【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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七 頭の悪い内乱

 

 

「お前のアーツって何だ?」

 

 ガヴィルの問いかけに、アビスは答えない。微笑んでいた表情はそのままに、上から覗き込むガヴィルに視線を返している。

 物を言わずとも、アビスの様子からガヴィルは感じ取った。どれだけ頼み込んだとしても、どれだけ好いている人であろうとも、アビスは絶対に答えないであろうことを。

 しかしそれを悟ったからと言って、ガヴィルは試すこともなく諦めるような変に賢いオペレーターではなかった。

 

「聞いたぜ、お前がアーツを使った瞬間に敵さん方は全員戦う意志さえ維持できなかったそうじゃねぇか」

 

「それが何か?」

 

 サリアの目が細まった。アビスのことをそれなりに知っていて付き合いもある彼女からして、アビスの発言に含まれた棘は今までに類を見ないものだった。

 

「二十人以上、事によると三十人以上。有象無象が相手だとしても、たかがアーツ一つで完全に心を折るなんてことは普通無理だ」

 

 エイプリルから詳しく聞き出されている。

 アビスは観念して、口を開いた。

 

「ええ、たかがアーツ一つで心を折るなんて無理です。しかしアーツと何か薬品でも組み合わせれば、それは可能となります」

 

 アビスは観念して、嘘を吐いた。

 本当のことは絶対に話さない。嘘も吐きたくない。そんな二つを抱え込んで守り切れるなんて甘い思考はしていなかったアビスには、この状況も想定の範囲に収まってくれていた。

 

 ああ、相手がロドスのオペレーターでなければ、或いはそれで終わっていたのだろう。

 

「違う。違うんだよ、アビス。アタシはなぁ、お前のそんな見窄らしいハリボテの解答を聞きたくてこんなことをしてるんじゃない」

 

 部屋の外から怒号のようなものが聞こえた。ワルファリンたちを鎮圧しに来たオペレーターのものかもしれないし、そのオペレーターに向かって拳を振り上げた医療オペレーターのものかもしれない。

 だがそれはこの平和なロドスに齎された諍いを意味していて、それはアビスのアーツによって生み出されたもので、必然的にアビスの顔は曇ってしまう。

 

 ガヴィルやワルファリンには覚悟があった。それこそケルシーの操るMon3trを相手取っても後悔しないという覚悟が。

 たかが真実を隠そうと提示された虚実など意にも介さず真実を追求するだけの意志を持ち、それを審判するだけの慧眼は備わっていた。

 だからこそワルファリンは天井知らずの喜びを感じたし、サリアやドクターに逆ギレするほどその成功を価値あるものだと思っていたのだ。ガヴィルは流されるままケルシーと対立したが、アビスの目覚めを察知してアーツをいの一番に聞くだけの興味はあったのだ。

 

「お前のその、最高に最強で最悪に最恐なアーツを知りたくてアタシはここに居るんだ。それを阻むのは、アタシの覚悟を無意味にするのは、それだけの覚悟がお前にもあるんだろうな?」

 

 だが、それよりも。

 

「誰が何と言おうと変わりません。薬品を取り扱っている姿を見たことがなかったり、その薬品のことについてほとんど何も言えなかったとして──、ボクが貴方達に期待していた通りのことを話すとは思わないことです」

 

 アビスの覚悟はガヴィルのそれよりも固く、強い。ガヴィルの覚悟が弱いとかワルファリンは半分悪ふざけで動いているだとか、そういう訳ではない。

 年季の違いが一番にある。アビスは誰にも劣らないくらいの覚悟をして、それをずっと守り続けている。彼が今よりももっと子供だった頃からそれを誰かに漏らしたことはない。

 唯一フェリーンには見抜かれてしまっているが、アビスからそれを話したことや、そのフェリーン──ケルシーがその話題に触れたことは一度もなかった。

 もしケルシーがその決定的な言葉を口にしてしまっていたなら、今ロドスにアビスの名前はない。もしケルシーがそれを周囲に広めていたなら、それこそアーツの矛先を向けてでも彼は対抗する覚悟があった。

 

 医療オペレーターが、研究のために、人間関係をある程度守ろうと意識しつつも戦うのではない。

 

 アビスは全力で殺す。いつでも、どこでも、誰が相手だったとしても、アビスはそれを許さない。

 

「貴方に教えることはありません。ケルシー先生にも、ドクターさんにも、ボクのアーツは教えません。たとえ何があろうとも、ボクにとってそれは絶対です」

 

「ああ、そうだな。そんなら諦めるしかねぇな」

 

「そうですね」

 

 潔く椅子に座り直したガヴィルが、ポケットに手を突っ込む。

 

「それなら仕方ねえな」

 

 取り出したのは無線機だった。

 

『ワルファリン率いる医療オペレーター並びに術師オペレーター達に告ぐ。アビスはアーツに関して虚実で煙に巻こうとし、その答えを変えるつもりは無いと言う。早急に強力な自白剤、強力なヒーリングアーツを用意せよ、オーバー』

 

 ロドスの艦内放送に繋がれていたらしき無線機の入力スイッチを切って、ガヴィルはアビスに笑顔を向けた。

 自白剤とは、知っている者も多いだろうが、絶対に味方に使わない薬剤の一つだ。弱い自白剤ならば酒と同じような効果しか生まない代わりに副次的効果も付随しない。だがアビスの側から見ても強固な意志を崩すには、それ以上に強力な自白剤を用意する必要がある。であれば、そんなものはアビスの脳を壊し廃人とするばかりか、死に至る可能性すらある。

 

 しかし、まあ、ガヴィルは言動こそ荒々しいものの、実際のところソーンズよりはトゲがない。自白剤を打つ訳がない、とアビスには理解できている。

 

「ガヴィル」

 

 だがそれは、サリアの前で言うべきではなかった。

 サリアから離して置いていたはずのアーツロッドがいつのまにかサリアの手に渡り、次の瞬間にはガヴィルの肩があった場所に突き出されていた。

 それはもし当たっていれば骨が砕けるだけでは済まない程の威力がこもっていたことを、飛び退いて回避したガヴィルも理解し、そして額から汗を流した。

 

「秩序とは、一番に優先されるべきことだ。——灸を据えてやる。確かお前は頑丈なのだろう」

 

 サリアがアーツロッドを投げ捨てて、拳を構えた。

 

「言葉の責任を教えてやる」

 

 

 

 アビスが運び込まれた病室の前、そこでは開き直ったドクター率いる術師医療オペレーターチームと、ケルシー率いる常識人チームが争っていた。

 

「ウィスパーレイン、出過ぎるな! 痛覚抑制はクールタイムをしっかりと取れ!」

 

 ケルシーの額に血管が浮き出る。

 

「レッド、あの馬鹿をなんとしてもぶん殴れ。アンセルを除く行動予備隊A4、仲間の失態をどうにかしろ」

 

「分かった」

 

「あいあいさー!」

 

「カーディ、お願いだからもう少し申し訳ない様子を取り繕ってはくれないか?」

 

 生真面目な性格を考慮されてワルファリンに召集をかけられなかったスチュワードが懇願するようにカーディに手を合わせた。常識人だったはずのアンセルでさえも敵に回っていて、既に彼は疲れ果てている。

 

 ケルシーが眉間の皺を解しながらドクターの方を睨む。もうどうしようもないくらいに対立してはいるが、ケルシーにとって幸運なことに、これは勝ちしかあり得ない戦いだ。

 何しろ、ドクター達が目指しているのはあのアビスのアーツについての情報だ。ケルシーにはアビスが喋ることなど考えられなかったし、言わば起爆しない爆弾を解除しているようなものだろう。

 だがもしも爆弾に直接火が着いてしまおうものなら、その災禍は単に起爆した時の比ではない。そんなことが起こる訳なくとも、その可能性がある限りはケルシーが手を休めることはない。

 

 そして一方、半ば自棄になっているドクター。

 医療オペレーターや術師オペレーターを主戦力とすることは難しかったので、普段から仲の良い問題児……オペレーターに集まってもらっていた。

 

「ミッドナイト、消耗戦でいい! カシャ、流石にカメラを止めろ! これ身内同士の争いだから!」

 

 そしてその判断は賢明だった。

 

「いいぞいいぞ! 仕事ばっかじゃなくてよ、こういうのも必要なんだってようやく分かったか!」

 

 ニェンが喜色満面といった顔で大楯を振り回し、大剣をぶん回し、大槌をぶん投げた。ミッドナイトなどと共に牽制を繰り返し、なんとか戦線の維持ができている。

 

 ニェンの笑顔の理由には発言している内容以上に込み入った私情も介在しているのだが、それを理解しているのはこの場でたった二人だけだった。

 そう、本人たるニェンと、ケルシーの傍にいつのまにか立っていたシーである。

 

「本当に、最悪ね」

 

 彼女もまたスチュワードと同様に招集がかけられなかった術師オペレーターである。だがそれはワルファリンが無駄だと思っていたからで、もしかすると声をかける未来があったのかもしれなかった。

 まあ、少なくともそんなことになれば、ラヴァと共にケルシー側へと寝返っていたのだろうが。

 

 生み出された小自在が戦場を撹乱する。

 

 いよいよ規模がとんでもなく拡大してきている。

 ドクターの指揮があったとしても編成に偏りのあるオペレーター達を倒すのは戦力の充実しているケルシーにとって訳ないだろうと思われていたが、医療オペレーターの的確なアーツと術師オペレーターの嫌がらせのような戦法、それを支えるドクター。

 戦術指揮官としてこの上ない強みを発揮していた。

 

「私がなんとかしなきゃ……ほんとごめん!」

 

 とある狙撃オペレーターが矢を放ち、不恰好な姿勢でギリギリ躱したドクターの目前に突き刺さった。

 エイプリルはワルファリンに二つ三つ答えただけだった。それがほとんど他の人に見せたことがないアビスの奥の手だとは知らずに情報を提供し、あろうことかそれによってこの対立が後押しされたのだ。

 この世には、知らなかった、では済まされないこともあるのだ。会社がどれだけ腐っているのかなんて、自分がどれだけ後戻りのできない失敗をしてしまったのかなんて、知らなかった。しかしそれが免罪符となることはない。知らなかった自分が悪いとまでは思わないが、そういうものだと無理矢理納得することしか選択肢はなかった。

 そして、エイプリルは勝手にアビスのことを喋ってしまった。どう考えてもワルファリンは怪しかったのにアビスに許可を取らず、ということはエイプリルにも非はあったのだ。

 

 もう謝るしかなかった。たとえ自分が二割くらいしか悪くなかったとしても、これだけの大事を起こしてしまえば処罰は重い。何よりアビスに面目が立たない。

 

 ガッ、ガッ、ガッと小気味良いリズムでドクターの周囲に矢が突き刺さった。即死しないが戦闘不能にはするであろう部位を狙っている分、ドクターが派手に動けば回避されてしまうのが難点だった。

 

「エイプリル」

 

「はいっ!」

 

 ケルシーからお声がかかった。

 

「腹を狙え。肩や足ではなくていい。臓器に傷をつけろ。後遺症を残せ」

 

「えぇっ!?」

 

「もうこの際頭でも構わない!」

 

 流石に怖気付く。ロドスのトップであるケルシーの意向は汲むべきなのであろうが、ドクターもまた同様にロドスのトップなのである。

 だがここで、とある衝撃的なことが起きた。

 

『医療オペレーター各位に告ぐ。アビスはアーツに関して虚実で煙に巻こうとし、その答えを変えるつもりは無いと言う。早急に強力な自白剤、強力なヒーリングアーツを用意せよ、オーバー』

 

 あまり薬学に詳しくないエイプリルは、自白剤をそのままの意味で受け止めた。ただ、自白させるという効果を持つだけの薬剤である。

 だがそんな甘い考えは、隣のケルシーに掻き消された。

 

「ドクター、どこまで本気だ……!」

 

 歯を噛み締めて、ケルシーはMon3trを召喚した。

 

「マンティコア、居るな? レッドの補助をしろ」

 

 返事の代わりに、小さな音が鳴った。

 

「エイプリル、ドクターの口を閉ざせ」

 

「えっ、あ……自白剤ってヤバいんですか?」

 

「強力な自白剤は致死毒と同じだと思え」

 

 エイプリルが呆けた。

 口をぱくぱくと動かして、飲み込めていない。

 

「お前にも、責任があるんだったな」

 

 ケルシーが両目を左腕で隠して、空を仰いだ。

 その隙間からエイプリルを睨む目は、もはや害意が篭っていると言っていいほどに感情的だった。

 

 もう泣き喚いてやろうかと思いながらエイプリルは矢を番えた。その思考は追い詰められすぎたのか澄み渡っていて、一分の無駄もなく、ドクターに照準を合わせた。

 

 思考が一点に集中して、雑音が耳から抜けて、流れる音楽とターゲットだけの世界になる。

 ああ、この矢は当たる。そう思いながらエイプリルは矢を放ち、事実エイプリルの確信した通り、ドクターに当たった。

 

 仮面を貫いて、ドクターの頭部に突き刺さっていた。

 

「あっ」

 

 エイプリルは視界から排斥していたが、ガヴィルの情報伝達によって相手の指揮は乱れに乱れていた。誰もが研究に対して熱い向上心を持っていたが、それは知的好奇心などではなく、一秒でも早く感染者への差別を失くすための足掛かりとしてだ。

 それに対して犠牲を出すことなど誰も許していない。ドクターだって、昔のドクターは知らないが、今のドクターなら断っている。

 一人の犠牲で発展するよりも、百人の研究者が心血を注いで発展した方が非効率的だとしても健全だ。

 

 だがドクターはなまじ指揮官としての意識があったためかガヴィルの連絡にも他のオペレーターほどは動じず、すぐに混乱を収めようと檄を飛ばした。

 だがそれこそ、非情に見えてしまう。

 

「私はラヴァちゃんのところに行かせてもらいます」

 

「すみませんが、私は予備隊に帰らせていただきます」

 

 そして焦ったドクターは今まで飛んできていた矢に気付かず、回避することなど考えもせず。

 

 エイプリルの絶叫が廊下の喧騒を劈いた。

 

 

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