【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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三十八 闖入者

 

 

「ねえ、アビス。そこに居る?」

 

 ボクがまず一番に行ったのは、個室の鍵がかかっているかどうかの確認だった。けど生憎と鍵自体がない。かなりヤバい。

 何がヤバいって、こんな狭い個室の中でボクとイースチナさんの二人が利用しているって状況が既にアウト。ラーヤは確実に誤った答えを導き出すだろうし、そうなればラーヤがいよいよをもってヤバい。

 

 どうしますか?そうイースチナさんに目で聞いた。ラーヤの偏愛はイースチナさんも知っていて、だからボクの答えにノータイムで『私は息を殺しています』と返してくれた。

 えっ、今のどうやって答えたんですか?

 

「……アビス?中で寝てるの?」

 

「ぁ、いや、起きてるよ。ラーヤ」

 

「そっか!」

 

 急に声が調子付いた。そんな事態じゃないのに、イースチナさんはボクを冷やかすように肘で脇腹の辺りを(つつ)いた。くすぐったいです。

 ここ最近ケルシー先生と話してばっかりだったから、分かりやすいラーヤの声に少し安心する。

 

「あの、さ。アビス。入ってもいい?」

 

「ごめん、ちょっと無理かな」

 

「……そっか」

 

 分かりやすいのは良いことだけじゃないって思い知らされた。

 分かりやすく気落ちしたラーヤの声は少なからずボクを悲しい気持ちにさせた。あとイースチナさんはラーヤの声に申し訳そうな顔をしながらボクの脇腹を肘で強く突きのけた。心と体の両方が痛いです。

 

「ごめんねアビス。迷惑だよね、こんなとこまで押しかけて。発信機なんてものまでつけて追い回して、目の前で泣いて部屋に閉じこもってさ」

 

「それは特段迷惑じゃないよ。ただボクが他の人と話している時は、痛っ……!?」

 

「何を言おうとしているんですか」

 

「……兎に角、気にしないでいいよ」

 

 アーツが直撃した額を摩る。

 頭痛と相俟って中々のダメージ。

 

 あ、ヤバい吐き気もしてきた。

 

「ラーヤ、答えは出た?」

 

「いきなり何を聞いているんですか!」

 

「聞かなきゃ不自然ですよ!」

 

 イースチナさんの言い分も分かるけど、ボクだって気にはなってるんだから。一刻も早く聞きたくて、顔を合わせて話したいのはイースチナさんもボクもラーヤも同じことなんだ。

 

「……もう何日になるのか分からないけど。アビスと会えないのは、私やっぱり辛かったんだ。何にもやる気が起きなくて、もうアビスに手伝ってもらうしかないくらいレポートが溜まってる」

 

「じゃあ仕方ない、手を貸すよ」

 

 そう言ったボクに返ってきたのは、とても嬉しそうなラーヤの声だった。

 突き放すような、面倒臭がるような声色になってしまったのを少し後悔する。

 

「これが世に言うツンデレですか……」

 

 違います。

 

「話が逸れちゃったけど、私が言いたいことは変わらない。私はアビスと一緒に居たいから、答えなんて決まりきってる」

 

 居た堪れなくなったのか、イースチナさんは本の装丁に指を這わせ始めた。たぶん盗み聞きしてるような罪悪感が凄いんだろうな。

 

 ラーヤは結局、死ぬと決まってるボクの近くに居ることを選んだらしい。あのラーヤでさえ一週間くらい悩んだと考えるのか、それとも何か言われることもなくショックから立ち直ったラーヤが凄いと考えるのか。

 

「本当にそれでいい?」

 

「当然!」

 

「じゃあボクが死んだら、どうするつもりなの?」

 

「……えっ?」

 

「ラーヤはボクの隣で、ボクが死ぬまで見ているんだよね?じゃあその後はどうする?ロドスに居続ける?それともロドスを辞めて他に行く?非感染者のラーヤはどちらも選べるよ」

 

「じゃあ、ロドスに居るよ」

 

 ラーヤ。

 『じゃあ』なんて考えは、許されないよ。

 

「ボクの持っていたような秘密がないラーヤは、必然的にドクターの演習に参加することになる。ボクじゃない人との付き合いを考えなければならない。W……への態度はいいとしても、ナイトメアさんに対してあんな態度を取るのはダメだ」

 

 友人を作った。それはいい。

 でもね、ロドスは家でもなければ学校でもない。ケルシー先生の言う通り、ここはロドスアイランドと言う名の企業なんだ。

 仲の悪い同僚が居てもいい。けれど、それを表に出すようではダメだ。ボクが言えることでもないんだけど、言っておく必要があるんだから言うしかない。

 

「元来戦うって行為はハードルが高い。生き残るためだとか、それが仕事だからと割り切れるならともかく、ラーヤが目標もなく戦い続けられるとは思えない」

 

 辛辣かもしれないけど、もう一度部屋に篭るかもしれないけど、こんな言葉でそうなるのならそれの方がいい。そこまで考えられて、初めて人の死を見送る決意をしたと言えるんだから。

 ボクは、その決意をできていなかったのだろうけど。

 

「目標、は……」

 

「いっ!?あ、いや、なんでもないよ!」

 

 痛む脇腹を両手で押さえて振り返った。

 そこにはボクの脇腹を全力で抓ったイースチナさんが、誰にでも分かりやすいようなお手本の顰め顔をしていた。ま、まあボクも言いたいことは分かる。

 

「それは今言うべきことですか?」

 

「言った方がいいかなって思いまして」

 

「本当に?本当に〝今〟言った方が良かった、と?」

 

「はい」

 

「過失なので有罪(ギルティ)です」

 

()っつぅ!?」

 

 威力が抑えられてるとは言っても、このままだと戦闘も何もしてないのにアザができるよ?ケルシー先生にあらぬ誤解をかけられそうで怖いんだけど……

 

「なんでイースチナの声がするの?」

 

 あっ。

 

「アビス。扉開けるから」

 

「待って待って待って待って!!」

 

 ああヤバい、ボクがヴイーヴルの力で抑えてるのに扉がガタガタ言ってる!ラーヤはもしかしてこの一週間ずっと腕とか鍛えていたりしたのかなぁ!?

 

「ちっ、違うんだよラーヤ!ちょっと端末が誤動作を起こして通話状態になっただけなんだ!」

 

「じゃあ入れてよ」

 

「諸事情あって無理、ごめん!!」

 

 なんで図書室の個室に鍵がないんだ!どうしてケルシー先生は鍵をつけなかったんだ!さてはボクをこうやって追い詰めるのが目的なんだなそうなんだな!

 くっ、追い詰められ過ぎて思考が変な方向に……!

 

「どうしますか、イースチナさん」

 

「別段隠す仲でもないのではありませんか」

 

「それならどうしてさっきは声を潜めていたんですか!?」

 

「……やっぱり、二人で同じ個室に入ってたんだ」

 

 ラーヤの声が低くなる。イースチナさんの暴挙によって更に力が引き出されたのか、ボクの力でもあと数分保たないくらいの力で引っ張られてる。

 これ、もう本当に無理……っ!

 

「分かったラーヤ、話をしよう!一先ずこのドアから手を離して欲しいんだ!」

 

「嫌だ!!アビスとイースチナが二人きりなんて、そんなの放っておける訳ないっ!さっさと開けて!」

 

「私は本でも読んで待っていますね」

 

 はあ!?

 

「あっ、そうだ。イースチナ開けてくれない?」

 

 えっ、ちょっと!

 

「イースチナさん、ラーヤに惑わされないでください!」

 

 イースチナさんは、たぶんラーヤのことを勘違いしてる。

 ラーヤがボクに向けているのは恋愛じゃなくて、依存感情だ。それも故郷を滅ぼすような規模のテロリストから守ってくれた対象に向けている。

 ボクから言うのは嫌だけど、ラーヤの感情は友愛を超えてなお大きい。庇護対象に取って代わられるとなれば、それはきっととんでもないことになる。

 それを、やっぱり正確には理解していなかった。

 

「ラーヤに何故そこまで意地悪をしているのか分かりませんが、私はラーヤに付きます」

 

 やめて、痛いっ!

 本の角で殴らないで、もっと大事にしよう!?

 

「イースチナ、もう開けちゃってよ」

 

「そうですね」

 

「やっ、やめた方がいいって──!」

 

 イースチナさんがボクを押し退けて、扉を開けようとした。

 ラーヤの腕がドアの隙間に入って、イースチナさんの腕を傍目から分かるぐらいに強く掴む。ああもう言わんこっちゃない。

 

「……ラーヤ?」

 

「アビスに近寄るな」

 

 腕を強く握られたイースチナさんの顔が痛みに歪む。

 ラーヤの握力って今どうなってるの?コータスにしてはとんでもない身体能力じゃない?

 って、そんなことを考えてる場合じゃない。

 

「ラーヤ、落ち着いて」

 

「黙ってろ」

 

「はい」

 

 ぐりんと首をボクの方に回したラーヤの目は、全開まで見開かれていた。恐怖とか驚きだとかを感じる前に条件反射で「はい」が出た。

 もしかしてなんだけど、ラーヤはボクより強かったりする?なんか強者の圧みたいに感じたんだけど。(プレッシャー)って読むヤツだよねそれ。

 

「イースチナ、私言ったよね。『アビスに近付かないで』って。それに対して頷いてたよね」

 

 ラーヤの腕に震えるほど力が篭る。

 

「なんでそれを守らなかったの?」

 

「それ、は……あなたが部屋に閉じ籠った原因だと、考えたからです」

 

 全然悪くないんだよ、ラーヤ。イースチナさんは全然悪くないんだよ。

 援護射撃したい気持ちとラーヤの(プレッシャー)がボクの頭の中で鎬を削ってる。結局心の中で援護射撃をすることにした。(プレッシャー)に負けたとも言う。

 

「え、なに?私が居ないことを口実にしてるの?」

 

 あっ、ヤバい。

 

「私が居ない隙に、丁度いい口実があったから、だからこんな個室にまでアビスを連れ込んだってことね」

 

「ラーヤ、そろそろやめた方が……」

 

「黙ってて」

 

「でも」

 

「黙ってろッ!」

 

「はいっ!」

 

 だから怖いって。緩急つけてボクを静かにさせるのやめよう?イースチナさんがちょっと笑いそうになっちゃってるから。あ、これボクに対して笑ってるのか。

 

「……チッ。次やったら許さないから」

 

 そう言ってラーヤはイースチナさんを解放した。

 でもねラーヤ、それはチンピラのセリフなんだよ。ニェンさんに返してあげなさい。あ、口が滑った。

 

「で、アビス」

 

「ボクは何もしてない」

 

 そう、個室に入った経緯にボクの非は一切存在しない。イースチナさんには悪いけど、でもそれが全て事実なんだから仕方がない。

 

「ボクはイースチナさんに連れられるがままにこの個室へと案内されたから、本当に何もしてない。ボクにも少し抵抗はあったんだけど……」

 

「じゃあなんで図書室に来たの?」

 

「えっ、あっ」

 

「ねえねえなんでここに来たの?アビスに読書の趣味はないよね、任務も鉱石病のおかげでないんでしょ?部屋の中で聞いてたよ?じゃあ、なんで?」

 

 えっと、ここで馬鹿正直に答えるのは愚策だよね、分かってる。それなら他にはどんな選択肢がある?別の本を探しに来たのだとしても説得力のある言い訳を思いつかないし、そうでなければ別の用事でここに来たのだと言わなきゃいけない。

 あっ、そうだ。

 

「ケルシー先生から、司書業務の手伝いを頼まれていまして。演習記録も没収されているので仕方なく足を運んだんですよ」

 

 ケルシー先生は図書室にそうそう足を運ばない。今さえ収められればきっとラーヤの怒りも一段階下がるだろうし、イースチナさんの前ではやりたくない宥め方も手段の一つになる。

 これぞ完璧な回答!

 

「で、どうなのイースチナ」

 

「植物に関する蔵書を探していたようでした」

 

 ここで盛大なしっぺ返し!?もしかしなくてもボクがイースチナさんに罪を(なす)りつけるような発言をしたからですか!?

 

「アビスって、ポデンコさんのことそんなに好きなんだね」

 

 ラーヤが優しい声でそう言った。だけどその顔は感情なんて一つも見えない無表情。どうやって今の声出したんだろ。

 

「それに、敬語になってたよ?」

 

「あっ」

 

「分かりやすく嘘吐くよね、アビス。余りにも分かりやすくって、私は思わず煽られてるのかなって思っちゃったよ」

 

 ラーヤがボクに一歩近づく。

 ボクはその一歩のうちに個室の壁まで下がって、覚悟を決める。

 何故かラーヤはポデンコさんやカーディさんのことになると途端に沸点が下がる。今脱しておかないと、数時間この狭い部屋で説教されることになるかもしれない。

 ふざけるな、本当ならボクは今頃ポデンコさんとの話の種を作れていたのかもしれないんだぞ!そんな時間の無駄は許さない!

 

 ラーヤがもう一歩近づいたのを契機に、ボクは床を蹴った。狭い個室の中、当然ながらラーヤの手は目の前に伸びてくる。

 

 だからこそ、ボクの方から手を繋ぐ。

 速さは殺さず繊細に、ラーヤとボクの指を組む。

 

「ひょえっ!?」

 

 素っ頓狂な声を出したラーヤと入れ替わるように前へと出て、ボクはドアに辿り着いた。ノブを回して勢いよく部屋の外へと、出た!

 そして見えたのは、黒と白と緑で構成された景色。

 

 

「図書室や資料室の中には、ルールがある」

 

 

 ケルシー先生がMon3trを従えて立っていた。

 向こうの方で、中指を立ててボクを睨んでいるラヴァさんが見えた。たぶんラヴァさんが通報したんだと思う。あの、もう少し早く来るのって無理だったんですか?

 ケルシー先生が一歩ボクの方に近づいた。ケルシー先生がさっきのラーヤと同じくらいの(プレッシャー)を出す。これはラーヤが凄いのか、ケルシー先生が抑えきれないくらい何度も問題を起こすボクが凄いのか。

 

「お前は、私に怒られたいのか?」

 

 震え上がるボクの背中の方で服が掴まれた。

 恐る恐る振り返ってみれば、満面の笑みでラーヤがボクを捕まえていた。声を出さずに口を動かしている。

 

『あ、と、で、せっ、きょ、う、ね』

 

 乙女の純情を弄んだ罪は重いって、こういうことなのかな。

 あはは。どうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──って感じかな」

 

 そう区切って、ボクは深くため息を吐いた。

 

「いつもそんなにコメディめいた日常を送っているのか」

 

 ベンチに座っているボクに、隣からペットボトルが差し出された。蓋の開いているそれをぐいっと呷る。

 快適なくらいに暖かいこの庭園の中で、その中に入っている水は冷たくて美味しかった。甘い匂いが香るこの場所では、特に何の味もしないことがむしろ良く働いてるのかもしれない。

 口元を拭って、謝辞と共に返す。

 

 それにしてもコメディなんて表現をされるとは。

 

「そんな面白いものじゃないよ。ボクより他の人の方が、きっと面白い人生を送っていると思うし」

 

「私にとっては中々面白かったが」

 

「希代な人だね」

 

「そうか?」

 

 首を傾げた彼女の髪が垂れる。

 そのカーテンの向こう側にある真っ赤な瞳が、某ブラッドブルードのやり過ぎ研究者と重なってしまう。謝った方がいいかな。あの人と同じだなんてちょっと可哀想だし。名誉毀損。

 

「話す機会はなかったが、こうしてその機会を取ってみれば……中々どうして飽きさせない人だな」

 

「それは光栄。ボクも気にはなっていたんだ、君のことが」

 

「ほう、それはいつからの話だ?」

 

「君が()()()()()()()()()()って聞いた時から。君が入職して一ヶ月経つか経たないかくらいの時かな」

 

 本当に、話してみたかったんだよね。

 まあ理由はそれだけじゃないよ。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

 

「君は戦場に執着していたというのに、少し離れてみただけでこの世に新しい価値を見出したって聞いたんだ」

 

 

 もしかしたら、ボクと君は赤い糸で結ばれているのかも。

 血に浸された真っ赤な糸で。なんてね。




 
アビスが暴走して結果的に作者の鳥肌が立つという珍事。これだからプロットも作れない作者はダメなんだ。
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