【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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六十九 フィクサーズ

 

 

 

 

 

 

 執務室を出た二人の行き先は、ロドス・アイランドの医療区画だった。

 全く見向きもされないアビスとは違って、エイプリルは知り合いの医療オペレーターたちと何度か挨拶を交わしている。

 

 そうして歩いていれば、向こうからちょうどよく目的の人物が歩いてきているところが見えた。

 

「おはようございます。ワルファリン、ケル──いったぁ!?」

 

「随分と久しぶりだな、アビス」

 

「いたたたたた……襟首掴まないでくださいよ、ケルシー先生」

 

「黙って連行されておけ、今のケルシー先生はめちゃめちゃ怖いぞ」

 

「ほう」

 

「もちろん冗談だ」

 

 硬く握られた手を振り解けず、半ば引きずられるような形で引っ張られていく。

 声をかけても足すら止めてもらえない。

 

「その包帯、やはり交戦してきたか」

 

「ケルシー先生には関係ないでしょう」

 

「そこ、噛みつかないの。ついさっきまで、一週間くらいずっと寝てたんだからね?」

 

「ちょっ、それケルシー先生の前では──」

 

「エイプリル、色々話してもらいたいことがあるのだが」

 

「もちろんです。私もなので」

 

 味方だと思っていたのに。絶望に半ばまで染まった瞳でエイプリルを見る。

 

「裏切るんですか……!」

 

「あたしとの約束破ったこと、忘れた?」

 

 今度はエイプリルが見つめる番だった。アビスの目はいつのまにか明後日の方向を向いていて、苦い顔をしながら責任から逃れる方法を探しているようだった。

 

「絶対許さないから」

 

 目を逸らしたまま、びくっ、と震える。

 

「どうやら面白そうなことになっているようではないか」

 

「黙っててください」

 

 鬱陶しそうにワルファリンを見る。

 

「今の状況を分かって言っているのか……?」

 

「誘拐犯がよく言いますね」

 

「もしやそなた、根に持つタイプだな?」

 

 このタイミングでカウンターを喰らうとは思ってもみなかった。ワルファリンはぶつくさ文句を言いながら大人しくなった。

 

「アビス」

 

「何ですか、ケルシー先生」

 

 今度は何だと辟易したように応える。

 

「反応がワンテンポ遅い、か」

 

「何の話です?」

 

「発話のパターンもそうだろうな」

 

 アビスのみならず、後ろからついてきていた二人も首を傾げる。ケルシーが今何を考えているのか、リアルタイムで追従できる者はそう居ない。

 

「ドクターにはもう会ったのか?」

 

「帰ってきてからのことなら、会いましたよ」

 

「であれば気付かれただろう?」

 

「何のことか分かりませんね」

 

 惚け方があからさまになる。

 どうやらケルシーには隠す気もなくなったらしい。

 

「いいだろう。それで、どうするんだ?」

 

「この後ですか? お好きなように」

 

「それは何とも私に都合がいい話だな」

 

「ボクにとっては悪いんでしょうね」

 

「違いない」

 

 くつくつと笑い出すケルシー。自分より背が低いオペレーターを引き回しながら浮かべたその顔は、悪役(ヒール)を演出するに充分なものだった。

 

「……さっきからそれ、何の話なの?」

 

 ケルシーの顔に引きつつ、痺れを切らしたエイプリルがアビスに問う。

 

「あなたが知る必要はありません」

 

「はぁ?」

 

「ごめんなさい間違えたんですそんな威圧しないでください」

 

「……それで、なに? 何を隠してるの?」

 

 引きずられながらアビスが答える。

 

「今のボクはアーツで動いています。電気信号をどうにか流すことで動いています。声帯の動作はいつも違いますし、些細な行動の節々にもそれは発露していたのでしょう」

 

「アーツで動いてる? どうして? 反動は大丈夫なの?」

 

「正にその反動のせいなんですよ、これは。体内で動かす上元から神経というレールが敷かれていますから、負荷もほぼありません」

 

「そっか。それならいいや」

 

 だから引きずられたままなんだ。エイプリルが納得して手をポンと打つ。ワルファリンは研究者気質故か、未知のアーツに目を輝かせている。

 そんな中でケルシーだけは苦言を呈する。

 

「君の選択は間違っているかもしれない」

 

「さあ、どうでしょう? 後遺症さえなければそれで良いんですよ、ボクは」

 

「後遺症か。爪痕もその括りに入るのか?」

 

「ケルシー先生ならそれすら残さないことも可能なのではありませんか?」

 

「何かしら理由が必要だろう、私にそうする義理もない」

 

「おや、それは失言ですよ」

 

「む? これは一本取られてしまったな」

 

 仲が良いのか、小気味良い会話が続いた。

 だが何故だろうか。両者の間には妙な緊張が居を構えていた。それは(さなが)ら知将らが腹の探り合いをしているような、お互いを食い物にしようという思考が浮かんでくるような緊張だった。

 

「貸しという形にしても、君は返さないだろう?」

 

「失礼ですね。返せるなら返しますよ。それに取引をしてもいい」

 

「何を差し出す?」

 

「ボクの病を」

 

「なるほどな。君はやはりこちら側か」

 

「気持ちは嬉しいんですけど、ね」

 

 言葉の裏側で話す彼ら。

 エイプリルは不満を隠さず、頬を膨らませた。

 

「ねえ、やっぱりまだ隠してるでしょ」

 

「隠す? 何をですか?」

 

「色々。あたしのことそんなに信じられないの?」

 

「さあ、どうなんでしょうね?」

 

 むっ。

 

「あーあ、あたしのこと呼び捨てにしたり一緒の部屋で寝泊まりしたアビスはどこに行っちゃったのかなー」

 

 恐らくライサに勘繰りされることを避けたのだろう、目を覚ましてからのアビスはずっとエイプリルのことを()()付けで呼んでいた。

 意図的に距離を作られている感覚。それはいっそ完璧なまでに自然なものだったが、気づいてしまえばこれほど不快なものはない。

 

 そうしたエイプリルの煽りは、しかし、効いていなかった。

 

「別に、関係ありませんから」

 

 どこか怒ったように言うアビス。

 

 それに言及する間もなくドアが開く。気付けば診察室の前まで来ていたようだった。

 

「エイプリル、君も来るだろう?」

 

「はい、許可さえあれば」

 

「それならボクが言いましょう、ダメです。ケルシー先生、早く診察を始めましょう」

 

「え、ちょっと待っ」

 

 ばたむ。エイプリルが言葉を言い終わるより先に、立ち上がったアビスが扉を閉じた。

 

「怒られるんじゃないのか?」

 

「エイプリルは怒るでしょうね。あの人は怒れませんよ」

 

「〝あの人〟か。君は私が思う人ではないのかもしれないな?」

 

「さあ、どうでしょう」

 

 怪しげに笑う二人。

 ついてきていたワルファリンは疎外感を感じずにはいられなかった。

 

「さて。それでは診察を始めよう。ワルファリン」

 

「あ、ああ。そなた達の関係は中々に複雑なんだな」

 

 カルテやその他書類を受け取って、ワルファリンが言う。

 

「そうでもありませんよ?」

 

「そうでもないだろう」

 

「少し前までは殺気が飛び交っていただろうに」

 

「それは今もですよ。この場ではありませんが、続いています」

 

「そなたは何を言ってるんだ?」

 

「本当のことです」

 

 理解不能な言動だった。しかしケルシーは頷くばかりで否定しない。

 ワルファリンは、疲れた、とでも言いたそうに項垂れた。

 

「……機材の準備をしてくる」

 

「頑張れお婆ちゃん」

 

「お婆ちゃん言うな! ……そなたが言ったのか!? 今!? そういうキャラじゃなかっただろう!?」

 

「ワルファリンをからかうのは止しておけ。後々面倒なことになる」

 

「さ、最近は大人しくしていたつもりなんだが……」

 

「忘れたんですか? 三日前に騒ぎを起こしたばかりでしょう、お婆ちゃん」

 

「起こしてなどいない、お婆ちゃん扱いはやめろ! そしてそなたどうした!? さっきから本当にどうしたんだ!?」

 

「いつも通りですよ」

 

「そんなわけあるか!」

 

「普段と違う、という言葉に肯定はできないな」

 

「嘘だろう!?」

 

「お婆ちゃんなのに元気ですね」

 

「こ、の……いい加減にしろっ!」

 

「いっ、づうぅ〜〜っ!!?」

 

 クリップボードによる軽快な音が響き、ヴイーヴルの青年が頭を押さえた。

 

「ハァ、ハァ……今度こそ機材の準備をする。邪魔をするでないぞ、アビス」

 

「分かりましたよ、うぅ……」

 

 ダメージをしっかりもらったようで、叩かれた頭のてっぺんをさするアビス。普段の彼よりもずっと子供らしい振る舞いだった。

 ケルシーはそれを興味深そうに眺めている。

 

「それで君の用は何だったか」

 

「決まっていますよ。鉱石病を除いた病の治療をお願いしたいんです」

 

「ああ、そうだったな」

 

 この人ボケてんのかな。

 そんな風の視線を感じたケルシーが何も言わず目で抗議する。

 

「何かボクの顔についてます?」

 

 ……はぁ、と息を吐いた。

 条件が色々と変わっていても、自分はこのバカに頭を悩ませる運命にあるようだ。

 

「さて、それでは診察を始めるか。──ああ、一つ伝え忘れていたことがある」

 

「何ですか?」

 

()()()()()()()()

 

「……へえ? ケルシー先生はボクを治そうとしていたように思いましたが?」

 

 眉を顰めて問いかける。

 だが、回答はない。

 

 ケルシーが席を立ち、そのまま向こうへ歩いていく。

 その先にあるのは厳重に閉められた幾つかの棚と、小さくも大きくもない微妙なサイズの籠だった。

 

「私はな、性格が悪いんだ」

 

 ケルシーはカゴの縁に手を添える。

 

「知ってますよ」

 

「逆らったアビスには腹が立った。その性根を一から十まで屈服させて、全て私の思い通りにさせないと気が済まない」

 

 僅かに殺気立つ青年。

 すぐに隠したものの、ケルシーは鋭敏にその向けられた感情を感じ取っていた。

 

「だから、私が治療するのはアビスだ。搦手(からめて)など、アビスの意思を諦めているようなものだろう」

 

「はあ。つまり?」

 

「私が治療すべきは君じゃない。いつから()()()()になったのかは知らないが、それを隠れ蓑にすることは許さない」

 

 何もない。何も入ってなどいない。

 だが記憶は残っているのだ。青年が懐中時計を大切そうに扱っていたことは、ケルシーの頭から離れなかった。

 

 理解できない類の考えだった。その信念はケルシーの正義と真正面からぶつかり、火花を散らし、いつかそれを制してみせるのだと両者は息巻いていた。

 

 だが、それでも互いを思う気持ちは真実だった。

 

 自分の押し付けがましい救済がアビスを思う故のことだと彼は理解していたし、向けられた感情に嫌悪以外の何かが混じっていたことなど明白だった。

 それが戸惑いだけでなく、恐怖だけでなく、もっと暖かな何かであることなどとうに分かっていた。

 

 

 だから、許せなかった。

 

 

 そんなアビスの信念を真っ向から受け止めることなく、卑怯にも眠っている最中を狙うなど。

 結果だけを求めるのならば、死を望むアビスに何も言い返せやしない。生の結果は死なのだから。

 

「紛い物の君に理解してくれなどとは言わない。この選択が病を助長させようが、死に近づけようが構わない。──私は、彼を生きるだけの死者にするつもりはない」

 

 信念は折る。今のアビスは殺してみせる。

 その上で更生させる。

 

 ケルシーはとんだ理想主義者だった。

 

 まるで理解になかったことを教えられて、鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔を見せる偽者。

 

 一度気づいて仕舞えばいくら取り繕おうと分かってしまう。それがケルシーやドクターが持つ観察眼──尤も、ドクターの方は違和感が多すぎて別人だとすら認識していたが。

 

 それにケルシーはヒントを貰っていた。

 それは暗殺者のように、練り固められ覆い隠された殺気。泥のように粘りつく悪感情が込められた視線など気取られないわけがない。

 

「予想してなかったな。ドクターはともかく、あなたが得体の知れない私を刺激するなんてさ」

 

「舐められたものだ」

 

 普段とは似ても似つかぬフランクな言葉遣い。

 ケルシーはそれを本性と断じた。

 

 告げられたのは慮外千万な評価だったが、鉄仮面は揺らがない。

 

「本当の本当にアビスのことが嫌いなんじゃないかなーって、私も割と思ってたし」

 

「そうか……」

 

 揺ら、揺らが……揺らがない。少々危なかったがなんとか体裁を取り繕うことに成功した。

 

 警戒を(あらわ)にしながら目を合わせ、それにしても、と一息つく。

 

「どうも安定しているようだな。症状の段階を幾つか飛び越えているようだ。アーツを使い過ぎたな、馬鹿者め」

 

 ここには居ない彼の悪態をついた。それで何かが改善されるわけでもないが、愚痴の一つでも吐かなければやっていられない。

 

「反則はダメ、かぁ。じゃあ今日は診察の前に、一つだけ話したいことがあるんだけど、いい?」

 

「話したいこと、か」

 

「うん。お願いがあるの」

 

 アビスの雰囲気ががらりと変わった。

 まるで氷柱のような、冷たく尖った雰囲気へ。

 

 多重人格というのは普通、第一人格だけでは耐えきれない要素による自己同一性を著しく損なった結果に起きる精神障害である。

 だが鉱石病(オリパシー)によって引き起こされたものは全く違う。性質からして違いが存在し──しかし、存在すること以外何もわかっていない。

 

 それにしても、だ。

 それにしても、だろう。

 

 

「『約束守ってよ、ばか』」

 

 

 不思議なほど綺麗なそれは、どうしてか、口調だけでなく声までも少女らしいもののように聞こえた。

 そんなもの、如何に鉱石病だろうともあるはずがないことだろうに。

 

「リラがそう言ってたって伝えて。ねっ、いいでしょ?」

 

「……ああ。伝えておく」

 

 伝えるか伝えないかはケルシーの自由。ただの口約束で義務など何もないのだから、受けておくだけ得だろう。

 

 更に言うのであれば、ケルシーは警戒していた。

 何故ならばリラには伝言の必要性がない。紙にでも書いて自室に貼っておけばそれでいいのだから、だとすれば──リラという名前や伝言の内容がアビスにとっては触れられたくないもので、それを利用してケルシーを罠に嵌めてしまおうとしている、と見ることもできる。

 オペレーター『ナイトメア』のように、生まれた人格が悪人である可能性も低くはないのだから。

 

「それじゃ、次は……えへへ、お医者さんに診てもらうなんて初めてなんだよね。あ、実は初めてじゃないかもだけど、憶えてないから初めてってことでいいよね!」

 

 その無邪気な言動が演技であるのか否か。

 アビスが戻ってくるまで、ケルシーは観察することに決めた。どうせいつ人格が切り替わるのかは外部から干渉できないのだから、有意義に使ってしまった方が得だろう。

 

 

 そんな消極的な思考の裏側で。

 彼女(フィクサー)は小さく笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

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