【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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えっ、一話あたりの文字数多すぎですか……?
それか、やっぱり更新頻度が遅いってことですか。



五十五 重責の行方

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、テメェは笑ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エイプリルがボクの手を引いて進んでいく。

 ボクは既にかなりぐったりしていて、それをエイプリルは全く意識することなく楽しそうな笑顔でこっちを見る。

 

 その雰囲気に水を差すような真似は出来なくて、ボクも無理矢理口角を上げる。するとエイプリルはより一層笑みを深めて(はしゃ)いだ。

 

 ああ、もう。本当にもう。

 

 痛みは今のところ大して主張してこない。体力の面でぐったりしてる訳じゃない。

 エイプリルが一つ服を手に取った。店内に備え付けられた姿見に向かい、自分の体に当てながら何かを考えている。

 

 はぁ。

 

 柔らかい照明が陳列された服や台の上に立つマネキンに当てられていて、ゆったりした音楽が店内に響く。ボクとエイプリルの居る場所っていうのはつまり、龍門にあるブティックだった。

 

 どうして、服選びはこんなに時間がかかるんだろう。

 いや、それが普通でそうしたいって言うのは分かるんだ。女の子が自分を着飾って良い風に見せたいって思うのは当然だろうから。っていうか男もそうだから。

 

 でも、だとしても、すっごく長いんだよ。たった三軒しか見てないのに、もう長い方の針が二周するよ?ボクだったらとっくに帰りの輸送車両にでも乗り込んでる時間帯だ。

 

 龍門は国境に近いこともあってかなりトランスポーターに利用されて、観光客も多い。

 都市の発展はテラの中でも有数で、各国のブランド企業は炎国における企業展開において龍門支店のことを第一に考えるとまで言われている。

 

 最近はレユニオンのせいで失速したように思われたけど、それを早い段階から巻き返そうとしたことが功を奏して龍門は変わらず人気の大都市だった。

 

 だから、うん。適当に服屋の一つでも見て回ってから買いに行こうかと誘ったボクは、エイプリルの勢いに飲まれてその龍門の凄さを叩き込まれた。

 っていうか、叩き込まれてる。

 

「アビス、こんなのどう?」

 

「良いと思う」

 

 ドクターが偶にする脊髄反射って言葉の誤用を咎めたことのあるボクだけど、今だけはドクターの気持ちが理解できる。こんな気持ちだったんだ。

 でも、反射的に答えるのはどうしてか悪いことをしてる気分になる。ボクはほぼ考えなしに返して、それでエイプリルが上機嫌になるのは、なんか違う。

 

 ……真面目に考えてみようか。

 

「……ただ、エイプリルはそこまで低身長って訳でもないから、これとかの方が似合うかもしれない。もちろんその服も似合ってるけど」

 

「そう?」

 

「それとあのスカートとか合わせてみたらどうかな」

 

「ふんふん、ちょっと採用」

 

 エイプリルがボクの指差した黒いスカートを持って試着室の方に向かって行った。都合何回になるか分からない試着。たぶん十まではいってないだろうけど。

 

 ちなみに口調に関しては、オフの日に四角四面な会話をしていては楽しめない、ってエイプリルに言われたから今日だけってことで変えてる。

 ()し崩しに距離が近くなっていってる気がする。どうしよう。どうにかする必要は特段ないけど。

 

「……」

 

 でもそれは無駄って言ってる訳じゃない。必要はないけど、そうすることで生まれる利点──いや、そうしないことで生まれる欠点が存在している。

 ボクは近いうちに死ぬ。もちろんそれはボクの選択次第でどうとでもなるけど、でもボクに逃げる気はない。ラユーシャやエイプリルのことを人として好いては居るけれど、リラの穴を埋めるには至らない。

 だから、その時きっと周りには迷惑をかける。エイプリルとの距離を置く必要はなくても、置いた方がいいかもしれないとは思う。

 

 ボクが死んだら、フロストリーフはボクのことをどう嘲るだろうか。皮肉たっぷりに、可哀想とでも言ってのけるのかな。いや、ボクも自分のことを可哀想だとは思うから皮肉にはならないか。

 全部テラのせいだ。ドクターにロケットの開発を頼んでおこう。ロドスのみんなが乗り込めて、それで他の星まで飛んでいけるような脱出装置だ。

 

 思考が逸れるにしても、ちょっとぶっ飛びすぎじゃないかな。

 

 それに、理由はそれだけじゃなくて──。

 

 試着室のカーテンが開いた。

 

「どうかな、これ」

 

「……ちょっと間違えた。ミディよりミモレ丈の方が印象的に合ってる」

 

 膝までしか隠れないこの服だと、少し大人っぽさを出そうと選んだ上の服とマッチしてない。ふくらはぎの中ほどまでのミモレ丈だったらその点は解消できるし、エイプリルが普段から履いてるスニーカーとも合わせやすい。

 でも、今店内を見渡してみても良い色合いのものがない。

 

 あ。だからエイプリルもこんなに服屋を回ってるのか。

 

 それにしても悩む。パンツを選ぼうにもコータス用のものがあるとは限らないし、エイプリルにパンツコーデのイメージがないボクはそう上手く選べない。そも、ボクには圧倒的に知識が不足してる。

 

「じゃあ今度は上を選んでみたら?」

 

「えっ、と……」

 

 エイプリルが悪戯っぽい笑顔を浮かべる。もしかしなくても試されてる?

 そこまでセンスに自信はないよ……?

 

 考える。お洒落は理論だって聞いたことがあるから、理屈で詰めていけば大丈夫なはず。

 

 今下の服としては黒ですっきりしたスカートを選んでいる訳だから、上はもっとごちゃごちゃしたコーデでもいい。エイプリルの着けている耳飾りは赤色で、それをアクセントにするか、赤を主軸に添えたコーデにするかの二択。

 そうやって見ればシンプルな刺繍の入った白系のブラウスとかでもいいけど、それだと折角出そうと思っていた大人っぽさが中途半端になる。

 じゃあどうしようか。

 

 無地で白のブラウスと、もう一つ。ベージュのブルゾンを合わせてみる。ごちゃごちゃはブルゾンのポケットだとかで解決する。

 白、黒、ベージュ、ワンポイントアクセントに赤い耳飾り。プレーヤーはブルゾンのポケットに入れるとして、そうなればコードや短弓が良い具合に雑な感じを出してくれる、と思う。

 

「うん、いいんじゃない?」

 

 受け取ったエイプリルがそう評価した通り、そこそこちゃんとしたコーデが出来上がった。ただ、エイプリルの容姿が優れているからそう思えるだけで、服選びがありきたりなのは否めない、とも思う。

 やっぱりミモレスカートの方を試してみたい。もっと似合うコーデがあるはず。今回は割合すっきりしてるけど、エイプリルが普段着ているようなコーデみたいに一つ一つが凝ったデザインの服を纏めたい。無理だろうけど。

 

「買ってくるね」

 

「えっ、買うの?」

 

 反射でそう声に出せば、レジスターに向かおうとしていたエイプリルは不思議そうに足を止めた。

 

「だって、そのために選んだんでしょ?」

 

「それはそうだけど……でもエイプリルにはもっと似合う服があると思うよ」

 

「もしかして似合ってない?」

 

「そんなことはない、と思うけど」

 

「なんで自信無くなってるのかは分かんないけど、あたしはいいと思うよ」

 

 エイプリルがにかっと笑う。

 

「それに、考えてる時間は楽しかったでしょ?」

 

「そう、だね」

 

 見抜かれていた。っていうか、そこまで盲目的に楽しめる訳もないか。ボクがそろそろ疲れてきてたってことくらいお見通しだったんだ。

 だったら休憩時間の一つでも取ってくれれば良かったのに。

 

「……カフェ入っとく?」

 

「うん、お願いしたいかな。それに、良さそうな雰囲気のカフェを知ってる。ここからすぐ近くだし、そこに寄っていかない?」

 

「いいね、行こう。あっ、もしかしてそこでリラと会ったの?」

 

 レジに向かいながらエイプリルがそう言った。

 まあ、間違ってはないけど。

 

「リラさんとそこで時間を過ごしはしたけど、合ったのは街中。ボクが散策してたのは下見をするためであって、リラさんにも他の用事があるみたいだったからすぐに別れたよ」

 

「ふーん、そうなんだ。連絡先は?」

 

「聞かなかった。何度も言ってるけど、ボクはリラさんとこれ以上仲良くなる気なんてないから」

 

「そっか」

 

 会話をしつつ会計を済ませる。質の良いものを選んだだけあってそれ相応の値段がついてる。一応お金はけっこう持ってきたし、もう一度同じような買い物をしてもプレーヤーを買えるくらいは出来そうだ。

 

「あたしの服だよ?払わなくたって良かったのに」

 

「おまけのプレゼントだから気にしないで」

 

 色々迷惑かけちゃったし。

 

「そういえば、下見って何?」

 

「?」

 

「え、だって龍門の地理を知ってる必要があることなんてないよね?」

 

「それは今日のためだけど。買い物に行くんだったら少しくらい知ってた方が良いかなって」

 

「あっ、だからそんなに服屋の場所を知ってたんだ」

 

 エイプリルが紙袋を手に納得した様子で店外へ出る。

 振り返って、ふざけたように笑った。

 

「もしかして、デートだって思ってた?」

 

 そんなつもりはなかったけど。

 

「エイプリルがそういうつもりで受け取ったなら、ボクもそれでいいよ」

 

「へえ?」

 

「今日の目的は、あくまでエイプリルのプレーヤーを選ぶためだけどね」

 

「流石に冗談だよ。アビス」

 

「知ってる」

 

「なんだ、じゃあ言わないでおけば良かった」

 

「それはまた後で面倒なことになるかもしれないよ?ボク相手なら心配は要らないと思うけどさ」

 

 ミッドナイトさんあたりは本気かどうか分かるだろうけど、ドクターなら勘違いしそう。あの人って指揮では抜け目ないのに、どうして私生活ではちょっと抜けたところがあるんだろう。反動かな。

 大通りを歩いていく。大きなデパートの壁に見える立体映像は昨日と何も変わってない。

 

「アビスは、恋愛とかする気ないの?」

 

「ボクにはリラだけでいいから。……なんか違う」

 

 ええっと、何だったかな。

 

「リラより好きになれる人を見つけられないだろうから、ボクには出来ない。うん、これが一番適当かな」

 

「それって、あたしの知ってるリラでもダメなの?」

 

「リラさんのことは好きだよ。だからリラさんには幸せになってほしい。リラさんにリラを重ねてるボクは、幸せを願って、それで終わりにするべきだ」

 

 昔の女の影、みたいな?それを追いかけてる当人にとっては好きと思う気持ちに虚しさが湧いて悲しくなるだろうし、その相手だって迷惑に思うはずだ。

 ボクだってもしリラさんから昔の恋人に似てるって言われたら……嬉しいな。嬉しいや、どうしよう。

 

 カーディさんやポデンコさんのことは、好きな訳じゃないんだ。ただ傷ついてほしくないし出来るだけ笑顔で過ごしていてほしいし、その笑顔を見ていたいだけで。

 カーディさんが怯える理由は分からないけど、それでいいとも思う。ボクが好きなのはカーディさんじゃなくリラで、そんな訳のわからない男とはちゃんと距離を取るべきなんだ。

 でも笑顔は見せてほしい。アンセルさんやスチュワードさんは振り回されることになるだろうけど、カーディさんたちがボクに怯えているよりは余程良いはずだ。

 

「リラのため、ね。アビスの幸せはいいんだ?」

 

「それは──」

 

 立ち止まる。洒落た喫茶店はもう視界に入っていて、あと三十秒もせずに入れるくらいの距離にまで近づいていた。

 そんな徒歩三十秒の時間距離を前にして、足が竦む。

 

 これから続く問答が持つ影響は、ボクの許容量を超過している。往来だって関係ない。ボクの勘違いじゃないなら、エイプリルはボクのことで何か出来ないかと悩んでくれていたんだから。

 

「エイプリル」

 

「なに?」

 

「敢えて言わせてもらうけど」

 

 エイプリルが顔を顰める。

 

「ボクの人生はもう終わってるんだよ」

 

「どういう意味?」

 

「ボクの人生は六年前の、リラを亡くした時に全部終わったんだ。今こうして生きているのはリラがそれを望んだのと、ボクが異常に死ぬことを恐れていたから」

 

 今考えてみれば本当に異常だ。

 ボクがリラを看取って後に後を追わなかったのはそれが無駄だと思ったから。でもきっとそれは言い訳に過ぎないんだ。

 死ぬことが怖かったから、自分の生きたい意思を正当化するためにそんな言い訳を立てた。

 

 だってそうだ。それが無駄だったからって、これからの人生は有意義かと問われれば首を横に振っている。

 

 リラが生きてほしいって思ってただろうことは、疑いようもない真実だけど。たとえ地獄に落とされたからって他の人もそうなれとは思わない、それがリラだ。悪く言う人は全員殺す。あとこれは例え話だから。リラが地獄に落ちるなんてことはありえない。

 

「あたしはアビスの言ってることが間違いだとは思わないよ。あの時あたしに話してくれたアビスの雰囲気は、目が離せないくらいに弱々しかったから」

 

 そんな風だったかな。自分では分からない。

 

「アビスはリラの源石に殺されたくて、生き続けるのも嫌で、だから死んでもいいって思ってるんだよね」

 

「そういうことに、なるね」

 

「じゃあ、どうして笑ったのか言ってみなよ」

 

「何を?」

 

「あたしと話してる時、アビスはちゃんと笑ってたよ。愛想笑いじゃなかった、それくらい分かるから」

 

「そうかな」

 

「そうだよ」

 

 そっか。

 

「一人の時が一番多いけど、ラユーシャと居る時でも一定の頻度で起こることがあるんだ。そういう時は決まって、ひどくラユーシャのことがどうでもよく思えてしまうんだ」

 

「……何の話?」

 

「リラが居ないことを、よく痛感してるって話。ボクが笑ったこと、怒ったこと、悲しんだこと、浮かれたこと。気まぐれに何かしたことも、日課でやっていることだって。全部全部どうでもよくて、堪らなく死んでしまいたい時があるんだ」

 

「……」

 

 エイプリルは黙ってボクの話を聞いている。こんなこと、ラユーシャにもケルシー先生にも話したことなんてなかったのに。

 シーさんはきっと薄々分かってる。ボクがあの通路でそうなった時は、いつも筆を止めてまでボクの方を見てくれているから。Wはどうだろう、もしかしたら同じようなことが起こってて、理解があるかもしれない。

 

「リラとの思い出がフラッシュバックして、アーツが勝手にあの時の信号を再現する。それが終わればボクは懐に()いている短剣を自分に向けたくてしょうがないんだ」

 

 ならどうしてまだ生きているのか。エイプリルの顔にはそんな言葉が露骨に書いてあった。

 

「リラが『生きて』って言うんだ。ボクが脳裏に次々と思い描くリラの姿は、まだ元気だった頃の笑顔で終わるんだ。それに、生きていればまたアーツがリラの姿を再現してくれる。最後に残った一欠片の希望はボクの絶望に小さな穴を開けたんだ」

 

「それを、希望なんて言わないで」

 

 エイプリルは怒った顔でそう言った。ボクだってそれを希望とは言いたくなかったけど、でもボクが亡灵(アンデッド)のことを解決しようと動くためにはその希望が必要不可欠なんだ。

 リラが居ない世界に希望があるとするなら、それが天国の存在を確定させることくらい分かってる。

 

 ボクにとっての新しい希望なんてものはどれだけ探しても見つからないって決まってる。だから使っても問題はないんだ、本来の意味で使われないんだから。

 

「ボクの人生はとうに終わった。時折自殺してしまいたい衝動に駆られるのは、それが本来あるべき姿だから。リラが居なくなったなら、ボクも消えるのが筋だから」

 

「じゃあアビスは、その衝動がなかったら生きたいと思うの?それとも、死にたくなるの?」

 

「さあ、どうだろう。でも分からなくて良いんだ、それを考える意味はないんだから。ボクがそれを手放して生きる道なんてなくて、それにもう遅いんだ」

 

 嘘じゃない。ボクにリラへの執着心を捨てる方法はない。エイプリルに説得されて捨てるほど小さくなくって、どれだけラユーシャが迫ろうと切り離せるほど遠くにない。

 

 リラのことなら、ボクは薄情者じゃないんだよ。

 

「……ねえ、アビス」

 

 エイプリルが笑った。

 とんでもなく黒い笑顔で。

 

「リラって子、最低だね」

 

 

 殺す。

 

 

「アビスもそう思わない?」

 

 エイプリルが横に飛んだ。

 目で追った先に、エイプリルは居なかった。

 

 殺す。殺せない。

 

「殺す」

 

「どう、図星だった?」

 

「殺す」

 

 見えない。掻っ捌いたつもりの短剣は空を切っていた。だが、それがなんだ、こんな近くから聞こえる声にも反応できないとでも言うつもりなのか。

 反応する必要なんてない。

 

 ボクの怒りを放つ、出てきたところを殺す。

 

 短剣は要らない。普通のアーツユニットでいい。どれだけ被害が出ようとリラには何の関係もない、だから塵芥と同じことだ。

 亡灵(アンデッド)のことは後回しだ。ロドスのことはもういっそどうでもいい。やりたいことだけやって死んでやる。

 

『あ、それとアビス。こっち向いて』

 

 突き刺す。何もなかった。

 代わりに側に置かれていたのは、小さな機械。

 

「……スピーカー?」

 

『アーツはダメだよってこと。それじゃあたしはカフェで待ってるから、頭冷やした後に来てね』

 

 悠長に話し合いでもして済ませる気か?

 何を話す?何も話すことなんてない、殺す。

 

『あ、ちゃんとそのスピーカーも持ってきてよ?』

 

 壊してやりたい。拾い上げるだけで軋むくらいに力を入れてみれば、思ってたよりずっと頑丈なことを知った。

 

『ちなみにそのスピーカーはロドス製で、防水性も耐久性も凄いんだってさ』

 

 クロージャさんはどうしてこう人の評価を掻き混ぜるんだろう。そういう星の下に生まれたとしか思えない。

 

『おーい、アビス。なんで止まってるの。早くこっち来てよ、窓際の席に居るからさ』

 

 ……ああ、もう。そりゃ分かってるよ、エイプリルは本心からそう言ったんじゃないって。何か言いたいことがあったんだろうって。

 でもあの言い方は怒るしかないだろ。一度も会ったことのないリラに対してあんな評価をされて、それで怒らないボクなんてボクじゃない。

 

『そうそう、こっちこっち。……なんか疲れてない?』

 

「誰のせいだと思ってるんだ」

 

 窓の向こう、エイプリルはコーヒー片手に手招きしていた。服屋のことだって、今だって、ボクを疲れさせたのはエイプリル以外にないよ。

 

 扉を開いて、近づいてきた店員さんに待ち合わせだと告げる。待ち合わせって言うほど待たせてはいないし約束なんかしてないけど。

 

「まだ怒ってる?」

 

「怒ってる。場合によってはボクより先にシルヴェスターさんと再会できるかもしれないね」

 

「えっぐいブラックジョーク言うじゃん」

 

 それくらい怒ってるんだよ。

 

「じゃあ、早速話そっか」

 

「うん。まずはどうしてあんなことを言ったのかボクが納得できるだけの適切な理由をしっかりと順序立てて説明してほしい」

 

「怒ってるね」

 

「怒ってるよ。殺したいくらいに」

 

 そう言ったボクをエイプリルが笑い飛ばした。なんだ、そんなにシルヴェスターさんに会いたいのなら早く言ってくれれば良かったのに。

 

「ごめん、あたしが悪かったんだよね。でもお願いだから溶けないレベルの角砂糖をコーヒーに入れないで」

 

 糖尿病で死んでしまえ。

 

「うぅ、甘いよぉ……太っちゃう……」

 

「それで、理由は?」

 

 ボクの言葉に、ちびちびと口をつけていたコーヒーが机に置かれる。静かではないが、落ち着いた雰囲気の店内が背景に溶けた。

 特段勿体ぶるようなこともなく、エイプリルはその言句を口にする。

 

「リラがアビスを殺してるから、だよ」

 

 リラが、ボクを?

 ああ、言いたいことは分かる。リラが居ないこの世界で絶望することになったのは、間違いなくリラが原因だ。

 だからって、それで責める道理なんてない。

 リラの隣は居心地が良すぎたから困ってる、だなんて。

 

「ちょっと色褪せてるくらいならいいの。つまらなさそうに生きてたって口を挟むことなんてないと思う。でもそのせいで死ぬんだったら、あたしは止める」

 

「余計なお世話だよ」

 

「でもアビスのせいでリラの株は下がってるよ」

 

「は?」

 

「アビスはずっと、ボクが死ぬのはリラのせいです、って言ってるんだから」

 

 は、いや、なんでそんな風になるんだ。

 

「そんな訳がない。ボクが一方的にこれからの人生を見限っただけだ」

 

「本当にそこまで理解されると思う?っていうかあたしから見ても、アビスはリラになすりつけようとしてるみたいにしか見えないよ」

 

「そんなつもりじゃ、なくて」

 

「分かってるよ。分かってるけど、でも実際どうなんだろうね。アビスが死ぬのは本当にリラのせいなんだから」

 

 リラの、せい?

 

 それじゃ、なんだよ。

 ボクはリラのことを人殺しにしようとしてたってことなのか?ラユーシャがあんなにリラを嫌っていたのも、そのせいなのか?

 

「アビスの伝え方も良くなかったよね。リラが関係してるなら死んだっていいなんて、医療オペレーターのヘイトが集まるのはリラって子なんだよ?」

 

 ケルシー先生も、そう思っていたってことか。

 ケルシー先生があれだけ嫌悪感を溜め込んでいたのは、ボクと、ボクを死へと引っ張るリラに対してのことなのか?

 

「ラーヤちゃんも言ってたよ。アビスを救うにはあの人を超えるしかない、あの人さえ居なければ──ってさ」

 

 リラさえ居なければ、なんだよ。

 リラが居なかったならラユーシャとだって会ってない、ボクはクルビアのスラムでくたばってるに決まってるのに。

 

 どうして、なんでリラがそんなに言われなくちゃいけない。本当にボクのせいなのか?ボクがリラのことを口に出すたびに、そんなことが?

 

 じゃあなんて言えばよかったんだよ。

 リラのことなんて何とも思ってないって?そんなことを言えばその瞬間ボクは自分の首に刃を突き立ててやれる自信があるんだけど。

 

「人が死ぬ責任って、重いんだよ。それは一人にかかる罪悪感だとか後悔だけじゃなくて、その範囲だって同じことなの。みんなに責任があって、みんな等しくそれを負う」

 

 エイプリルがコーヒーを口元に運んだ。沢山の角砂糖が溶けたコーヒーはきっと甘いんだろうけど、それで中和できないくらい、その話は重くて苦い。

 

「しかも、アビスが死ぬ責任は違うんだよ。その重責を負うことになるのは……」

 

 音が消える。

 ボクの耳には店内に流れている音楽も、他の席から聞こえる話し声も入らなくなった。

 

「アビスとリラしか、居ないの」

 

 ただただ、認めたくなかった。

 

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