【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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五章 諫言の効
六十六 郷愁につられて


 

 

 

 

 

 誰も意識のない状態で物事を考えることはない。当然だ、だって意識がないんだから。夢の中ならまた違うのかもしれないけど、気絶という事象に関してこれは正解だと思う。

 

 そんなわけでボクは困惑している。

 

 意識が断絶された感覚があって、それでボクは次に起き上がるべきなんだ。もしくは謎めいた場所でリアリティのない行動をしているべきなんだ。

 

 間違っても、こうして直立している状態だなんてものはありえない。意識が妙にハッキリしてる。そう、理路整然と現実のような思考が出来るのなら、これは夢じゃない、はず。

 

 でも、第一候補は夢だ。現実感のある夢。

 結局今はそう思うしかない。

 

 それにしても、と見回して息を吐く。この路地裏はなんだかほっとする不思議な感覚を覚えさせる。

 起きていた頃に居た龍門のスラムよりずっとずっと道が狭くて、そしてなんとなく懐かしいんだ。

 ボクとリラが過ごした孤児院の近くにもこういう場所があった。すぐそこを抜けると空き地があって、そこには木が植わっているんだ。ここはあの路地裏より少しだけ狭いけど。

 

 ほんの少し胸が痛くなる。

 リラのことを思い出してしまったからだ。ボクのお腹で今もなお存在を主張する源石はいつまでもボクの記憶を鮮やかなままに保ってくれていて、そのおかげでボクはまたリラに会えた。

 

 満足するべきだったんだ。

 ナインがリラのことを再現してくれた時点で、ボクは満足して死ぬべきだった。リラはもうボクに笑いかけてくれないんだから。

 

 まあ、それはまた起きた後に考えよう。

 

「あ、あっつ……っ!?」

 

 そう考えた次の瞬間、ボクの身体全体が熱を発し始めた。困惑に頭が染まったボクへと追い打ちをかけるように、その熱は赤い光となって溢れ出す。

 

「……っ、なに、これ!?」

 

 鮮やかな光が纏わりつく。アーツだとは分かっていても、いつも以上に制御が効かない。アーツ適性が欠落しているボクにこれはちょっと無理だ。

 

 それでもなんとか手繰り寄せる。制御権は全く奪えそうにないけど、脳に出力される不快感がキツい。

 頭の中をかき乱されているようだなんてよく言うけど、全身がまるごとそんな感じ。集中もまともに出来ない。

 

 ただ、不思議と痛みはない。夢の中だからか、アーツを使う時にいつも感じている反動みたいなものはない。その代わりに熱くて気持ち悪いんだけど。

 

「大丈夫?」

 

 声が聞こえた。とても懐かしくて、それでいてつい最近聞いた覚えがあるような声。

 今のボクには、その声が誰のものなのか分からなかった。ただ集中しているこの時に声をかけた邪魔者、そう思った。

 

「……見て、分かってよ! 大丈夫じゃない!」

 

「そっか」

 

 背後からの声はそこで途切れて、代わりに素足が土を踏む小さな音がボクに近づいてくる。

 当然のことだけど、ボクはそんな音になんて反応できない。言ってしまえば戦闘中と同じくらいの注意をアーツの制御に向けているんだから。

 

 そんなボクの背中を、誰かがつついた。

 光はそれを契機に出現を止めて、ボクの体にくっついていたものは離散していった。

 

「あんなこと言った手前会いにくかったけど」

 

 邪魔だった不快感が消えて、ようやくボクはその声の主を知った。ボクのアーツはまだ制御が効かないから分からないけど、きっとこの声はアーツによるものじゃない。

 そもそもここは夢なんだから、夢みたいな体験くらいしていいはずなんだ。

 

 だから、だから。

 

「会えて嬉しいよ、⬜︎⬜︎。元気してた?」

 

「リラ……っ!」

 

「わぷっ!?」

 

 振り向いて、リラを抱き寄せた。

 びっくりしてるのか、リラの体が強張る。

 だけどそれもすぐに解けて、リラはボクをあやすように抱きしめ返してくれた。ああ、どうしよう。ずっとこのままでいたい。

 

「大好きだ」

 

「う、うん」

 

「愛してる」

 

「……どうも」

 

「ずっと好きだよ」

 

「……」

 

「いつも想ってるから」

 

「ごめんちょっと一旦でいいからやめて。このままだと本当にキャパオーバーがすぐだから」

 

 少し離れてみれば、リラの顔は真っ赤だった。

 ナインとの時はあんまりよく見られなかったけど、大人びたリラの顔はやっぱりとてもいい。

 

「可愛いね」

 

「ふぐっ……ね、ねえ、もしかして⬜︎⬜︎ってもう彼女さんとか居たりするの? いや居ないのは分かってるけど、妙に女慣れしてない?」

 

「女慣れなんてしてない。リラのことが好きだから好きって言ってるだけ。大好きだから」

 

「う、うぅ……私も大好き……」

 

 どんな感情なのかは分からないけれど、半泣きになりながらリラは抱きしめ返してくれた。

 

「っと。待って」

 

「えっ」

 

 当たり前のように近づけてきた顔を寸前で止める。

 

「い、今はそういう感じじゃなかっ、た……?」

 

 不安そうにボクの反応を探りながら問う。

 ボクのことを女慣れしてるだなんて言ってたけど、リラの方は全然そんなことないみたいだね……

 

「リラ、今は何か用があったんじゃないの?」

 

「待って待って。そっちはしたいとか、そういうのないの?」

 

「ないよ」

 

「……ないの!?」

 

「うん」

 

「ど、どう、して……?」

 

 ボクが頷くと、リラが震えながらボクに言う。

 困ったな。こんな反応されるとは思ってなかったんだけど。

 

「ボクの欲を押し付けたくない。ハグならあの頃から何度もしてたけど、キスは……ボクの我儘みたいで嫌なんだ」

 

「つまりしたいってことじゃん!」

 

「でもしたくない。あの頃のままでいたいんだよ」

 

 ここは夢だ。自分勝手にリラを捻じ曲げることなんて出来っこない。それにラユーシャが怒りそうだ。

 

「私がしたいって思ってても、ダメなの?」

 

「……こんなことを、心の底では思ってたのかな。ごめんね。そんなことを言わせて」

 

「心の底? ん? えっ?」

 

「……ここ、夢でしょ?」

 

「待って、夢じゃないよ?」

 

「いやいや、だってリラが」

 

「待って待って、私のことなんだと思ってたの?」

 

「深層心理が生み出した妄想」

 

「言いたいことは色々あるけど、妄想相手ならもっと欲望吐き出しなよ」

 

「その発言によってボクの言いたいことが増えたかな」

 

 距離を詰めて煽ってくるリラをやんわりと制しつつ後ずさる。まあ、リラだって本当にそう思ってるわけじゃない。

 ボクがそういうことをしないって分かって信じてくれてるからこそ、の冗談だ。

 

「なんか変な誤解生んだ気がする」

 

「そう?」

 

「まあ、いいけど。ここが夢じゃないってことだけまずは分かって。私は妄想の産物とかじゃないの」

 

「うん、分かった」

 

 それを確かめることなんて出来ないし、それならリラが教えてくれたことを信じたい。

 

 ボクが頷くと、リラは一つ咳払いをした。

 

「……」

 

 そのまま、ボクの方をじっと見つめる。

 

「……」

 

「……」

 

「……ねえ、⬜︎⬜︎」

 

「うん、なに?」

 

「一回くらいならキスしてもよくない?」

 

「さっさと本題に入って」

 

「あ、はい。それで、うん。まず、ここはどこかって知りたいよね?」

 

「リラは知ってるの?」

 

「うん、知ってる。ここはね、⬜︎⬜︎のアーツが作り出した紛い物の世界……これはちょっと違うか。時間軸がほんの少しだけズレた並行世界、かな」

 

「ボクのアーツが?」

 

 リラが手を大きく振ると、体が宙に浮いたような感覚を覚える。そしてボクの視界に一瞬だけノイズが現れて、周りの景色が切り替わった。

 

 あの懐かしい孤児院の前に立っていた。

 

 ボクのアーツが脳に感覚を出力している。それの原理は分かるけど、そんなことがボク程度のアーツで出来るのか分からない。

 もしこれが本物の世界だったとして、リラが言ってることはタルラさんやアーミヤさんに匹敵する能力だ。アーツ適性がないボクに扱えるとは思えない。

 でも、少しくらいなら夢だって見たい。

 

「ねえ。これって、アーツを使えばいつでもリラに会えるってこと?」

 

「んー、無理。あってないような条件が一つと、限界も一つ──じゃなくて、二つ。でもそれ以前に⬜︎⬜︎の体が耐えられるか分かんない」

 

 体が、耐えられない。

 そう聞いて一番最初に思い浮かんだのは、それで死んだら最後に見るものがリラになるかもしれない、なんてちょっと前向きな考えだった。自制しなきゃ。

 

「ロドスに入った頃の体なら、四六時中私が出てても問題なかったと思うけど」

 

 ふと、違和感を覚える。

 こんな空間があって、リラに会えて、それと比べたら断然小さな違和感だったけど、その質問はボクの口をついて出た。

 

「リラはどうしてそんなに知ってるの?」

 

 ボクのことについて、詳しすぎる。ここが夢じゃないって前提で話すなら、リラがどうしてそんなことを知っているのか疑問でしかない。

 

「えー、聞いちゃう?」

 

「答えたくないことだったら良いけど」

 

「いや、うん。まあ……」

 

 照れた様子で、リラがボクから視線を外す。頬を掻きながらあらぬ方向に顔を向けて、言った。

 

「ずっと見てたから。いつだって私は近くに居たよ」

 

 どうしよう、すごく好きだ。

 

「ライサちゃんと寝てるところとかも見てたよ」

 

「もしかして、寝てるボクのベッドにラユーシャが潜り込んだことについて言ってる?」

 

「うん」

 

「不可抗力じゃない?」

 

「誑かしたのは⬜︎⬜︎でしょ?」

 

「そんなことないよ!?」

 

 テロに巻き込まれてる人を助けることがそんなことに繋がるなんて、どうして分かるんだ。

 

「それに、部屋の鍵もかけてないし」

 

「必要ないからね」

 

「そんなこと言って。私みたいな人が夜に忍び込んで襲うかもしれないんだよ?」

 

「ありえないと思う」

 

「まあ、それはそっか。私より⬜︎⬜︎のこと好きな人は絶対居ないし。ライサちゃんもウブな子だし」

 

「ボクもリラのこと大好きだよ」

 

「にゃっ……ナインのアーツって精度高いよね」

 

 龍門で偶然出会ったあの日の焼き増し、ボクもそんな風に感じる。ナインのアーツはボクの記憶から抽出されたわけだから、それも納得がいくことではあるんだけど。

 照れてるリラなんて崇め奉るべき。

 

「        」

 

 リラが小さく呟いた。どこか影が差しているようなその顔や声が、どうしてかリラのもののようには見えなかった。

 

 夕立の後、湿ったままの道路。

 

 すぐにどこかへ消えた異物感はそんな情景を思い浮かばせた。普段はどこか褪せていて、濡れた時だけ妙に生々しく、そして鮮やかなんだ。

 それが果たして何を意味するのか。どんな感慨だったのか。複雑すぎて、ボクには分からない。

 

「ねえ、リラ……リラ?」

 

 別物のような雰囲気はとうに消え去っていた。

 ボクがかけた声はそこそこ大きいと思ったけど、どうやらリラには聞こえていないみたいだった。

 

「Wは隠してたみたいだけどさ」

 

「?」

 

「あの人、この世界に来たことあるんだよ。アーツを使った時に、一回だけ」

 

「えっ、本当に?」

 

「うん。めちゃくちゃ泣いてた」

 

「え、えぇ……」

 

 衝撃の事実だった。何を見て泣いたのかは分からないけど、もしかしたらWも孤児だった時代があったのかもしれない。ボクに同情でもしたから優しくなったのかな。

 

 

 リラがパン、と手を叩く。

 

 リラ以外の景色が全てが捻れて黒く混ざる。瞬きするより短い一瞬を過ぎれば、真っ黒な世界の中でボクとリラだけが浮かんでいた。

 

「これ、ナイショだからね?」

 

 リラが人差し指を口元に、はにかんだ。

 心が暖まるっていうか、安心するっていうか……夢だったら覚めなければいいのに。現実ならずっとここに居る。……無理?

 

 黒い世界は数秒も経たずに裂けた。

 

 断裂は次第に広がり、ボクとリラを囲んでいた暗幕は消えてなくなる。世界が塗り変わっていく。ボクが見ていた角度や孤児院はそのままに、日が少しだけ東に戻った。

 

 そしてそんな特段変わった部分のない孤児院の前、つまりボクやリラの前に、いつのまにか幼い少年が立っていた。

 

 その少年は指を絡ませて上に大きく伸びをすると、深く息を吐いて目を瞑った。黒に塗り固められたようなほど真っ黒な色のツノは、その少年がボクであることを如実に表していた。

 

『何してんのよ』

 

「うわっ!?」

 

 突然、誰も居なかったはずの空間からWが出てきた。少年のちょうど後ろだ、全容を見ているボクからすればホラーでしかない演出だった。

 

『W、今日は早いんだね』

 

『何してるかって聞かれた答えがそれかしら?あらあら、随分と生意気なガキに育ったものね』

 

『まだそんなこと言うほど一緒じゃないでしょ。それに、生意気に育ったならそれはWのせいだよ?』

 

『言うじゃない』

 

 Wが少年の頭を乱暴に撫でる。

 

「この人って本当にボクが知ってるW?」

 

「そのはずだけど」

 

 リラが苦笑する。

 

「……⬜︎⬜︎はこのこと知らなかったし、仕方ないとは思うけど。Wともっと仲良くしたら?」

 

「機会があったら」

 

「そんな機会永遠に来ないじゃん」

 

 リラの方に顔を向ける。

 

 何故だろう……それは分からない。

 けれど、ボクは。

 

「来るよ。たぶん近いうちに」

 

 なんとなく、そんな気がした。

 

 リラはボクの言葉に少しだけ驚いたような顔をして一言だけ、「ふーん」と呟いた。

 何を考えているのか分からない。

 

 リラに聞きたいことはいっぱいある。

 どうしてここに居てくれてるのか、どうしてそんなに悲しそうなのか、どうしてこんなに可愛いのか。

 でもそれをしてしまえばこの素敵な魔法が解けてしまいそうで、声が出せない。リラの幻影が消えてしまうくらいなら、ボクは何も言わずに幸せを享受していたい。

 

「見てほしいのは、Wのことだけじゃないんだ」

 

「何かあるの?」

 

「この世界に来てるのは──あっ、早くしないと」

 

 リラがボクの手をとって駆け出した。

 

「わっ、リラ!?どこ行くの!?」

 

「裏口の方!」

 

「分かった!」

 

 リラを抱き上げて小脇に抱える。

 

「あ、あれ……なんか見たことある」

 

「リラ、口閉じて」

 

「なにそれちょっとエロ──わああああああっ!?」

 

 ジャンプして、孤児院の向かいにある建物の窓枠を蹴り飛ばして垂直に上へと向かう。何故かいつも少なからず感じてる頭痛や体の不調がなくなっているから体力的に出来るはず。

 

 十分高くなるまで左手と足だけで壁を駆け上がった後、思いっきり蹴り飛ばした。暴れるリラは、仕方ないから強く抱き寄せさせてもらう。

 

 伸ばした右足がギリギリ孤児院の屋根について、そのまま駆ける。

 

「リラ、ちょっと大人しくして」

 

 口を閉じているリラは頭をぶんぶん横に振った。

 

「……まあ、もういいけど」

 

 一つ跳んで、そのまま裏口からすぐのところに着地する。咄嗟にリラが手を前に出すと、あの真っ暗なところで見たような裂け目が広がった。

 

「入ればいいの?」

 

「そう、早く!」

 

 リラが指差して、ボクはまた地面を蹴った。

 そうして飛び込むと同時に、ボクの顔へと何か液体がかかった。

 どろりとした、温かい液体。

 

「それでね……ってうわ、やっばぁ……」

 

 ボクの手から解放されたリラが手を口にやる。

 かかった液体が何であるのかは、目前の光景をして確認するまでもなく明らかだ。

 

「テメェが、居なければ──ッ!!」

 

 同じくらいの年齢の少年少女が三人。少し褪せた黒い髪色の少女──ナインが血に濡れたナイフを振っていて、黒いツノの少年──つまりは幼いボクが()()()()()()()()()()()

 白髪の少女が孤児院の入り口近くで目を丸くして見ている。

 

 つまりこれは。

 

「ナインも来てて、まあその……爆発しちゃったんだね」

 

 少女の悲鳴が響き渡る。

 

 少年の左肩から血が溢れて、痛みに呻いている。

 

 

「面倒なことになっちゃったね」

 

 

 号哭のように、ナインは怒声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




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