【仮題】感情トランスポーター 作:Gensigert
太陽が燦々と道路を照らしていた。敷かれたアスファルトは熱を溜め込むばかりで外に出さない。周りのみんなは迷惑してるのに、自分だけ平気そうに熱くなってる。まるでボクみたいだ。
らしくもない冗談は口から出すことなく、ボクは視線を上に逸らした。上とは言ったって、アスファルトはボクが居るベランダから直下のところにある。だからそう、至って普通にビル街を見渡したんだ。
丹塗りの手摺はまだそう熱くない。日が昇ってからあまり時間が経っていないのだから、それも当然だった。ここでタバコでも吸っていれば映えるんだろうけど、生憎とボクは持ってないし、禁止されてる。仕方なくコーヒーで我慢する。
少しくらいお酒を飲んだっていいかな、なんて考える。でもこの前ホテルで飲んでたことを知ったエイプリルが結構怒ってたし、やめておいた方が賢明かもしれない。
結局ボクはコーヒーに口をつけた。
圧縮ビスケットを食べた後、鎮痛剤を打った。腰掛けにして体重もかけると、ベッドに体が沈む。源石抑制剤も打っておくけど、ここまで来たならもう打たなくたっていいような気がしてくる。実際アンデッドの件が済んだならもう用なんてない訳だし。
少し外に出て、ビニール袋片手にまた戻ってきた。受付を通り過ぎる時に気がついたけど、明日にはホテルのチェックインをまた更新する必要がある。貴重品はいつも持ち歩いてるから最悪処分されても構わないけど、それはボクに限っての話だ。エイプリルには話しておく必要がある。
テーブルの上に買ってきた食べ物を置く。青茶ばかりだと飽きるかもしれないから、飲料も買ってきた。中々久しぶりにこんな買い物をしたものだから、かなり変な感じだ。
ビニール袋がガサガサと音を立てて、ようやくエイプリルは起きたようだった。
「んむ……んぅ?アビス……?」
「おはようございます」
「うん、おはよ。目がしょぼしょぼする」
「そうですか」
エイプリルは寝惚けていた。ゼルさんの車の中でもそうだったし、あまり寝起きがいい訳ではないんだろう。
それとなくペットボトルのお茶を勧めてみれば、エイプリルは特に何も考えていないような様子でそれを手に取った。蓋を開けようと力を込める。開かない。もう一度力を込める。開かない。
「開けましょうか?」
「お願い」
まるで子供の世話をしてるみたいだった。蓋を開いてエイプリルに渡せば、両手で持って飲んでいる。昨日までは気にならなかったけど、なんだかハムスターの食事風景のようだった。
「……なんでアビスが居るの?」
「ここがボクの部屋──ボクがチェックインをしたホテルの部屋だからです」
ようやく頭が回り始めたのか、エイプリルは部屋の中を見回した。それで椅子を配置を見て、ようやく納得したようだった。
「あー、えーっと、寝ちゃってた感じ?」
「はい」
簡潔にそう答えると、エイプリルは気不味さを誤魔化すように笑った。まさかあのまま二人とも寝入るなんて、ボクと同じようにエイプリルも思っていなかったんだろう。
一頻り苦笑した後、エイプリルの視線は再度テーブルの上に向いた。
「これ、あたしが食べてもいい、んだよね?」
「そのために買ってきたものですよ」
「レシートはある?」
「ボクが勝手に用意したものですから、代金なんて気になさらないで結構ですよ」
「そういう訳にも……」
「いいんですよ」
エイプリルが飲んだペットボトルのお茶を飲む。
「ボクもちょうど、飲み物が欲しかったんですから」
少し気障ったらしい気もしたけど、エイプリルは笑って流してくれた。次いで、サンドイッチの包装を破る。このホテルにもしキッチンがあって、そして最低限の食材があればボクが作っても良かったんだけど。
現在時刻は午前九時を過ぎたところ。ベランダの手摺はきっともう触っていられないくらい熱くなってるはず。そろそろ動き出してもいい頃合いだ。でもエイプリルの準備だとかを考えれば、午後からの活動が望ましいかなとも思う。
「それでは、十二時半くらいには調査を始めるつもりで準備をよろしくお願いします」
「分かった、十二時半ね。でももっと早くていいよ?」
「そうですか?……いっそエイプリルの準備が出来次第ということにしておきましょうか。急ぐ必要はありませんからね」
「分かってる」
充電を終えたプレーヤーにイヤホンジャックを差し込んだ。昨日とはまた別の曲を聴こう。『エイプリル』を聴くのもいいし、偶には『Ready?』から聴くのも良いな。
「ねえ、アビス」
「何ですか?」
吟味していると、エイプリルから声がかかる。少しだけ照れた様子でテーブルの上にあるもう一つのサンドイッチを指差していた。
「食べないんだったら、これ貰ってもいい?」
「ええ、勿論。そのつもりですよ」
そういえば、症状について話したことはなかった。きっと死ぬまで話すこともないはずだ。エイプリルの興味が余程向いたのなら、話したって良いけど。
「ん、ほうひたの?」
「何でもありません」
「ほふ」
鉱石病が悪化したら、どこか遠いところに行って……そのままふらりと消えてしまっても、それはそれでいいかな。
エイプリルが今のように過ごせないなら、そしてラユーシャがショックを受けるくらいなら、誰もボクのことを知らない場所で死んだ方が、ずっとマシかもしれないな。
少し迷って、ボクは『End Like This』を再生した。『エイプリル』や『Ready?』も良い曲だけど、今の気分にはそれがきっと似合っていたから。
誰よりも気高かったサルカズの戦士。
その結末は誇りと共に。
少しだけ、手に力が入った。
「呼んだのは君達か」
壮年のループスがそう言いながら腰掛けた。丸眼鏡のレンズが小さく煌めき、その顔からは何の感情も読み取れない。
彼が入店してからは立っていたボクやエイプリルも向かいの椅子に腰を落ち着ける。
「ご足労いただきありがとうございます」
「ふん、職場から歩いて五分もかからない場所だ。足労と言われる程ではない。まさか食事時に呼ばれて出向いた先がただの喫茶店だとは思わなかったがね」
偏屈。失礼だけど、そんな二文字が頭に浮かんだ。
たぶん責められているんだろうけど、ただ否定することが癖になってるだけのような気もする。
「場所を変えましょうか?」
「そんな面倒な事をするわけがないだろう」
「失礼しました。それでは、こちらのメニューをどうぞ。この喫茶店はランチに力を入れているようでして、中々選択肢も豊富なようですよ」
リラさん曰く、スイーツだけじゃない、だとか。下見をしていた時のことがこんなところでも活かされるなんて、やっぱりリラは凄い。もしまた今度リラさんと会ったなら、全力で貢がせてもらおう。迷惑にならない範囲で。
「要らん。注文は決まっている」
「差し出がましい真似でした。申し訳ありません」
どうしよう、どうすれば失礼に当たらないか分からない。食事の時間にお邪魔させていただいてる訳だから食事を優先するのは適当?話が話だから、食事が終わった後に切り出すべきかな。
まあ、最悪この人──葬儀屋からの情報がなくたって調査は出来るんだけど。
店員の方を呼んで、注文をする。エイプリルは朝ご飯が遅かったから、ボクは食べられないから遠慮しておいた。
注文の品が来るまで、沈黙が続く。
「シルヴェスターのことで呼んだんだろう」
「はい。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
「時間をやった覚えはない。ただ君達は同席しているだけの他人だ。そこを間違えるんじゃない」
「すみません、勝手な思い違いを致しました」
この人、もしかして怒ってる?それともいつもこんな感じ?どっちも同じか、初対面の人に怒る人と初対面の人に対しても人当たりがあまり良くない人なら。
呼び出したのはボクの方だから、まあそういう態度でも仕方ない。もしここで怒ったりすれば、礼を欠いているのはボクの方だ。
「食前やお食事中に話す内容ではありませんから、食後にという形になりますが……」
「そんな気遣いは無用だ。君との通話で何のために昼食の時間を選んだと思っているんだ。勘違いしているようなら言わせてもらうが、それは君達との会話に割くような時間がないからだ」
「理解が及ばず申し訳ありません」
謝罪のレパートリーがもうないのですが。
「そして君の言葉に応じたとしても、君の要求に応じるとは限らないだろう。君は談笑したかったのではないはずだ、礼を尽くしたい訳ではなかったはずだ。下手な敬いが癪に障る」
そこまで否定せずともよくありませんか。
「さっさと用を済ませて帰れ。それが両者の最大利益を生むことになるだろう」
そう言って、彼は言葉を区切った。恐らくそこまで悪い人ではないのだと思う。そこまで悪い人ではないのだろうけど、変な人だ。
「それなら早速本題に入らせてもらうけど」
「断る」
えっ?
「断ると言った。聞こえなかったのか」
……えっ、と?敬語を外すのはアウト?
「用件は分かっている。君も、彼と同じことで同席しているんだろう?」
「そうだけど」
「それならば、話すことなど何もない」
エイプリルと顔を見合わせる。
予想は出来ていたことだけど、なんて言うか、こういう感じで言われるとは想定してなかった。まあいいけど。言われ方で何か変わる訳じゃないし。
「プライバシーの話は分かる。秘匿する義務があるということは理解しているつもりだから」
「プライバシー、だと?」
不快そうに顔を顰めた。
「それだけの話だと思っているのか?あのシルヴェスターに関してそれだけの話だと?」
「何か違う?」
「ああ、違うな。そもそもの話だ、シルヴェスターが死んだことについて知っている君達がどうして──」
急に彼が喋るのをやめて、口に手を当てた。
「いや、まさか……」
何故だかエイプリルの方を睨む。その目の中にあるのは驚愕と敵意で、咄嗟に取り出したナイフをテーブルの下で構える。
彼に戦闘の経験は見た感じないし、エイプリルのようなオペレーターなら最低限近接も出来るだろうけど、警戒にやり過ぎるなんてことはない。
「話は終わりだ」
彼が席を立つ。何故そんなに焦っているのか分からないボクに、彼を止めることは出来ない。それを何とか出来る可能性はあったかもしれないけど、でも無理してまで彼から話を聞きたい訳じゃない。
「もし本当に聞きたいなら、君と二人の時だけだ」
「ボクと二人で?」
「そう言っている」
ボクと二人きりでっていうのは、つまりエイプリルに席を外してもらいたいってこと?なら、何故エイプリルに聞かれたくないんだ?特に話さず同席しているだけだし、それ以外の条件はボクと同じだったはず。
「出来ないのなら、諦めることだ」
「理由は?エイプリルを疎う理由が分からない」
「アビス、あたしが聞いていなければいいんじゃないの?」
「ええ、そうですね」
でもそれで丸く収まるのは今の事態だけ、もし何かあったならそれを根本から改善するべきだ。
あとエイプリルを悪く言われたみたいで不快だから、ちゃんと事情聴取はしておかなきゃいけない。
「理由を言う訳にはいかない。少なくとも話を聞く前の君に対して言うことはない」
なんだ、何を気にしてるんだ?
何の意図がある?何の目的がある?
──分からない。
理解できない。理由なんてあるわけがない。見当たるわけがない。なんてったって初対面の相手にそんなことを言う必要なんてどこにもないんだから。
「分かった、それでいい」
もう、いい。
「呼んで悪かったよ、ボクは次を当たることにする」
強引な結論だけど、体裁として使ったってことにしよう。ボクやエイプリルを追いやる都合のいい体裁。そうじゃなきゃ、どうしてそう言っているのか全く理解できない。そんなことをされる謂れなんて絶対にありはしない。
彼は少しだけ躊躇った後、店を出て行った。
「アビス、本当に良かったの?」
「説明は不要でしょう」
「でもそんなに怒るなんて、意外だったからさ」
「先日のことをお忘れですか?」
「先日?」
『エイプリルさんのことも大切ですよ』
「…………あー、うん。忘れちゃった」
その反応でそれは無理があると思います。
「その様子では心配など要らないかと思いますが、ご不快に思われませんでしたか?」
「なんでそんなこと言うんだろうとは思ったけど、不快ってほどじゃないよ。あと、それは不快にさせた人が言うセリフだから」
それなら、いいか。
シルヴェスターの調査を始めたのはボクだ。調査対象に葬儀屋を入れたのはボクだ。あの人を呼んでほしいと言ったのも全部ボクで、何ならロドスから連れ出したのもボクのせいだったかもしれない。
きっとボクがアンデッドに会いたいと思っていなければシルヴェスターの葬式に参列することはなくて、それでこんなことにはならなかった。
全ての責任はボクにあって、エイプリルが不快になったならボクはそれを気にするべきだ。
「ほら、アビス。さっさと次に行こうよ」
「そうですね」
腕を引かれて、ボクはエイプリルと喫茶店を出た。待っている間に注文した代金の仔細が分からなかったから適当に2000龍門幣をレジに置いておく。
「別に必要ってわけじゃないんだから、切り替えてこ?」
「分かっていますよ」
「本当に?」
エイプリルを見る。
その顔は至って真面目だった。
「そんな怒っているように見えますか?」
「うん」
そんなつもりはないのにな。
「あの人が出てくまではそこまで露骨でもなかったけど」
それなら良かった。隠さず伝えてしまいたい気持ちもなくはないけど、最低限の格好は普通気にしておかなければいけない。
「お気遣いありがとうございます」
「いーえ。どうせなら堅苦しくない言葉で欲しかったけど」
「信頼度が足りません」
「またそれ?」
呆れたようにエイプリルがボクを見る。ボクだって本気な訳じゃない、信頼度が足りてないなんてのも嘘なんだから。そもそも話す口調と信頼度が関係あるはずないよ。
「……今度買い物に行く時も、敬語外してもらおうかな」
「謹んでご遠慮したく存じます」
「わ、珍し。アビスが煽るなんて」
いや煽ってなんかないですけど。
「本心からの言葉ですよ」
「結構煽るじゃん。このこのっ」
ちょっと、あの、普通にそこそこ痛いんですが!?
「てぇいっ!」
「いったぁっ!?」
あー、もう!
絶対タメ口なんか利きませんからね!
さて、ということで到着したのはシルヴェスター社。他の社員から話を聞きたいということで、あのザラック──シュエンは今もデスクワーク中。
受付にシルヴェスターさんからの手紙を見せると、少しゴタゴタがあった後『見学』と書かれた、オフィスで首から提げているのをよく見るあのネームホルダーを渡された。鍵がかかっている場所は出入りできないけど、それ以外なら問題を起こさない範囲で自由に動けるらしい。
一応大きすぎる武器は他の社員の迷惑になるかもしれないとのことで、エイプリルの短弓は没収されていた。一応短剣を手渡しておくと受付嬢の方が『趣旨分かってる?』という顔をされたので、仕方なくエイプリルは非武装で動き回ることになった。
「なんていうか、暗いね」
オフィスを見ての感想、それの第一声はそんな言葉だった。ボクもエイプリルに同意する。陰鬱な雰囲気がほぼ全域に漂っていて、業務に励む社員でさえその節々に影があるように見えた。
「シルヴェスターさんの訃音がそれだけの影響を持っていたということでしょう。少し不謹慎かもしれませんが、素晴らしいことです」
人が死んだことで、どれだけの人が悲しむのか。創作物の中では、それを物差しにして人生の価値を測るような登場人物さえ居るらしい。所詮は創作物だけど、でもその主張に少しの正当性があることは否めない。
死に際に人生の価値を少しでも高めようと奔走する青年。ボクはそんな風になりたくない。悲しまれたかったとしても、悲しませたくはないって思うから。それは何もなかったことにしなければいけない、誰も救われない欲だ。
シルヴェスターさんの死はボクよりかなり遠いところにある。少なくとも、葬式で涙を流すほど近くにはなかった。そこまで胸中は荒れなかった。
だけど、『死』という事象をこうも見せつけられると考えずには居られなくなる。ボクとシルヴェスターさんが近い存在であるように思えてくる。実際はボクの方がずっと価値のないものなんだろうけど。
「アビスも、あたしに悲しんでほしい?」
「いいえ、そんなことはありません」
「ダウト」
そう言われたって、真実そうだったとしても認められないよ。近しい人が悲しんでいるのを見たい人なんて居るのなら、人の心が仕事をしてないと思う。親しい人を、大事な人を──リラを泣かせたいなんて、言っていいはずがない。
仮にもしそう思う人が正常な人たちの中に居たとしても、ボクはその括りに入らない。ずっと心から笑っていてほしい。
だから悲しんでほしくたって、言えない。
死者は生者に弁えるべきだ。価値があるのは紛れもなく後者の方で、だからボクはお墓の下に埋まるまで、惜しまれたいなんて言葉は封印するべきだ。
「あたしはたぶん、アビスが死んだら泣くよ」
「ボクはエイプリルが死んだら友人代表で弔辞を書きますよ」
「そういう話じゃないけど!?」
そもそもボクがエイプリルの友人代表に選ばれることなんてあるのかな。ボクと違ってエイプリルは社交的な人だし。
談笑しながら歩いていく。ガラスのパーテーションで区切られた向こうはコールセンターらしく、社員の方々は忙しなく響く電話の応対に手一杯みたいだ。
「ねえ、アビス。あれって……」
エイプリルが指を差した先。
どう見てもこのオフィスはまだ早いだろう子供が廊下を歩いている。ネームホルダーは提げていない。
「こんにちは」
エイプリルが声をかける。
「どうしたの、こんなところで」
「うるさい。話しかけるな」
背格好からして、十歳くらいかな。子供は好きだ。大事にしなきゃいけない。絶対に守らなきゃいけない。そんな存在で、でもそれは義務じゃダメなんだ。
──なんて、まだ子供のボクが謳う文句じゃないけど。
「黒っぽい茶髪に、コータス?」
「ね、もしかしてお父さんだとかが働いてるの?」
「……ああ。そうだ。何か悪いか」
何故か少しだけ威勢が弱くなった。ボクが眼中にないくらいエイプリルに注目している。もはや
「ううん、良かった」
エイプリルが笑顔で言う。
「お父さんがどこに居るのか分かる?」
「──────ッ!!」
少年が顔を顰めた。
怒りと、憎しみと、少しの殺気すら漂わせて。
少年は何も武器を持っていないから、戦えばエイプリルは無傷で勝利する。だけど少年がその手を握り固めたのはエイプリルが膝をついてしゃがみ込んでいる今だった。
どうしてそう怒ったのかは分からないけど、やろうと思えば手を上げることが出来るタイミングで、発された殺気。
割って入るしかない。
ボクがそう思ってエイプリルの前に出ようとした、その瞬間のことだった。
「これはこれは、何をしていらっしゃるんですか」
ガヅィアがそう言って、少年の肩に手を置いた。