【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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五十九 黒幕との対話

 

 

 

 

 

「それは災難でしたね」

 

 シュエンがそんな言葉と一緒に二つカップを差し出した。冷房がよく効いている休憩室では、外とは違ってホットコーヒーを美味しく感じることが出来そうだ。

 ボクは一つお礼を言って、一口飲んだ。

 

「まさか初めて訪問してガヅィアとスティーヴンに鉢合わせるだなんて、運が悪いとしか言えないですよ」

 

「少年の名前はスティーヴンと言うのですか」

 

 ガヅィアたちから読み取れた情報は余りにも少ない。そもそも途中でスティーヴンが走り去ってしまったから、探り合いだって出来ていない。

 

「彼は、スティーヴン゠シルヴェスター。数年もすればこの社長の跡取りとなる人です」

 

「それは……!」

 

「まあ、子供居てもおかしくない人だったよね。むしろまだあんなに小さいっていうことの方にびっくりしたよ」

 

「確かシルヴェスターさんの方は五十歳と少しでしたよね?」

 

「そうです、行年五十二歳です」

 

 五十二歳と、十歳か。きっとシルヴェスターさんは働き詰めの生活を送ってきたんじゃないかな。業務に熱心でなければ、こうしてシュエンのような新入りに偲ばれることもなかっただろうから。

 

「彼は何故会社に?」

 

「後を継ぐ者として研鑽するため──と言えば聞こえの良い言葉ですが、実際はガヅィアらに接待されているだけです」

 

「一体どうしてそんなことに?」

 

「シルヴェスターさんが持つ唯一の欠点を、ガヅィアが突いたまでのことです」

 

 ……その欠点ってまさか。

 

「親バカだったんです」

 

 本当に、馬鹿みたいな話だ。

 

「シルヴェスターさんはスティーヴンを、それはそれは甘やかしてきました。遂には、次期社長に指定してしまうほどでした」

 

「なんとか出来なかったんですか?」

 

「それだけで終わったのなら我々で諌めることも出来たんですが……ガヅィアがそれに賛同してしまったんです。ツートップがそれをさも名案のように言うものですから、彼らに気に入られるため幹部達は同調せざるを得ませんでした」

 

 最悪じゃないか、シルヴェスターのワンマン経営でもなかったはずなのに。……いや、違うか。

 

「シルヴェスターさんからスティーヴンへ、扱いやすい方に乗り換えたと見るのが妥当でしょうか。社内でのスティーヴンの立ち位置はどうなんですか?」

 

「シルヴェスターさんの息子ですから、少なからず期待している社員は居ます」

 

「となれば、確定的ですね」

 

「王位争いみたいな話?」

 

「言ってしまえば、そうです。王子を傀儡として宰相が王を暗殺する。演劇の筋書きとしては及第点でしょう」

 

 現実にそれが起こったなんて考えたくもない。けどガヅィアが何を考えているかなんて全く分からないのだから、最悪を想定して動くべきだ。

 

『──────ッ!!』

 

 スティーヴンの様子が脳裏に映し出される。

 エイプリルの掛けた言葉は間違いだった。父親を亡くしてすぐの子供にその場所を尋ねるなんて、絶対にしてはいけないことだった。

 彼は父親のことを聞かれて、他社に死んだという事実が漏れることがないよう取り繕おうとすることが出来ていた。それは偏に父親への尊敬があったからだと、ボクは思う。

 

「親と子供って、そんなに特別なモノなのかな」

 

 エイプリルがふと、呟いた。

 コーヒーメーカーでお代わりをドリップしているシュエンの耳には入らなかっただろうけど、隣に座るボクはちゃんと聞き取れてしまう訳で。

 

 ボクは血縁関係にある親を、実はリラに会うための踏み台としてしか見ていない。父も母も優しかった、けどそれだけだ。

 虐められたボクを気にしてはくれたけど、共働きで遅くまで帰ってこない二人が気づいたのはボクが虐められてるって言ったから。我儘かもしれないけど、言わなくても気づいて欲しかった。

 

 親を亡くして喪失感はあった。悲しくなった。でもその全ては全部リラが塗り潰してくれた。今もそうだ、拠り所を失くしたボクはリラに縋って生き延びている。

 ロドスが新しい拠り所になる──そう思っていたことがかなり昔のように思える。ボクにとっては親もロドスも同じことだ。リラだけがボクの救いなんだ。

 

「特別ですよ」

 

 それでも、そう言った。

 そう言わなきゃいけない気がした。

 

 ボクにはリラだけでいい、そう思っていたのに、ボクはその言葉をいつのまにか紡いでいた。

 

「そういうものなの?」

 

「そういうものです。とは言え、特別であることそれ自体は、そう特別なことじゃありません」

 

「特別なものはいっぱいあるってこと?」

 

「はい。でもその特別の中で、家族という関係は必ず一生続きます。生まれた時から、死ぬその時まで。もしエイプリルにそれを認識したことがなかったとしても、家族という特別がなくなることなんてありません」

 

「……そういうものなの?」

 

 エイプリルがそう言いながら、少し遠くの方を見るような目をする。

 

「恐らくそんな感じです」

 

 エイプリルがボクの方を見る。

 

「ふわっとしてるね」

 

「どんなテーマにも確固たる考えを示せるほど出来た人間ではありませんから。家族が居なかったなら、そう細かく考えなくてもいいとボクは思います」

 

「そういうものなのかな」

 

「恐らくそんな感じです」

 

「……そっか。そうかもしれないね」

 

 エイプリルがボクにつられたように笑う。

 

 分かっていることより分からないことの方が多い。生きていく中で、理解できるものと出会う数より理解できないものにぶつかる数の方がずっと多い。

 それなら、多少考えなくたって同じことだ。答えのない問いすらあって、それでも解答を求めるのは傲慢だ。

 

「それに、家族のつながりが必ずしも良いことを運んでくるとも限らないのです」

 

「従兄妹の子の話?」

 

「ええ、まあ。ラグと言います。叔母(しゅくぼ)の娘で、そこまで悪い子でもなかったように思います。ですが、間違った選択をしてしまうほどには愚かな子でした」

 

 話せることは少ない。

 何やらコーヒーメーカーを弄っていたシュエンが戻ってきて、ラグの話は終わりになった。

 

「真実を白日の下に、と仰っていましたよね」

 

「はい。熱っ……」

 

 ああ、何を……大丈夫ですか?本当に?

 猫舌ならちゃんとコーヒーを冷ましてから口をつけてください。っていうかそんな白っぽい茶色になるほどミルクを入れているなら、もう冷めてはいませんか?

 

「それで、何か?」

 

「真実を公にすることは構いません。しかし、その後のことは考えていますか?ガヅィアの殺人を公にすることは、シルヴェスターさんの死を言いふらすことと同義ですよ」

 

「それについては、手を考えています。公には出来ないかもしれませんが、国の力は借りようかと思っています」

 

 公ではない国の力?

 何を考えているのか分からないけど、分からないってことはたぶんそれでいいんだと思う。シュエンが濁したのなら、ボクたちは知らないでいるべきだ。

 ボクたちはシュエンの手伝いをするだけ。それだけやって、黙っていればいい。

 

「休憩がそろそろ終わります。アビスさん達はどうされますか?」

 

「目を付けられたでしょうし、今日のところは帰りますよ。タイムリミットがある訳でもないのですから」

 

「そうですか、分かりました」

 

 シュエンがコーヒーをぐいっと飲んで、シンクに置いた。エイプリルのコップを受け取り、ボクもシュエンに倣ってシンクに置いた。

 休憩室を出る。

 

 シュエンは端的に別れの言葉を言って、向こうのオフィスに歩いていった。そこかしこからシュエンに注目が集まるあたり、印象から受けるイメージの通りだ。

 

「では、行きましょうか」

 

「そうだね。次はどこに行こう?」

 

「そうですね……」

 

 少し考える。行っておきたい場所は何個か浮かぶけど、でも昼下がりから活動するには少し面倒だとも思う。暗くなってから歩き回るのは、たとえ近衛局の近辺であっても危険過ぎる。

 そうして踏み出した先、曲がり角から大きな影がぬっと出てきた。それはボクとぶつかって、小さくない衝撃が間に生まれた。

 

「申し訳ありません、ぶつかってしまいました。見たところお怪我はないようですが、大丈夫ですか?」

 

「ええ、心配は無用です」

 

 ボクの方を慮る男の様子がわざとらしくてイライラする。あと、口調が被ってるんですよ。

 そんな風の言葉を胸の内に浮かべながら薄っぺらな笑顔を貼り付ける。話をしたことはほぼないと言っていいくらいだけど、シュエンから聞いた限りではこの程度の対応が丁度良い。

 ぶつかった相手の目がボクの心を覗き込もうとする。光を失っているはずの右目すら、ボクの方を見透かすようにしている。

 

「先程は失礼を。私はガヅィア、至らぬ身ではございますが、ここの社長補佐を務めています」

 

 差し出された手を握る。ボクもガヅィアも、顔にあるのは紙っぺら一枚よりも薄い笑顔で、友好的なその態度は見せかけばかり。

 

 ──ん?

 

 なんだろう、これは。専門外とは違うけど、あまり触れてこなかった感情。精度が甘いかもしれないけど……怒ってる?ボクたちの存在が厄介だから、そのせいかな。

 いやそんなことはどうだっていいんだ。ボクたちが調査するべきものは他にあるんだから、ガヅィアに手間取っては居られない。

 

「気を付けた方がいいですよ」

 

 エイプリルがそう言った。

 ボクじゃなくてガヅィアに……何を?

 

「軽々しく手を握っては、危ないかもしれません」

 

 そう言って、エイプリルはボクの手を掴んで引いた。意図としては、ボクの軽挙を咎めているのかな。

 

「ほら、噂では偉い人がスラムで殺されたって話も聞きますから」

 

「……ほう、そうなのですか」

 

 違った。ガヅィアを殴っただけだった。

 

「それは部下の謀略に嵌められて殺された──なんてことも言われています。テロリスト以外にも気を配ってみてはいかがでしょう?」

 

「…………ああ、そうですか」

 

 ボクが思ってたよりも言葉切れ味鋭いね!?エイプリルってそんなに言うタイプだった……!?

 ガヅィアは相当頭に血が上ったようで、丁寧な物腰が崩れかけている。加えて額には青筋を浮立たせていて、その状態でよく抑え込めるなぁ、と他人事みたいに思う。

 

「これでも、私は忙しいのです。そろそろお暇させていただきますね」

 

 ピキピキ聞こえてくる。

 

「ええ、どうぞ。元から引き止めるつもりもありませんでしたから」

 

 たぶんエイプリルも怒ってるんだろうな。笑顔がボクと負けず劣らずに薄っぺらい。

 

 ガヅィアがボクたちに背を向ける。

 

「一つだけ、申し上げておきます」

 

 威圧感が増した。

 通路に充満する怒気の発生源は、勿論ガヅィアだ。

 

 

「俺達に手を出せば……」

 

 

 アーツ反応が足元から噴き出すように発現する。

 溶岩のように煌々と昇る赤色の光。

 

 

「容易に逃れられるとは、思うなよ?」

 

 

 黄色が光を得て、金色を獲得する。

 金の双眸はアーツ反応の最中(さなか)にあっても紛れることなく、ボクとエイプリルを射抜く。

 

「ねえ、アビス」

 

 エイプリルが笑って、言った。

 

「先に仕掛けたのは誰だったか覚えてる?」

 

 うわあ、ガヅィアの威圧感に殺気が混じり始めた。なんで今の状況で煽れるんですか、メンタルどうなってるんですか。

 いや、確かに父親を殺しておいて、そのせいで精神的に追い詰められた子供を利用して自分の地位を上げようとしてるクズだけど。

 こうして言葉にすると相当酷いな。しかも今さっき逆ギレして威圧してきたし。

 

「責任は、お前達にもあるだろうが……っ!」

 

「えっ?」

 

 ガヅィアはそう吐き捨てると、向こうに歩いて行った。

 

 何を言ってるのかさっぱり分からない。けど間違いなく言えることは、ボクやエイプリルが悪くないってことだけ。さしものエイプリルも怒りを忘れて不思議そうな顔をして、その次に眉根を寄せた。

 最後まで自己中心的な発言ばかりの人だった。

 

「しかし、どうしてガヅィアは『責任』なんて言葉を選んだんでしょう」

 

「別に言葉なんてどうでも良かったんじゃない?ただ、あたしのことを否定したかっただけで」

 

 ああ、そういう人居ますよね。

 

 ……でもガヅィアは、自分に責任があることを認めているような言葉遣いだった。それに加えて、怒ってるにしては殺意の混じりが遅すぎる。こういう手合いは往々にして最初のうちから殺意があるものだけど、ガヅィアはそうじゃなかった。

 

 何か、ガヅィアにはまだ何かがある。

 

 そう思えてならないまま、ボクはエイプリルと共にシルヴェスターさんの会社を出た。

 

 

 

 

 

 

 マネキン人形がショーウィンドウの中からこちらを見ている。低反射ガラスの檻に囲われて、まるで助け出してほしいなんて言ってるみたいに。

 

「アビス、これ見て!」

 

 燥ぐエイプリルのテンションについていけない。マネキン人形には悪いけど、ボクの方が助け出されたいくらいだ。

 

 ちょっと待って。マネキン人形に意思があることを前提で話すって、思ってるより疲れてない?ほら、ショーウィンドウの中からも同情するような視線が……だから意思なんてないんだって!

 はあ。今日はなんだか上手くいかないことばかりだ。音楽を聴きながら寝てしまっていたのもそうだし、葬儀屋のこともそうだし、ガヅィアの件もある。そして終いにはこんな仕打ちがあるなんて。

 

「おーい、聞いてるー?」

 

「聞いてますよ。マネキンの意思について……って、これは違いますか」

 

「聞いてなかったことよりもマネキンの意思ってワードに引っ張られてるんだけど」

 

「ほら、あれを見てください」

 

「え、うん。……これがなに?」

 

「ボクを見て泣いてくれています」

 

「怖いよっ!?それにどうして!?」

 

 それは自明でしょう。

 ボクがマネキン人形と心を通わせていると、図らずもエイプリルがウィンドウショッピングから離れることになった。

 へえ、あなたの立ち位置はディスプレイデザイナーの方が決めたんですか。中々どうして決まっているではありませんか。

 

「服が少し窮屈、ですか?そうは見えませんが」

 

「怖いって、アビス。やめよう?謝るから。辛いことがあったんだったら話聞くから」

 

「あー、それ分かります。ボクもそうですよ?」

 

「何の話してるの、怖いよ……?」

 

 エイプリルがロスモンティスさんのようになりつつあったので、マネキン人形との会話を中断する。途中からはエイプリルの反応が面白くて適当に喋っていただけだし。

 えっ、途中まで?あはは、あはははは。どうなんだろうね。ボクは知らない。ほら、彼も知らないって言ってるよ。

 

 エイプリルが何故だか怯えた目をしていたので、二人で言葉をかけて宥める。どうしてもっと怖がっているんだろう。

 

「ふ、ふふふ……分かった。そんなにマネキンが好きなら、服屋の中に入ってもらうね。また服も選んでもらおうかな」

 

「あっ、いや、座って見ています」

 

「もう遅い!」

 

 エイプリルがボクの手を引っ張る。

 

「待ってください、せめて一度喫茶店にでも入って休憩を取りましょう!」

 

「ダーメ、それは二、三軒回ってから!」

 

 ボクが女性服のコーナーから感じている居心地の悪さをもっと理解してください!あと人の服選びなんて興味を持てる男は居ませんよ、たぶん!個人の見解ですけど!

 

 ぐぐぐぐ、と力が拮抗する。服屋の前でこんなことしてるのは迷惑になるだろうけど、そんなことは言ってられない。ウィンドウショッピングで削られた体力を喫茶店で回復して、それで初めてスタートラインだ。譲歩は出来ない。

 

 ぐい、と引っ張られた。

 

 ぐい、と引っ張り返した。

 

「エイプリル、いい加減に……」

 

 いい加減にしてください。そう言おうとしたところで、ボクの背中にナイフが突き立てられた。

 

「──っ!?」

 

 違う、本当に突き立てられた訳じゃない。

 ナイフが心臓のすぐ前に構えられた時と、同じくらいの鋭さを持つ殺意がボクに向けられたんだ。

 莫大な殺意はすぐに萎んでいく。まるで荒れ狂う感情を押さえつけた時のようで、それはボクがアーツを使った後の片付け方に酷似していた。

 

 エイプリルの方に引っ張られて、蹈鞴を踏む。突然背後の方を警戒し始めたボクをエイプリルが訝しんでいる。

 ……ちょっと、距離が近いですね。

 

「あっ、ちょっと。観念しなよ、アビス」

 

「今の状況で腕を取るのだけは勘弁してください」

 

「今の状況って、何が……」

 

 人混みの向こう。

 殺意のあった方角で、群衆に紛れて手が挙げられた。白い綺麗な手が割と高い位置まで上げられている。

 

 

「やっほー、二人とも。調子はどう?」

 

 

 そうして顔を出したのは、リラさんだった。

 

「最高ですよ。リラさんが居ましたから」

 

 まだ腕を掴んでいたエイプリルの手を引き剥がした。割と強い力で掴まれていたけど、今はそういう場面じゃない。リラさんの対応に障害なんてあってはならない。

 

「言うじゃん、エイプリルとよろしくやってるくせに」

 

「いくら仲の良い人が隣に居たとしても、リラさんの尊さが掻き消えることなどありえませんよ」

 

「アビスって非常識なの?それともピュアなだけ?」

 

「どっちもだと思うよ。久しぶり、って言うほど日数空いてないか。ご機嫌よう、リラ」

 

「何そのお上品な挨拶。私も使いたいんだけど」

 

 上品なリラさん見てみたい。

 

「ご機嫌よう、アビス」

 

「好きです」

 

「へぅっ!?」

 

 好きです。

 

「アビスって、確かリラと同じくらいあたしが大切だって言ってなかった……?あれが嘘なの、それともいつもは押し隠してるだけなの?」

 

「エイプリル、どうかしましたか?」

 

「な、何も!?」

 

 絶対何か言ってたと思うけど。あ、もしかして上品なリラさんにノックアウトされてたのかな。やっぱり可愛かったですよね、尊かったですよね、分かりますよその気持ち。

 

()()()()()?」

 

 リラさんが不思議そうにエイプリルの名前を口に出した。視線はエイプリルじゃなくてボクの方を向いていて、何か考え事でもしているような雰囲気。

 何を考えているんだろう?

 

「アレってリラと会った後だった?」

 

 アレ?

 

「ほら、あたしの呼び方」

 

 あ、えっと──ああ、そのこと。

 

「そうですね、リラさんに会ったことを話した後でした」

 

 ようやく合点がいった。リラさんの疑問はボクがエイプリルのことをさん付けで呼ばなかったからだ。以前敬語のことにも触れていたし、リラさんの記憶に残っていたんだろう。

 

「やっぱり呼び方変わってるよね、気のせいじゃなかった。……私の想像以上によろしくやってたんだ、ふーん」

 

 ボクはどうして呼び方についてすぐ思い至らなかったと言うと、もう呼び捨てが自然すぎて全然気付かなかったから。敬語もそのうち崩されそうだ。

 それはそうと、拗ねてるリラさん可愛くない?

 

「リラさん、機嫌を直してください。何をすればいいですか?いえ、何をしていいのですか?」

 

「なんで積極的に貢ごうとしてるのかな?」

 

 それはもちろん、ボクがリラさんに心から感謝しているからですよ。リラさんが心から欲していれば──いや、リラさんのためになるならば、どんな人の首だって捧げますよ。今はアンデッドのことがありますから、少し後のことにはなりますが。

 

「ねえ、リラはどうしてここに?」

 

「んー、ショッピングかな」

 

 オーキッドさんって呼んだら龍門まで来てくださるかな。あの人ならリラさんをより高みに押し上げてくれる。エイプリルも居るし、三人合わされば確実にボクがキャパオーバーで死ぬ。間違いない。

 

「でも、財布は持ってなさそうだよね。荷物もないし」

 

「へっ!?……あー、うん。ウィンドウショッピングってやつだよ」

 

 そちらですか。いいと思います。きっと、リラさんに見られたマネキン人形も嬉しいって言いますよ。

 

「アビスがニッコニコなの、ちょっと不安なんだけど。ねえアビス、今は何考えてるの?」

 

「リラさん、ボクは口に出すとリラさんに引かれるかもしれないと思って口を閉ざしているんです。あまり無警戒だと困ってしまいますよ」

 

「ご、ごめん」

 

「ちなみに今はマネキン人形もリラさんに見られて嬉しいだろうなって思ってました」

 

「想像の斜め下を穿ってきたぁ!ってか結局言うじゃん!マネキン人形に自我芽生えてる!?なんで言ったの!?待って、二つのインパクトが同時に襲ってきたせいでツッコミが交互に出てる!」

 

 流石リラさん、器用ですね。

 

「私が凄いってことではないよ!?」

 

「リラ、今アビスは口に出してなかったよ」

 

「でも顔に書いてあるから思わず!!」

 

「リラ、一旦落ち着いて。アビスって割といつもこんな感じの時あるから」

 

「えぇ……」

 

 ボクそんなにいつも暴走してますか?

 

「あっ、そうそう。アビスとエイプリルには忠告しておくことがあったんだ」

 

「忠告、ですか?」

 

「そう。忠告。まあ、大丈夫だと思うけど、一応ね」

 

 リラさんはそう言って、真面目な顔をした。

 

「もしスラムでサルカズの大男を見かけたら、その場からすぐに離れた方がいいよ」

 

 スラムって……ああ、そういえばリラさんと初めて会ったのはスラムの情報屋が居る場所だった。リラさんとスラムがマッチしなくて、すぐに思い出せなかった。

 

「それで、その人がどうかされたんですか?」

 

「なんか偉い人らしいんだけど、何を思ったのかスラムによく出入りしてるの。最近来たばかりの二人は、それ知らないでしょ?」

 

 偉い人で、サルカズの大男?

 

「その人って……」

 

 

 

「隻眼で、ガヅィアっていう人なんだけど」

 

 

 

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