【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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四十 囚人

 

 

 少年兵は軍においてどのような立ち位置を有するか。

 

「例えば、練兵という言葉は少年兵という言葉の対極にある。少年兵の配置は相手の主戦力を削る意図を持たない。つまりは戦略的観点から見た【執行者】とでも言うべき存在だ」

 

 言い得て妙だ。子供は筋力も体力も無いから、短時間の練兵で見込める戦力の押し上げに旨味が少ない。それよりは物量に任せて時間稼ぎの要員として扱った方がやりやすい。それはグラベルさんやレッドさんといった【執行者】のオペレーターに求められる役割と概ね同じになる。

 尤も、備えている能力は【執行者】と比べて随分劣っているんだろうけど。相手に補給物資を費わせたという意味で頭数は有効で、でもそれ以上を求められることはないんだろうな。

 

「だが私は死にたくなかった。交戦している敵の動きを観察し、荒廃した戦場の跡地から使えそうな武器を探し、自分自身を鍛えた。天賦の才でもあったのか、私はなんとか大人の扱う武器を振り回すことが出来るようになった」

 

 これから成り上がりでもしそうな雰囲気だけど、そうじゃないんだよね、きっと。

 

「〝督戦隊〟というものを知っているか?」

 

「あぁ……そうなっちゃったのか」

 

 督戦隊は、徴兵された一般人を使い潰すため強制的に背水の陣──死兵へと変貌させるパワーアップアイテム。味方の背に刃を突きつけて、『死ぬ気で戦え』と命じるためだけの部隊。

 

「戦っていなかった所を見られた私は戦意無しとされて、督戦隊へと呼ばれた。そこで待っていたのは……言いたくもないが、言わなくては伝わらないか?」

 

「いや、いいよ」

 

 何だろう、一方的に気まずい。

 

「その……大変だったね」

 

 戦意のない少女兵が戦場でどうなるか、それを直接教えられた訳ではないけど察することは出来る。男の持っている欲──これだとボクまで巻き込まれるか。下卑た男の汚い欲望、つまりはそういうことなんだろう。ちょっと対象が犯罪的に幼いけど。

 

「ああ、いや。私はその通告を受けて、迷わず前線を志願したからな。いくら彼らが私より上の兵士だったとしても、督戦隊である以上戦線に行く私を止められはしない」

 

 それは良かった。

 

「まあ些細な嫌がらせはあったが、そのどれもが持っている武器で叩き斬れるものばかりだった。……愚鈍なあの男たちが私より上の兵士だったことに、今思い出しても腹が立つ」

 

「あ、うん」

 

 叩き斬ることが出来る嫌がらせってそれセクハラのことだよね……?本当に斬ってよかったの?物理的には可能でもそれは常識的に駄目じゃない?いや、まあ、その方が良かったんだろうけど。

 強かだなぁ、フロストリーフって。

 

「前線に復帰した私は他の誰よりも武器の振り方を心得ていたと思う。少なくとも、私が一番武器を上手く扱えていた」

 

 戦いながら武器の使い方を学べる少年兵なんて現実に居たら怖すぎるから、観察のみを集中して行ったフロストリーフが抜け駆けできたのは必然か。

 それにフロストリーフは天性のセンスも持ち合わせていたみたいだし。そうでもなければ、七年も戦いの中に身を置けない。

 

「だが私には次の壁があった。死にたくないと震える体を押さえつけた後に迫り来るのは……人を殺すことへの忌避だった」

 

 順当だ。順当なんだろう。

 生憎とボクには分からないことだけど。

 

「手にした剣は首を刎ねるだけの鋭さを持っていた。手にした勝利は相手の命を奪う権利までも保証していた。だがそれは私にとって余りにも恐ろしいことだった」

 

 分からない。勝つためには殺すことが一番だ。無力化なんてものはアーツを使えば簡単に出来ることだけど、処理も過程も面倒くさい。

 たとえ相手が民間人で家族を持っていたとしても、戦争なら復讐されることがない。残しておく方が後々面倒なことになる。残しておく方が自分の死ぬ可能性が高くなる。

 

「……そうもいかないのか」

 

「ん?」

 

「いや、なんでもないよ。死なないための手段として殺すことを割り切れなかった、そういうことなんだよね?」

 

「ああ。私は死にたくないと願いつつ、殺したくもないと望んでいた。どちらの方が上かは分かっていたつもりだったが、容易に切り捨てられる望みではなかった」

 

 ああ……そのあたりなのかな。

 ボクとフロストリーフが決定的に違っている部分は、そこなのかな。フロストリーフは盲目になれなくて、ボクはその逆だった。

 生き延びるという観点から見ればボクの方が正しい選択をしているんだろうけど、人として正しいのはきっとフロストリーフの方だ。

 

「だが私は散々悩んだ挙句、首を刎ねた」

 

「……!」

 

「そう驚くことか?……いや、そうだな。私自身何故あの選択を取る勇気があったのかは分からない。思い出せない。だがそれを契機として、私は持っている刃からその迷いを取り払えるようになった」

 

 そう、なんだ。そこじゃないのか。

 

「しかし良い方向だけに向かったとも言えない。私の持っていた剣は纏わりつく血と肉片で赤く染まり、そしてその重量は斬れば斬るほど重くなっていくように感じられた」

 

 一体何人を殺したのだろう。数人、数十人、事によると数百人。それだけ斬れば剣も替えなければいけない。いや、そもそも折れているかもしれない。なら剣を替えたはずだ。それでも重く感じられるのは、偏にフロストリーフが殺したくないと思っていたからだろう。

 

 少年兵は【執行者】のような使い方をされる。けど、それはロドスで言えばオペレーターが撤退させられた時に臨時で救援に行くような時のみで、相手をするのは既に疲弊した兵力だ。

 だからフロストリーフには殺しやすかったはずだ。考えられる頭を持って、死にたくないと思えていたフロストリーフには、正しく強さが備わっていたのだろうから。

 

 だからこそ逃げられなかったのかな。

 剣を振らない訳にはいかないけれど、そうなれば殺さなくてはいけない。それが分かってしまったからこそフロストリーフは剣を放り投げられなかった。

 

「物理的に重くなっている訳ではない。だから振るうことに支障はなかった。私が逃げることさえなければ、私は順調に死体の山を築くことができる。──その未来こそが、その時私の選んだ選択肢だった」

 

「気に触ったら謝るけど、辛くはなかったの?」

 

「辛かったさ。途方もなく重い剣を振るうことだって、相手の死を見届けることだって、味方が死んでいくのを知ることだって辛かった。督戦隊にやっぱりダメだった、などと伝えることすら考えた」

 

 あ、はい……反応しにくい。

 

「救いはその少し後だった。板挟みになった私はとうとう武器の重みを感じなくなっていた。死を現前に捉えた敵兵の絶叫を雑音としか感じられなくなっていた」

 

 ああ、それはボクにも覚えがある。自分以外の、若しくは敵対している人の命に価値がないように思えてしまうのは記憶に新しい。

 少し傲慢な考えだけど、人を殺すっていうのは極論自分のために他の命を蔑ろにできるってことになんだ。

 それに、ボクのアーツはより相手のことを軽んじている。自分の感じている死への恐怖を相手にも感じさせてその上で殺すなんて、残虐が過ぎる。

 残念だけど、戦いにおいて共感しないことは大切だ。情なんてものをかけるから手傷をより多く蓄積させ、自分の価値を落とす。戦場で相手に慈悲をかけるなんて馬鹿のすることだ。

 

 とは言っても、そんなことを十歳前後の子供がやるのは不適当ってものだ。ボクだってこれを知ったのは……ん?あれ、ボクもそれを知ったのは十三歳くらい……?

 じゃあ普通なのか。

 

「良かったね」

 

「……何の話だ?」

 

「だって、救いがあったんでしょ?」

 

「はっ?」

 

 えっ?

 

「えっと、自分のために他人を切り落とすことができるようになった、ってことだよね……?」

 

「ああ、そうだ」

 

「だから、良かったね」

 

「……」

 

 えっ、無反応!?フロストリーフも救いだったって言ってたよね?こんな梯子の外し方ってある!?

 

「アビス、お前……」

 

 ガンッ。

 

 その音に、ボクとフロストリーフの顔が一斉に同じ方向を向いた。何か金属製のものを叩いたような音が……って、自販機か。

 でも今のって自販機が出す音じゃなかったような気がする。『ガコン』とかならなんとなく分かるんだけど、いや、まあロドスにある自販機なら普通じゃない方が納得できるか。

 

「……気を取り直して、話の続きをしよう」

 

「あ、うん」

 

 フロストリーフは一口水を飲んで、言った。

 

「私が精神的に追い詰められ……ああいや、救いを得てから、何度かまた武器を手に取った。一度一度の戦いが大きな戦略的価値を生む、それなりに重要で、そしてそれなりに規模もある戦いだった」

 

 戦略的価値、か。

 ボクには大した知識もないけど、その度に圧力がかかったのだろうとは分かる。絶対に逃してはいけない勝利を掴もうとしてる時に、部隊が戦うことすらなく瓦解するなんてことは最悪だ。

 だからきっと、少年兵を筆頭とする強制徴兵された部隊は督戦隊からお声がかかる。その度にフロストリーフがそういう目で見られたりだとかがあったかもしれない。全てはボクの想像だけど。

 

 それに、規模が大きいなら正規の軍人も多かったはずだ。肩を並べて戦争した時、少年兵は危険度が高く数が大事な撤退戦の殿だとかを任されることになる。

 どうすればいいとかじゃなく、地獄だ。運の良し悪しが明日の命を握ってるような最低の地位になる。

 

「私は生き残ったが、私以外の少年兵はみんなすぐに斃れるか、督戦隊に殺された。泣き喚いていたところを敵兵にやられた者も存在した。それはいつも、味方の数が減っていると分かった時だった。私たちは勝利よりも、平和を欲していた」

 

「勝利して、それで平和にするとかではなく?」

 

「ああ。どうしてか分かるか?」

 

「……勝利が遠かったから」

 

「少し違う。いや、大きく違っている中で当たっていることもある、と言ったところか」

 

 なにそれ。勝利が遠い、って言っただけなんだけど。

 

 いや、一旦整理して考えよう。

 まず、少年兵に区分される子供が勝利と平和を明確に違って考えられるのだろうか。まあそれが成立しないと問題にもならないか。

 夢物語を見ていた?武器を手に取っていた両者が唐突になんらかの要因で手を取り合うと?

 馬鹿を言うな、そんなことを戦場に立つ者が考える訳ない。況してや強制的に武器を持たされた少年兵がそんなありえない希望に縋るだろうか?

 精神的に不安定だったのかな?でもそれにしては一般性を持っているような口ぶりだった。みんなそう考えていた、ならもしかして──『そうとでも考えなければやっていけない』のか?

 

 だとしても勝利と平和がそう乖離するだろうか。

 

「……いや、分からない」

 

「そうか。なら教えてやろう」

 

 フロストリーフが頭をノックした。

 

「知らなかったからだ」

 

 知らなかった?何を?

 

「戦争の目的を知らなかったんだ」

 

「それは、どこまで?」

 

「全てだ」

 

「そんな訳が……」

 

「戦争がいつから始まったのか。どこの相手と戦争しているのか。どうなれば勝利となり、どうなれば敗北するのか。自分が行動している場所、自分の立場、自分が斬らなければいけない理由。それら全てを誰一人として知らなかった」

 

「ありえない」

 

「だが事実そうだった。知識を持っていそうな子供は居たが、それを聞き出す前に死んでいる。全員そのことについて口に出す機会を得ることがなかった」

 

 勝利が平和を齎すとは思えなかった理由が、そもそもその戦争が平和を目指しているのか何なのかすら分からなかったから、なのか。

 侵略戦争だとか自衛戦争だとか、それとも革命戦争やクーデターなのか。そんなことすら分からないままに戦っていた……!?更に言えば勝利条件すら知らされないままに……!?

 

 ありえない、ありえないとしか言いようがない。少年兵にはそんな情報すら入ってこなかったなんて酷過ぎる。

 いや、でもフロストリーフが戦争孤児やその類だったらまだ納得の仕方はある、か。聞けるほど親しい間柄ではないけど。

 

「私は生きたかった。この戦争を生き抜いて命を脅かされない地で生きたかった。そのために必要だと思ったのは、皮肉にも今まで見殺しにしてきた仲間の存在だった」

 

「長期的に生き延びるため、ってこと?」

 

「そうだ。私には力や器用さこそあれど、考える頭や知識が今ひとつだった。補給物資は敵から強奪してなんとかしていたが、剣の整備や服の修繕などは何一つとして分からなかった」

 

 生きるために奪う、何だか犯罪者みたいだ。とはいえ戦争ってもの自体が大規模な犯罪行為な訳だから仕方がないか。

 

「私は生き残りに声をかけて、色々あったがなんとか団結することに成功した。時勢が時勢だったからな、今は亡き軍人の親から武器の整備方法を教えてもらっていた者がいた。それを教えてもらう代わりに稽古だの何だのを付けてやった訳だ」

 

 それは、本当に良かったのだろうか。

 

「だがそれは失敗した。私という軍の中でも強い個体は、少年兵という林の中に紛れていたからこそ目をつけられずに済んでいたのだ。部隊全体が同じ数の敵兵を相手にできるくらい強くなれば、そんなもの注目されるに決まっていた」

 

 やっぱりそうなった。一気に勢いを増して団結した少年兵は目をつけられ、成長しきる前に倒される。予想できない未来でもないのに、フロストリーフの自己評価は正解な様だった。

 

「賞金でもかけられていたのかもしれない。私たちは壊走したが、私への追手が特段多いように感じられた」

 

「敵討ちとか、そういうのもあったのかな」

 

「さあな、今となっては分からない。唯一分かっているのは、幸運にも私が五体満足で生き延びたという点のみだろう……しかしそれは、私だけだったんだ」

 

「壊走の結果ってこと?」

 

「そうだ。私たちの部隊は山林を走り抜けるようにして逃走したが、生き残ったのは四人。そして私以外の三人全てがもはや戦える状態ではなくなっていた」

 

 そっか。それはまた、幸運というか、何と言うか。

 言ってしまえば、それで良かったっていう側面がある。フロストリーフが仲間に求めていたものを肉壁となって見事に成し遂げた、そう捉えることは可能だ。

 でもそれをフロストリーフがどう感じたのか。自分は生き残ることができて嬉しい、なんて思えたのだろうか。

 

「既存の別部隊に私は再編された。三人の行方は分からなかったが、情を入れるだけ無駄なのだと知ったから、知ろうとする気にもなれなかった。行軍の合間に武器を振り、私が新しい部隊の仲間と連むことはなかった」

 

 フロストリーフの隣に絶対死なない強い人が居てくれたら、それだけで終わっていたんだろうけど。

 

「その頃だ、私はアーツを発現させた。仲間が敵のクロスボウによって剣山を模しても、私の斬り裂いた敵兵が怨嗟を撒き散らしても、私の心が熱を持つことはなく。そしてその刃は塗られた血糊を凝固させた」

 

「鉱石病にはいつから罹ってたの?」

 

「ずっと前だ。正確には覚えていない。アーツを自覚した時期すら曖昧で、それがどうでもいいことだと割り切れていた。いや、割り切ってしまっていた、とでも言うべきか」

 

 フロストリーフは本当に強いな。

 フロストリーフは、自分が感染者になったこととか、自分がアーツを使えるようになっていたこととか、そういうのよりずっと命を大切に考えていた。でもその命を、その他人の命を切り捨てる判断ができていた。

 

 ボクとはずっと違う。

 

「それからの展開は早い。私がどれだけ敵を屠っても部隊は撤退戦を強いられ、そして遂に戦争は敗北の形で終結した」

 

「それから、傭兵になったんだよね」

 

「ああ。それで……」

 

 フロストリーフはボクの方を見て言った。

 

 

「どうして私が過去を過去として見られたと思う?」

 

 

 どうして、だろう。

 ボクが今の話で知ったフロストリーフとの違いは、心が強いかどうかってことくらいだ。

 

「戦場が嫌いだったから」

 

「それなら私は今武器を持っていないだろう。好きでもないが、戦場は私の居場所でもあったんだ」

 

 そんなものなのか。

 過去と上手い付き合いをするにはどうすればいい?少しの間直結する要素を生活から取り除いたくらいで、どうして?

 

「ケルシー先生が正した、とか」

 

「そんなことで変わることのできるほど簡単ではない。それくらい、アビスなら分かっているんじゃないか?」

 

 そう、か。そうだけど。

 

「……」

 

 悩むボクを見ていたフロストリーフが背をベンチに凭れさせて上を向いた。目がすうっと細くなる。

 何故この人は過去を過去だと割り切ることができたのだろう。

 

「答えが知りたいか?」

 

 ──答え。

 

 本当に、そんなものがあるのだろうか。

 無理矢理考えようにも思考が行き詰まって、ついそんなことを考えた。

 

 答えなんて言い方は嫌いだ。だってそれがフロストリーフの回答で、ボクの解答にも当てはまるとすれば、ボクはそれをするべきなんて結論になる。

 正解なんて必要じゃない。ケルシー先生には過去を過去にするなんて言ってしまったけど、本質ボクはリラを忘れられない。

 

「過去を割り切ることは、そんなに悪いことか?」

 

「それは、だって……割り切れない過去だってあると思うから」

 

「言い方が悪かったな。()()()()()()()()のは悪いか?」

 

「それの何が違う?」

 

「全く違うさ。過去に納得する、過去に覚える後悔をすっぱり失くすことが割り切るということ。そして過去にするというのは──自論だが、現在に意味を見出すことだと思っている」

 

 現在に意味を見出す?

 

 なんだ、その程度のことなんだ。

 

 ボクにとってリラは意味ある過去で、フロストリーフにとって戦争は無意味な過去だった。だからフロストリーフはその無意味なものから離れただけで、人生とはこれほど滋味豊かなものだったのか、とでも思えたんだ。

 

「結論、ボクには無理ってことじゃないか……」

 

「本当にそうか?」

 

「無理だよ。ボクにとって過去より価値のあるものは存在しない。ボクにとって何よりも大事な存在はもう、ない」

 

「ふむ、正しく伝わっていないようだ。私は()()()()なんてことを言ったつもりはない。現実が一番でなければいけないのなら、老人は生涯をみな過去として見られないだろう」

 

 じゃあ過去は関係ないってこと?

 

「──だから、もう一度聞く。お前は今生きていることに意味があると思うか?」

 

「ない」

 

 フロストリーフが何を言いたいのか分からない。何故そうも易々と過去を話してくれたのか、察しの悪いボクにはとても分かれない。

 だけど、返答は決まってる。過去をただの色褪せた記憶として扱うには、眩し過ぎるんだから。リラが一番大切なんだから。

 

「今を無価値だとは思わない。だけどボクの過去に比べれば、今の方が圧倒的に色褪せて見える。それは確かなことなんだ」

 

「大切な人も居ないと?」

 

「居たら良かったけどね。本当に」

 

 リラが居てくれたら、良かった。

 

「なら、お前を気にかける医療オペレーターなど不要な存在でしかないと」

 

 面倒な聞き方をする。

 でもボクの答えは変わらない。ケルシー先生は嫌いなボクを気にかけるくらい優しい人だし崇高な理念も持っているけど、だからと言ってボクの人生を押し上げるとは言えない。

 

「お前に格闘を教える師はお前の人生にカケラも意味を与えなかったと」

 

 ああ、そうだよ。サリアさんはボクの尊敬するオペレーターだ。その人がボクに教えてくれるなんてことになったのはボクの人生に見合わない幸運だった。

 それでも、幸運程度が意味になるって思うのは流石に馬鹿馬鹿しい。あって良かったものだけど、なくてはならないものじゃない。

 

「あの仲の良さそうなコータスはお前にとって鬱陶しい存在に過ぎないと」

 

「フロストリーフ、どこまで知ってるんだ」

 

「さあな。質問に答えてもらおう」

 

「答えろ。何故ボクに声を──」

 

「答えてもらうのは、こちらの方だ。お前に大切な人なんて居ないんだろう?」

 

「とっくに答えは言ったはずだ!」

 

「なら簡単だな、早く答えろ」

 

 フロストリーフ、君は……!

 

「ただの鬱陶しいストーカーだと思っているのか、それとも自分に熱を上げる愚か者だと心の中で謗ってるのか」

 

「そんな訳が……っ!」

 

「だってそうだろう、なぜならお前に大切な人なんて居ないのだから」

 

「君に……君にそんなことは言われる筋合いはない」

 

 ボクが何をどう考えていようが、ボクの勝手だ。

 分かってるだろ、君だって。

 

「ボクの人生の意味なんて、もうなくなった。大切な人が居たとしてもそれが変わることもない。もしボクが君の思う通りだっとしても、それに意味なんてないんだ」

 

 無意味だ、全ては蛇足だ。

 ボクはあの時死ぬべきだった。

 リラと一緒に死ぬべきだった。

 

 それを、何故か今の今まで生きている。

 全部ボクの人生には必要ない。

 

「大切な人が居たとしても人生は無意味なまま、か。どうやらお前に大切な人なんてものは事実居なかったらしいな」

 

「何か違ってるとでも?」

 

「何もかもだ。何もかもが誤っている。お前には大切な人など居ない。自分のことを満足に語れないヤツが、分かり合える相手を見つけるなど不可能だったな」

 

「勝手に言い出して、勝手に否定するのか」

 

「お前に少しでも心を開いた私が馬鹿だった。お前のその目はお前自身にしか向いていない。お前のその耳はロクに仕事をしていない。お前は何も見ず、聞くこともしない阿保だ」

 

 酷く攻撃的な物言いは、けれどボクの心に傷なんてつけなかった。それはボクが耳を塞いだ訳じゃなくて、フロストリーフのせいだった。

 フロストリーフがただただ悲しそうにそれを言うから、ボクはそれに傷つくことができなかった。

 

 頭が冷えてくる。

 

「何とでも言えばいいけど、撤回くらいはさせてもらうよ。ボクにも大切だと思う人は出来た。それでもボクの人生に意味なんて生まれてない。それだけなんだ」

 

「……ああ、クソ。ここまで言うつもりじゃなかったが、この際だから全部言わせてもらおう」

 

「何を?」

 

「まず第一に、私とお前は似ているが、その実全く違っている。状況だとか生い立ちだとかじゃない何かが、私とお前で180度逆なんだ」

 

 なんだよ、それ?

 

「お前は逃げられなかったんだ。お前の表情から分かった、お前は心を閉ざすより先に壊されたんだ。本当に、見ているだけで滅入りそうな面構えだ」

 

「ひ、酷いこと言うね……」

 

「第二に、お前は早く真正面から向き合え」

 

「それは、何に対して?」

 

「お前の大切な人に対してだ。お前の目や耳が腐り落ちているのは、お前がそれを放っておいたからだ。今私の言葉がどれくらい聞こえているのかは分からないが、私のことを忘れたらぶった斬ってやるから心配するな」

 

 ちゃんと聞いてるよ。フロストリーフの言葉は確かに聞いてる。

 そう言いきることが出来るほど、ボクにも自信はないんだけどね。っていうかボクに怒ってたんじゃなかったの?

 

「第三、中等部二年生みたいなコードネームしているお前。そんなに子供で居たいなら価値だけで動くんじゃない」

 

「一応ボクもこのコードネームはどうかと思ったけどさ」

 

「最後。私はお前のことが嫌いだ。二度と話しかけてくるなよ」

 

「あ、うん」

 

「ちなみに話しておくが、お前の嫌いなところは自分の人生を無意味だと思っているところだ。そこを改善したのなら、もう一度くらい話をしてやってもいい」

 

「あー、うん。努力するよ」

 

 本当に、良い人なんだろうな。

 

「あと、もう一つだけ」

 

「何か?」

 

「答えはほぼ決まっている当たり前の質問をするが、どうか素直に答えてくれ。──ライサのことは、大切か?」

 

 

「大切だよ。決まってる」

 

 

 

 ようやくアビスの口から、その言葉を出すことができた。

 アビスをほぼ睨むように見つめていたフロストリーフは深く息を吐いて、腰を上げた。

 

「それならそうと、最初からそう言え」

 

「ぅ、はい……」

 

 フロストリーフはさも面倒くさそうな顔でツンと前の方を向いているが、そもそも話した時点でお人好し、アビスのために怒鳴った時点で度を超えたお人好しだ。

 ふぅ、と吐いたため息はアビスの面倒臭さによるものか。

 

「……それじゃあ、私はもう行く。もし改善できたのなら、酒にでも何でも付き合ってやる。精々努力することだ」

 

「実現が難しそうだし、無駄なことだとは思うけど……まあ、一応は言っておくよ。ありがとう」

 

「ふん」

 

 歩き出した。アビスの耳には自分の声が本当に聞こえているのか不安ではあるが、元より関わる予定なんて無かったのだ。とっとと頭の中から追い出して、この不完全燃焼なイライラを抑えるべきだ。

 ああ、しかし、やるべきことがあと一つだけ残っていた。

 

 

『これで良かったか、ケルシー先生』

 

 

 自動販売機の裏。

 端末に表示された通知を、ケルシーは無感動に見つめていた。

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