嫌な気分だ。心なしか頭の芯に響く痛みがその強さを増したように思える。

 

「アビスさん、ラーヤが部屋に閉じこもった理由をあなたは知っているのでしょう?」

 

「知っています」

 

「それをお聞かせ願えませんか」

 

 そんなの、ボクが知っているとするなら答えは一つですよ。イースチナさんが分からないなら、それこそ一つだけなんだ。

 

「ボクですよ。ボクのせいです」

 

「何を、言ったんですか」

 

 イースチナさんの声に力が篭る。

 

「これ以上は言えません」

 

 申し訳ないけど、ボクの口からは言わない。ボクがアンデッドを探す時の邪魔になる可能性は、出来る限り潰しておきたいから。

 今のところイースチナさんがボクのために進んで何かをするとは思えないけど、それも命が関われば危うい。ボクにとってはゴミみたいな命も、他の人から見れば価値があるらしいから。

 

 頭が痛い。

 

「何故隠すのですか」

 

「隠すことに利があるからでしょう」

 

「そんなことは、分かっています……!」

 

 イースチナさんのアーツが暴発しそうなほどに高まっている。少し前(第一章で)、ニェンさんに隠していたことを言い当てられた時のボクと同じようなものだと思う。あの時のことはアーツのおかげであまりよく覚えてないけど。

 

「私はラーヤの友人です。ラーヤを遠ざけていたあなたより余程ラーヤのことを知っています……っ!」

 

「分かっています」

 

「私にはあなたがラーヤの感情を弄んでいるようにしか見えません!それなのにまだ話さないと言うつもりですか!」

 

 イースチナさんの掛けていた片眼鏡に亀裂が入る。

 ボクの知らないうちにラーヤとイースチナさんはここまで仲良くなっていたのか。

 イースチナさんの言っていることを受け止めるより先に、そんな感想が頭に浮かんだ。

 

 でもそんなことは関係ない。ラーヤとイースチナさんの仲が良くなっていたからって、ボクが自分から不利になる情報を提供しようとは思えない。

 

 けど、まあ。

 

「……分かりましたよ」

 

 イースチナさんがボクを止めるなんてことはきっとない。ボクが鉱石病で死にたいなんて知ってる人は少なくて、その上で鉱石病が悪化してることは知ってるのはケルシー先生と、サリアさんくらいだ。

 だから心配は要らない。それなら、イースチナさんがラーヤの依存先になってくれたら、その方が絶対に良いんだ。

 ボクはどうせ死ぬんだから、今のうちに。

 

「改めて聞きます。何を言ったんですか」

 

「ボクの、病状についての話です」

 

「病状……病状、ですか?」

 

 イースチナさんが首を傾げる。

 

「ボクは感染者なんですよ。外見からは分かりませんが、武器を振っているオペレーターの中では、かなり進んでいる方なんです」

 

「すみません、何の話ですか?」

 

「えっ?」

 

「ラーヤに酷いことを言ったのではないのですか?」

 

「いや、違います。ボクの鉱石病について話したら泣き出してしまって……落ち着いてきたと思ったら今度は自分の部屋に走って行ってしまって、そのまま今に至ります」

 

「つまりラーヤはアビスさんの鉱石病が思っていたよりも重症で、それにショックを受けて閉じこもっている、ということですか?」

 

「えっと、はい。その時まで具体的な数字を言っていなかったので、一足跳びになってしまったのも原因かと思います」

 

「………………はあ、そうですか」

 

 イースチナさんは浮かせていた腰をすとんと椅子に下ろし、割れて危ないモノクルを外した。さっきまでの怒気が綺麗さっぱり消えて、線が細くなった印象を覚える。

 

 ラーヤはまだロドスに来てからそんなに経ってない。

 だから局所的ではあるものの、ラーヤのおかげでボクは周りからクズだと思われているかもしれない。恐らくラーヤを都合良く扱っている、みたいな。

 

 イースチナさんは途轍もなく複雑そうな顔をして、割とショックを受けているボクに頭を下げた。

 

「すみません、私の勘違いでした」

 

「いえ……普段からボクもぞんざいに扱っていましたし、仕方のないことですよ」

 

「そう言ってもらえると助かります」

 

 疲れた顔をするイースチナさんに、ボクは苦笑するしかなかった。

 

 話が終わったのなら、もうこの個室にこれ以上居る必要もない。イースチナさんには仕事だってあるかもしれないし、さっさと出てしまおう。

 そうして、扉のノブに手をかけた時だった。

 

 

「ねえ、アビス。そこに居る?」

 

 

 他ならぬラーヤの声が、個室に響いた。




 
最近『独自設定』タグを免罪符に好き勝手する作者が居るらしいですよ。怖いですね。
正直当初はヴイーヴルをこんな人外にするつもりなんてありませんでした。ただ、タルラとかサリアの人外っぷりを見ると種族の特徴で済ませるのも味気ないかと思いまして。
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