【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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信じられますか、もう五十話目ですよ。
体感では早かったです。かなり。
しかし五十話まで書いても百話は厳しそうですね。そもそも百話までストーリーが続くかどうか、そしてそれを書き上げられるかどうか……まあ、本編終わったらおまけに何か書くのも楽しそうだと思ってはいるんですが。
それでは、まあ、記念すべき五十話目、何の変哲もありませんがお楽しみください。



五十 退廃地区

 

 

 

『現在臨時休業中につき、メール対応のみを行っております。それが出来ない場合、下記の日程且つ本社でのみ受付を開放しております。ご理解とご協力をお願いいたします』

 

 

「臨時休業、かぁ……」

 

 エイプリルさんが何とも言えない顔で唸る。きっとボクも同じような顔をしてるんだろう、現に今ボクだって何とも言えない気分になっているから。

 

 ホテルを出てタクシーを停め、ボクとエイプリルさんはシルヴェスターさんの会社を訪れた。住所を言っただけで、運転手の方がそこはシルヴェスターグループの本部事業所だって言ってて結構期待してただけに、出鼻を挫かれた気分って言うのかな。

 エイプリルさんと顔を見合わせる。ビルの自動ドアは作動せずに張り紙だけが貼り付けられている。二度手間だけど業務再開する日を今度聞きに行って、それでまた来るとしよう。

 

「出直すしかないよね。アビスはどうする?」

 

「レユニオンについて少し調べてみようかと。エイプリルさんはどうしますか?」

 

「普通にショッピングでもしようかと思ってたんだけど、あたしもちょっと気になるからついていこうかな。昨日危なかったし」

 

「もっと危ないかもしれませんよ?」

 

「えっ、それだったら尚更ついて行った方が良くない?」

 

「……そう、ですね。仰る通りでした」

 

 疑問符を頭の上に浮かべるエイプリルさんより一足先に、ボクは道路の方に振り返って足を踏み出した。

 

 全く、ボクは何を言っているんだろう。

 これから向かう場所がそうだから、少しだけ昔を思い出してしまったのかな。

 

 

 

 どこか都市部よりも乾いているような気がするのはどうしてだろう。吹く風を遮るものが少ないからか、それとも潤いという言葉から離れた場所に存在する概念だからかな。

 ボクが訪れたのはつまりそんな場所で、名前はスラム。クルビアのそれより幾分か空気も軽いそれは、少しの新鮮さと懐旧の念を思い起こさせた。

 他の人とは違ってボクはそれに良い思い出しか持っていない訳で、どことなく嬉しくなりながら歩くボクの方をエイプリルさんが訝しむように見ていた。

 

「アビス、どうしてこんなところに?」

 

「どうしてって、決まっていますよ。レユニオンについての情報を仕入れるためです」

 

 本当に聞きたいことは別にあるんだろう、エイプリルさんは口の中で何かを言いながら不服そうな顔をする。けれど不躾に触れることはせず、エイプリルさんは周りを観察することで口を閉ざしていた。

 

 ボクやエイプリルさんが着ているような上等な服はスラムの中に浮いていて、気配を読み取れる訳でもないボクですら感じ取れるほど注意が集中してる。

 エイプリルさんが見回したのは手持ち無沙汰になっただけじゃなくて、警戒する意味もちゃんとあったんだろう。

 

「うわっ、と」

 

 子供が一人角から飛び出してきた。そのままボクにぶつかって向こうに駆けていく。

 

「ちょっとアビス、何も盗られてない?大丈夫?」

 

「大丈夫ですよ。あの子はスリのためにぶつかった訳ではないですから」

 

 エイプリルさんはスラムについてあまり知らないみたいだ。

 

「ボクやエイプリルさんのように目立つ人を狙って成功すれば、他に搾取されて終わりです。足もそこまで速くないようですから、刹那的な思考で生き延びられるほどではないでしょう。十中八九、上の差金です」

 

「上?」

 

「スラムにも『社会』は存在します。孤児院やそれに等しいものがなければ、子供は社会(ヒエラルキー)の最下層に位置します。端的に言えば、力のある大人に言われてやったことでしょう」

 

「へえ、そんなことまで分かるんだ」

 

「まあそれ以上に、これだけボクがあからさまに短剣を持っているのに仕掛けるような命知らずは居ませんよ」

 

「……えっ、それずっと持ってたの?」

 

「はい」

 

 ボクのような余所者は舐められたら終わりだ。スラムに入ったのがただの馬鹿なら、スリも誘拐も山ほど仕掛けられる。それを防ぐには武器の常備くらいしておかないと。

 エイプリルさんも分かっているだろうけど、何人かの男がずっとこっちを伺ってる。話が早いことで、連携も何もない代わりに執拗(しつこ)さだけはひしひしと伝わってくる。

 

「詳しいね」

 

「まあ、それなりには。たとえばそこらで無気力に座っていたりする人は大抵が演技か新入りです。スラムでは都市と違ってやることが多すぎますから、休む時間なんて普通は取れません」

 

「演技っていうのは恵んでもらうため?」

 

「そうですね、スラムを訪れた人に情をかけてもらうためにそうしています。言ってしまえばそれが仕事ですよ。彼らはそれで稼いでいますから」

 

「ふんふん」

 

 エイプリルさんは興味深そうにボクの話を聞いている。別段そこまで面白いことは話してないと思うけどな。

 

「奥に行くに連れて殆ど見かけなくなると思います。新しく仲間入りした人はその殆どが奥に行くことを躊躇いますし、旅人も近寄りませんから演技をしても旨味がありません」

 

「でも中には全部諦めてる人とか居ないの?」

 

「死を待つくらいなら人を殺します。全て吹っ切れているとは言いませんが、暴力は身近にあります。諦めた人の多くは、座るのではなく立ち上がります。拳を握り人を殴って、そしてもう振り返ることはありません」

 

 エイプリルさんは神妙な面持ちでそれを聞いていた。

 

「レユニオンも同じようなものですよ」

 

「えっ?」

 

「被差別民として、社会の最底辺に落とされた。周りから虐げられ、全てを失くして、そして諦めた。──だからこそ、彼らはもう止まれないんです。振り返ることが、出来ないんです」

 

「そう、だね。言われてみればそうかも」

 

 エイプリルさんの顔に少しだけ影が差す。レユニオンとの戦闘はエイプリルさんにとって正当な鎮圧行為でしかなかったんだろう。ロドスが正義なのだとあまり疑ってはいなかったのだろう。

 生きるために殺すこととお金のために殺すことの何が違うのかはよく分からないけど、一般的に前者は仕方なくて後者は汚いことだと思われてるらしい。

 でもレユニオンはそれ以下だ。

 

「ここで商売でもして真っ当に生きている人だって居ますよ。今のボクやエイプリルさんは面倒臭い爆弾なので店なんて見つかりませんが、多少地味な風体で今のように訪れると話しかけられたりもします」

 

「そうなの?スラムってよく知らなかったけど、色々あるんだね」

 

「はい、色々な道があります。レユニオンの彼らにだって色々な道があって、その中で人を害する手段を取ったんです。今まで射殺したレユニオンの中に、一人でも自分の正義を疑っていた人は居ましたか?」

 

 レユニオンは、辞めようと思えばいつだって辞められる。襲撃した先に残って被害者を装ってしまえば、そして自分のつけていた仮面を壊してしまえば、後は武器を持っていたその腕で大工仕事でもすればいい。

 そしてそれをせずにロドスと戦争を始めたのは何故か。その活動がいつからか復讐でも報復でもなく八つ当たりになっていたからだ。

 

 だから、そう。

 

「彼らにかける慈悲はない。自分のためだけに殺戮の限りを尽くした彼らは、お金のために殺されたって文句も言えません」

 

「……うん、分かってる。分かってるよ、それくらいなら。気にかけてくれてありがとね、アビス」

 

 エイプリルさんはそう言って笑った。

 何故だかその目がボクを突き放しているように見えて、つい足が止まる。

 

「ちょっとそこのお二方、一つ話を聞いて行かないか?」

 

 来るとは思ってたけど、実際に来ると鬱陶しいな。とは言え来ない場合でもそれならそれで文句を言う訳だから良いんだけどさ。

 

 振り返ると、エイプリルさんの肩を一人の男が掴んでいた。スラムには馴染まないくらいに身綺麗な男だ、まるでボクたちのように。

 

「何の用?」

 

 手を払い退けて、エイプリルさんが(まなじり)を吊り上げる。男は退けられた手をひらひらと振りながら狐のような細い目をより一層細くさせながら笑った。

 

「五分もせずに終わる話さ。なあ嬢ちゃん、慈善事業に興味はないか?」

 

「ないよ。残念だけどあたしとアビスにはそういうの間に合ってるから」

 

「そう言わずに、このスラムに援助してくれよ。テロリストも来て大変だったんだぜ?」

 

「そんな言葉で……」

 

「そういうことでしたか」

 

「えっ、アビス?」

 

「ウルサス帝国で旗を上げたテロリストに逃げ込まれたとなれば、相当な被害だったのでしょう!心ばかりのお金ですが、どうぞ受け取ってください」

 

 内ポケットから財布を出して、龍門幣を取り出す。五万もあれば大方足りるんじゃないかな。スラムに居着く訳じゃないんだし。

 

「確かに受け取った。助かったぜ、兄弟」

 

「いえいえ、構いませんよ。ところでボクたちはこのスラムに疎いのですが、少しばかり案内を頼めませんか?」

 

「ああ、そうだな。お前さんの誠意を見せてもらったからには案内くらいいくらでもしてやらねえと」

 

「ありがとうございます」

 

「で、どこに行きたい?」

 

「物知りな人と会える場所、ですね」

 

「了解だ、ついて来な」

 

 男が先導する。不躾な視線はなくなっているところから察するに、やっぱりストーキングしてた人たちはこの男と関係があるみたいだ。予想通りだけど。

 

 

 

 男に案内された先には、一軒の寂れた建物があった。スラムにある家にしては平凡な大きさだけど、壁や扉に見える腐食はそこらの家を軽く上回ってる。

 

「それじゃまたな。嬢ちゃんはもう少し礼儀を弁えた方がいいが」

 

「Mind your own business!」

 

「参ったな、炎国語以外知らないんだが」

 

「公用語で、大きなお世話、だそうです」

 

「やっぱり俺の言う通りじゃねえか!」

 

 ケッケッケ、と笑いながら男はどこかへと歩いて行った。

 五万もの龍門幣、スラムの中では都市部での五十万と等しい。命のレートもそれと同じくらいな訳で、奪われる可能性を考えてとっとと上司に届けに行ったんだろう。

 

「ねえアビス、本当にお金を払っても良かったの?」

 

「ええ、まあ。あの時は払うべきでした」

 

「案内のために?」

 

「違いますよ、スラムの上に目をつけられるのが面倒だっただけです。案内なんて千も渡せば足りますし、もし断られたとしても他の人に頼むつもりでした」

 

「別に払う必要はないんじゃないの?いざとなったらスラムから逃げられるし、アビスなら無双できると思うんだけどな」

 

「そこまで簡単でもないと思いますよ。それに、パワーバランスを無闇に壊してはいけません。ボクがあの場で断れば何かしらの厄介ごとがついて回り、それに対処すればするほどボクたちの立場が悪くなります。舐められたら終わりなのは、余所者だけではないんです」

 

「でも、あんなに渡す必要あった?」

 

「昔の負債ですよ。それを清算しただけです」

 

「昔って……あっ」

 

 ボクにはスラムの勢力図を掻き回して逃げた前科がある。その結果は今でも鮮明に覚えていて、ボクはあの頃の愚かな選択を繰り返す訳にはいかないんだ。

 これでボクの罪が清算されるとは思えない。ただお金を払って面倒事を回避しただけなんだから。

 

 それに、今のボクにはロドスのオペレーターという肩書きがある。国家間の示威に使われる危機契約という制度で輝かしい戦績を残すロドスなら、名誉を汚しても相手が追跡を断つ可能性は高い。

 それに近衛局とも懇意にしてるから、スラムの秩序維持のためだとでも言って協力させることができる。ボクのアーツならトラウマも植えつけられるだろうし。

 

 だから今のボクは昔と違っている。言ってしまえば、ラユーシャの言った『違う自分』なんだ。

 昔のボクは行き場がなくて、逃げることができない状態で掻き乱した。それを余裕のある今のボクが正したところで意味なんてない。

 貧乏な人の募金と富豪の募金が同額だったなら、貧乏な人の募金がより尊い。

 

 罪は消えない。どうやったって、間違いなく。

 

 小屋の扉を開いた。いけないな、スラムに足を踏み入れることになってから、ずっと感情が制御を離れてる。訓練で少しは鍛えてるはずなんだけど、面目次第もない──いや、リラのことを考えれば当然か。

 

 でも、切り替えよう。

 

 小屋の中は外観と同じくらい汚くて、地面が剥き出しの床に半ば隠れるようにマットが敷いてある。使い古された感じはあっても、最近利用された様子や生活感は徹底して感じられない。

 

「へえ、ここが目的地?」

 

「まあ、間違った場所に案内しても何かある訳ではありませんから。しかしこうも変哲がなければ疑いたくもなりますが……」

 

「アビス、上見て」

 

 上?至って普通の屋根だけど。

 

「至って普通の屋根。でもそれってあたしたちから見ての普通なんだよ?スラムに入ってから見てきた中で言えばかなりしっかりした造りだと思う」

 

 なるほど、確かにこんな見窄らしい小屋には似合わないのかもしれない。梁だとかもスラムとは思えないくらい綺麗、かな?

 

「それに四隅の柱もそう。壁に使われた建材よりずっとずっと良い素材が使われてる。これってつまり、小屋はどうでもいいけど倒壊だけは防ぎたいからだと思うんだよね」

 

「見て分かるものですか?」

 

「触れば分かると思うよ。それで、今度は床のマットなんだけど、土の汚れが不自然なんだよね。前はもっと土に汚れてたんじゃないかなって思うんだけど、どう?」

 

 どう、と聞かれましても。

 

「でもそれだって不自然なんだよね」

 

「えっ、と……?」

 

「だって何かを被せて隠したい時って、そっちに注意がいくよね?でもマットは昔の汚れも放置で適当に覆っただけ。つまり床に何かあるけど、それはマットの下じゃなくて、それ以外」

 

「す、凄いですね……」

 

「これでもベテランのハンターだったからねー」

 

 エイプリルさんが特に悩む様子もなくある部分の土を足で掘る。大して掘ることもなくマンホールにあるような金属製の蓋のようなものが見えてきた。

 

「ハンターに求められるのは弓の技量だけじゃないんだよ?……よいしょ、っと」

 

「世知辛いですね」

 

「そういうものでしょ、人生って」

 

 エイプリルさんはそう言って手の土を払った。

 人生は世知辛いもの、か。そうかもしれない。このテラで生きるしかない以上ボクたちには源石がついて回り、そしてそうなれば自然と生きにくく感じる。

 じゃあ、もし源石が無くなったなら全部解決なのかと言えばそうでもない。あくまで源石は、不治の病という悲劇をもたらすものでしかない。その存在が与える影響は計り知れないけど、だとしても人生はそう簡単なものじゃない、はず。

 

 若造が何を言ってるのか、と自分でも思って苦笑する。

 

 

 もし源石がなかったら、リラは笑えていたのかな。

 あの孤児院じゃなくても、ボクとリラが笑える未来はないのかな。

 

 

 今は考える時じゃないだろ、しっかりしろ。

 

 開かれた穴を覗き込めば、穴は地下数階分くらいの深さだった。掛けられている梯子の段数もそれなりに多くて、下の方は明るくても中のあたりは暗くて梯子もよく見えない。

 

 移動都市の内部にこんな施設を作ったのか?いや、元からあった施設の中で使われなくなった区画を再利用してるのかな?

 どちらにせよ、龍門のスラムは割と力を持っているのかもしれない。少なくともボクが居たクルビアのスラムとは違う。

 

 梯子を降りると、上では臭っていた発生源の分からない臭気がスッと消えた。向こうに目をやれば、すれ違うことがギリギリ出来るくらいに狭く、薄暗い通路が続いている。

 

「アビス、降りて大丈夫?」

 

「問題はありません。もうすぐですよ」

 

「あれ?これって……アビス。先に行ってて良いよ」

 

「いえ、まだ罠ではないと決まった訳ではありませんよ?」

 

「分かってる。分かってるけど、先行ってて」

 

 穴の上でエイプリルさんが頬を掻く。

 よく分からないけど、まあいいや。

 

 薄暗い通路を進む。給気口を通り過ぎて、更に向こうへ。足元には途中から途切れたコードの束だとか、赤錆に塗れた鉄パイプだとかが転がっていた。

 ここは通路じゃなくて、点検用に設けられた通路なのかもしれない。それなら外部から簡単に侵入出来るのにも少しは頷けるから。

 

「アビス、ちょっと先に行き過ぎじゃない!?」

 

「一本道ですから、そう急ぐ必要もありませんよ」

 

 そう言ったのにエイプリルさんは早足になってボクの方に近づいて来た。薄暗い地下って言う閉塞的な空間が不安になったのかもしれない。

 

「でも、だってこんなの──きゃっ!?」

 

「わっ──と。だから言ったんじゃないですか。足元に気をつけてください」

 

「ご、ごめん……」

 

「さあ、行きましょう」

 

「うん。ごめんね、アビス」

 

 ああ、もう。なんでかな。

 どうして言う通りに動いてくれないんだ。

 

『⬜︎⬜︎!』

 

 ボクの名前を呼びながら飛びついてきたリラのことを思い出す。ボクより身長が高いくせにボクに寄りかかるものだから、バランスを崩して倒れてしまったこともあった。

 

 要らない仕事をしないでくれ。

 

 エイプリルさんの姿はリラと似ても似つかないはずで、今みたいに足を取られるようなミスをするのはリラよりボクだった。

 

 リラとは違うって言ってるだろ、心臓。

 

 すぐにエイプリルさんから顔を逸らしたせいか、ボクが怒っているように感じているみたいだ。エイプリルさんは少し後からついてきている。リラは、リラなら──って、違うんだよ、ボク。リラとは違うんだ。

 

 

 そんなに脈打つ必要なんか、ないんだ。

 

 

 

 

 しばらく歩けば、道が分かれていた。交差する地点に一際明るい源石灯が置いてあって、それは梯子の下に置いてあったものと同じだった。

 つまり、交差点と出入り口は遠くからでも分かるようになっている、ということなんだろう。

 

 向こうに見える梯子との間に明るい光源はない。つまり目的地はこっちか。

 

 脳内で地図をどうにか作っていく。傭兵を連れて遺跡を攻略しにかかる考古学者がクルビアやサルゴンには多くて、以前傭兵業を齧っていたボクからすればここのマッピングは然程難しくない。

 

「アビス、向こうじゃないの?」

 

「えっ?……あっ、そうですね」

 

 難しくないはずだけど、うん。最近は全然そういうのをやってなかったから腕が鈍ってるのかな──あれ?

 

「エイプリルさん、アレって……」

 

「うん、扉だね。分かりやす過ぎない?」

 

 なんてあからさまなんだろう。こんな作りにした店主には後で一つお礼を言っておこう。まあここではその言葉が持つ価値なんてゴミに等しいけど。

 

 ひょい、と通路の床から突き出ているベントを避ける。補強されてるところとかを見ると、このスラムはかなり龍門に食い込んだ存在なんだと思わされる。少なくともあのスラムにはこんな施設に手を出せる人なんていなかった。

 いや、本当は居たのかな。ボクが倒した人の中に居たのかもしれない。それはもう分からないけど。

 

「もうすぐ着きますが、注意事項として。ロドスのことは絶対に喋らないでくださいね?それを匂わせるような行為も謹んでください」

 

「分かった。すぐバレちゃいそうだから、あたしは喋らないことにするよ」

 

「分かりました。では」

 

 ドアを四回ノックする。別に声が掛かっても掛からなくてもいい、これにはただ訪問を告げるって意味しかない。

 

『はーい』

 

 は?どうして、その声が。

 

 なんで、いや、ありえない。

 

 そんなこと、あるわけがない。

 

「アビス?」

 

 扉が開いた。

 

「入ってどうぞー。って、キミ大丈夫?」

 

「な、んで……」

 

 嘘だ。

 

「どうして、君がここに」

 

 彼女が首を傾げる。

 

 白い長髪でペッロー、それはいい。

 もうそんなことはどうでもいい。

 

 

 

 

 リラが、立っていた。

 

 

 

 

 

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