【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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五十二 結ばれた約束

 

 

 

 

 『エイプリル』を聴く。

 

 

 近くのコンビニエンスストアで買ったお酒の蓋を開けて喉に流し込む。ロドスに居る時は到底出来ない逃げ方だった。自分を卑怯だと罵る気持ちと、困惑する気持ちが渾然一体となってボクの心に騒めいている。

 エイプリルさんはどうしてボクのためにあそこまで思い詰めたのだろうと、ずっと考えている。

 簡単だ、友人だからだろう。そう思っても、何故だかその裏があるように感じてしまう。それはただの勘だったけれど、ボクからすれば半分以上事実に思えてしまうものだ。

 そうであってほしい、なんて。そんなことを思う時期はとっくの昔に過ぎていたはずなんだけどな。

 

 ボクがエイプリルさんに抱くこの感情は何なのだろう。リラに対して抱く感情とはまた別で、だからきっと恋や愛ではないのだと思う。

 生を受けて十八年弱、成人もしていないこの身ではあるけれど、知らない感情があるとはそれこそ知らなかった。どうしてエイプリルさんにしか感じないのかもよく分からない。理解できない。

 

 

 『エイプリル』を聴く。

 

 

 窓から見える空がいつのまにか朱く染まっていた。食欲も出ないままにロドスから持ってきた特製携帯食糧を一袋開ける。

 夕食の時間は七時頃だったか。今の時刻は日の入前だから六時強、エイプリルさんは隣の部屋に居るのか。

 

 別にどうってことない。考えることが少ないから考えているだけだ。いや、考えることはリラさんって存在が大幅に増やしてくれたけど。

 リラさんは本物なのか。そんな訳はないだろうけど、ロドスに仕掛けられた悪趣味なドッキリの可能性が一番高く感じる。それでも口調だとかは再現できないだろうし、リラさんは本当にリラさんなのだろうけど。

 

 リラさんのことを考えると、もどかしい思いがとめどなく湧き出てくる。やっぱり連絡先の一つでも貰えば良かった。でも迷惑になるからと抑え込んだボクの判断は間違ってなくて──。

 

 そっか。

 

 未練が大きくなるから、じゃないんだ。ボクがリラさんから距離を置いたのはどこまでもリラさんのためで、ボクが前を向くためじゃない。

 叱られる訳だ、全然出来てない。ボクはエイプリルさんを怒らせて当然の思考をさも当たり前のように実行していた。

 

 

 『エイプリル』を聞く。

 

 

 空が藍色に塗り潰された。龍門のネオンが煌びやかに装飾して、真っ黒な空は照らされてしまっている。星は見えない。

 以前、ボクは運命を天体に喩えていた。リラは太陽で、ロドスは月だと、そう思っていた。そして、それはクロージャによって引き裂かれた。

 

 あの言葉は質量を持ったみたいに重く感じられたんだ。軽々にボクがロドスのことを月だなんて言ったから、クロージャの何かに触れて怒らせてしまった。

 

 何も変わらない。軽々に無意味だなんて言ってしまったから、エイプリルさんにあんな表情をさせてしまった。

 何も成長していない。それはまるで頭の中に居るリラのようで、死んでるみたいなんだ。

 

 リラさんは、変わっていなかった。ボクの思い出にあるリラそのものだった。完璧なリラではあったけど、もしかするとそれは完璧なリラさんではなかったのかもしれない。

 リラさんには裏があるのかもしれない。勝手なボクのこの予想は間違っていると思う。そんなものあるはずない、そうボクは思ってる。

 

 だからこそ、あるんじゃないかな。

 ボクは、間違ってるから。

 

 夕食に出かけていると思われるエイプリルさんの部屋の方を見る。汚れのない壁があるだけだった。

 それに少しだけ安心する自分が居た。

 

 

 『エイプリル』を聴く。

 

 

 夕食の時間は過ぎた。炎国の習慣で言うところの宵夜が始まった。夕食の後にもう一度食事を摂るのだったか。このホテルでは日が変わるまでレストランが開いているらしい。

 エイプリルさんは行くのだろうか。炎国に慣れていないのだったらもしかすると存在自体を知らないかもしれない。伝えた方がいいかな。

 

 まだ二日目だ。色々あったけど今日はまだ滞在二日目なんだ。そんなに飛ばす必要なんてない、ボクはまだ動く必要なんてない。

 

 そんな風にする言い訳が尽きたなら、ボクはようやく腰を上げられるのかな。それとも、このまま見えない星をどうにか見ようとして肝心なものから目を逸らし続けるのかな。

 エイプリルさんの声を思い出しても、ボクは動けそうにない。そもそも、動いたって無駄なのかもしれない。本来星はどこでだって見られるもので、太陽はボクたちを満遍なく照らす恒星だから。

 

 そんな言い訳を捻り出したボクの顔は今どうなっているんだろう。きっと感情がそのままで、取り繕えてないんだろう。訓練の成果はどこへ行ったんだ。

 

 もう何も考えたくなかったボクは逃げるようにベッドへ倒れ込むと、『エイプリル』を流しながら眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ⬜︎⬜︎、約束しない?」

 

 窓の外、走り回るナインとカインを見ながらリラが言った。約束って何のことだろう。

 

「約束するようなことって何かあった?」

 

「ううん、ない。でも⬜︎⬜︎は私に約束してくれたでしょ?だから私も⬜︎⬜︎に約束しようかなって」

 

 リラの言っていることがよく分からない。いつものことだった。

 リラはボクが譲った分だけ返さないと気が済まない性格だから、言いたいことは分かるけど。別にいいのにな、ボクはいつもリラから貰ってるんだから。

 それに約束するのは約束するべき時に限るんじゃないかな、とも思う。自分が約束したいと思った時にすればいいもので、進んで約束事を増やすのは違う気がする。

 

「そういうものじゃないよ、約束って」

 

「いいのいいの。どうせ口約束なんだし、誰も困らないでしょ?」

 

 そうやってリラが笑えば、ボクにはもう断ることなんてできなかった。そもそもボクの約束はそれなりの重量を伴っていて、だからリラのそれをどうにか止めるべきだったとは思ったんだけど……ボクには、止められないなぁ。

 リラがボクの手を取った。それだけでどこか安心してしまえるくらいボクはリラに惹かれていて、口出しする気にはなれなかったんだ。

 

「それで、何を約束するの?」

 

「それはもう決めた」

 

「えっ、早いね。どんな約束?」

 

 リラがボクの手をぎゅっと握る。

 ここまで真剣な顔のリラは珍しい。

 

 ボクが呆気に取られていると、リラは容赦なくその言葉を紡いだ。

 

「私は私を許さない。⬜︎⬜︎が私を、本当の意味で許してくれるまで」

 

 リラの目を見る。

 澄んだ琥珀色の瞳がボクを見ていた。

 

「分かった。リラがそう言うなら」

 

 ボクの言葉を聞いたリラは何度か瞬きした後、ボクを抱き締めた。リラの体は震えているようで、ボクが抱き締め返すとそれはより一層酷くなった。

 

 リラの目は本気だった。だからボクは何のことか分からなくたってその約束を受け入れる。リラはちゃんと考えてその言葉を出したんだって分かってるなら、ボクにできるのはそれを受け入れることだけなんだから。

 リラにも、ボクより少し長いくらいの過去がある。ボクを含めてこの世の全ては、今に至るまでの過去を持っている。ナインだってカインだって、それは変わらない。

 

「リラ。いつか話してくれればそれでいいよ」

 

 ここは孤児院だから、みんな親を亡くしてるんだ。リラが許さないでって言うなら過去には相応の顛末があったはずで、ボクはそれを受け止めてあげたい。

 それでまた、リラに許してって言われて、ボクは笑顔で言ってのけるんだ。

 

 最初から、ってさ。

 

 

 

「──て。起きて、アビス」

 

 目を開ける。すぐ前にエイプリルさんの顔があった。

 

「えっ、あ、おはようございます……?」

 

「うん、おはよう」

 

 エイプリルさんの顔が離れて、ボクも上体を起こす。耳に入れていたイヤホンが一つ落ちて、聞こえる音楽が片耳からだけになる。

 寝ぼけていた頭が覚醒する。

 

「流石にそろそろプレーヤー返してもらおうと思ったんだけど……気に入ったみたいだし、それはアビスにあげるよ」

 

「いいんですか?」

 

「うん、いいよ。でも代わりのプレーヤーくらいは一緒に選んでくれる?」

 

「選ぶだけですか?ボクがこれをいただけるのなら、ボクもエイプリルさんにプレゼントするのが筋ですよ」

 

「じゃあ、そうしよっかな」

 

 何事もないように振る舞う。

 ボクも、エイプリルさんも、昨日を無かったことにした方が良いって分かってるからだ。

 

「それじゃあアビス、また後で」

 

 エイプリルさんがそう言った。

 作り物の笑顔をボクに向けて、言った。

 

 

「エイプリルさんのことも大切ですよ」

 

 

 それは全くの無意識だった。ボクは自分の部屋に戻ろうとしたエイプリルさんの袖をいつのまにか掴んで、無意識のうちにそう言っていた。

 

 後から弁解する気にはなれなかった。ボクは昨日の夜に色々と考えてみたけれど、でも結局エイプリルさんのことが大切だという所は変わらなかった。

 ラユーシャみたいなもの、それこそ親愛って気持ちだと思う。

 

「えっ、えぇ……それリラにも言ってなかった?」

 

「ボクが大切に思ってるのは二人ですね。過去を合わせれば三人ですが」

 

「二人!?」

 

 リラさんは勘定に入れてない。出会ったばかりのボクが一方的に大切だって言うのはあんまり気分が良くないことだろうから。

 

「あたしってリラと同等なの……!?」

 

 エイプリルさんが何やらわなわなと震えている。まあ、ただの同僚にこんなこと言われても普通は困るだけだよね。

 

「冗談ではありませんが、特に気にしないでいただいて良いですよ。もっと話して行かれるなら、その、お茶でも淹れますが」

 

「えっ、いや、大丈夫!うん、あたしは朝ご飯でも食べてくるから!じゃあね!」

 

「あ、はい。お茶……」

 

 中国では上等なホテルだと、この部屋みたいに茶杯が六つ置いてあるところがある。茶杯とはコップのこと。理由は割愛するとして、その茶杯は何人で飲もうと六つ使わなくちゃいけない。三人で飲むとしても一人あたり二杯分飲むことが多い。

 っていうことで一人で六杯飲むのは流石にキツいから誘ったんだけど、あの逃げ方からもしかするとエイプリルさんはこの文化を知ってたのかもしれない。朝ご飯前に三杯も飲むのは嫌だろうし、仕方ないか。

 

 一昨日から飲みたいと思ってたんだけどな。

 

 

 

 暇になってしまった。

 

 昨日はボクが働いたから、とエイプリルさんが一人で近衛局に出向き、そして結局やることなんてないボクだけがホテルに残った。

 アーツユニットは整備するほど使った訳じゃないし、物資を買い込むにも型が違えば使い方なんて全く分からない。ボクが使っていた攻撃型手榴弾はあんまり流通してないみたいだし。

 

 Wに頼むのは嫌なんだけどな。ボクのことで何か企んでいそうだし、偶にボクの後ろに回り込んで何かをしようとしてる時がある。一応いつも武器を持ってはいないけど、何をするつもりなのか分かったものじゃない。

 

 でもそうなると、することが本当になくなってしまった。シルヴェスターさんの葬式はもう少し後で、エイプリルさんのプレーヤーを買おうにも好みを聞かなきゃ決められないだろうし。

 あ、それなら地理だけでも覚えておくのはどうだろう。

 街でプレーヤーを売ってる店とか大通りとか案内出来て、それでもかけた迷惑の百分の一を返せるかどうかだと思う。今この時間を有効に活用するには、それがいい。

 

 財布は持った。ホテルに置いておけない大切なものもポケットの中に入れた。

 

「よし、出掛けよう」

 

 

 

 どうしよう、迷った。

 大通りだとかメジャーな部分は一通り通って、そこから欲を出して一つ裏側の通りを探索し始めたのが悪かった。初日に少しだけ通って変な自信を持っていたのも最悪な方向に転がった。

 また同じ道だ。近衛局は近くに見えるのに、何故だか辿り着けない。路肩に停められたモーターバイクが変わってるせいで違う印象を受けることとか、下ろされているシャッターの汚れがさっき見たものと同じって気付かないと永遠にループしそうだ。

 疎らだけど行き交う人が居るっていうことも上手いこと撹乱になってる。

 

 ちなみに奥まった場所で幾つか武器の露天商にも出会ったけど、ロドスの取り扱うような品質は流石になかった。昔練習した投げナイフなんてものがあったからつい買わされちゃったけど。

 うーん、久しぶりに屋根の上を使おうかな。

 

「へい、そこのお兄さん!」

 

 この声は。

 

「リラさん、昨日ぶりですね」

 

「だからリラでいいって言ってるのに。今日はエイプリルさんと別なの?」

 

「ええ、そうです。それにしてもどうしてこんなところに?お一人で歩くには少し危険ですよ」

 

「このあたりに友達が居るの。今も会ってきたし、これから帰るとこだったんだけど……アビスについていこうかな。予定あるけど」

 

 友達、か。龍門から帰る前にその友達が信用に値するのかボクの方で確かめておこう。身元の特定さえ出来れば探偵を雇えばいい。

 そうまですることはないと昨日のボクなら思っていたかもしれないけど、でもリラさんがそんなことを言うなら話は別だ。そう、ボクについていくなんて言うのなら友達の方も精査せざるを得ない。

 

「リラさん、知り合って一日の男についていくなんて絶対にダメです。少なくともその人が後ろ暗いところのない会社に通っていて、出自がしっかりしていて、年収六百万龍門幣以上で、顔も整っていないと認めません」

 

「年収六百万の人は私と知り合うことすらないよ」

 

「なら認めません、ちゃんと身分がしっかりしていて邪な気持ちを持っていない人とじっくり親交を深めてください」

 

「じゃあアビスは?」

 

 そう言ったリラさんに、物陰から視線が当てられていた。ボクも今気付いたばかりでいつから居たのか見当もつかない。リラさんの容姿は控えめに言って最強だから仕方のないことだけど、もし気付いていなかったらと思うと怖過ぎる。

 リラさんの手を引いて人の流れに溶ける。

 

「前者では会社と年収以外当てはまっていません。後者だとしてもじっくり深められていませんよ」

 

「私はアビスの顔好きだよ?」

 

「ボクはリラさんのことが好きです」

 

「そう?……ちょっと待って今なんて?」

 

「ボクはリラさんのことが好きです」

 

 何度だって言いますが?

 

「わ、私も、アビスのこと好きだよ?」

 

 くっ!恥ずかしがる仕草がドストライクなので少しの間こっちを見ないでください……ッ!

 

「リラさん、恥ずかしいならやり返す必要はありませんよ」

 

 それにそんなことをされなくてもボクの心はいつもリラさんに掻き乱されてますから。好きです。

 

「急に塩になるじゃん……だってアビスに転がされてるだけじゃつまんないもん。いや、楽しいけど。楽しいけどさ、プライドの問題があるから」

 

 リラさんが立ち止まる。ボクの手をぐいっと引いて、リラさんの顔が目と鼻の先に来て、どうしよう浄化されそうなんだけど。

 

「あんまり舐めてると、痛い目見るよ?」

 

「ボクだって、好き好き言ってるだけじゃないんですよ?」

 

「やり返されたー!?」

 

「冗談です」

 

 でもあんまり距離が近いと冗談で済まなくなってしまいます。──おっと、当然こちらも冗談ですよ?

 

「アビス強いー、もっと接待して」

 

「リラさんが世界一可愛いと思います」

 

「ふふふっ、そう?」

 

「ええ。……本当ですよ?」

 

「わあもう勝てなーい!」

 

 リラさんが上品な笑みを放り出した。うん、やっぱりリラさんは無邪気に笑ったりしている方がずっと魅力的だ。

 

「コツがあるんです。全て心の底から言えばいいんですよ」

 

「なんで照れないの!?」

 

「恥ずかしいことなんて何もしていません。ボクはリラさんが好きで、大切で、守りたいだけですから。あ、『告白』ではありませんからね」

 

「いやそこまで言ってて告白じゃない訳ある?プロポーズの言葉として採点しても及第点あげられるレベルだよ?」

 

 合格ギリギリなのか。

 

「いやプライベートからプロポーズの言葉を所構わずぶっ放してる人は流石に引くけど」

 

「リラさんにだけです」

 

「ねえアビスってホストだったりする?」

 

「知り合いに元ホストは居ますが、ボクにはそんな経験ありません。彼らと比べてはいけませんよ、ボクは彼らと違って言いたい言葉しか言っていませんから」

 

「プロポーズとかじゃないとしたら、私って口説かれてるよね」

 

「いえ、そういう訳でもありません」

 

「……私のこと好き?」

 

「はい、もちろん」

 

 海よりも深く、山よりも高く。テラに定められた運命や外の世界にまで届くほどボクはリラさんのことが大好きですよ。

 

「……な、なら高い服とか買ってもらおうかなー」

 

「いいですよ」

 

「……えっと、高級レストランに行きたいなー」

 

「そんな所に行かずとも、料理の腕はそこらのシェフに負けないと自負していますよ」

 

 レストランをそんな所だなんて言うつもりはなかったけど、リラさんはマナーを気にしたくない人だろうっていうボクの勝手な偏見から今だけはそう言わせてもらおう。

 

「宝石とか、欲しいなー」

 

「予算は三百万龍門幣で宜しいですか」

 

「ん?えっ、今なんて」

 

「ああ、すみません。五百万龍門幣の間違いでした」

 

「やめて、待って。アビス、私を止めなよ」

 

「えっ?」

 

「えっ?じゃなくて。貢がされてるんだよ?分かってるでしょ、それくらいは」

 

「分かっていますよ、貢ぐことを許されたんですよね?」

 

「えっ」

 

「手始めに仰られていた店を回りましょうか」

 

「ちょっと待ってアビス、どうして貢ぐの?恋人になりたい訳じゃないんでしょ?」

 

「好きな人を助けたいと思うのは自然な感情ですよ」

 

「え、なに、私は前世でアビスのこと救ったの?」

 

「そうですね、似たようなものです」

 

「もう訳わかんないじゃん」

 

「ボクはリラさんが好きで、しかし恋人になるつもりはありません。それだけ覚えていただければ結構ですよ」

 

「……アビスは、それでいいの?」

 

「はい」

 

「ふーん。そうなんだ」

 

 微かな違和感を捉える。

 

 少しだけ棘のある感情が、ボクにしか分からないくらい巧妙に隠されている。それも、ボクにしか分からない理由は、相手がリラだからじゃない。

 

 それが慣れ親しんだ悪感情だからだった。

 

 リラさんの顔や仕草には全く浮かんでいないけど、感情をいつも扱っているボクだから分かる感情の()()とでも言うような代物がその表情の下に隠れていたからだ。

 楽しいだとか嬉しいだとかはあまり感じ取れないけど、今リラさんが抱え込んだ()()()()()()()()()()だとかは鋭敏に感じ取ることができる。

 

 ボクの知ってるリラとリラさんは違うんだ。あのリラとは違う過去を持っていて、だから何が地雷なのか分からない。

 

 でも本当にリラそのままなんだ。その容貌や恰好から始まって、その声色も、果てには語調だって変わらない。多少は成長してるけど、ボクからしてリラだと断定せしめるほどなんだ。

 

「どうかした?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 だからボクは、これ以上踏み込むべきじゃないんだ。

 

「……リラに会いたいな」

 

 誰にも聞かれないくらい小さく呟いた。

 それは隣に居るリラさんに聞こえないくらい、コータスだって聞き取れないようなか細い声だった。

 

「へえ、なるほどね」

 

「どうかしましたか?」

 

「ううん、何でもないよ」

 

 リラさんが笑った。

 

 ずっと笑っていてほしい。

 それを願うくらいは、許してほしいな。

 




 
最近Twitterを始めていましたが、進捗を呟く気がさらさらないので連携していません。よろしくお願いしません。
#石3000配れテンニンカ
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