【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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ミスが多発しています。
現在五十八話までの執筆が完了しています。章が終わるのは六十あたりになるかと思われます。



五十三 艦内記録

 

 

 

 

 椅子に深く座り直し、ため息を一つ。

 

 壁にかけられた時計の短針は円盤の中で二つ目に小さいアラビア数字を指していて、それはかなりの好記録だった。アビスでも驚くだろうそれは、確かなドクターの成長を表していた。

 

 ドクターの腹が鳴る。消化する音だろう。しかしドクターはそれを食事の契機とすることにした。

 昼食は摂った。しかし簡単なものを短時間で作って食べただけだ。まだ間食の時間に達してこそいないが、食堂には誰かしら料理のできるオペレーターが居るだろう。そこに行けば何かしら摘まめるものがあるはずだ。

 

 ドクターが立ち上がった。

 仕事は書類のみならず、オペレーターとの接触もそれに当てはまる。ドクターの望みはその先にこそあり、そして──いや、それは今関係のないことか。

 

 とにかくドクターはそんな風の理由で食堂を目的地に設定し、腰を浮かせて、また椅子に着けた。

 

 携帯機器を起動、ニューラルコネクタに接続し、PRTSの言葉を軽く受け流す。

 インストールされているアプリケーションソフトウェアを起動し、とあるオペレーターとコンタクトを取った。普段なら素気(すげ)無く断られていただろうが、今に限っては窮鼠と等しいまでに弱っているはずだ。

 逃げ道を用意すればそこへ飛びつくはず。あまり相手からの印象は良くないだろうが、だがドクターの標的は相手ではなく、その先だ。

 

 秒速で返ってきたメッセージにまた一言二言返したところで、ドクターは端末をポケットに入れて立ち上がった。

 順調に事が動いている。ドクターの思い通りに局面は動き、例のフェリーンが気付かないうちは対策も必要ない。

 

 己の目的へと一歩ずつ近づいていく、そんな足音がドクターには聞こえていた。

 

 

 と、いうことでドクターと窮鼠が二人、食堂のテーブルに向き合って座った。ドクターの手が皿に伸びて、一つ掴んで口の中に放り入れる。

 

「美味いな、これ」

 

 テーブルの上にあるフィッシュアンドチップスはヴィクトリアの食文化を代表するほどに有名なファストフードだ。ムースあたりが厨房に立っているのだろうか、とドクターは思索する。

 

「食べないのか?」

 

「アビスはどこに居ますか」

 

 窮鼠──ライサは眼光鋭くそう言った。

 

「まず一つ。アビスは艦内に居ない」

 

「それは分かってます」

 

「本当にそうか?俺の予想では、アビスを探してもう何周もロドスの全域を駆け回ってるものだと思ってたが──つうっ!?」

 

 ライサがテーブルの下でドクターの脛を蹴った。相当な威力だったようで、ドクターはテーブルに突っ伏し両手で足を摩っている。

 

「それと、敬語じゃ、なくて、いいぞ」

 

 途切れ途切れになったのは痛みによるものか。ライサは滑稽且つフレンドリーという見るに耐えないドクターに対して、更なる追い討ちである冷視線を浴びせ続けた。

 あくまでドクターとの会話はアビスの消息を明らかにするためだけのもので、それ以上の意味を持たない。ライサにとってドクターは友人ではなく上司だ。もしかするとビーンストークが飼っているハガネガニよりドクターのことが嫌いかもしれない。

 

 ちなみにハガネガニの好感度は、ドクターがヴェンデッタやゴースト隊長に抱くものとほぼ同じだ。ライサは普通にあの生物が苦手だった。

 

「本当にアビスは外に居るの?」

 

「確実に外」

 

「いつ戻ってくる?」

 

「分からん。最低でも一週間くらいは来ないんじゃないかとは思ってる」

 

「はぁ?マジか。で、どこ行ったの?」

 

「それは言えない」

 

「チッ。やっぱ極秘任務ってドクターの?」

 

「そうだ。ラーヤちゃんも漏らしてくれるなよ?責任は俺とアビスの分配だからな」

 

「……それ、卑怯じゃない?」

 

 ドクターは笑って誤魔化した。

 皿をライサの方に押しやれば、ようやくライサはそれに手をつけた。思っていた以上に美味しかったらしく、ライサの食べるスピードがドクターのそれを上回る。

 

「ところで、ラーヤちゃん。アビスとの向き合い方は決めてるのか?」

 

ふぁむのこふぉ(何のこと)?」

 

「色々アビスに言われてたんじゃないのか?」

 

「あー、それね」

 

 ライサが肘をテーブルにつけて三角形状に手を組み、それに額を乗せる。どんよりとした雰囲気が際限なく垂れ流され、ドクターは首を捻った。

 

「いや、うん、まあ……私はなんていうか、死んでほしくないんだよね。流石にドクターでも分かるでしょ?私はアビスにどんな理由でも死んでほしくない」

 

「『流石に』って何だよ。分かるから」

 

「で、それアビスに言ったのね。私はアビスを死なせないって」

 

「おう」

 

「その時はただ困るねって苦笑してただけなのに、次の日からアビスは私のこと避け始めて」

 

「おう?」

 

「なんでって聞いたらアビスの方こそ不思議そうにして『ボクは生き延びたい訳じゃないから』って。だとしてもそう簡単に距離置く!?ラユーシャって呼ばれて嬉しいのと避けられて悲しいのがごった煮になったんだけど!?」

 

「すんません誰か鎮静剤持ってませんかー」

 

「でも近づいてみると距離おかしいんだよアビスは!なんかくっついても拒否しないしスキンシップ応えてくれるし私一体どうしたらいいんですか!!??」

 

「落ち着け」

 

「無理ィ!!MU()W()RY()Y()Y()Y()Y()Y()Y()Y()Y()Y()Y()!!!」

 

「やめろ迷惑になるぞ」

 

 ライサの咆哮が食堂中に響き渡る。つい浮かせてしまった腰を下ろす時には食堂の中にいるほぼ全員がライサとドクターに注目していた。

 

「……ごめん、ちょっと取り乱した」

 

「俺はいいから他に謝っとけ」

 

 観衆にライサがぺこんと頭を下げる。

 ドクターはフィッシュアンドチップスを摘まむ手を見ながら、バイザーの下でまた思案に耽る。

 

 ドクターはアビス側に立つと決めた。それはケルシーと対立することになる道だ。それによる少しのデメリットも存在してはいるが、結果的に目的へと近づくことにはなるはずだとドクターは確信している。

 そして対立する以上は最低限ケルシーに抵抗するだけの仲間を作らなければいけない。そうでなければアビスはケルシーの手でロドスに監禁され、ドクターの目的も中途半端に終わってしまうだろう。

 

 それを防ぐための筆頭としてアビスに盲目的なライサを狙っていたのだが……

 

「ラーヤちゃんは、もしアビスが特攻任務に抜擢されたらどうするんだ?」

 

「責任者殺してアビスと逃げる。アビスがやる気だったら殴ってでも連れてく」

 

 予想通りの回答だった。しかし発言内容は予想通りでも、それを言ったライサの状態は丸っ切り反対だった。

 その濁っていたはずの目はいつのまにか透き通って、どこかへ行っていたハイライトは瞳の中に居を構えている。ゾンビのように汚泥に塗れて立ち上がるのではなく、騎士のように凛として一歩も引かない覚悟を持っている。

 好きという感情はまだ上手く調節することが難しいようだが、しかし正しい方向に定まってしまっていた。この分ではどれだけ感情が出力されようとも、アビスに好きな人でも出来なければ──いや、居なければ捻じ曲がりはしないだろう。

 期待外れだ。そう、ため息を吐いた。

 

「んっ……なんか今猛烈に嫌な予感がした」

 

 耳を押さえて、あらぬ方向を見る。

 

「気のせいだ。アビスは死なないだろ、たぶん」

 

「いやそっちじゃない」

 

「?」

 

 ドクターは第六感に関してあまり敏感ではない。第六感とはつまり経験から来る無意識の警告であり、ドクターは理論立てて物事を捉えられるために、第六感が必要ではないのだ。

 という風にドクターは考えているため、遠く龍門で起きたとある邂逅をライサが感じ取ることのできるはずがないと思っている。話半分にフィッシュアンドチップスを食べるドクターの姿からは想像も出来ないが、本来のドクターは理知的な戦術家であり、才ある神経科医に間違いないのだ。

 

 ライサが立ち上がった。

 

「それじゃドクター、情報ありがと。嫌な感じが消えないからちょっと体動かしてくる」

 

「おう行ってらっしゃい」

 

「それはアビスに言われたいセリフだからドクターは言わないでもらっていい?」

 

「……まあ、頑張れ」

 

「ん」

 

 

 

 

 

 

 

 描いた鳥が壁を抜け出して翔んでいく。いつのまにやら厚みを持っていた文鳥が床の少し上を滑空し、羽撃いた先に居るサルカズの肩に止まった。

 

「ごきげんよう、一人ぼっちのオペレーターさん?」

 

 鳥を叩き落とし、サルカズの女は手についた墨を壁に(なす)りつける。鳥を生み出した親であるシーはその様子を、横穴に座りながらひどく不愉快そうに見ていた。

 

「何の用、って顔してるわね。でもあたしがあんたに会うなんてあの子関連に決まってるじゃない?」

 

「……あの〝子〟?」

 

「間違えたのよ忘れなさい」

 

「ふふっ、別に隠す必要はないわよ。あなたがアビスに母性を刺激されていようが、今はどちらかと言うと口調が被ってることに問題があるわ」

 

「母性じゃなくて親愛よ」

 

 画仙紙を筆先が横断した。会話中にも止めていなかった筆がサルカズの女──Wが放った一言によって完全な暴走と停止を余儀なくされた。

 少し引いた様子のシーがWの顔を注視しても、ふざけている様子はなかった。

 

「あなたがそれでいいなら私もそれで構わないけど……色々と拗れてるのね」

 

 心から、といった感じでシーが呟く。普段はセリフに入っている嫌味や嫌がらせが全く見えないところを見ると、恐らく本音だったのだろう。誰だってそうなる。

 

「煩いわね、あたしの事情にあんまり文句を言わないでくれるかしら」

 

「せざるを得ない状況にしたのはあなたよ」

 

 今度はWが不機嫌そうな顔をして肩を竦めた。その顔は一切自分の非を認めていないが、一般的に見ればシーの言い分が正しいだろう。狂信者と自由人では狂信者の灰汁が競り勝つようだ。

 

「さて、本題に入りましょう。単刀直入に言うわ、あんたはアビスの方につきなさい」

 

「……何の話よ?」

 

「あら、そういえばあんたって世間知らずの引きこもりだったわね。これは失礼、知ってる訳がなかったわ」

 

「あなたって将来、墨に溺れて死んだどうしようもなく間抜けなサルカズになるかもしれないわ。気をつけた方がいいんじゃないかしら?」

 

「あんたに出来る訳がないわ」

 

「知ってるかしら、絵画(この世)に不可能はないのよ」

 

「でも死なない生物だけは居ないのよね」

 

 空気が張り詰める。小自在なら竦み上がり、自在さえも怯んでしまうような雰囲気の中で二人が各々の武器に手をかける。

 

「……とまあ、冗談はこれくらいにして。親切なサルカズのあたしが今どうなってるのか教えてあげようじゃない」

 

 その発言で龍虎が相搏つ未来はなんとか回避された。Wもシーも特に戦闘を回避する理由は見当たらなかったのだが、Wは話をするために来たのだ。()()()それを終えるべきだろう。

 

「初めにあんたは、アビスが今ケルシーと対立していることは知ってるのかしら?」

 

「まあ、それは察してたわよ。直接的な対立はまだないみたいだけど、規則に違反するアビスなんて初めて見たもの」

 

「アビスはああ見えてそこまで真面目くんでもないわ。もしそう見えたのなら、それはあんたの目が節穴だからよ」

 

「あら、あなたは頭の中身が空っぽみたいね。私は見たことがないと言っただけで、アビスのことについて一言も触れていないのだけど」

 

 ピン、と緊張の糸が張る。

 十数秒の後、向き合うことに早くもうんざりしたWがその糸を緩めた。

 

「それで、そのアビスにドクターは協力するそうよ。そしてラーヤは対立。つまりアビスとドクター対ケルシーとラーヤの構図になってるってワケね」

 

「それは……マズいわね」

 

「ええ、ドクターとケルシーが勢力に数えられて、それも対立状態。まだどちらもお互いのことを明確に敵だと思っていないからいいけど、もしそれが発覚した場合は……」

 

「いつぞやのワルファリンが起こした騒動に重なる、ということかしら。確かあの時もアビスの命がベットされていたのよね」

 

 ワルファリンが暴走することで組まれてしまったドクターとケルシーの対立。それは結果的に無事鎮圧されたが、ドクターを筆頭とする怪我人は割と多かったのだ。

 適度な対立は競争意識を煽るが、しかし規模が過ぎればコントロールを失い被害が生まれる。

 

 Wだけが行動している今、有利なのは圧倒的にドクター陣営だろう。そもそも、団結していないライサとケルシーならアビス一人でもなんとか躱せるくらいの戦力だ。

 しかし留意しなければいけないことがある。それはケルシー陣営の方に医療オペレーターが流れるだろうということだ。今回の対立は性質からして武力衝突が起こりにくく、その点でロドスの一番大事な活動を支える医療オペレーターはかなり影響が大きく厄介だった。

 

「それであたしはどちらかと言えば──いえ、曖昧な表現は避けるべきね。あたしはアビスの方に立つわ。アビスの考えはあのままでいいのよ、だってアイツは間違ってるんだから」

 

「あなた、何言ってるか分からないわよ」

 

「それで結構。で、どうするの?」

 

「どうって……どうもしないわ」

 

「ただ絵を描いてるだけ?それじゃつまんないわよ、それにもったいないわ」

 

 薄く笑いながら胡散臭い文句を並べ連ねるWにシーの口がへの字になる。まるでコミックブックの主人公が引きこもりのヒロインでも引き摺り出しているようで、それは確かに今のこの状況にマッチしていたが、しかしそぐわないものでもあった。

 気色の悪い笑顔を浮かべていたWは、やはりと言うべきかすぐにその笑みを消してつまらなさそうな顔に変わる。

 

「もう一つ付け加えると、あんたがケルシー側に転がりそうで嫌なのよ」

 

「最初の二つは完全にただの嫌がらせで挙げたでしょう」

 

「だってあんたがつまんなくっても関係ないもの」

 

「それはそうね」

 

 シーが筆をまた構える。一度のミス程度、一段下の作品にこそなるかもしれないが、ある程度の挽回は効くだろう。ど真ん中に濃く太い一本の線があるくらい、シーを以てすれば負債足りえない。

 

「それで、答えはどうなのかしら?」

 

「……私は、どうでもいいわね。誰かのために何かするっていうことが本質的に向いてないのよ。別にあなたたちと対立する訳じゃないんだから、これでもいいでしょう?」

 

「『本質的に向いてない』、ですって?ただの臆病者が一体何をほざいているのかしら」

 

 口の端が吊り上がる。Wはいつものペースで酷薄そうな嘲笑を顔に貼り付けた。シーは筆を走らせたままに、嫌悪感を露わにしてWから遠い位置に座り直した。

 

「臆病者、ねぇ。あなたみたいな狂人が勇気あるものだなんて言われるのなら、私はそれでいいわよ」

 

「アビスに嫌われたくないだけのくせに、恰好をつけるわね。最初から分かってるのよ、あんたがただ嫌われたくないからってケルシーの方につかないなんてことは」

 

「誰が言ってたのよ、そんなこと」

 

「はあ?」

 

「あなたにそこまで読み取られるほど気を抜いた覚えはないわ。誰から聞いたのよ」

 

「あら、そこまで分かっているのなら答えなんて一つじゃないのかしら?」

 

「チッ。……そうね。それで、それが何なのよ」

 

「実はそれを全部ひっくるめて解決する方法があるのよ。そう、あんたには名前だけ貰うことにすればいいの」

 

「……ああ、そう。分かったわ。好きになさい」

 

「あら、本当に?もしかすると頼られるかもしれないわよ?」

 

「そのくらいなら自分で何とかするわ」

 

 Wが口笛を吹いて囃し立てる。

 名前だけ貰う、とはどのようなことか。それはつまり、シーをアビスの仲間に形だけでも入れることで、実質的な戦力の増強になるということだ。先述した通り、主に武力衝突ではなく影響力での勝負となるこの戦いでは、傘下にどれだけのオペレーターを抱き込むことが出来るのかが重要なポイントとなる。

 もちろんそれらが積極的に活動する必要だってあるが、名前を貸すだけでも大きな意味を持たせることができる。

 

 シーからすれば手を汚さずアビスの仲間アピールが出来る唯一の逃げ道だろう。

 シーがアビスの味方についたことでケルシー側の牽制が成功しやすくなり、よってアビスの命は失われやすくなる。だが直接手を下すことにはならない。

 

 シーは自己中心的で、それでいて逃げたのだ。

 アビスの死は望まないと言いながら、死へ向かう手助けをして小さな恩を売る、そんな罪悪感が少ない愛想だけの選択をした。

 

「ふふっ、安心したわ」

 

 Wが嘲笑する。

 

「あんたは臆病者、それってこんな時まで変わらないのね。──いえ、変われないのかしら?」

 

 シーは筆を画仙紙に滑らせる。

 何も言い返すことができないままに。

 

 

 

 

 ドクターがオペレーターと仲を深め、ライサは流れ落ちる額の汗をタオルで拭い去る。

 

 Wが悪い予感を振りまきながら誰しもを嘲笑い、シーは横穴の中、扉の内側に凭れながら真っ暗な世界を筆に任せる。

 

 

 それぞれが思い思いの活動をし、職務から離れた束の間の休息を平等に消費している中、とある二人の医者が施錠された診察室の中で向き合っていた。

 

「融合率は23%を超え、血液中濃度は0.44に迫っている。身体中への移転が始まり、臓器の損傷もある。それがオペレーター『アビス』の現状だ」

 

「鉱石病は、安定しているのですか……?」

 

「ああ、概ね不安定な状態を脱してはいる。だがまだアーツの使った戦闘や源石との接触は避けるべきだ」

 

「そうですか……」

 

 僅かに見える肌とその白い髪以外のほぼ全身を黒に染めたサルカズがそう言った。小脇に抱える剣のような形をしたアーツロッドとその吸い込まれそうな眼は、黒装束の中でも一際の異彩を放っている。

 

「慢性の特徴を持っているが、アーツを使うと途端に急性の反応を見せる。アビスの体が人並みに頑強だったから良かったものの、たとえばドゥリンのようなオペレーターであればそれだけの変化でも耐えられないはずだ」

 

「生理的耐性が、あまり高くないのは痛いですね……」

 

「そういった事情も鑑みて、多少強引にはなったが任務には行かせないようにしている」

 

 対するはドクターやアビスに散々悪口を言われていたフェリーンだ。向かいのサルカズ──シャイニングの服装に黄緑を足したような色彩で、つまりその名はケルシーだった。

 診察室の机や源石機器に映されているデータは件のオペレーター、アビスのものだ。窓はなく、無機的な光を放つ源石灯が天井から二人を照らしている。

 

 今の時間は太陽がまだ沈んでいないのだが、その室内の雰囲気は深夜の静かな研究室に似ていた。たとえばどこかの研究施設から子供を連れてやってきたリーベリの研究員は、ちょうどこんな風の部屋で仕事をしていた。

 ケルシーが横にある機器の液晶を黒く変える。アビスのパーソナルデータは掻き消えて、真っ暗な何もない空間だけを映し出す。

 

 暗闇を捉え続けていたシャイニングの目がゆっくりとケルシーに向けば、珍しく少しだけ躊躇っているような顔が見えた。

 

「シャイニング、実は真に私が聞きたいことは別にある。アビスに関係こそしているが、アビスとは違うとある感染者の話だ」

 

 そう前置きして、問いかけた。

 

「右目の失明、左足の麻痺。これが鉱石病によって齎された症状だとして、死までの残り時間は大凡何ヶ月だ?」

 

 右目の失明、加えて左足の麻痺。

 シャイニングは回答する前に、一瞬だけ自然な疑問が胸中に湧いた。それは本当に一瞬だけの問いで、答えを得ることはなかったが。

 

 

 

 果たしてそんな患者はロドスに居ただろうか?

 

 

 

 さて、誰のことだったか。

 

 

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