【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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七十二 執着の主人

 

 

 

 

 

 とある建物の裏手で、かつての仲間、いや家族が三人顔を突き合わせてうんうんと唸る。

 日は既にとっぷりと沈んでいて、いかにもボロそうなその建物を直上から月が照らしていた。

 

 三人の中で唯一の男である青年が口を開く。

 

「もう一度整理して考えてみたんだけど、ナインのそれを治すにはやっぱり対症療法じゃダメだと思う。具体的に言うとあのボクを利用するのはあまり効果がないんじゃないかな」

 

 それを受けて幼い少女が問う。

 

「対症療法だ何だってのはどういうことだ?」

 

「ナインの怒りにはプロセスがあるってことだよ。一つ目がカインに纏わるトラウマの段階。思い出す切っ掛けは今のところ幼いボクだけ。そして二つ目。トラウマによって感じる不快感だとかを掻き消すほどの憎しみや怒りを副次的に感じる段階。対症療法って言ったのは二つ目の対策で、根本的な解決に繋がらないとボクは思う」

 

 なるほどな、と幼い少女が頷く。

 それを見た青年は話を続けた。

 

「ナインが今まで向き合ってきたのは二つ目のこと。だから、ボクたちはトラウマ本来のことについてとんと知らない」

 

「普段は怒って本質が見えてないって言ってるのか」

 

 (やや)もすれば攻撃的と取られるセリフだったが、少女の顔は至って普通そのものだった。荒い口調によってそう聞こえるだけらしい。

 

 横で、今まで口を結んでいた、青年と同じくらいの歳に見える少女が眉を寄せた。

 

「ねえ、それって割と辛くない? ナインは大丈夫なの?」

 

「別に気にすんなよ。少なくともガキに向く感情よりは小さいはずだからな」

 

「引き合いに出すべきものじゃないからね、それ」

 

「じゃあ何か代案はあるのかよ」

 

「あったらもう言ってる。……せっかく心配してあげたのに」

 

 心配があったかどうかは置いておくとして、会話から()(もの)にされているのが嫌だったことは確実に理由の一つだったのだろう。拗ねた物言いから青年と幼い少女がそう判断し、顔を見合わせて笑った。

 

「うぅ〜……もういいっ! 私寝るから!」

 

「わっ」

 

 少女は胡座をかいていた青年の足を借りて本当に目を瞑ってしまった。仕方がないかと苦笑し、髪を手櫛で丁寧に梳く。

 少女の口元が僅かに緩む。

 

「問題に向き合う時が訪れた。やることはわかった。後はオレが実行に移すだけ、か」

 

 来た、見た、勝った。いつかレユニオンで動いていた頃、少女が耳にしたどこかの偉人の言葉だ。簡潔に述べられた言葉の意図はナインの発言と全く違う。──が、問題を解決する上で必要な工程をこの三つに分けるというやり方を少女は好んでいた。

 だからと言ってどうという話でもない。ただ、少女の腹が決まったということだけだった。

 

「明日には帰るぞ」

 

「……そっか。そうなるのか」

 

 思いも寄らなかった。青年の顔にはそう書いてあった。

 俯くようにして寝転がっている少女の顔を見つめている。

 

「離れたくないとか()かすなよ」

 

「分かってるよ」

 

「本当か?」

 

 二度目の答えは返ってこなかった。残念で堪らないとでも言う風に青年は顔を歪めていた。それが答えだった。

 

 涼風が二人の間を通り抜ける。

 

 幼い少女は少しの間不満そうな顔をしていたが、分からない話でもないからだろう、渋面を浮かべてそっぽを向いた。

 

「言われたんだ」

 

 青年がぽつりと言葉を漏らした。

 その視線はもう少女から離れていた。

 

「リラの笑顔がボクにはもう必要ないものなんだって、言われたんだ」

 

「そいつがか?」

 

 不思議そうな顔で幼い少女が聞いた。死者でありながら傲慢に物を言っていたそこの少女と発言が重ならなかったからだろう。

 

「たぶんだけど、違う。ボクの中のリラ」

 

「……」

 

 ドン引きだった。

 

「ずっと残っていたんだ。まるでリラが隣にいる時みたいな落ち着いた雰囲気が今までずっと感じられたんだ。それが、あの時を境に消えた。……その存在に気付いたのは、消えた後だったんだけどね」

 

 どうやら空想的(イマジナリー)非常識(インセーン)狂気的(ルナティック)な話ではなかったらしい。いや、今も電波なことを口走ってはいるが、先ほどの発言より、そしてそこの居眠りしている少女よりはまだ理解の範疇にある話だった。

 

「残っていたものが払底したのか、漏出したのか、それとも他に何かあるのか。どれであるのかはもうこの際関係ない。すっかり繋がりが断ち切られた、その事実だけが重要だったんだ」

 

 如何なる時であってもその存在を感じていたと言うのなら、青年が感じていた愛着も一入(ひとしお)だろう。それが忽然と消えた。嘸かし動揺したはずだろう、そう幼い少女は心の中で呟いた。

 

「リラは分かってるんだ、ボクに近付くことがいけないことだって。だからその踏ん切りを付ける手伝いのためにも、ボクはリラから離れるよ。リラの枷になりたくないなら、離れないとだから」

 

 そう言って哀しそうに笑った。

 何を差し置いても少女のことを幸せにするために、青年は束の間の幸福をも投げ捨てる。幼い少女は何か言いたそうな顔をしたが、結局口を噤んだ。

 

「……リラのためだなんて言って、本当はそうしたいだけ、なんて。大切な人を自分の感情の隠れ蓑にすることほど、格好のつかないことはないだろう?」

 

 小さな呟きが闇夜に溶けた。

 幼い少女はその言葉に何やら考えさせられるものがあったのか、口を閉ざした青年を放って思索に耽り始めた。

 

 月明かりがぼうっと二人を照らしている。

 

 現実のようで現実ではない、過去のようで過去ではない。そんな世界の中で二人は大好きな少女と再会した。

 執着へと変貌を遂げつつあった愛情は本来の形を取り戻し、埃かぶっていた激情は太陽の下にまで掻き出された。

 

 異物を迎えた過去が本来のものとは大きく変質するように、彼らの想念も異物によって強くその性質を変える。その異物が何を考えているのかすら知らないままに。

 

 

 月が二人を照らしている。

 阻もうとした雲は掻き消えた。

 

 

 

 今この瞬間、月は太陽だった。

 この世界において、二人が目視できないものは存在しない。今テラの人々を導いているのは月以外にありえないのだ。

 

 少年にとって、少女は太陽だった。

 それがもし、本当は(ニセモノ)でしかなかったとすれば、どうだろうか。

 

 

 月が二人を照らしている。

 太陽を地平の下へと追いやって。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「静止した時の中を動けるのはたったひとりでなくてはならない……」

 

 睡眠という行為は部外者(アウトサイダー)にとって必要がない。と言うよりは、その行為を認識できないために存在しないも同然、と言った方が確かだろう。

 

 その理由は今、悪のカリスマっぽいポーズを決めた少女の目前にある。

 

 完成度が高い彫像と言われてしまえば納得できるほど完全に静止した二人。少女がいくら触って頬擦りしても服すら動かないそれらには、意識がなかった。

 

 それは、青年の表に出ている少女が睡眠を行ったのを感じ取って、少女が青年と幼い少女の意識を電気信号ごと保存したためだ。

 止めた時と同様、いつでも少女の意思で世界を再開できる。

 

「思うに自動車という機械は便利なものだが、誰も彼もが乗るから道路が混雑してしまう」

 

 サルカズの傭兵、Wに関しては──無意識のうちにではあるが──アビスが主導で行ったため、強い反動と引き換えに所要時間の短縮が可能だった。だが今回は違う。少女の意思によって引き起こされたこの世界は、作り出すことが精一杯でそれ以上の機能を付けられなかった。

 まあ、特定の機能──例えば感情のリンクなどであれば可能だが、特に要らなかったので見送った。

 

「止まった時の中はひとり……このリラだけだ」

 

 格好付けてポーズを決め、返ってきたのは静寂と羞恥。赤面した顔を手で覆う様は、良く言えば微笑ましく、悪く言えばいかにもなアホだった。

 

 

 

「──うだね。それに賛成するよ」

 

 時は動き出す。つい先程まで青年の背中に抱きついて「当ててんのよ」とか言って好き勝手していた少女は元通りにすやすや寝転がっている。停止した時の中を全力でエンジョイしているようで何よりだ。

 

「んぅ……」

 

「あ、リラ。起きた?」

 

 眠そうに目を擦りながら起き上がってあくびを一つ。ぼす、とまた元の通りに寝てしまった。

 少女のことを誰よりも知っている青年が彼女の異変に気づけない理由は、恐らくこの世界がアーツで出来ているからだろう。

 青年が見る世界は電気信号が見せる幻であり、それを偽装されてしまえば誰だろうと気付く術はない。無意識下で生じる癖は、当然だが意識下では生じないのだ。

 

「リラ、寝ちゃったね。もう少し後にしようか?」

 

「今すぐ起こせ、バカ。流石に甘すぎる」

 

「……そうかな。リラ。起きて」

 

「やだぁ……おはようのキスがないと起きられない……」

 

「叩き起こせ」

 

 幼い少女はとてつもなく嫌そうな顔でそう言った。

 年頃のカップルがイチャついてる様を見て羨望でも湧き起こったのだろうか。もちろんそれだけではないのだろうが。

 

「ねえリラ、もう朝だから──ちょっと、しないってば……顔掴む力強くない!? もう起きてるよね!?」

 

「……ふふふ、いいじゃん、もう」

 

 キリッ。

 

「──私の物になりなよ」

 

 何に影響されたのだろうか。それは悲しいほど似合わないセリフだった。とある闊達なエリートオペレーターなどが見れば、真面目な少女の顔を見て失笑してしまうこと必至だろう。

 

「……っ!」

 

 ただし青年(全肯定bot)を除いて。少女に見つめられた彼は顔を真っ赤にさせる。自然、力が弱まってしまう。

 

 そうして緩んだ手の抑えをすり抜けて少女が接近し、──しかしそれは横から殴り飛ばされることで失敗に終わってしまった。

 

「いっだぁ!? ナイン、何すんのさ!」

 

 ぶたれた額を手で押さえて妨害した少女の方を見るが、直後少女の顔色が真っ青になった。

 

「……あの、ごめんなさい」

 

「チッ」

 

「…………怒ってますか?」

 

「チッ」

 

「……静電気! バ?」

 

「殺すぞ」

 

「ごめんごめ痛い痛い痛い」

 

 ぺいっ。掴まれていた頬がいきなり放されて、少女が尻餅をつく。青年はそんな二人のやりとりをニコニコしながら見守っていた。

 落ち着いたあたりを見計らって、そろそろだろうと口を開く。

 

「元気は有り余ってるみたいで何より。リラも起きたことだし始めようか」

 

「おう」

 

「それじゃあまずは、ナイン」

 

「……何だよ?」

 

「答えがわかったって顔してる。だからまずはそれが聞きたい」

 

 幼い少女が頬をかく。

 そう言えば少し前にも同じように看破された。

 

「そんなに分かりやすいか?」

 

「私と⬜︎⬜︎はね、大好きなナインのことくらいちゃんと見てるんだよ。……あっ、ごめんやっぱナシ。私しか見てない」

 

「リラ姉は何がしたいんだよ」

 

 全く隠せていないが照れ隠しなのだろう。愛い奴め、と言いながら少女が髪をくしゃくしゃにする。

 

 少女がようやく落ち着いて、場は整った。

 

「……んで、まあ、オレの所感を話そう」

 

 幼い少女の表白が始まる。

 

 

 

 

 

 嫌悪。それは人の行動原理であった。

 

 とある哲学者はこう考えた。高次な生物を自称する我々は結局のところ、欲求に従って生きているだけに過ぎない、と。

 複雑化しているだけだ。発展の理由を突き詰めれば、それらは全てが「なりたい」と「なりたくない」で作られている。

 

 その「なりたくない」こそが嫌悪である。

 自分を醜く思えば自己嫌悪が発露し、醜い他人は蛇蝎のように見える。

 

 ブレーキ機構はもちろんある。醜い自分を許せてしまう歪な自己愛に加えて、単純接触効果などのストレスを低減させる心理効果。

 しかしそれらを上回ってしまえば残るのは強く堅い嫌悪のみだ。生物として矛盾するほどの強い嫌悪の塊は容易にその人格を歪ませる。

 

 

「──結局のところ、オレが抱えていたのはきっと自己嫌悪だ。それをアイツに責任転嫁したんだ」

 

 

 半生を費やした鬼ごっこ。逃げていたのは青年か、それとも幼い少女の方だったか。

 ロドスに守られていた──青年の意図ではない──青年に逃げていた自覚は疎か追われている自覚もなかっただろう。

 

 滑稽なことだ。

 外見以上に成熟し、己を見つめてしまった彼女は心中で自嘲する。今となっては逃げることしかできなかった自分の方が、青年よりも余程許せないと言うのに。

 

「確かにお前にだって責任はあるさ。でもオレが全面的に正しいってわけじゃないんだ」

 

 否定しようとした青年を目で牽制する。

 

「この責任はオレのものだ。わかんだろ、お前だって」

 

 青年は口を閉ざした。

 

 青年には痛いほどよく分かった。その責任、罪悪感、怒り、嫌悪こそが、今ではカインが残した数少ない遺品なのだろう、と。

 その身に抱える鉱石病を少女の形見だとすら思っている青年にとって、幼い少女は写し鏡のようだった。

 

「オレだって格好くらい付けたいんだよ。放っておいてくれ」

 

 大切な人を隠れ蓑にして──と。青年の言葉は幼い少女の心に強く染み入った。それは深く、もはや取り返しのつかないところまで。

 

「……ちょっと、待ってよ。そんなんで終われるわけないでしょ」

 

 青年の反応を観察していた少女が動く。

 確かに提示した条件──トラウマをどうにかするということはクリアしているが、この結果は彼女の目的と一致しないだろう。証拠に青年の視線はずっと幼い少女の方を向いている。

 

「終われない? いいや、これで終わりだ。全部終わりだ。リラ姉には悪いけど、オレはもう帰らせてもらうさ」

 

 束ねられたアーツが世界に罅を入れる。

 

「許すと思ってるの?」

 

「許されずとも押し通ればいい」

 

 グリッジノイズが幼い少女を包む。罅は放射場に広がって小さな世界を剥がしていく。

 少女は借り物のアーツということもあってか出力が劣っているようだ。どれだけ力を込めても噴出する崩壊の信号を抑えられない。

 

 罅割れから覗くのは真っ暗な世界の裏側。アーツで規定された世界の管理外であり、外と繋がっている裏口(バックドア)

 

 もうダメだ。耐え切れないことを悟った少女の手が青年の手を取った。混乱と困惑の渦中にありながら、青年はやはり全幅の信頼を少女に向けていた。

 

「せめて──」

 

 青年のことだけでも。そう思って隔離しようとした少女の腕が突如地面に落ちた。

 何によって落とされたのかは、その空間に突如現れたものを見れば自明だろう。

 

「この剣は……」

 

 罅ではなく、真っ直ぐな切れ目が走っていた。その切れ目を生んだ剣がそのまま少女の腕を切り落としたのだ。

 その線はすぐに広がって、水色に染まった特徴的な腕がにゅっと生えてきた。

 

「それじゃ、返してもらうわね?」

 

「えっ、ちょっと待っ」

 

 引っ張られた青年の体は容易く世界から消える。どうにか捕まえようとアーツを伸ばしてもあの剣によって全て断ち切られてしまった。

 

 両腕を落とした少女は、その傷を気にすることもなく呆然と穴が閉じていくのを見ていた。見ていることしか、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上手くいかない。上手くいかなかった。どうして? 私の理解が足りないの?」

 

 体の内側から源石結晶が顔を出す。

 顔だけではなく、四肢や胴を含めて全ての部位から結晶が伸びていく。

 

「こんなに求めてるのに。こんなに私は頑張ってるのに。どうして受け取ってくれないの?」

 

 バキ、と自重に耐えかねた足が折れた。

 結晶の体がごとりと音を立てて地面に転がる。

 

「私を受け入れてくれたあの日から、私は何にも変わってないのに。⬜︎⬜︎ばっかり変わるんだね」

 

 首が割れて頭が落ちた。

 

「絶対に逃さないから」

 

 

 少女の頭に、亀裂が走った。

 

 

 

 

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