【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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四十二 友達の友達?

 

 

 庭園を離れたボクはいきなり途方に暮れていた。ラーヤに会って早く伝えるべきなのに、ボクの前には大きな壁が聳え立っていた。

 

「ラーヤって普段何してるんだ……?」

 

 庭園に行く前ボクはラーヤの部屋を訪ねているし、イースチナさんの部屋も訪ねている。あまり使っていなかった端末のメッセージアプリも使ってコンタクトを取ろうとした。どれも空振った。

 そも、いつものラーヤならボクが探すより先に隣に居る。ラーヤはどこだろうと思った瞬間に背をつつかれて声をかけられるのだから、ラーヤの私生活を意識したことはなかった。っていうかボクに付き纏うかイースチナさんのような方達と居るかの二択だと思ってたのに。

 

「私もあまり思い当たることはありませんね」

 

「そっか……ってなんでここに居るんですか」

 

「友人を探すことが不思議ですか?」

 

 それは別にしてもらっても構わないけど。

 

「またラーヤに怒られますよ」

 

「心配要りません、備えはあります」

 

「備え、ですか?」

 

「はい、肉壁が一枚」

 

「ボクはイースチナさんよりも先に逃げますからね」

 

「逃すとお思いですか」

 

「何が何でもの精神です」

 

「首輪でも用意していたほうがよかったですね。何故用意していなかったんですか」

 

「えぇ……」

 

 それはちょっと理不尽ってものだと思う。ちょっとだけでもいいからボクに人権を与えてくれないかな。

 頭の後ろをガシガシと掻く。イースチナさんはさも不思議そうにボクの方を見ている。

 最近思うようになったのが、ボクとイースチナさんの会話に敬語って本当に必要なのかってこと。ボクからはともかくとして、イースチナさんからの敬意は毛ほども感じられないし、ラーヤと同じように同年代だし。毎回噛みついてくるよね。

 実際のところどのくらい嫌われているんだろう。通路を並んで歩きながら言葉を交わしていると、不意にそんなことが気になった。

 いや、そもそも嫌われるようなことをした覚えがない。

 

「そんなに悪いことしたかな」

 

「ラーヤを誑かしているでしょう」

 

「それについては勘違いだった、ってことになりましたよね?」

 

「琴にそんな種類があるものですか」

 

 辛辣って言うより、ぶっ飛んでるねこの人。ついでに本来備えるべき敬意とかその他諸々も吹っ飛ばしちゃったのかな。あの個室でのやりとりも一緒に吹っ飛んでるみたいだ。

 あの個室、という単語で思い出したけど、イースチナさんはボクの感染状況について、あの後ケルシー先生から口止めがあったらしい。これは安心。

 でもラーヤとのことに関しては当然ながら口止めなんてない。いつのまにか周囲からの評価が下がってそうで怖い。少なくともこの人の中では最底辺のあたりを既に彷徨ってる可能性が高い。

 

「言っておきますが、本当に誑かしたりなんてしてませんから」

 

「知ってますよそれくらい。ジョークの範囲に収まらない冗談を言ってみただけです」

 

「そうなんですか?それなら──いや収まってないじゃないですか。それは冗談じゃないって言ってるじゃないですか」

 

 危ない危ない、範囲に収まってないジョークは冗談にならない。ってことはこの人分かってて言ってるじゃん。もしかしなくても単純明快にボクのことが嫌いなのかな?

 

「今更ですか」

 

「流石にそんなすぐには思い至りたくないですから」

 

「他称クズですし」

 

「サンプルが自分一人の場合はデータとして認められませんよ」

 

「セリフ長くないですか?」

 

「君のセリフが短いだけです」

 

「二人称が君の人って実在したんですね」

 

「ロドスには割と居ますよ」

 

 本当に特別な意味もなくイースチナさんはボクを責めるような発言ばかりしている。それでもこうして一緒にラーヤを探して歩いてるんだから、一応そこまで嫌われてる訳じゃないと思うけど。

 

「なんということでしょう、大衆に流されるがあまり個としての自分を失ってしまうとは。だから誑かしたんですか」

 

「どちらにも異議を申し立てたいんですが」

 

「却下します。権限レベルを上げて出直してください」

 

「どうやって上げるんですか」

 

「まず私に跪きます」

 

「嫌です」

 

 そんなやりとりをしてる間にオペレーターの居住区画を一周してしまった。ラーヤはこのあたりには居なさそうだ。医療関係の区画に居るとは思いにくいし、基地内の施設でも使ってるのかな。もしかして武器の調整だったり?

 

「「次はエンジニアの……」」

 

 被った。

 

「何ですか被せないでください不快です」

 

「いや、はい。ごめんなさい」

 

「なんで謝ってるんですか?」

 

「ボクもそれ不思議でした」

 

()って言わないでください不快です」

 

「あ、はい。すみません」

 

「なんで謝ってるんですか?」

 

「どうやら無限ループにハマってしまったようです」

 

「早く抜け出してきてください」

 

 いや無限ループにハマったのはボクだけではなく君もでしょう。

 

「どうしてハマったのはボク一人だけなんですか?」

 

「逆に聞きますが何故私があなたと同じような状況に陥らなければならないのですか?」

 

「逆に聞きますが何故君だけが陥らないとお思いなんですか?」

 

「あなたは肉壁ですから、私は守られて当然でしょう」

 

「なるほど」

 

 これは一本取られた。

 ん?本当に取られたか?

 

「それで、次はエンジニアの方々が居る方へ行きましょう。分かっているようですが、そこで武器の整備でもしている可能性が高いので」

 

「了解です」

 

「しかしラーヤは何事も人任せにしてしまう傾向が見られますから、居ない可能性もありますね。しかしそうなれば一体どこに居るのでしょうか……」

 

「イースチナさん」

 

「何ですか」

 

「セリフ長いですね」

 

「あなたのセリフが短いだけです」

 

 一拍置いて顔を見合わせる。

 

「真似しないでください」

 

「そちらこそ」

 

「あなたから始めたことでしょう」

 

「しかし君()真似して返したんですよ?」

 

「……はあ。行きますよ」

 

「はい、勿論」

 

 イースチナさんと並んで歩く。さっきまでと同じように、ボクとイースチナさんの間には拳骨が三つ入るくらいの距離が空いている。

 

「肉壁って使いまわせますよね?」

 

「オペレーターですから再配置は可能です」

 

「なるほど」

 

 けれど確かにさっきよりは近くなった距離で、ボクとイースチナさんは通路の向こうへと歩き始めた。最初はボクがラーヤとイースチナさんを引き合わせたのに、何故だか今はラーヤが引き合わせている。

 

 因果なもの、とでも言えばイースチナさんも同意するかな。いや、そうして茶化せばきっと、イースチナさんの冷たい目が待っている。照れ隠しだとかツンデレだとか言われるのは嫌だし。

 

 

「因果なものですね」

 

 

 おっと。

 

 

 

 

 

 

 

 水筒の蓋が閉められる。

 あれからアビスとイースチナは割と長い時間ライサを探した。事務職員らが異口同音に知らない、分からないと言っていた所を見るに、ライサがそこを訪れていないということは確かだろう。

 

 エレベーター前通路にて、手詰まりになった二人は足を休ませつつ頭の中をひっくり返して手がかりを探していた。だがライサの私生活など、やはり記憶の片隅にすらなかった。

 

「困ったな……」

 

「困りましたね……」

 

 顎に手をやっていたイースチナがアビスの方を向き、一方で水筒を肩に掛けている鞄の中へと仕舞っていたアビスもイースチナの方を向いた。

 どこぞの冬将軍でも見たことがないくらいに顔を顰めたイースチナ。アビスの心は494の術ダメージを負った。

 

「居住区画、職員区画、職人区画、療養庭園。イースチナさんはこれら以外にどこか思い当たることってありますか?」

 

「いえ、特には。自治団の本部にも居ないでしょうし」

 

 同年代同士で顔を合わせ、結局ライサと仲良くなれたのはイースチナだけだった。当初のアビスとしては自治団のメンバーなど知ろうともしていなかったので特段意外には感じられなかったが、今こうして接していると、中々予想できないことだったと知った。

 イースチナとライサには共通点がない。恋は盲目を地で行くライサに対し理知的であろうとするイースチナでは、アビスの頭ではどうやっても仲の深まる展開が見えなかった。

 

「イースチナさんはラーヤとどのように過ごしていたんですか?」

 

 気付けばそんな言葉が漏れていた。まだそこまで近しい間柄でもないために、少し不躾だったかと一瞬後悔を覚える。だがそんな予想に反して拒否の言葉は聞こえず、代わりにイースチナはより一層考え込んだ。

 

「特段二人で何かをしていた記憶は……ラーヤと居る空間は、それだけでどこかリラックスできるような気がするんです」

 

「その時のラーヤは何を?」

 

「これといった何かは思い当たりません。私の部屋に置いてある本を読んでいる日もあれば、端末を操作していたり、映画を見ている日もありました」

 

 多趣味と言うよりは、無趣味なのだろうか。熱を上げているジャンルが無いというのはどこか人間性を欠いているような気さえするが、別方面でなら供給過多な程に人間らしさを持っている。むしろ吸われているのだろうか。

 アビスは一つ頷いて、何に納得したのかは知らないが、そんな風な顔でまた水筒を手に取った。だが次は、イースチナのターンだ。

 

「あなたは何故ラーヤを探しているんですか?」

 

「それは……」

 

 答えようとしたアビスだったが、脳がそれに待ったをかける。本当にそれを今この場所でこの相手に言っていいのか、それを深く吟味すべきだと無意識下で考えていたのだった。

 そんなアビスの見せた少しの躊躇いに、イースチナは少しの不信感を抱く。饒舌だったさっきまでのアビスがそうなったことにかなりの疑念を抱き始めた。

 

 ──しかしながらアビスの脳が制したように、今この状況は決して二人きりを保証してなどいなかった。

 エレベーターの扉が開き、低い声が部屋に響いた。

 

「おっと、こんな所で告白かな?中々先鋭的なセンスだけど、流石に控えた方がいいんじゃないかな」

 

 桃色のメッシュを入れた艶のある黒髪に、大きく開かれた胸元。右手だけに着けている黒い手袋が室内灯の光を反射して煌めいている。

 

「ミッドナイトさん、ですか。お久しぶりですね」

 

「ああ、久しぶり。最近は偶にしかカーディの訓練に顔を出していないそうじゃないか。何かあったのか──いや、あったんだな」

 

「初対面で申し上げるには些か無礼とは思いますが……そういった邪推は死ぬほど面倒で不快なのでやめてください」

 

 アビスがギョッとしてイースチナの方を見る。思った通りの言葉ではあったが、まさか本当にそれを口にするとは考えられなかったため、完全に不意打ちだった。

 

「いいね、アビスにはそれくらいの方が丁度良いのかもしれない。さて、これ以上は嫌われそうだからもうやめておくことにしよう」

 

「もう嫌いですが」

 

「ああ、まあそうだね……そういうことにしておいてくれて構わない。それじゃアビス、俺は用事があるからもう行くよ」

 

「ええ、また話しましょう」

 

「後は任せてくれ」

 

「はい?」

 

 去り際にウインクをして、ミッドナイトは去って行った。アビスにそれ以上の答えを言うこともなく、平然とドアから出て行った。

 

「……取り敢えず、場所を変えませんか?」

 

「異論はありません」

 

 エレベーターに乗り込む二人。ミッドナイトの言葉が何を意味しているのか皆目見当もつかないままではあったが、それ以上にイースチナの機嫌が傾いていて危険だ。

 

 閉まっていくエレベーターの扉。それが何故だか、外界への拒絶を抽象しているように思えてならなかった。

 

 

 

 エレベーター室を出て、人が疎らな通路へと足を踏み出した。結局目的地は決まっていなかったが、とにかく人の少ない場所を目指していた。

 アビスの目的は胸を張って言うべきではあるが、それと同時に誤解されやすいために言うだけでもリスクが生じる。ロドスには早合点しそうなオペレーターも幾人か居る。最悪の事態を招く可能性とは、そういう時に限って不思議なほど(ご都合主義的な力で)高くなるものだ。警戒して損はない。

 

 しかしそんな警戒によって可能性が高まる(フラグが立つ)こともある。

 

「こんな所に何の用かしら、アビス?」

 

「そっちこそ、どうしてここに?」

 

「へえ、なんだか楽しそうね」

 

「とうとう文脈まで無視するんだね……」

 

 どことなく疲れたようなアビスをケタケタと笑いながら、そのサルカズは舐るように二人を観察する。そんなWの目がイースチナの目を見たところで動きを止め、そしてWは首を傾げた。

 

「そんなにあたしって怖いかしら」

 

「……っ!」

 

「自分のことが怖いなんて、中等部に在籍してる学生くらいしか思わないからWが自覚できないのも無理はないよ。……いや、その理屈でいくとギリギリ自覚できるかもしれない」

 

「誰の情緒が子供並みに不安定ですって……?」

 

「そこまでは言ってないけどね!?」

 

 そう、言ってないからセーフだ。情緒だけではなく性格だとか気の長さだとかもそうなってしまうとアビスは考えたが、自重してそのツッコミを入れなかったのだからセーフだ。

 それにしても怖いと言われたのはいいのだろうか。

 

「あなたが、元レユニオンの……」

 

「ああ、そうね。自己紹介しておくわ。あたしは元レユニオン所属、サルカズ傭兵部隊の……何だったかしら?まあそのあたりを務めていたわ」

 

 イースチナの顔が戸惑いと少しの驚愕で染まる。

 

「縁あってロドスに来たの、よろしくどうぞ?なんてね」

 

 言わなければいけない何かがあった。しなければいけない何かがあった。けれどその機は、まるであの日のように唐突にイースチナの前に現れた。

 何もできない。アビスがイースチナの手から離れた本を拾い上げる。だがそれなりに厚い本を落としたというのに、イースチナの視線は相変わらずWの方に向いていた。

 

「これは何?」

 

「イースチナさん。ラーヤの友人」

 

「へえ、それはそれは……ふふっ、本当に面白いことになってるじゃないの」

 

「……ぁ、あぁ……」

 

 ピキピキと、何だか嫌な音がした。突如として無風の通路に暴風が吹き、それがイースチナの手あたりに収束していく。

 俯いたイースチナの顔を覗き込もうとしたアビスの眼前を、ゾッとするほど綺麗な水色の雫が通り過ぎた。

 

「────っ!?」

 

 雫が床に落ちたと同時に、冷気の爆風が通路に充塞する。反射的に本を持っていない方の手で顔を覆い、全力で爆煙の勢いに乗ってアビスは後ろへ飛んだ。

 

「きゃっ!?」

 

「あ、ごめんなさいぶつかりましたか!?」

 

「えっ、いや、大丈夫です……!」

 

 後ろに居たらしき職員が駆けていく足音を聞いて、アビスは一息つく。冷気に固められていたのを無理に動かしたせいで、唇が出血する。迅速な対応のおかげか、唇以外では髪や睫毛が変に固まっているくらいの被害で済んだ。

 腕も足も動かしにくい。そして何より目を瞑ったまま冷気に当てられたせいで瞼が動かない。よって目が見えない。だがそれも時間が経てばなくなるだろう。今は時間稼ぎこそ優先すべきだ。

 

「イースチナさん!」

 

 直後、ピキ、とまた音が聞こえた。アビスは咄嗟にアーツユニットを出し、制御の効かない炎のアーツをばら撒いた。熱くて痛くて動かしにくい、しかしそのおかげで二度目の冷気はスラム時代に経験があるくらいの温度で済んだ。

 

「あ、あんたねぇ!艦内でアーツぶっ放すとか何考えてるのよ!」

 

 通路の向こうから、そんなWの声が聞こえた。アビスとは逆方向に跳んだようで、相も変わらず元気な様子だ。

 

「なんだ、Wは生きてるのか……」

 

「聞こえてるわよアビス!」

 

「うわっ!?」

 

 轟音と共に飛んできた銃弾がアビスの近くの壁に当たって音を立てる。艦内で銃をぶっ放したWに、アーツをぶっ放したイースチナを非難する資格はあるのだろうか。

 視界を遮る白煙が徐々に薄らいでいく。爆音に耳鳴りでもしているのか、Wは銃を持っていない手で片方の耳を抑えていた。

 そしてその手前に居るイースチナの姿も露わになる。足元に広がっていた白雪のような氷にヒビが入って大気に溶け、イースチナは俯いていた顔に手をやった。

 

「……すみません、取り乱しました」

 

 頭を振って、イースチナはどうにか落ち着いた。奪われ続けていた熱がゆっくり戻ってくるに連れて、収束していた先程の風とは反対にアビスやWに向かい風となっている。

 

 それは、誰も近づけたくないという意思を示しているのだろうか。あの日々を思い出してしまったイースチナはアビスやWを遠ざけないとでも思っているのだろうか。

 考え事の範疇を逸脱し始めた思考を無理矢理止めて、アビスはイースチナに本を差し出した。

 

「次から気を付けなよ、W」

 

「えっ、あたし!?」

 

「Wが不用意に話しかけたからでしょ」

 

「否定はしません」

 

「いや、えぇ、本当に……?」

 

「それじゃW、ボクらはもう行くから」

 

 イースチナの太々しさが戻ったところで、アビスがWの横を通り抜けた。イースチナのそれはまだまだ外側しか繕えていない見かけ倒しの振る舞いだったが、まだそれを見抜けるほど親しくなかった。

 

「……それでは、さようなら」

 

「ああ、ちょっと待ちなさい」

 

 通り抜けた先で、掴まれた左手。反射的に大きく肩を跳ねさせたイースチナの耳に口を寄せ、Wは小さく何かを囁いた。

 イースチナは大きく飛び退ると、いつでも肉壁に出来るようアビスの腕を必死になって掴んだ。

 

「別にアーツのことは怒ってなんかいないわよ?アビスのあれが親密な相手に対する照れ隠しだなんて分かりきってるもの」

 

 アビスの腕と本を抱くようにして体を強張らせるイースチナを見て、Wが笑う。

 

「ただ、知らない顔して笑ってるのなら、どうにも壊してやらないと気が済まなさそうだったの。それだけよ」

 

 見かけと乖離した仄暗い感情。楽しそうな(殺意に塗れた)顔が、ヒラヒラと動く(凶器を握りしめる)手が、腰に提げている(自分の方を向く)銃口が、明確にイースチナを糾弾しているようだった。

 

「W」

 

「分かってるわ。でも別にあたしは変なことを言った訳じゃない。誰かに言われるべきことをあたしが言ってやっただけよ」

 

「本当にデリカシーってものがないね、Wには」

 

「張っ倒すわよ」

 

 アビスの腕が少し冷えてきた。

 

「それに最近忙しいのよね……はあ、断言することばっかり求められて嫌になるわ」

 

「何言ってるのか分からないからどっか行って」

 

「ひどっ!?慰めなさいよ!」

 

「何言ってるのか分かるけどどっか行って」

 

「分かったわアビス、あんたを殺して私は生きる」

 

「そんなのただの人殺し──あっ、Wって人殺しだったね、そういえば」

 

 イースチナのアーツが徐々に肩まで伸びてくる。少しの焦燥が冷や汗となってアビスの頬を伝い、話を切り上げるタイミングを見計らう。

 しかしそれは必要のない努力だった。

 

「今更そんなこと……あんたってあたしのこと軽く見過ぎよ。前も傭兵だってこと信じてなかったし、もう一度名乗った方がいいかしら?」

 

「うん?待って、本当に何言ってるのか分からない。ボクがWをサルカズの傭兵だって疑ったことはないよ?」

 

「はあ?あんたね、あたしは──」

 

 Wが気付く。困惑しているアビスは、Wの知っている少年とは近くとも遠い存在だったことを。

 

「いや、そうね。そうだったわ……ごめんなさい」

 

「えっ」

 

 Wの謝罪にアビスが目を丸くさせる。謝罪するような性格ではなかったし、今の話題なら誰だって真剣な謝罪などしないだろうに、その二つが覆ったのだから驚くのも当然だ。

 だとしても、その疑念が答えに行き着くことはない。アビスは自分のアーツについて余りにも知らないことが多すぎる。少なくともWの抱える感情を分からないままに彼が答えを知ることなんてないだろう。

 

「それで、イースチナ。あんたも少しは考える頭を持つことね」

 

 それきり、Wは通路の向こうへと歩いて行った。

 アビスから体温を奪っていたアーツもいつのまにか解除されていて、残るのは疑問ただ一つだった。

 

「何を言われたのですか?」

 

 イースチナはアビスを一瞥すると、口を閉じたまま手を離した。その目が揺れて、Wに言われた〝何か〟を理解した。

 

「うわっ!?」

 

 イースチナはアビスを勢いよく突き飛ばすと、Wとは反対の方向に走り出した。

 

「ああもう、本当にWは……っ!」

 

 アビスがイースチナを追いかける。

 そうしてまた、誤解が深まるのだろう。

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