【仮題】感情トランスポーター 作:Gensigert
前話から五章でした。
口火を切ったのはボクだった。
「それで、ケルシーがボクに何の用かな? ドクターにああは言ったけど、正直ボクも思ってるんだ。仕事中に呼びつけるほどじゃないだろう、って」
偏に、興味があった。
ケルシーが業務を邪魔してまで伝えたい話がどんなものなのか。
これまでケルシーはボクに対してそれなりに影響を与えてきたから、余計に期待があった。
この状況を、いつまでも目的なく生きているこの日々を終わらせてくれるんじゃないか、って。
「残念だがその期待には応えられない」
ケルシーが言った。
「私がわざわざ勤務時間に業務を妨げてまで訪れた理由はドクターのペースを乱すためだ。実際の重要度はそう高いものでもない」
「ああ、そうだったんだ」
途端にテンションが下がる。
それはただ期待してたものが幻だったってことに対してだけで、嘘をつかれたことに関しては何も思ってない。
嘘なんて慣れてるし、直接言ってもらえるだけ嬉しい。
そういえば、ケルシーが素直にこういうことを言うのは珍しいな。
「隠される方が好みか?」
「そんなことはないけど、意外だなって。……待って今ボクの心読んだ?」
「顔にそっくりそのまま出ていたからな」
なんかシーみたいなことするね。
あの人は絶対悪用しないって変な信頼があるけど、ケルシーはなんか信用できない。
「悪いな、私は隠し事が苦手なんだ」
「よく言うよ」
何でもかんでも隠したがって裏で動いてるくせに、分からないとでも思ってる?
きっと全部分かった上でそうしてるんだろうけど。
本当、よく言う口だ。
「さて。秘書の仕事はどうだ、アビス」
「悪くないよ。仕事が終われば執務室の中でなら何をしていても咎められないし。けど良くもないかな。部屋を出られないのは面倒だから。体動かせないとストレスだって溜まる」
「ふむ、そうか。それならば、今度私の仕事を手伝ってもらうよう──」
「絶対にイヤ」
「秘書業務より好条件な労働環境を整えるが」
「絶対に断る。ケルシーと肩を並べて働くなんて狭苦しくて敵わないよ。それくらいなら下水道管理の方が1000倍マシだから」
「……そうか」
本当に無理、そう思う。
今でさえ体を動かしたいって思ってるのに、ケルシーと働くなんてことになったら仕事終わりに訓練室で暴れでもしないと窮屈さが取れなさそうだ。
「別にこうして話すとか一緒にいるなら何も問題はないけど、仕事が一緒は本当にキツいと思う」
「…………そう、か。期待はしていなかったが、こうまで酷評されるとはな。仕事のパートナーとして私は汚物に劣っているのか」
「部屋にサンドバッグがあったなら話は別だけど」
「誰が診察室に打撃練習用の的を置くんだ」
ケルシーが呆れてため息をついた。
それくらい取っ付きにくいんだって自覚を持った方がいいと思うけどな。
噂では化け物を従えてるらしいし。
体高10メートル弱の不思議生物なんてものを飼ってるなら普通は見つかるだろうけど、ケルシーだったら隠し通せてしまいそうだとも思える。
そういえば以前、見たような。
見なかったような。
……今って何の話してた?
そうだ、サンドバッグがないって話だ。
「そう思ったから断った。それだけ。まあ、ボク以外に頼んでよ。きっと他の人なら喜んで頷いてくれるだろうからさ」
「それでは意味がないだろう」
「え?」
「私はお前と時間を作りたかったから誘ったんだ。深刻に手が足りないようであれば人員整理を急ぐだろう?」
「あぁ、そう。口説いてる?」
「好きに勘繰るといい」
冗談混じりの言葉に対して大真面目な返答を投げつけるケルシー。
もし本当に口説いてる──恋愛的な意味はない──んだったら、距離を取りたい所存だけど。
そうして疑るボクに、ケルシーが極めてイメージからかけ離れたことを言った。
「なあ、アビス。私の物にならないか?」
「えっ。……ああ、ケルシーも冗談とか言うんだね」
「……」
ケルシーが眉を顰めてそっぽを向いた。
ちょっと申し訳なかったかもしれないな。
そういう言い回しをドクターがよくふざけて言ってくるからつい流したけど、珍しいケルシーの冗談だし、どうせなら乗ってみたかった。
「……元より不必要な問答、か。アビスの直接的な上司は私でドクターではない。全権が私にある。つまりオペレーターとしてのお前は既に私の物というわけだ」
そういえば、昔そんなことを言われた気がする。
結局医者と患者としての付き合いしかしてないボクとケルシーには似合わない関係だった。
今では、外せないくらいにぴったり背後について回ってるんだけどね。
ケルシーが続ける。
「作戦参加の是非から始まり、給料のことに関しても私に権利がある。以前外出禁止を言い付けられたのはそういった事情が上手く作用したからだ」
「それならドクターにその権利が少しでも渡ればそういうことは出来なくなるんだね」
「ああ。だから私はこれを手放さない」
知ってるよ、ケルシー。
だからボクはそれが嫌なんだ。
「そう睨むな、これはお前のためだ」
その言葉に息を呑む。
僅かに滲んだ罪悪感の色。
ケルシーの目元だけが別人のように見えてしまって、ボクは思わず視線を逸らした。
そんな感情も持ってたんだ。
少しだけ、いや、かなり驚いた。
とうに擦り切れてなくなっているんだとばかり思ってたのに。
「さて、もう世間話は十分だろう。本題だ」
今までのやり取りを世間話でまとめるのはちょっと難しいんじゃないかな。
そう思いつつ言葉を待つ。
少なくとも今まで出していた話題よりずっと大事なことなんだから、しっかり聞かないと。
「アビス、お前の知り合いが入職した。ロドス・アイランド本艦には慣れないだろうから、到着次第お前には案内役をしてもらう」
「知り合い? ボクの?」
「ああ、そうだ」
ふむ、と考えてみる。
ロドスの外にいる知り合い筆頭は親類縁者。
どの人も若くはないし普通の仕事に就いていたはず。
術師としてどれくらいデキるのかは分からないけど、実践経験は誰にもなかったはず。
感染者ももちろん居ない。
唯一可能性があるのはラグか。
ボクの従兄妹で、色々と複雑な関係。
あまり考えたくないからラグじゃないとして、あと思いつく人は誰だろう。
分からない。
ラグばかり思い浮かんできて思い出せない。
「彼女はクルビアの傭兵だ。支部に鉱石病の治療を求めてきたため、少し手順を踏み、オペレーター契約を結んだ」
「まさか」
「そのまさかだ。私もお前と関わりのある者がロドスを訪れることなど予想だにしていなかった」
ケルシーが指に挟んでボクに見せつけた写真には、確かに彼女の面影が残る傭兵姿の女性が写っていた。
見える限りでは源石結晶は露出していない。
病状は軽いのかもしれない。
そうだったらいいな。
「ああ、それと。実は仕事中に押しかけた理由はもう一つある」
「それはいったい?」
ケルシーはボクの言葉に答えなかった。
答えられなかったとか、答えたくなかったんじゃない。
答える必要がなかったんだ。
「入ってくれ」
凛としたその声はドアの向こうに届くほど大きかったらしい。
突然で状況が掴めないボクを他所に、診察室のドアが開いた。
「失礼します」
馴染み深かった声。
ボクがリラを亡くして、一番ショックを受けていた頃に、ずっとかけられていた優しい声。
独特な形状の刀剣を腰に携えて、彼女は現れた。
「久しぶり、また会ったね」
「……うん、久しぶり。カッター」
ヴァルポの傭兵が笑う。
一方でボクは再会を喜びながらも、背中を冷や汗でじっとりと濡らしていた。
アレだけは避けなくてはならない。
出来れば会いたくなかった──って言い方はちょっと良くないけど。
アレだけは。
絶対にアレだけは。
アレだけは──!
「約束通り、今度料理を振る舞ってあげるね」
無理だった。
カッターは約束を覚えていた。
あーあ、どうしようか。
どうやって被害を減らそうか。
久方ぶりの邂逅に頭を巡らせていく。
面倒なことだとか、考えたくないことだとか、そういう一切合切から目を背けて。
それが必要だからそうしていた。
そんなハリボテの言い訳で武装して。
心のどこかで、安心していた。
診察室には一人しかいない。
残されたケルシーは一人の時間が続くことを確認して、奥にある源石機器のスイッチを入れた。
重厚な音が鳴る。
液晶には光が灯る。
手早くサインインを済ませてデータが保管されているファイルを開示した。
そのファイル名は『診察記録_アビス_517』。
つまりオペレーターであるアビスの診察結果、その517番目なのだろう。
それより大きな数字がないためそれが最新なのだとわかる。
「何事も、上手くいかないものだ」
諦めと呆れが混ざった声で呟いた。
悲しむ時期などはとうに過ぎている。
それが事実であり、受け入れなければいけない現実だ。
必要である以上はさっさとケリをつけるべきで、大人であるケルシーには容易いことだった。
緩やかに上昇していく致死率のグラフ。
患者たちに提供してもらった膨大なデータから作られたそれは、鉱石病の影響が突発的或いはゆっくりと著しくなる──つまりは病死する確率を並べたものだ。
アビスが現在位置するのは30%ほど。
急性で運び込まれた患者もデータとして複合されているので実際はそれよりも低いだろうが、だとしても二割を超える。
その原因はやはりロドスを抜け出してレユニオンと交戦していたからだろう。
アーツを使ったのだろう、ロドスに帰ってからの検査では融合率が跳ね上がっている。
それどころか小康状態ですらない。
何故か、アビスの鉱石病はもはや完全に止めることができていない。
侵食のスピードからして投薬が効いていないわけではないのだろう。
だが、それでは足りない。
アビスは次の誕生日すら迎えることなく死ぬ。
その可能性が高い。
それは、間違っている。
「いや、違う。間違っていることなどとうに分かっている。だから、これは。私は……」
ケルシーが小さく呟いた。
それは誰にも届かない。
誰にも打ち明けられない。
「……予定が詰まっている。ドクターとの話が余りにも長かったせいか。切り替えなければな」
自分に言い聞かせると、ようやくケルシーの足は動き出した。
次に何すべきかは分かっている。
どこへ行けばいいのかを知っている。
足は淀みなく動く。
手がドアの取手を掴む。
「
足が動く。
手が動く。
頭も動いている。
ただ、顔だけが。
いつまでも俯いたままだった。