【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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四十八 彼の意図

 

 

「ドクター」

 

 呼ばれて振り返る。そこには見慣れたフェリーンが私の方を見ながら佇んでいた。平常を装ってはいるが、顔に僅かな強張りが見て取れる。何か隠したいことがあるのだろう。

 いつものことだ。

 

「ケルシー、何か用か?」

 

「いや、そういう訳ではない。だが私には君のことを最大限気にかける義務がある。最近の調子でも、と思っただけだ」

 

「調子か。まあ、ぼちぼちだな。体調に問題はないし、それに嬉しいこともあった」

 

 表情が変わった。

 

「問題がないならそれでいい。ではな」

 

 ケルシーの顔から強張りが解れたところで、私に背を向けた。私に気取られない範囲で最大限聞くことができた、ということだろう。

 

 恐らく次に訪れるのはライサかアーミヤだろう。オペレーターまで動員させてアビスの保護を進めてるケルシーのことだ、私の言っている〝嬉しいこと〟がアビスの話を含んでいると推測したんだろう。

 

「ほんっと淡白だな。それじゃ」

 

 思ってもいないことを口に出して、また足を動かす。

 私にはまだ仕事がある、足を止めてはいられない。

 

 とはいえ思考も止められない。ケルシーは亡灵(アンデッド)の動向を認知しているだろうから、アビスにまた何か仕掛けるだろう。

 だとすれば私もまた早く行動すべきだ。ロドスに閉じ込められて仕舞えば、今の私ではアビスの意志を尊重するなど夢のまた夢だろう。いや、抜け道はいくらでもあるだろうが……

 それにアンデッドの居場所がある程度判明してるのは今だけだ。欲を言えば他のオペレーターを連れて行かせたいが、そうなればケルシーに見つかりやすくなってしまう。

 

 執務室に着いた。ドアを開けば何かを調理──いや、加熱しているハイビスカスの姿が目に入った。絶対に調理ではない。

 匂いは……うっ!?何を入れたのか見当もつかない。毎度毎度どんな実験をしているのか気になるのだが、経過を辿っていくうちに原料が分からなくなる。あれはもはや才能の域だ。

 

「なあ、ハイビス?もしかして、料理しているのか?」

 

「あ、おかえりなさいドクター!今は究極の健康食を作る実験中です!まだ試作ですから、あまり期待しないでくださいね」

 

「分かった、俺は成功を願っとく」

 

 出来れば味の方も重要視して欲しいものだが。

 

「そういえばドクター、さっき郵便物が届いてましたよ」

 

「郵便物?そういうのは個人の部屋に届いてるはずだろ?」

 

「トランスポーターさんから送られたもので、宛先が炎国語になっていて読めなかったそうです。言伝もなかったから読める人が対処してくれ、と言ってました。私も炎国語はからっきしで……あっ、コゲてる!?」

 

 それは元から消し炭だろうに。

 

「炎国から郵便って言うとホシグマか?」

 

 ふむ、これか。

 中々洒落た封筒だ。あのホシグマが送るような趣向ではないが……

 

「それ、なんて書いてあるんですか?」

 

「……これだ」

 

「えっ?」

 

 む、少し声に漏れたか。

 誤魔化すように掲げて、ハイビスに告げる。

 

「これは深渊(シェンユァン)四月(スーユエ)──つまり、アビスとエイプリルのことだ」

 

 

 

 

 

 

 アビスの目が覚めた。

 横向きに寝転がったまま額に手をついて前髪をかき上げると、何かが手の甲に当たった。

 鬱陶しいものが一つ、ツノに引っ掛かっている。

 

「何してんの、アビス」

 

「割とよく枕って刺さるんだよ。ボクって寝相があんまり良くないからさ」

 

「うん、それは昨日の夜から知ってる」

 

「……うん?」

 

 ツノを抜いた枕から綿が落ちた。

 アビスは自分の腕の中に、赤らんだ顔ではにかむ少女が居ることを確認した。

 

「うわっ、ごめん!?」

 

「むしろありがとう」

 

「えっ!?あ、いや、そっか。ラユーシャとは添い寝してる訳じゃなかったね」

 

「そうだよ、アビス……ん?今なんて?」

 

「〝添い寝してる訳じゃなかったね〟?」

 

「違う、もうちょっと前から」

 

「〝ラユーシャとは添い寝してる訳じゃなかったね〟」

 

()()って何?添い寝してる人が居るってこと?」

 

 アビスの口が止まった。

 誤魔化そうか悩みながら後ろ頭を掻くアビスを見て、胴を抱くライサの力が一気に三段階ほど強くなった。

 

「あー、いや、リラとはしてた。それだけだよ」

 

「チッ。またその人?」

 

「毛布が一枚だけだったからね。身体を寄せ合ってた方が暖かかったんだよ」

 

「それアビスが提案したの?」

 

「いや、リラだけど」

 

 クソが。ライサはアビスの前だったから口に出さなかったが、恐らく今度思い出す時にその言葉を心の底から叫ぶだろう。

 そしてアビスに引っ付き、リラへの憎悪を高める。

 そういう妖怪だった。

 

「なに、付き合ってたの?」

 

「そ、そんなの……ボクじゃ釣り合わなかったよ。リラにはもっと良い人と付き合ってもらいたかったし、それに恋人だからって何か変わる訳でもなかったし」

 

「イラついたからキスしていい?」

 

「はいはい、もう起きようか」

 

「やだ」

 

 ぐい、と引っ張るもライサの体は離れなかった。

 

「ほら、離して」

 

「やだ」

 

 アビスの左足がライサの両足で挟まれる。

 

「ラユーシャ」

 

「やだ」

 

「ラーヤ」

 

「分かった離れる許して」

 

 しゅばっ、とでも表現できそうな速さでライサは布団を抜け出した。親称が愛称に変えられるというのはつまりそれほどライサにとって耐えがたく、しかしアビスはそれをイマイチ理解していない。

 だがそれを知る必要はないだろう、今の状況はアビスにとって都合が良いため変える必要もないからだ。

 

「分かった、許す。それじゃボクは着替えるから少し出ていてくれるかな」

 

「やだ」

 

「ラ「分かった出てる」……うん、最初からそうして」

 

「やだ」

 

 パタン、とドアが閉じた。

 そのまま胡乱気に注視していると、ほんの少しだけ、ドアに顔をぴったりつければ覗くことができるくらい少しだけ開かれた。都合の悪いことに、そのドアは外開きのドアだった。よって少しの隙間から得られる視界も決して狭くない。

 

 アビスは無言でドアを開けた。

 

「ラーヤ」

 

「もうしない」

 

「……なら、いいけど」

 

「うん、やらないよ」

 

「…………音聞くとか、嫌だからね」

 

「……」

 

 真顔に戻って見つめ合う。

 アビスはため息をついて、妥協点を探した。

 

「今度服を買いに行く。それでちゃんと待ってて」

 

「一緒に?」

 

「一緒に」

 

「分かった。貯金全部下ろしてくる」

 

「それはやめて」

 

「……ちなみに、どうやって待ってればいいの?音聞こえちゃったらナシ?ドアに近付いてたらダメ?椅子に座って待ってるのは失礼かな。不安だからダメになる基準を教えて」

 

「ボクがダメって言ったらダメ」

 

「分かった服脱いで土下座しとく」

 

「土下座が何なのかは知らないけどやらないで。服も脱がないで。……じゃあ、ソファに座って端末でも使っているのはどう?」

 

「わ、分かった。私に、それが出来るかな」

 

「……応援しとく」

 

 不安に脳が埋まっているライサを前にしてアビスは思考を放棄し、少し頭を撫でた後ドアを閉めた。

 

 ふらふらとビーズソファに近寄り腰掛けた後、ライサはしばらくの間端末を取り出すこともなく頭に手を当てていた。

 

 

 

 

 その少し後。まだ朝と言って差し支えのない時間帯に、アビスはドクターによって呼びつけられて執務室を訪れていた。

 

「ドクター、用とは何ですか?」

 

 ライサと計画している途中に極秘だと称されたドクターからの呼び出しで席を離れることになったアビスは、もしかして自分との買い物を有耶無耶にするつもりなのかと縋り付くライサを丁寧に引っ剥がしたためにとても疲れていた。

 早く終わらせたいと思いながら書類に埋もれているドクターに指令の理由を尋ねる。極秘だとしても、そこまですぐ行動することもないだろう。計画の日程くらいは詰められるはずだ。

 

「ん?お、もう来たのか。もうちょい待っててな、話はそれからだ」

 

「では少しばかり仕事を手伝いましょう」

 

「助かる」

 

「……任務が終わったら、ドクターを言い訳にしても良いですよね」

 

「えっ?」

 

「ラユーシャが面倒な事態になってしまいまして」

 

「じゃあ嫌だけど」

 

 アビスの持った印章がドクターの押そうとしていた部分に打ち込まれた。

 その書類は赤くなっている凹の部分とその他の凸の部分に分かれていた。ハッキリと、破れていないことが不思議なくらいにハッキリと印章の形が浮き上がっている。

 ドクターは震え上がりながら書類を処理済みの棟に積み重ねると、またある異常を発見した。

 

 机もまた、凹んでいた。

 

「どうぞお使いください」

 

「ありがとうございます」

 

 和かに言い放つと、アビスはドクターの数倍ほど早いスピードで書類を捌き始めた。武力では負けてもプライドで負ける訳にはいかない、そう意気込んで書類に臨んだドクターをアビスは視界の端で眺めた。

 

 おお、とアビスの顔が驚きに彩られる。

 

「この程度の書類なら、ドクターの書類処理能力でも昼前には終わりますね。以前より少し上達しているようですから」

 

「本当ですか先生」

 

「はい、ずっと集中して最高のパフォーマンスを出し続ければ可能です。休憩を入れるのは厳しいでしょうけど、頑張れば出来ますよ」

 

「やっぱ言い訳はナシで」

 

「えぇ!?この流れで、ですか!?」

 

「お前一回痛い目見た方がいいよ」

 

 ドクターの目はマジだった。

 その内側はともかくとして、『ドクター』の目は明確に暗黒面へと堕ちかかっていた。

 アビスはそれと視線が交わったので、極々自然体な風を装ってサッと目を逸らした。

 

 アビスの手伝える範囲の書類にサインをする。

 少しして、隣からも同じような音が聞こえてきた。ギリギリ踏み留まったのだろうか、気にはなるものの確認することができない。

 

 

 そうして幾分か経った後、執務室の中にノックの音が響いた。次いでかけられた声は聞き覚えのある、しかし最近はよく聞くことがなくなっていたコータスのものだった。

 

「入ってくれ」

 

 やっとアビスがドクターの顔へと目を向ける。そこにはいつも通りのバイザーがあった。

 そういえば何故自分はドクターの目を見ることなくその濁りを感知できていたのか。背筋に冷たいものが走る。ドクターはそんなアビスを珍妙なものでも見るかのように観察していた。

 

「えっと、書類を手伝えば良いの?」

 

「あ、いや違う違う。アビスももう手伝わなくて良いぞ」

 

「了解しました」

 

 アビスが手慣れた様子でペンや朱肉を仕舞い、ドクターが向かっている両袖机の前に立つエイプリルの隣、半歩後ろに控える。

 

「アビス、どうしたの?……もしかしてだけど、あたしに任務押し付けようとしてない?」

 

「よし、じゃあ早速話を始めるけど……」

 

「そんなことはありません。ですがエイプリルさんは最近訓練に精を出していましたから、それを任務にて発揮なされてはどうでしょうか」

 

「はいはい、ちゃんと──あれ?アビスって戦闘任務の禁止令が出てなかった?」

 

「ごほん。さて、アビス……」

 

「手術も終わりましたし、一段落ついたということではないでしょうか?任務の指令が出たのであれば、ボクはそれに従うのみですから」

 

「ふーん。あの時(第一章で)はロドスを抜けるなんて言ってたたのに、そんなこと言えるんだ」

 

「まあ、色々と変わりましたから」

 

「ごっほんごほん!んっんー!」

 

「そういえば訓練も禁止されてるって言ってなかった?今から任務だーってなったら本当に戦える?」

 

「心配は要りません。訓練室を使わない程度のトレーニングは禁止できませんから、少し強度が下がっているだけで、荷物にはならないと思います」

 

「じゃあ前衛は任せたからね?っていうか囮になっちゃうかもだけど」

 

「囮、ですか?」

 

「だってあたしの戦い方は──」

 

 

「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ッ!!」

 

 

「わっ、びっくりした」

 

「……失礼しました、ドクター。どうぞ話を」

 

「そうだった!ごめんねドクター」

 

「分かったなら良し。話を始めよう」

 

 執務室の雰囲気がようやく引き締まった。

 ドクターは引き出しから一通の封筒を取り出し、エイプリルに手渡すを

 

「これって……炎国語?」

 

「中は(あらた)めてないが、恐らく前回護衛任務をした相手からのものじゃないか?」

 

「シルヴェスターさんですか。この時勢に手紙とはまた、趣向を凝らされたものですね」

 

「えっと、なになに……

『こんにちは、アビス殿、エイプリル殿。私の居る龍門では暑さがいよいよ強くなっておりますが、そちらロドスでは如何でしょうか。

さて、こうして手紙を送らせていただいた理由は他でもない、お二方に私の会社を見ていただきたく思ったのです。理由に関しては会うまでの秘密と致しますが、その時はきっと驚く顔が見られるかと思っています。

どうしても、特にアビス殿には私の作り上げたものを見ていただきたい。ありのままを見ていただきたいので、手紙をお返になる必要はありません。お忙しいと知ってはおりますが、少しばかりお時間を頂戴したいと存じます。

お二人のご健勝をとご多幸をお祈り申し上げます』だってさ」

 

 手紙を読み終えたエイプリルが顔を上げると、アビスとドクターが何かについて目で会話をしていた。

 

「何かあった?アビスはロドスから離れられないとか、そういうこと?」

 

「いや、それについてはなんでもない。戦闘が予見されないならたぶん大丈夫だ。問題はそれに任務をつけるかどうかってとこだな」

 

「任務?」

 

「ああ。最近龍門付近でレユニオンの残党が騒いでるってのを聞いたんだ。近衛局と直接情報共有なんてことも可能ならしておきたい。龍門に常駐とまではいかないが、暫くは滞在させるのも悪くない」

 

「へえ……って、あたしとアビスの二人?もっと大人数の方が良いんじゃないの?」

 

「あくまで噂だし、龍門には近衛局の検問もある。そこまで警戒する必要もないだろうし、今回の任務に必要なのは情報の伝達それだけだ。──もし何もなかったら、『何も()()()()』と報告するだけでいい」

 

「それならあたしとアビスだけでも……うん?あれ、なんで過去形なの?それだと、まるで何かが終わった時みたいになってるよ?」

 

「ではドクター、色々と詰めていきましょうか。もしかするとレユニオンが通信妨害を行っていて、()()()()()()()()()()()()()()()()かもしれませんからね。その時の対処を今のうちに決めておきましょう」

 

「それもいいけど、でも折角複数人で居るならどっちかが連絡を取るために龍門を離れるのはどう?」

 

「いえ、情勢が不安定ですからドクターやケルシー先生の選択も遅れてしまいます。ただ通信が妨害されている、それだけでは動けませんよ」

 

「そんなにドクターのフットワークが重いようには思えないけど……別にいっか。情報伝達は最悪トランスポーターの人に依頼すれば良いだけだもんね」

 

「その通りだ。龍門にはロドスの事務所もある。何もなければ訪ねる必要はないが、何かあれば連携すると良い」

 

 とりあえず一つ目の関門は抜けた。ドクターと話しているエイプリルの目を盗んで、アビスは大きく息を吐いた。

 だがそれの生んだ音を聞き逃せないエイプリルではない。

 

「アビス、何かあるの?」

 

「……ええ、まあ。業務は優先すべきですから、お気になさらなくて結構ですよ」

 

「何かあるんだ、大変だね」

 

 エイプリルは苦笑混じりにそう言って、またドクターに顔を向けた。いつぞやに比べれば随分とアビスの事情を尊重しているが、元来の距離感と言えばこれの通りだった。今のアビスは確固たる意思を持ち、だから心配など要らないと分かっているのだろう。

 

 だから下手な勘繰りは控えている。

 

 決意するように握られたアビスの手も、少しの罪悪感を感じつつ自分に隠し事をしたことも、全て把握できている。

 だがそれを表には出さず、エイプリルはただ二人が動かそうとしている方向に流れていく。

 

「龍門で空き時間が出来たら何しよっかなぁ……ウィンドウショッピングとか、ペンギン急便の人に頼んで観光とか、やれることはいーっぱいあるよね!」

 

 アビスのためではある。

 だが、自分のためでもある。

 

 波風を立てないためにどうすればいいのかは知っていた。アビスから適切な距離を取ることのできる方法を知っていた。

 

 

 それは尊重だった。

  ──それは冷淡だった。

 

 

 それは配慮だった。

  ──それは障壁だった。

 

 

 それは良心だった。

  ──それは後悔だった。

 

 

 それは理解だった。

  ──それは拒絶だった。

 

 

 ロドスに来る前と同じだ。

 

 日を追って強くなる周囲からの圧力、支給されたということにされただけの、実態などない補助金。

 

 薄々分かっていた。

 自分の親がどうなったのか、それはロドスが丁寧に調べる必要すらなく勘づいていた。

 

 

 訓練で弓の腕と同じように鍛えた聴力が知らないままで居ることを許さなかった。それはどこまでも、アイアンロボットシティに居た頃の自分と重なっていた。

 

 誰かの隠し事など何度も黙殺してきた。

 緘黙とは遠く離れているように見えるエイプリルは、その実寡黙な性質を備えている。気になること、持ってしまった疑念、それを詳らかにする意欲は自分の足を引っ張るものだと知っているからだ。

 

 

「えっ、今すぐ!?分かった、準備してくるね!」

 

 

 全て自分のために行動していた。

 全て自分勝手な感情に基づいていた。

 

 『エイプリル』がプレイヤーから流れ始めた。

 エイプリルは迷うことなくその曲を飛ばした。

 

 その曲は今の感情に、そして何より今の自分に、他のどんな曲よりも似合っていないのだと思えたからだった。

 

 

 

 

 

 

 

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