【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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五十一 限界化

 

 

 

 

 太陽の光が燦々とスラムを照らす。

 どんなに取り繕っても掘建小屋と表現するので精一杯な家々と廃墟としか思えないボロボロの家屋が広がる中、とある一角を豪勢な三階建ての邸第が占有していた。

 権威を示すかのようにその高塀には汚れ一つつかず、それはスラム全体に広がる悪臭でさえも近寄れば感じられないという徹底ぶりだ。

 

 その屋敷の最上階、中央に位置する部屋。壁一面に華美な装飾が並べられ、如何にも屋敷の主人が出迎えるような場所にて。

 

「手回しは済んだのか?」

 

 厳めしい顔つきをしたサルカズの大男がそう言った。その目線は男の前で笑みを浮かべるアスランの男に向けられている。

 威圧する眼光にアスランの男は全く怯むことなく、そのかなりライオンに寄った顔についている大口を開く。

 

「そりゃあもうバッチリ終わってますよ!アレがバレちゃあ絶対にいけねえって部下にもキツく言ってますからね!」

 

「それならいい。決定的な証拠さえなければこちらで対処できる。何かあれば伝達を選べ、重罰は課さん」

 

 男が持つ黄色の左目が窓からの光を反射する。右目は額から始まる裂傷に巻き込まれていて、光を反射する素振りは見せない。

 

「さて……俺たちを嗅ぎ回る鼠がどこに居るとも分からん。俺はここらで帰らせてもらうとしよう」

 

「ええ、全力で援助させてもらいますよ。なんてったってあの人が……いや、これは全て終わらせた後にしますか」

 

「ああ、それがいい。ではな」

 

 隻眼のサルカズが部屋を出ていく。

 アスランの男は暫くして豪奢な椅子に腰をつけて、盛大なため息を吐いた。アスランの中でも獣の色が強い男の表情は読み取りにくく、そのため息が何を示しているのかまるで分からない。

 やがて男は堅く、その太い手を握りしめた。

 

「絶対に掴ませてやるものか」

 

 数時間後、五万龍門幣という大手柄を挙げた下っ端はボスからの指令に奔走されることになったと言う。

 

 

 

 

「お客さんだよね?おーい、どしたの?」

 

「おい、お前も客だろうが」

 

「え?あはは、ごめんごめん」

 

 なんで、ここに……

 

「ちょっと、アビス?」

 

 エイプリルさんがボクの脇を(つつ)いた。

 ようやく思考が戻ってくる。そうだ、ボクはリラに会いに来た訳じゃなくて、だからえっと……どうしてここに来たのか、リラの衝撃で全部吹っ飛んだ。どうしよう。

 そうだ、まずは名前を聞こう。聞かなきゃいけない気がする。具体的に言うと死ぬまで聞いておけば良かったって後悔する未来しか見えない。

 

「お名前を伺っても宜しいですか」

 

「え、私?」

 

 仕草が重なった。

 頭にノイズが走る。

 

「私はリラ」

 

 ボクの記憶そのままに、リラは笑う。

 

「キミの名前は?」

 

「ボクは、ボクは──」

 

 思考回路が焼き切れそうだ。目前のリラが本物のリラにしか見えない。そんなことある訳ないのに、その全てがあの出会いと重なって、視界が潤む。

 

「アビス!」

 

 ──でも、ダメだ。

 ボクと関わることはマイナスにしかならない。たとえ今のボクが昔のボクと違ったって、結局リラを不幸にしてしまうかもしれないから。

 

「ボクは、アビスと申します。よろしくお願いします、リラさん」

 

「うん、よろしくね。あなたは?」

 

「あたしはアビスの、ただの付き添いだよ」

 

「なるほどなるほど」

 

 距離を取ってみると、リラさんはいつのまにか大きくなっていた。いや、なんていうか、大きいリラさんをようやく認識した。

 ずっとあの小さかった頃のリラと見紛う程に、リラさんはリラの仕草をなぞっていた。今の外見だって怖いくらい予想通り、もし生きていたらこんな風に成長するだろうな、って描いた像と全く同じだ。

 

 うぅ、尊い。あるロドスのオペレーターがエンペラーさんに仰っていた言葉と感情が理解できる。リラさんが本当に尊くて困る。

 

「それで、アビスは何の用なの?」

 

「あの、申し訳ありませんが呼び捨ては少し……」

 

「ダメ?」

 

「万事問題ありません」

 

 リラさんっ!!自重してくださいよ、ボクの心臓と血管を破裂させるおつもりですかっ!!!?

 敬語じゃないとヤバい。どのくらいヤバいって、本当に鼻血とかが出てきそうなくらいヤバい。前にラユーシャが言ってたことが全部分かるようになってきた。

 

 ラユーシャって凄いな、いつもこんなものを押しとどめて……いや、ラユーシャは負けてたね、うん。

 

「あなたがマスターですか?」

 

「ああ、そうだ。似合わないか?」

 

 茶髪をオールバックにしたマスターが言う。バーテンダーの服装はどこか窮屈そうに見えるのは図体が大きいからだろうか。ボクは身長が低いから、それとも相俟って大きく見える。

 

「そうですね、あまり似合っていません。傭兵業でもやっていそうな顔立ちです」

 

「ふん、まあいい。それで、何が聞きたい?」

 

「急く必要はありませんよ。何か軽いものを一つ」

 

「分かった。待ってろ」

 

 マスターが店の奥に消えて行った。よく見れば棚に並べられている上等なお酒はアクリル板の中に開けられないように作られていて、客に出すものではないのだと分かる。

 カウンター席に座る。

 

「こういうところにも慣れてるんだね」

 

「どの移動都市にもありますから、よく扉を叩いていたんです」

 

「ふうん。未成年のくせに」

 

「そこは見逃していただけると助かります」

 

 エイプリルさんがボクの隣に座る。

 いつのまにかリラさんも隣に座って、ボクとエイプリルさんの会話を聞いていた。

 

「二人は上司と部下なの?」

 

「えっ?ううん、違うけど」

 

「でも敬語じゃん」

 

「それはあたしが会った時からだから、あたしも分かんないんだよね。何が基準なんだろ」

 

 ボクを挟んでの会話の後に、二人の視線がボクに集中した。

 

「敬語の理由、ですか?」

 

「そうそう、それに私にももっとフランクに接してよ。一期一会って言葉知ってる?」

 

「それは、少し恐れ多いと言いますか」

 

「なんでそこで恐れ多くなっちゃうの……?」

 

 エイプリルさんと揃って苦笑する。たぶんエイプリルさんも名前だとか容姿だとかからボクがどうしてそうなってるのか分かったんだろう。全く同じとまでは思ってないだろうけど。

 そんなにボクってカーディさんとかポデンコさんに執着してたかなぁ。自分ではあまり分からないけど。

 

「リラでいいんだよ、アビス」

 

「ごふっ──!!」

 

「えっ、だ、大丈夫!?どうしたの、なんかごめん!?」

 

 うああ、距離近いよぉ……

 

「えーと、リラ。距離近いってさ」

 

「ただの呼び捨てだよ!?」

 

 あ、マスターが帰ってきた。

 

「俺の店でそう喧しくするな。何を話してるのかは知らないが、揉めるようなら追い出すぞ」

 

「えー、ケチ」

 

 マスターがシェーカーを振りながらリラさんと話す。

 よかった、矛先が逸れた。

 

「そう思うならさっさとお前も用向きを教えろ」

 

「私はアビスと会うためにここにいたんだよ」

 

「ぐぅ──ッ!?」

 

「冗談だけど、えっ、そんな嫌だった?」

 

「いえ、大丈夫です。……ボクの問題、ですから」

 

「アビス、そこ恰好つけるとこじゃないよ」

 

 ラユーシャもボクのことをこんな強大な存在のように感じてたのかな。だとしたらちょっと申し訳ないけど。

 差し出された透き通るような青のカクテルを一口飲む。名前は……チャイナブルーだったかな?

 

「それで、何が聞きたいんだ?」

 

「では、まずシルヴェスターの会社が休業になっている訳を教えていただきたいのですが」

 

「対価は?」

 

「ボクの身分を」

 

「ふむ、まあそれでいい。お前がスラムの住人だったなら俺の目が腐ってただけのことだ」

 

「それで、何があったんですか」

 

「シルヴェスターが死んだのさ」

 

 おっと。ただの挨拶代わりに聞いただけなのに、そんな答えが返ってくるなんて。エイプリルさんがボクの方を信じられないとばかりに見てくるけど、別にボクは何の推測もしていません。隠しては居ますが、エイプリルさんと同じ気持ちですよ。

 だけど分からないな。どうしてそれを張り出した情報の中に入れなかったんだろう?

 

「アイツは中々恨まれてたらしくてな、死んだ事実を残った重役が握り潰そうとしているらしい。つけこまれたが最後、あの会社は終わりだろう」

 

 ああ、そういうこと。

 

「それでは対価に、これを」

 

 ロドスから支給された携帯機器の電源を入れてプロファイルを見せる。ボクの基礎情報をまじまじと見つめるマスターから目を逸らして、口の中をグレープフルーツの酸味で埋める。

 エイプリルさんに喋らないでほしいと頼んだのはこれのため。対価の節約って言うのかな。

 

「こいつはお前、あのロドスのオペレーターか。嘘じゃないだろうな?」

 

「嘘をつくほど暇じゃありません。それにこういうところを敵に回す恐ろしさは知っていますから」

 

 まあ、昔は強引に解決できたんだけど。

 それにしてもシルヴェスターさんが逝去されたとは、もう龍門に残る口実がなくなってしまった。これはどうしようか。任務のために龍門に残るとしても、最悪近衛局がロドスを厄介に思う可能性がなきにしもあらずだし。

 

「これじゃあ対価と釣り合わないな。俺の名義で紹介状を書くとしよう。葬式会場の位置や日時もセットで付けてやる」

 

「ありがとうございます」

 

 葬式に出て、それですぐに帰ることになるかもしれない。その場合は亡灵(アンデッド)の取っ掛かりだけでも掴んで、ロドスまで引っ張ろうか。いや、それではボクの決着がつけられない。

 

「弔事かぁ。私好きじゃないんだよね」

 

「うん、そんな感じする」

 

「でも慶事もね、恋人居ないからあんまり素直に喜べないんだよね」

 

「へえ、居ないんだ?そんなに可愛いのに。っていうかメイクとかはしてないの?」

 

 恋人は居ないのか。良かった。

 

 いや良くはないけど!!別に良くはないけど!!でも悪い男に引っかかる可能性を考えてみるとリラさんには慎重になってもらいたいなと思っちゃうんだよ……っ!

 あとは、誰かのものになって欲しくないっていうボクの汚い欲なんだけど。

 

「それで、他にはあるか?」

 

「そうですね。レユニオンの残党について、だとかはどうでしょうか」

 

「レユニオン?ああ、ロドスだからか。対価はどんなものを用意してるんだ?」

 

「レユニオンの幹部である『W』の行方です」

 

「ほう?確かに、信憑性は高いな。だが──」

 

「重ねて、各幹部の生死について」

 

「……分かった、良いだろう」

 

 ちょっと払い過ぎたかもしれない。クラウンスレイヤーには申し訳ないけど、でもこれからは別の名前で活動するだろうから心配はない、よね?

 近衛局はレユニオンの幹部についてどれほどの情報を公表しているのだろう。大きな組織に幹部が居るのは必然で、だから存在ごと隠す訳にはいかないと思う。

 そうなった場合、ウルサス帝国ほどの情報操作はしなくても、幹部の生死についてはかなり誤魔化しているはずだ。

 少なくとも生き残っているとするにはレユニオンによる被害が大きすぎる。市民の反感を買うくらいなら嘘をついた方が賢明だ。

 

 くい、とグラスを傾ける。

 

 そんな訳で、生死の確定っていうのはかなりの情報になる。情報屋としても買っておきたいカードのはず、Wについての情報は要らなかったかも。

 

 洗い終えたシェーカーを置くと、マスターは口を開いた。

 

「残党について、か。まず龍門近くに潜伏してるレユニオンの数は千を下らないと聞いてる。専門家を自称するコメンテーターはもう居ないだとか宣うが、龍門を出入りするトランスポーター達は割と広範囲で遭遇してるって声を聞いた」

 

「ああ、それならボクも遭遇しましたよ」

 

「それなら話は早い。だがな、逆にこういう声もあるんだ。多すぎる、輸送車両を襲うことで賄える人数を超えてる、ってな」

 

「都市に潜伏するレユニオンが居るとしても、ということですか」

 

「ああ。確かに、輸送中襲撃されることはある。だが逃げ切ることに成功してるヤツも居るんだ。食糧を乗せた車だけ狙って襲える訳でもない、不自然すぎる」

 

 確かに、ボクを襲ったレユニオンも不自然だった。食糧を乗せてる可能性が低い軍用車なんてものを襲撃するにしては大掛かりだし、撤退しないで遅って来る人も居た。

 まるで、メフィストのアーツだ。回復能力はないようだったけど、それぐらい退()かなかった。唯一違うのは理性的な動きを見せたこと。でもそれを逃走には使わなかった。

 

「あとは、不審死もある。昨夜から今朝にかけてのことだが、龍門近くでとあるトランスポーターが瓦礫に突っ込んで爆死したらしい」

 

「夜で道が見えなかったのでしょうか」

 

「だとしてもおかしいんだ。そいつの乗っている車は軍用車で、それと瓦礫が正面衝突して爆発が起こったらしいんだが、軍用車は本来そんなもので爆発する訳がないんだ」

 

「──軍用車?」

 

「ああ。それもかなりのスピードで突っ込んで行ったらしい。瓦礫の方も車の衝突で動かない程度には大きく、夜道でもハッキリ見えるはずなんだ」

 

「ねえアビス、そのトランスポーターの人って……」

 

「なんだ、知り合いか?車の焼け残った中から出てきたトランスポーターの資格証には、『ゼル』とあったらしいが」

 

「ああ、はい。運送してくださったトランスポーターの方で間違いありません」

 

 まさか、ゼルさんが殺されているなんて。

 

「そいつの葬式は挙げられない。だから紹介状を書くのも不可能だ。すまんな」

 

「いえ、謝罪の必要はありませんよ。運が悪かっただけなのですから」

 

 本当に、テラって惑星はボクたちに苛酷だ。エイプリルさんも悲しそうに目を伏せている。

 

「ホテルまで勧めてくださったんですけどね」

 

「すごい、アビス。全然悲しくなくなった」

 

 そんなにカップルだと勘違いされるの嫌だったんですか。仕方ないのかもしれませんし悲しいってほどではありませんが割とショックですよ、ボク。

 

「っていうか、なんか周りの人死にが多くない?」

 

「えっ、私とか死んじゃう?」

 

 リラさん、あの、それだけは本当にやめてください。

 

「もしそうなったら絶対に守りますから、連絡してくださいね」

 

「分かった。ありがと、アビス」

 

「いえ、当然のことなんです。ボクがリラさんを守るのは、言わば使命と言ってもいい。リラがボクにとっては一番大切で、それで……」

 

「え、えっ、えぇっ!?」

 

「アビス、ストップ」

 

 あっ。

 

「すみません、リラさんには何のことか分かりませんよね」

 

「えっ、うん。なんか落ち着きすぎじゃない?」

 

「誤魔化すことでもありませんから」

 

「そっ、そうなの!?今の極東で言う『告白』だったよ!?」

 

「告白ならば尚更誤魔化すことではありません。まあ告白という訳でもありませんが」

 

「いや、でもそんな、えぇ……?」

 

「ほら、もう混乱しちゃってるから」

 

 困らせる意図はなかったんだけど、本当に申し訳が立たない。お金だけは割と持ってるから、後で何か贈り物でもしようか。

 宝石とかどうだろう。あ、いや、宝石がついてる指輪とかアクセサリーを贈ろう。予算は三百万龍門幣かな。

 

「俺の情報は終わりだ、対価を払え」

 

「ああ、はい。まず幹部陣ですが、クラウンスレイヤーとフロストノヴァにW、そしてアンデッドが存命です。アンデッドを除いた三人はレユニオンを脱退しましたが」

 

「実質的にはあと一人ってことか」

 

「そうですね。それで『W』のことですが……ロドスにて雇っています」

 

「はあ!?」

 

「ロドスはカズデルにて創設された組織であり、明確にどの国に所属しているだとかはありません。どこの国の法にも服する義務なんてありませんよ」

 

「そんなことが、いや、確かにそうかもしれないが」

 

 よし、対価は払った。

 カクテル代をカウンターに置く。

 

 撤収だ。

 

「これ以上は対価を払われなければ言えませんね。それでは行きましょうか、付添人さん」

 

「はいよ〜。それじゃまたね、リラ」

 

「うん、またね」

 

 帰ろうかなんて言ったのはボクだけど、寂しげに手を振るリラを見ると撤回したくて堪らない。

 もうちょっと、いや言葉は濁したくない。もっと、もっともっとリラさんと話していたかった。どうしてボクは話を切り上げたんだろう。

 リラさんと話すためだったらロドスのことなんて包み隠さず言うのが筋だって分かってるのに。マスターがロングカクテルを用意したのはそういう意図だって分かってるのに。

 

「あ、待って。アビス」

 

「はい」

 

 ドアの前、ノブに手をかけたところでリラさんからお声がかかった。今すぐにでもリラさんの隣に戻りたいけど、それをしたらリラさんは確実に引くだろうから出来ない。もっと考えなしに動いていた子供の頃に戻りたい。

 

「またね」

 

 リラさんが笑った。

 ごめんなさい、その言葉が嬉しいやら別れがたいやらで泣きそうです。

 

「はい、また会いましょう。リラさん」

 

 ドアを開いて、エイプリルさんに出るよう促す。なんでこんなことをしたかって言うと、単純にリラさんが見えるこの素晴らしい時間を少しでも増やしたかったから。

 名残惜しいけど、リラさんに執着するのは良くない。扉を閉めてすぐ、通路を出口の方に進んでいく。

 

「連絡先は聞かなくて良かったの?」

 

「ええ、まあ。ボクが会いに行けるようになれば、迷惑行為に走ってしまいそうで怖いので」

 

 冗談ですけどね。

 

「ああ、確かに」

 

「えっ」

 

 いや冗談ですよ?リラさんを不幸にさせたくないからって理由ですよ、待ってください別にボクはリラさんの迷惑になる行為なんて全然やっていませんでしたよ?

 

「名前とか種族とか髪とかは同じだったけど、そんなに似てたの?」

 

「はい。正に生き写しと表現するのが相応しいほどにリラの姿そっくりでした。右腕と右足首あたりにある黒子(ほくろ)の位置も同じでしたね」

 

「……」

 

「もっと観察できればまた別の類似点が見つかったかもしれません。ドッペルゲンガーというものでしょうか」

 

「うん、アビスちょっと気持ち悪いね」

 

「えっ」

 

「黒子の位置を覚えてるのも把握するのも気持ち悪いよ」

 

 エイプリルさんの顔を見る。本音らしかった。

 

「そうですか?リラは昔ボクの鱗にある傷さえ把握していましたが」

 

「こっちのリラにはそんな特技無いと良いんだけど」

 

「ボクも当時は少し引きましたね」

 

「その頃の純粋さを取り戻してよ。……いや、今でも純粋なのは所々残ってるんだけどね」

 

「そうですか?」

 

「初恋にいつまでも執着してるところとか」

 

 エイプリルさんが揶揄い混じりにそう言った。

 ボクは初恋の人と死別したなら当然だと思うけどな。それに一般的には初恋ってだけでも記憶に残りやすいのに、ボクの場合は約半年の同棲期間があったり、色々な感情が渦を巻いてたりもしたから。

 

「エイプリルさんは、初恋の思い出とかありますか?」

 

「あたし?あたしは、そもそも恋愛経験がないかな。レムビリトンでは生活のためにやらなきゃいけないことが多かったし、ロドスに入ってからも仕事が恋人って感じ」

 

「そうだったんですか」

 

 ボクの勝手な偏見だけど、エイプリルさんは恋人をほぼ絶え間なく作れて、それで恋人に世話を焼くタイプだと思ってた。偏見だけど、なんていうか、尽くすタイプって言うのかな。

 ともかく、恋愛経験がないのは意外だ。

 

「それに、恋人を作るより音楽を聴く方が都合もついたし楽しかったから。……そういえば、アビスには『エイプリル』のこと言ってなかったよね。あたしのコードネームの由来、ホテルに戻ったら聴かせてあげようか?」

 

「いいんですか?」

 

「アビスももう少し趣味を増やした方がいいんじゃないかなって思ったからね。いくら鉱石病が進んでたって、余生がどうでもよくなる訳じゃないでしょ?」

 

 あは、あはは。

 

「えーっと、ボクは、その、別に……いえ、否定する訳ではないんですが、あの……」

 

「……アビスはあたしとケルシー先生とサリアさんの三人に何を話たのか覚えてる?」

 

「昔の話を、しましたが」

 

「じゃあその後に何を誓ったか思い出せる?」

 

 エイプリルさんが一歩後退ったボクの腕を掴んで笑顔になる。少し力を入れるとビクともしないどころか掴む力が強くなった。ちょっと痛いです、はい。

 

「リラを、ただの過去にすると」

 

「言ったよね?忘れてない、大丈夫?」

 

「大丈夫、です」

 

「ならなんでどうでもいいとか思えちゃうの?この前ケルシー先生に図書室で怒られたって話も聞いてるんだよ?」

 

「あ、はい」

 

 なんで怒られてるんだろう。

 

「今アビスは『なんで怒られてるんだろう』って思ったでしょ。顔に出てるよ」

 

 あっ。

 

「いやあたしにはアビスの人生に口出しする権利なんてないよ?ないけどさ、それは流石にダメだよね。人との約束反故にして怒られないと思ってるアビスは人としてどうかと思うよ」

 

「はい、すみません」

 

「で、今なんで怒られてるか分かる?」

 

「約束を破っておいて悪びれないから、です」

 

「うん、違う」

 

 えっ。

 

「今はさ、アビスがこの先の人生どうでもいいとか思ってるから怒ってるの。今のそれってあたしが最初に言ったことは全部もう頭からなくなってるってことでいいの?」

 

「そういう訳では」

 

「そういう訳だよね。誰がどう聞いてもそうだと思うよ。それと口答えしないで。今のこれってあたしはただ単に怒ってるんじゃなくて説教だから」

 

「は、はい。すみません」

 

「で、アビス。どうしてこの先の人生どうでもいいとか思ちゃうのかな?」

 

「えっと、その……」

 

 エイプリルさんの顔を窺う。

 

「ハッキリ言いなよ」

 

「その、あまり意味がない、と思いまして」

 

「へえ、()()()()()んだ。それがどうしてどうでもよくなるの?」

 

 えっ、と。

 

「無意味なことに力を割いても、疲れるだけですから」

 

「何その省エネ人生。疲れる代わりに楽しくもないけど、それでいいんだ?」

 

「それで当然なのかな、と」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

 エイプリルさんが掴んでいた手を離して、通路の先を歩き始めた。張り詰めた雰囲気はそのまま続いていて、ボクの追う足が止まりそうになる。

 

「アビス」

 

「はい」

 

「アビスは、生きる意味なんてもうないんだって本当に思ったんだよね」

 

「はい。いつ死のうとも、心残りと言えるほどの未練はありません」

 

「そっか。ニヒリズムって言うんだったかな、そういうの」

 

 声音から感情が読み取れない。

 

「でも源石に殺されたいんだよね?」

 

「……まあ、はい。自分でも驚いてます」

 

「そっかそっか」

 

 エイプリルさんが振り向いた。

 悲しそうに目を伏せて、それで。

 

 

「やっぱり、あたしじゃ力になれないんだね」

 

 

 胸の奥が強く握られたようだった。

 握った手のひらに爪が食い込む。

 

 少しだけ、ほんの一瞬だけ。

 

 ボクは自分の選択を後悔した。

 

 

 

 

 





鬱が足りません。
誰かください。

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