【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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六十三 カインとナイン

 

 

 

 

 

 目から滴る血をものともせず、男の殺気がフロア中に満ちていく。

 エイプリルが踏鞴を踏み、その迷いを見抜いた男が瓦礫をばら撒いた。

 

 作戦を考えず男の間合いに入るのは危険だが、だとしてもどうにかするしかないだろう。

 横に転がった先でエイプリルは走り出した。

 

 目的のものには近付いている。だが男との距離を開けることが出来ていない今、それが使い物になるかは別だろう。

 まあそれを活用することが難しくなっていっているだけで、効果そのものはあるはずだ。矢の本数が危険域にある今、少しのダメージソースも逃せない。

 

 だが、問題はその前にもある。

 エイプリルが咄嗟に足を止め、後ろに跳んだ。

 

 

 ガガガァン!!

 

 

 まるで散弾射手が鉄板を撃ち抜いた時のような音。男が全力で投げた礫の雨は床にぶち当たって更にバラバラな破片になっていた。

 エイプリルがもし強行を選択していたなら、その身体に穴が開くとは言わずとも、めりこむくらいはしていただろう。

 当然、頭や胴に直撃すれば死ぬ。四肢に当たってもその後殺されるだけだ。

 

 そして足を止めてしまえば、男の爪が届くわけで。

 

 天井を一度経由してアクロバティックに男が爪を振り下ろす。回避に数瞬遅れたエイプリルの左腕が薄く裂かれた。

 

「ライオンって空飛べたんだね!」

 

 代わりにエイプリルの拳が男の顎を打ち抜いた。

 

 今まで回避に専念していたことから油断していたのだろう、男がぐらりと姿勢を崩す。望外の成果、エイプリルは追撃としてその左眼に刺さった矢を掴み全力で押し込んだ。

 

「がああああッ!!」

 

 男は叫びつつ、その爪を振るう。

 追撃に力を割いたせいで重心が前に寄りすぎていた。瞬時に男の胴を蹴り飛ばして距離を取って、回避に成功。しかしそれだけで反撃が終わるはずもない。

 

 振った腕の裏拳がエイプリルを捉える。

 

 戦闘開始から初めての有効打だった。

 エイプリルが吹っ飛ばされて、そのまま何メートルも転がっていく。瓦礫の上を転がった訳ではないためそれ以上のダメージが重なることはなかったが、エイプリルからすれば既にかなりのダメージだ。

 

 ふらふらな状態で立ち上がると、ぺっと血を吐き出した。

 口の中が切れたのだろう。口の端から垂れた血を拭い、エイプリルの黒い手袋がべっとりと赤く汚れる。

 

「ぐぉお、がああああッ!!」

 

 だが男にはそれ以上の置き土産をしておいた。蹴り飛ばして回避した時、眼に刺さっていた矢を強引に引き抜いてきたのだ。

 垂れる血が廃ビルの床を更に汚している。

 引き抜いた矢には血以外の何かも纏わりついている。使い物にならないだろう、そう判断してエイプリルは残りの二本を握りしめ、その一本を投げ捨てた。

 

 小さく息をついた。

 エイプリルが男を大きく避けたルートで入り口に近づいていく。体力の消耗が激しく、全力疾走出来ないことが辛い。

 

 やはりと言うべきか、男は左眼から血を流しながらもエイプリルを阻んだ。お互いに小さくない負傷を抱え、しかしその瞳にある意志は全く変わらない。気勢なんて削がれる方がおかしいのだとでも言うように威圧しあっている。

 

 振るわれたライオンの爪。

 踊るように回避するウサギの足。

 

 牽制の爪撃が煌めき、しかし本命の爪撃はエイプリルの手に制動され、掻い潜られる。

 アビスのようにとはいかないが、多少の格闘術を使って男の攻撃を後ろへと流す。だがそれだけではエイプリルの足も前に進めない。

 

 男が体勢を崩した瞬間に抜け出そうとして、爪に制される。死角から爪で切り裂こうとして、エイプリルの耳がそれを感じ取り綺麗な回避をされる。

 

 先に音を上げたのは──エイプリルだ。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 

 大きく距離を取ると、男がそれをすぐに詰める。

 肩で息をするエイプリル、小さく息が乱れているだけの男。今この瞬間にどう努力しようが乗り越えられない体力の差があった。

 

 向こう側へと辿り着ける気がしない。作戦もなしに突っ込んだ結果、こうして分かりやすく敗北の気配が漂っている。フェイントにも引っかからず、何か案が出る訳でもない。

 状況は刻々(こくこく)と悪化していく。

 

 何の技術もなく、ただ後ろへと回避した。

 

 体力が限界を迎えている。思わず膝を床について、エイプリルが唇を噛み締める。

 

「諦めろ」

 

 男が爪を光らせながら、エイプリルの前に立つ。

 

「……諦めて、助かるの?」

 

「いいや、殺す。メンツは大事だからな」

 

「ふふっ、知ってた」

 

 笑った。笑い飛ばした。

 自分がどうして殺されそうなのか分からない現状がどうしようもなくおかしくて、笑みがこぼれた。

 

 男がエイプリルから一瞬だけ目を離して、手に持っていた分厚い瓦礫を入り口の方へと投げた。

 それは扉があった場所の上あたりに着弾し、二階の床まで巻き込んで入り口を塞ぐ。見える場所にある窓は全てひび割れたガラスに塞がれていて、エイプリルの逃げ場はなくなった。

 

 エイプリルが俯く。

 

「どうして、逃げなかったんだろうね」

 

 もう終わりにしよう。

 

 男はそう判断して、その爪を構える。

 

「恨むなら、お前の上を恨め」

 

 ロドスが龍門のスラムに手を出したなんて話は聞いたことがない。やはり何を言っているのか全く理解できない。

 

 中でも一番に理解できないのは……

 

 

「どうして、抵抗しないと思ったの?」

 

 

 エイプリルが、隠してつがえていた矢を放った。

 咄嗟のことで照準もまともにつけられなかったが、それは既に損傷の度合いが激しい左眼へと突き刺さった。

 痺れるような激痛と頭の奥に響く鈍痛。ダメージが重なり思考の邪魔が増えた。だがそんなモノ、男にとってなんら意味などなかった。

 

「テメェ、何度も射ちやがって……ッ!」

 

「はいはい、ブーメランブーメラン」

 

「このクソアマ──ッ!」

 

 本能のままに爪を振るい、エイプリルがそれを小さな動作で回避する。だが相変わらず息は上がったままだ。男の方が優位に立っていることは間違いない。

 

 袈裟懸けに振り下ろす爪撃をエイプリルが避ける。いい加減にちょこまかと煩わしい。決定力に欠けていてあまり好きではなかったが、拳の裏で素早く叩こうとする。

 だが振ったその裏拳も、エイプリルは余裕のある笑みを浮かべながらしゃがんで回避し、そのまま横を抜けられた。

 

 その顔がまるでその攻撃はもう知っているとでも言うかのようで、男の神経は逆撫でられた。

 こうなったのも全てエイプリル達が無駄なことをしようとしたからで、責任は一つ残らずエイプリルにあった。そのはずだった。真実がどうであれ、男からはそう見えていた。

 流血で血が足りなくなり、痛みが思考を掻き乱し、更に血が頭に上っている男には正常な思考など出来なかった。

 

 血に濡れたたてがみを揺らし、男は駆け出したエイプリルの背を追いかける。瓦礫の山が鬱陶しい、全て破壊して追い縋る。

 

 少し向こう、エイプリルが何かを構えていた。

 

 それは見覚えのある姿勢だった。

 黒の弓に灰色の矢が構えられて、それは今まで戦闘をしてきた男への『痛み』だった。それが真正面から目に映る時、いつも男の眼は射抜かれていた。

 

 男が健常であれば、何も考えず腕でも前に掲げて突っ込んでいただろう。だが男の著しく下がった知能は、偏った経験からくる危険信号を拒む方法など持っていなかった。

 

 本能のままに彼は後ろへと飛び退いた。

 エイプリルの矢はそれほど狙いもつけられておらず、男の顔の横を通り過ぎて終わった。等閑(なおざり)に放たれた矢はしかし、労力以上の効果を発揮していた。

 

 腹立たしい。

 

 苛々が抑えられない。

 

 男が投げた瓦礫をエイプリルが前に飛んで回避し、それで両者の距離はより一層遠のいた。入口というゴールはもう既にエイプリルのすぐそばまで近づいていた。

 

 

 何故入り口を目指していた?

 

 

 瓦礫に塞がれた入り口を見て、安堵と共にそんな疑問を浮かべる。まさかあの積み重なっている瓦礫を乗り越えられる訳でもあるまい。飛び越えられる訳でも、況してやどかすことなど以ての外だろう。

 

 ならば、何故?

 

 そこまで考えたところで、男はあるものを発見した。エイプリルが目指す先、入り口から少しだけ離れた所に何かがある。

 

 それは濃い緑色をした箱だった。

 

 男の思考が全て繋がる。エイプリルが未だ抵抗するのは、入り口の瓦礫をどうにかする方法があるためだ。

 特製の爆弾でも入っているのだろう、自分に使わなかったのはサイズの問題だとか、重量の問題だとか、そういう何かしらの欠点があったからだ。

 

 だが瓦礫の山にその欠点は関係ない。

 男を吹き飛ばすことは出来なくとも、瓦礫を吹き飛ばすには十分だということだ。

 

 

「今からでも、遅くは、ない……ッ!」

 

 

 男の筋肉が隆起する。足で蹴り飛ばした床が弾け飛び、男は一歩で何メートルも前へと進んだ。

 

 爆薬を使うのなら、セットして離れるはずだ。そこを狙いさえすればエイプリルを葬るなどそう難しいことではない。

 後ろに設置した爆弾によって逃げられず膝をつく未来が男の目にはしっかりと見えていた。

 

 

「間に合え───ッ!!」

 

 

 男が爪を構えながらエイプリルに飛びかかった。

 絶対に逃さない、確実性を求めた男はエイプリルの様子を細かく観察しながら構えた腕の使い所を探る。

 

 エイプリルが最後の抵抗でもしたかったのか、矢を放った。当然男の腕がそれを払う。それなりに強い力で引かれていたようで、重心が少しだけズレた。

 エイプリルはもう矢を放った。残る矢の本数がどのくらいなのかは知らないが、次をつがえる時間などもうどこにも残っていない。

 

 確実に爪を突き立てる。

 エイプリルの目の前に男が着地した。

 

 確実に殺す。

 

 絶対に殺す。

 

 何が何でも殺す。

 

 男はその目的が達成されようとしていることがひどく嬉しかった。

 自分の尊敬するあの人を侮辱しようと付け狙い、何も知らない善良な組織の青年を利用し、自分の左眼を穿った嫌悪すべき敵だ。

 

 そしてその笑顔に、ナイフが突き刺さった。

 

「がっ、あ──ぐおおおおおおっ!!!?」

 

 エイプリルの背後、開かれた深緑色の箱には二本セットの片割れが入っている。もちろんその箱にない一本とは、今エイプリルが男に突き刺した投げナイフのことだ。

 下見に出かけた時買ったものだと聞いていた。一度開けたのだから、今度はスムーズに開けることが出来た。

 

「まさか使うことになるとは思わなかったけど、ビルの中に入れといて良かった」

 

 顔面を切り裂かれ、男がのたうちまわる。

 使ったナイフは丁寧に拭いてまた箱の中へと戻した。アビスは使ったことに関して何も言わないだろうが、使わせてもらった手間元通りにするべきだろう。

 

 さて、とエイプリルが向き直る。

 

「ぐああああ……!決めたぜ、クソアマッ!テメェは絶対に許さねぇッ!!」

 

 自分の流血で前が見えなくなっても、足が震えてまともに動かなくても、男は気合だけで立ち上がっていた。自分を殺したいと願う気持ちがまさかここまでとは思わず、少し驚く。

 

 爪は依然として鋭いまま。

 男の爪撃がエイプリルの居た場所を通り、床を切り裂いた。男が血だらけの口を開けエイプリルに噛みつこうとして、その顎が下から打ち上げられる。

 

 死力を尽くし、ボロボロの体で何度も爪を振るう。エイプリルは何度かそれを躱した後、大きく飛び退って弓を構えた。

 

 

「終わらせよう」

 

 

 最後の一本。アビスの投げナイフさえ使って取っておいた最後の一矢に決着を任せる。まさか使わされることになるとは思ってもいなかったが、運命の悪戯でも起こったのか。

 

 相手は勘違いして自分を襲ってきて、そのためならレユニオンとすら手を組んで、しかしそれは決して性根の捻じ曲がった行いではなかった。

 

 だから礼儀を見せる。

 死力を尽くした相手に対しては、エイプリルも全力での対処を選ぶべきだ。決闘でも何でもないただの戦闘行為だったが、死にゆく男の中に見えた忠義や誠意のようなものに、ほんの少しだけ尊敬の念を抱いたからだった。

 

 

 構えて。

 

 

 引き絞って。

 

 

 男は死に体を酷使して、視界から消えたエイプリルを探していた。血に濡れた片目ではもう数メートル先のエイプリルさえ見えていないのだ。

 

 最後の慈悲を矢に込める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、射る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が倒れる。糸が切れた人形のように。

 

 そして、立ち上がることはもう二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リラさん。

 

 

「あははっ、何その顔!」

 

 

 リラさんだ。

 

 絶対に本物のリラさんだ。

 

 そうとしか、ボクには感じられない。

 

 偽物の根拠なんて一つも見つけられない。

 

「ねえ、どんな気持ち?私に会えて幸せ?それとも、私なんてリラじゃない?」

 

「……君が、リラさんを?」

 

「そうそう、どうだった?私、リラとは違うって思った?」

 

 そんなわけない。

 

「そんなわけない、よね」

 

「……っ!?」

 

「だってこのリラは、キミのリラだから」

 

「ボクの、リラ?」

 

 何を言って……

 

「私のアーツは()()()()。出来るのは感覚や信号の模倣で、だから今のこれは、キミの頭が浮かべたリラの姿をキミの視界に映し出してるだけ」

 

「えっ、本当に?電気信号?」

 

「えへへ、凄いでしょ」

 

 リラさん、いやカイン……いや、リラが自慢気に胸を張る。だからボクの覚えていたホクロが再現されていたんだ。

 どうやって最初からボクの思い描く姿を写しとれていたのかは分からないけど、大方レユニオンと交戦した時だろう。

 

 まさか、カインのアーツがボクとほぼ同じものだったなんて。

 

「だから、さ」

 

 リラさんの姿が消えて、その一瞬後に全てがブラックアウトした。視神経のところで電気信号が途絶されているんだろう。アーツを軽く使えば、そんな感じがした。

 

 ボクのアーツは自分の信号を放射状に出すことが出来るけど、カインのアーツは他人の信号を弄ることが得意なんだ。だから本質的にリラはそこに居ない。ただボクがそう見させられているだけ。

 でも、声質や些細な仕草すら再現するなんて……あ、それはボクがそれだけ覚えてるってだけのことか。

 

 カインが何かを話せばそれをリラの声で、言葉で、その内容を伝えられる。その言葉が持つ感情すらも。

 まるで、翻訳機に通したみたいだ。

 

 さて、それでカインはボクに何を見せようとしているんだろう。

 

 

 暗い景色がパッと晴れる。

 

 

 どこかに横たわってる。

 これは……誰かの視界?恐らくはカインの視界かな。立ち上がった時の高さもそれなりに低くて、周囲を見るとあの孤児院の一室みたいだ。暗いのは夜だからかな。

 

「待ってたんだよ」

 

 起き上がったカインは隣で寝ている子、ナインを揺さぶった。けどナインは向こうの方を向いたまま起きない。

 

 今少し見えたけど、リラの隣が空いてる。だからボクが夜に抜け出してるってことで、恐らくはあの夜のこと。

 

 仕方がなく、カインは一人だけで暗い孤児院の中を進んでいく。進行方向にあるのは……たしか、汲んである水かな。

 

 奥へと進んだところで、大きな音がした。

 ドアが蹴破られたような、そんな音。

 

 続いて聞こえたのは滅多に聞くことなんてなかったお爺ちゃんの怒声。金属音が鳴り響いて、カインがビクッと体を竦めた。

 

「早く、来てほしかった」

 

 とてとて、そんな風にカインが歩いていく。暗闇の中、金属音に続いて、男たちの楽しそうに笑う声が聞こえてきた。

 

 見覚えのある赤いソファが視界に映る。暗闇の中だから分かりにくいけど、同じくらいの身長の子が一人、大きい誰かが一人、カインより小さい子が四人。お爺ちゃん以外の全員がここに集まってるってことだ。

 

『⬜︎⬜︎は、どこ……?』

 

 カインが言った。

 

『⬜︎⬜︎もたぶん戦ってる。実は⬜︎⬜︎って、よく真夜中に抜け出してるんだ。困っちゃうよね、⬜︎⬜︎は私の抱き枕なのに』

 

 リラ、本物だ。一言一句忘れないようにしよう。

 っていうかボクが夜に抜け出して戦ってたの知ってたんだ。なんだか恥ずかしいな。

 

 少しだけ時間が経って、誰かが部屋に入ってきた。

 

『逃げ、るんだ……裏口から、みんなで……!』

 

 そう言って、お爺ちゃんは倒れた。背中の辺りに突き刺さっている剣が、窓から差し込む光に照らされて煌めいた。

 

 

 叫喚。

 

 

 お爺ちゃんによく懐いていた四人が泣き喚く。

 もうこうなったら、手をつけられない。

 

 リラ以外には。

 

『──ダメ、静かに』

 

 泣いていた四人が一斉に落ち着いた。

 本当に、まるでアーツみたいな特技だ。ボクの場合はいくら言っても泣き止まないし悪戯をやめないのに、リラの言うことには従うんだから。

 

『出よう。それで、生き延びるの。大丈夫、⬜︎⬜︎は絶対に死んでない。それだけは保証するから』

 

 リラ格好いい。惚れ直した。好きだ。

 

 リラは四人を先導して裏口へと向かっていく。カインもナインに連れられて、一度だけお爺ちゃんの方を振り返ったけど、それきりナインの横を一緒に走り出した。

 

 裏口から外に出ると、月明かりがあたりを照らしていた。

 

 そして、そこには気持ちの悪い笑みを浮かべた男たちの姿があった。

 ナインがカインを守るように立つ。どうしてだろう、さっきから立場が逆だ。もっとカインが守らなきゃ。

 

 ボクのようには、ならないでほしいから。

 

 過去の映像に何を言っても無駄だってことは分かってる。でも、そう思わずにはいられなかった。守れなかったボクのようには、どうしてもなってほしくなかった。

 

 リラが前に出た。

 

『……⬜︎⬜︎が来るまで、孤児院の中に居よう』

 

 けれど、それはダメだった。今さっき出てきた裏口から男が出てきたからだ。その男は手に剣を持っていて、半ばから血を滴らせている。

 お爺ちゃんを殺した男だ。

 

 リラがカインやナイン含めて六人を集めようとして、殴られた。

 

 ──殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 

 すりつぶして砕いて叩いて捩じ切って殺して痛めつけて死ぬほど後悔させてやる。リラのことを殴るなんてあってはならないんだって刻みつけて殺してやる。

 

 

「ちゃんと、見て」

 

 

 すうっと怒りが冷えた。

 そうだった、これは過去の話だった。怒りに囚われず、ちゃんと見ておかなきゃいけない。

 

 これは、ボクの罪でもあるんだから。

 

 リラの頭が押さえつけられて、抵抗しようとしたリラの顔に血がかかった。

 それは一番歳の小さな、アルという名前の子だった。お腹の辺りが抉るように叩き斬られていて、その臓物が地面に落ちた。

 

『やだ、なんで、なんで……!』

 

『こいつはいいな、将来性もある』

 

『い、いやっ!触らないで!』

 

『……はっ、まあいい。あのガキの死を確認するまでは油断すんなって言われてるしな』

 

 どうして、ボクは気づけなかったのか。

 どうしてリラがこんな酷い目に遭わされているのか。

 

 なんで、リラが。

 ボクのせいか。ボクのせいなのか?

 

 孤児院を誰にも言わず離れたボクのせいか?

 たぶん、違う。不安にするのは良くないから。

 

 相手の策略に気づけなかったボクのせいか?

 それもある。でも本当は違う。

 

 

 こんなクズどもを、生かしておいたボクのせいだ。

 

 

 スラムの犯罪者集団なんて殲滅してリラにとって住みやすい家を作ればよかったんだ。

 リラに危害を加えようとする可能性があるなら全員その首捩じ切って家族の元にプレゼントしてやればいいんだ。

 

「ねえ、私の言ったこと聞いてた?」

 

 あっ。

 

 

 カインはいつのまにか男たちの包囲を紙一重で逃れていた。その手はしっかりナインと繋がれていて、けどその位置関係はまるで逆だった。

 

 カインはナインに手を引かれて、スラムの複雑な地形を抜けていく。でも相手だってここの住人だ、投げつけられるものは全部ギリギリで避けることしかできない。

 

 そこで、カインが転んだ。

 ナインは繋いでいた手を解くと、カインにゆっくりと語りかけた。迫る追手のことなんて気にせず、ナインが口を開く。

 

『ずっと、この日のために生きてきたんだ』

 

 なんだ、これ。

 ちょっと待って、いや、そんな訳が。

 

『転んだくらいで泣かないで。()()()

 

 やっぱり、そうなのか。

 

『でも、だって……!』

 

『ナインを、守りたいんだ』

 

 ボクがナインだと思っていた子の顔が月に照らされる。中世的だけど、やや男寄り。

 やっぱりそうだ、ボクがカインだと思っていたのはナインで、ナインだと思っていたのはカインだ。

 

 カインが、覚悟を決めたカインがナインを薄暗くて細い路地に押し込んだ。

 

『来なよ、ブサイク!』

 

『んだとコラァ!』

 

 前だけを向いて、ナインは路地を抜けていった。やっぱり、顔をぐちゃぐちゃにされていたのは挑発したからで、リラがナインの生死をしらなかったのはボクが戻ってくる前まで男に押さえつけられていたから。

 

 

 視界が晴れる。

 

 ナインは初めてボクの前で、アーツを全て解いた。

 

 おかしいと思ってた。初頭部高学年にしてはカインの身長が高すぎる。ボクが今まで戦っていたのはきっと、カインの気配だけを動かした幻影だ。

 ボクが受け流していたあの一撃目は、電気信号によって感じさせられた、言わば触覚の幻。二撃目だけは実体で、だからあんなに戦いにくかったんだ。

 

 少し褪せたような黒い髪に、緋色の目。ボサボサのまま放置されてる、腰くらいまである長い髪。服装はカインの幻と同じ黒尽くめで、光沢のあるベルトがクールな雰囲気を出している。

 150センチもないような体躯で、ナインはニヒルに笑っていた。

 

「全部、オレがやったんだ」

 

「どれのこと?」

 

「軍用車の襲撃を二回。リラの仕込みは当然として、とある会社の新入社員に変な噂を聞かせたり、とあるスラムの情報屋にコータスの女が龍門繋がりだって言ったこと」

 

「……ああ、だからか。だからエイプリルはあんなに目の敵にされてて、それで今日スラムがそんな感じなのは……昨日リラとしてボクたちと会った後に、今日来るだろうって予測をスラムに流したんだ」

 

 ボクがスラムに来たのは、昨日リラさんに情報を貰ったから。ガヅィアやあのアスランとの食い違いはナインによって意図的に生み出されたものだった。

 

「なあ、知ってるか?シルヴェスターの部下は上司のことが大層好きでよぉ。シルヴェスターが感染者だってことを龍門にバレないようそれはそれは頑張ったらしいぜ?」

 

「それを知ってて、エイプリルに」

 

「ああ、ぶつけた。当たり前だろ。クッソ面白かったぜ、お互い自分が悪いことをしていないなんて思ってるヤツらが衝突してんのを見るのはよ」

 

 ナインが笑う。

 叱る気にはなれなかった。そうまで歪んでしまった一因には、ボクの名前も挙がるはずだから。

 

「こんなことも、知ってるか?」

 

 より獰猛に、十歳と少し程度の少女が笑う。

 

「シルヴェスターは元々スラム出身だった。ガヅィアもスラム出身だ。シルヴェスター社はスラム出身のヤツらを雇い上げて融和させていくって目標も持っていたらしいぜ」

 

 シルヴェスターやガヅィアについては、確かに気になっていた。龍門を本拠地として起業したのに、その名前が炎国のそれじゃなかったから。

 他国からやってきて立ち上げたんだと思ってたけど、どうやらスラム出身で国籍が入り混じっていたからみたいだ。

 

「アスランのアイツはスラムのボス。スラムの真ん中で鉱石病に倒れたシルヴェスターの隠蔽を一番頑張ってた野郎だな。一段落した矢先に、()()()()が嗅ぎつけてきたらしいぜ?」

 

 つまりこういうことだ。

 

 シルヴェスターは手紙の投函後、スラムに立ち寄る。けれどその道すがら鉱石病が悪化して倒れて、手を尽くす前に死んでしまった。

 感染者であることを隠して活動していた彼らは尊厳だけでも守ろうと龍門に情報を隠蔽し、そして粉塵になったせいで中身のない棺桶を葬儀屋に用意してもらった。

 

 葬儀屋の男はきっと、エイプリルの情報を聞いていたんだ。だからあれほどまでにエイプリルのことを避けようとしていた。

 

 葬式を開いて、するとやってきたのはよく知らない二人組。既にナインの唆していたシュエンがボクたちに声をかけた。

 葬式の前後あたりで、エイプリルについての噂を流したんだろう。噂の拡大した範囲的に、葬式より少し前くらいが流れ始めた時期かな。

 

 それで、嗅ぎ回るボクたちに対してガヅィアは怒ったんだ。お前らだけの責任じゃないって言葉は、近衛局の異常に厳しい感染者対策を皮肉ったんだろう。

 近衛局がそうしていなければ、シルヴェスターが感染者だったって公に出来るんだから。

 

 そして最後に、リラの姿でボクたちを唆してスラムに向かわせて、姿を現した。これがナインの描いたシナリオだ。

 

「オレがリラ姉の姿を借りたのは、お前が過去を忘れていないかどうか確かめるためだ。まあ、想像以上にガンガン来やがった訳だけどな」

 

「リラのことは今も好きだよ。ずっと、そうなんだ」

 

「ああ、分かってる。嫌ってほどな」

 

 初めてナインが苦笑した。

 そんなに、かな。ボクとしてはリラに対しての愛も普通だと思ってるんだけど。

 

「でも、本当にそうなのかってのは分からねえが。昨日オレがお前らを見つけた時、思わず殺したくなるくらい幸せそうに連んでたしよ」

 

「やっぱりあの殺気ってナインだったんだ」

 

「まあ、な」

 

 このまま、穏便に終わればいいのに。

 そう思ったボクを、ナインの視線が鋭く貫いた。

 

「そろそろ、潮時だ」

 

 アーツロッドをナインが構える。

 説得はもう意味がないだろう。そう思えるくらいに覚悟の決まっている目だったけど、一応言うだけ言ってみよう。

 

「ナイン。矛を収めてほしい」

 

「ああ?」

 

「ボクは君に殺されたくない、けど殺したくもない。まず戦いたくないんだ。だからどうか──ぐぅっ!?」

 

 全身が切り刻まれたような()()を覚える。

 

「どうでもいいんだよ、お前の感情なんて」

 

 冷たい目がボクを見据える。

 

 

「殺されたくねえなら、殺されなければいい。殺したくねえなら、殺さなければいい。戦いたくねえなら戦わなければいい。──全部お前の自由だ」

 

 

 ナインが剣を柄から抜いた。

 

「まあ、死にたくねえなら抵抗しろよ」

 

 ああもう、仕方ないかぁ。

 構えた短剣、向けられたナインの剣。

 

 

 どうにかするしかない、か。

 

 




終わらなかったです。すみません。
既に冗長ですし、次こそは終わらせます。
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