【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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六十七 萌芽

 

 

 

 

 

 どさ、と音がした。

 それを契機にナインの体が支えを失くし、ふらりと倒れる。ちょうどその先にはエイプリルが居て、咄嗟に支えることができた。

 

「え、ちょっ、えっ!?」

 

 ナインは見かけよりずっと軽く、動揺しながらも受け止めることに成功する。

 

 ナインはテロリスト集団であるレユニオン・ムーブメントの幹部、亡灵(アンデッド)だ。強力な幻影を手足のように操りいくつもの都市で好き勝手に暴れ回っていた。

 その敵意は留まることを知らず、活動を把握する者はその誰もがナインのことを、非感染者に対して強い恨みを持っていると推測するだろう。

 それはエイプリルに対しても同様だ。第一に頼る相手を自己に見せかけて殺し、次にシルヴェスターの周りを嗅ぎ回る近衛局員に仕立て上げて潰そうとした。

 

 だがそれでも少女は少女。実際殺されたわけでもないので、エイプリルは一旦諸問題を棚上げして丁重に寝かせる。

 

「ねえ、少しくらい手伝ってくれても……いやアビスもなの!? え、なんなの、もしかしてアーツ!?」

 

 遅ればせながら周囲を警戒するが、何もない。

 

「となれば緊張の糸が切れたのと、こっちは完全に鉱石病かな。はぁ。もう、こんなになるまで戦っちゃってさ」

 

 ぺちぺちと頬を叩く。アビスは苦しそうな顔を浮かべているが、そんなものは無視だ。

 

「救急車の呼び方なんて知らないし、歩くしかないか」

 

「大丈夫だ、救急車ならもう呼んである」

 

「あ、ほんとに? お金ってかかる?」

 

「かかるにはかかるが、手持ちでなんとかできるような額だ。ロドスのオペレーターなんだろう、払えないこともあるまい」

 

「それなら良かった……えっ、誰!?」

 

 ようやく気付いたエイプリルが勢いよく振り向いた。

 

「本名はもうない。ヤンと呼んでくれ」

 

 黒フードを被っている、中性的な声色の誰か。性別を判断することすらできなかったがしかし、黒フードには心当たりがある。

 

「レユニオンだよね?」

 

「安心してくれ、レユニオンとは言っても名前だけだ。『カインの部下』以外に肩書は必要ない」

 

「カイン、ね」

 

 そう呟くと、言いたいことはわかっている、とでも言うかのようにヤンは頷いた。

 

「彼が彼女だったとて変わるものなど何もない。彼は君たちにそう言ったのであって、それを我々は関知しない」

 

「分かりにくいけど、直接言ってもらえるまではそのままでいるってことね?」

 

「……分かりにくかったか」

 

 しゅん、とした雰囲気を纏う不審者。

 

「だ、大丈夫だよ! 説明が分かりにくいどころか何も言わないアビスの方がずっとダメダメだからさ!」

 

 異様な光景が形成されながらもエイプリルは己を見失わなかった。足でげしげしと脇腹を突かれたアビスが呻く。

 

「頃合いだな」

 

 サイレンの音が届いた。

 ヤンは少しずつ離れて行く。

 

 気付けば離れたところに黒いフードを被った不審者たちが並んでいた。

 僅かに見える彼らの口元からは悲しみが顔を覗かせている。まるで別れを惜しむかのように。

 

「彼に伝言を頼みたい」

 

「アビスに?」

 

「ああ。『ありがとう』と」

 

 何を言っているのかは、なんとなく理解できた。敬愛しているらしきナインが抱えていた(わだかま)りをアビスが解きほぐしたからだろう。

 

「私としては断りたいな」

 

 不意を突かれ、ヤンが足を止める。

 

「大事なことは直接言うべきだよ。きっと、ナインちゃんはあなたたちにとってそのくらい大切な人だっただろうからね」

 

「我々も直接礼を言いたいと思っている。だが、我々が枷となるわけには……」

 

 心苦しさをまるで隠さず、伝わった声が苦渋を告げる。

 

「分かった、伝えとくよ。断りたいっていうのはただの一所感に過ぎないんだし」

 

「そうか。助かる」

 

 ヤンは一度深く頭を下げると、集団の中に混ざり、そしてその影法師はいつのまにか消えていた。

 

 

 不思議な体験だった。

 どことなく、しかし強烈に感じた非日常感。体がぷかぷかと浮いているようにすら感じたそれが、今はもう大人しくなっている。

 

 あの黒いフードには何か仕掛けがあったのかもしれない。

 次に会えた時にでも聞いてみようか。

 きっともう二度と会うことはないのだろうが。

 

 

 そうして搬送されたアビスとナイン。

 

 すぐ目を覚ますだろうと言われてから(はや)五日、彼らには一向に目を覚ます気配がない。

 それどころか、意識障害のうち最も重いとされている昏睡に分類された。鉱石病感染者且つ重体であるアビスはそれもまだ理解はできるが、ナインの方は医者もお手上げだと言う。

 

『もし君が言うように同じタイミングでこの二人がこうなったとしたなら、それはもはやオカルトの領域だ。お祓いでも受けてみるか?』

 

 諦念が滲む彼らの声。必死になってくれていただろうに、エイプリルは礼の一つさえ言えなかった。

 

 近衛局からロドスに引き渡すよう取り計らいが出るまでそう時間はかからなかった。それが誰のためなのかはもはやわからなかったが。

 

 

 手を尽くしても救えない病を持ち、手を尽くしても理解すらできない症状を抱えた彼が、帰艦する。

 

 だが彼を待ち構えていたのは最先端の治療、などではなく。

 

 

 

 

「お疲れ様、エイプリル」

 

 物陰から一人のコータスが姿を現した。

 突然のことに面食らいながらも、あたしはその人影を確認する。

 

「ラーヤちゃん?」

 

 それはライサだった。チェルノボーグ事変が生み出した被害者であり、そのテロリズムからアビスに助けられて以来、彼に想いを寄せている少女。

 その想いは通常のものよりも幾許か粘着質で嫉妬心が強い──平たく言えばメンヘラ──ものなのだが、そのストーキング行為も最近になって合意と見做され始めている。

 

 あたしとは友人で、既に砕けた口調で話すくらいには親密だけど……あたしは、そんな友人のことをすぐにハッキリと断定することは出来なかった。

 

「アビスと秘密の作戦に出てたのって、本当?」

 

「作戦ってほどじゃないよ。ただのお使いって言うか、個人的なあれだったし……」

 

「そっか。じゃあ、アビスはケガなんてしてないよね」

 

「それは、あはは……」

 

「アビスはどこにいるの?」

 

 灰色の目が濁っていた。

 ライサの雰囲気は少し前までの吹っ切れたようなものとは大きく違っていて、痕跡を残しつつも明らかに重苦しい。

 

 何より、不安定だった。

 だからアビスを隠すことに決めた。

 いつものライサでさえ、傷だらけで死んだように眠っているアビスを見れば危ういだろうに、況してや今の彼女を会わせるなんてどうなってしまうのか見当もつかない。

 

「龍門帰りで疲れてるだろうし、今日のところはそっとしておいてあげない?」

 

「分かった。だから少しだけなら会わせてくれるよね?」

 

 思っていたより押しが強い。

 ラーヤちゃんの雰囲気が更に重圧を増す。

 

「アビスはどこにいるの?」

 

「一旦落ち着いて、ラーヤちゃん」

 

「落ち着く? 一週間以上も会ってないのに? どうして? どうやって?」

 

 笑顔だった。まるでひび割れた仮面でも被っているかのように、冷たい笑顔だった。

 

「嫌な予感が止まらないんだよね。さっきからさ。誰かにアビスを奪われてるみたいな感覚がずっとあるんだよ」

 

「あたしはそんなことしてない、よ? 本当にアビスとは何もなかったし、別に……」

 

 龍門に到着してからの日々を思い出す。

 同じ部屋で寝泊まりをして、服屋巡り(デート)に赴いた。ナインのことが終わってからは──他にやることがなかったこともあるが──毎日見舞いに訪れている。

 

 冷や汗が浮き出てきた。

 

「それにさ、他に誰が居るって言うの?」

 

「……」

 

 理論武装が済んでいないあたしはノーガードで殴られ続ける。なんだかんだ、アビスやナインが目を覚まさない状況に追い詰められつつあったのかもしれない。

 ロドスに帰りさえすれば治るだろうと気が緩んだところを、ラーヤちゃんに狙われた。

 

「百歩譲って奪うのはまだいいんだよ。でも、ずっと私が片思いしてたこと知ってるエイプリルがそれをやって、それで更に会わせないようにしてるのはさ」

 

 

 

 殺したくなるよね。

 

 

 

 刃先が照明を反射してきらりと光る。

 

「ら、ラーヤちゃん? 流石にそれは、不味いんじゃないかな……?」

 

「エイプリルが悪いんだよ。本当に。殺したくなるくらい腹立たしい、エイプリルがっ!」

 

 そうして、刃を突き出そうとした瞬間。

 ライサの目によく見知った青年が映り込んだ。

 

「おはよう、エイ……間違えた。おはようございます、エイプリルさん」

 

「アビス!? ちょっと、動いて大丈夫なの!?」

 

「六日も寝ていましたから」

 

 ジャケットが大凡の傷を隠してはいるが、裾の下には包帯が少しだけ見え隠れしている。本当に大丈夫なのだろうか、いや、大丈夫だから自由に動いているのだろうが。

 

「それで……ただいま、ラユーシャ」

 

「おか、えり?」

 

 表情が埋没したような無表情で、ライサは首を傾げつつそう言った。友達だけどごめん、ちょっと怖い。

 

「心配させてごめん。デートには支障ないから、問題がなければ明日以降にでも行こうか」

 

「わ、分かった。その、ケガは大丈夫なの?」

 

「まだちょっと痛むけど、普通に動く分なら心配ないよ」

 

「そっか! 良かったぁ……」

 

「ってことで、ボクは執務室に行ってくるから。またね、エイプリルさん」

 

「あたしもついてくよ」

 

「報告くらい一人で行けます」

 

「今のアビスを放っておけるわけないでしょ、ケガは本当に酷かったんだから」

 

 毎日見ていたあたしは分かる。あんなケガ、たとえヴイーヴルだったとしてもそう簡単に回復するものじゃないって。

 

「分かりましたよ、ついてきてください。実際問題、ボクが眠っていた六日間の話をどうしようか迷っていたところなんです」

 

 ついていきたそうにしていたラーヤちゃんが、それを聞いてしょぼくれた。なんか、ごめん。

 

「それじゃあ、またね。ラーヤちゃん。さっきのことは気にしてないから」

 

「……ごめん」

 

「大丈夫だって。ほらアビス、さっさと行こう!」

 

「分かってますよ、エイプリルさん。あと背中叩くならもっと弱くしてください、死にます」

 

「あ、うん。ごめん」

 

「まったく、もう……」

 

 早足で歩き出したアビスに追いつきつつ、あたしは久しぶりのロドスにちょっとした安心感を覚えていた。騒がしい龍門とは違って、ロドスは静か。エンジニア部とかから遠いうのもあるだろうけど。

 

 アビスは私と逆で、挙動不審。

 まるで慣れないところに迷い込んだ野良犬の警戒みたいだった。

 

「ねえ、あの子はまだ起きてないの?」

 

「はい、ナインはまだ……ですがきっと大丈夫ですよ。ボクがこうして何もなかったんですから、ナインもすぐ目を覚ましてくれるはずです」

 

「信じて待つしか、ないか」

 

「ですね」

 

 アビスはナインのことを本当に気にしてないみたいだった。それは無事だと確信しているようで、少しだけ安心できた。

 そうだよね。アビスが起きたんだから、きっと。

 

 執務室についた。

 ドクターはどうせ缶詰だ。

 さっさと入る。

 

「ん? ああ、エイプリル。任務は終わったか?」

 

「うん、終わったよ。だからアビスと一緒に報告しようかと思って」

 

 声がなんとなく疲れてるようなドクター。あたしたちが居ない間に大きな作戦でもあったのかな?

 

「なるほどな。それで、横の人は──誰だ?」

 

「「えっ」」

 

「ん? あ、うん? 報告、に来たんだな……?」

 

 缶詰だとは思ってたけど、まさかこんなになるまで働き詰めとは思わなかったよ……

 何か大きな作戦があって、それの後処理に追われてるのかもしれない。だとしてももっとドクターの体調を管理してほしいとこだけど。

 

「ドクター、休みましょう。今何徹目ですか」

 

「休憩したって誰も咎めないと思うよ?」

 

「い、いや、大丈夫だ。何でもない」

 

 広げていた書類を束ねてドクターが言う。

 うん、なんか手が震えてるせいで書類がどんどん滑り落ちてるけど──これ大丈夫じゃないよね!?

 

「や、休もう!? ドクターが心配だよ!」

 

「大丈夫、本当に大丈夫だから」

 

「声が震えてるよ!?」

 

 明らかに大丈夫じゃない。

 それでもドクターは休みたくないらしくて、あたしたちの方に話を向ける。

 

「それで、報告してくれるんだろ?」

 

「……ええ。とは言ってもボクに出来るのは前半の六日くらいですが」

 

「ふむ。つまり龍門からの報告は本当だったんだな。オペレーターを一人と身柄の特定ができない浮浪児が昏睡状態にあるから送る、と」

 

「ふ、浮浪児……まあ仕方ないですね。彼女は亡灵(アンデッド)です」

 

「なんて?」

 

「彼女が亡灵(アンデッド)です」

 

「なんて?????」

 

 繰り返しアビスの言葉を聞くドクター。理解を放棄したような声で「仕事が増えるの……?」と言ったきり震え始めた。

 

「それじゃ、ナインのことはドクターに任せることにして、と。他は後から報告書に連ねておきますね」

 

「任せて大丈夫なのかな……!?」

 

「死にはしませんよ、たぶん」

 

 基準がおかしいよ。

 

 そうして、適当な調子でドクターを見捨てたアビスが扉に手をかけた時だった。

 

「なあ」

 

 ドクターが声をかける。

 アビスの手が止まる。振り返ることはせず、ただそのまま聞いている。

 

「信用してもいいんだな?」

 

「ええ。借りたままには出来ませんよ」

 

 えっ、なにこの会話。

 

「……そうか。なら、隠せよ」

 

「言われなくても」

 

 またあたしだけ蚊帳の外かぁ。

 執務室を出て、またアビスと二人きりになった。

 

「恨むよ、アビス」

 

「それはまた今度にしてください、今は都合が悪いので」

 

 都合が悪い、ね。

 

「都合の良い女になれって?」

 

「……そんなこと言ってません」

 

「はいはい。どうせあたしはアビスにとって、最初から都合が良い女なんだよね」

 

「そんなこと思ってませんよ!?」

 

 分かってるよ、全部。

 でも仲間外れは寂しいじゃんか。

 

「あたしのこと、もっと頼ってね」

 

「……はぁ。分かってますよ」

 

 ため息なんかついちゃって。

 いつも通りの漫才をして、歩いてく。

 

 どうして疲れたドクターがアビス()()認識できなかったのか、その理由を知らないままに。

 

 あたしは、いつも通りを描いていった。




じ、次回から文字数もっとちゃんと減らします……
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