【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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八十九 傭兵の視点

 

 

 

 

 耳に装着したインカムからあの鬱陶しい男の声が流れてくる。

 

『改めて概説する。殲滅目標は凶悪犯罪者であるブッチャーや伐採者を主軸とする敵兵凡そ四十人。一本道故にアクシデントは起こりにくいため、気にすべきは乱戦時の誤射等を無くすことだ』

 

「はいはい、それで?」

 

『特殊オペレーターであるデフラグレートにはアーツを生かした適性ユニットの足止め、捕縛(バインド)気絶(スタン)を狙ってもらう』

 

「上手くいかないと気絶(スタン)は取れないんだけど」

 

『理解している。今回は試験的な実践運用だ、これからの任務に備えての肩慣らしとでも思えばいい』

 

 耳触りのいい言葉。

 それが何かを保証することなんてない。

 日常が崩壊するのはいつだって突然で、それまで築いたすべてのものが簡単に奪われる。

 

 とは言え、そんなことが今回のつまらない任務で起こるなんてことは考えてないけど。

 

『準備はいいな?』

 

 ゴウン、と重い音を立てて扉が開く。

 すぐに隙間から凄まじいまでの風が流れ込んできた。

 

 高高度からの空挺落下。

 天災によって作られた複雑な地形は装甲車での兵員輸送を難しくさせている。

 だからロドスはエアボーンを基本戦術に組み込んだ。

 今回のこれはヘリボーンだけど。

 

 空挺落下の訓練は好きだった。

 少しでもミスをすれば私は血溜まりになって、そうしたらアビスは少しくらい泣いてくれるのかなって。

 そんなくだらない妄想をするのが好きだった。

 

 空に漂う空気を切り裂いて一直線に地上を目指していく。

 着地点よりずっとずっと離れた地点で飛び降りたけど、それは織り込み済み。

 

 勢いを保ったまま、ある一定高度で私の体が緩いカーブを描く。

 空に力場を作って、私の体がブランコのように円を描く。

 

 信じられない、といった風の顔で急接近した私の方を見るブッチャーが面白い。

 もしかすると今日の作戦に限っては私がテロリスト側なのかもしれない。

 

 地面と平行になるくらいのタイミングで私が両手で持っていた二メートルくらいの杭を突き出して、貫く。

 

「さあ、日常を壊される覚悟はできてる?」

 

 私の暴力を見せてあげるよ。

 土手っ腹にでっかい風穴開けてあげる。

 

 

 任務は滞りなく終わった。

 私が刺したのはたったの四人。

 別にもっと殺したいわけじゃなくて、ただ戦果がもう少しくらい欲しかったなあって。

 

 まあ、今回の輸送任務は三日くらい続く予定だから、あと二回くらい戦闘があってもおかしくない。

 だから初日からそこまで気張る必要もない。

 

『デフラグレート、調子はどうだ?』

 

「最悪。気軽に通信しないで欲しいんだけど。用があるなら手短に済ませて、それでさっさとご飯食べて寝なよ。アビスに近寄るな」

 

『泣きそう』

 

 ドクターが涙声になる。

 正直言って本気でやめてほしい。

 嫌われてるって分からないのかな。

 

『空挺落下を利用した奇襲。アレ、割と負担大きいだろ? 少なくとも明日以降それが出来るかどうかを判断したい』

 

「別にそんなに負担じゃない。寝惚けたアビスに本気で抱きしめられた時の方が痛かったし」

 

『……そうか。それならいい。それと極めて個人的なことだが一つ言っておこう』

 

 ドクターの声が心なしか冷淡になる。

 

『俺は、君のことが嫌いだ』

 

 へえ。

 

「用は終わり? 通信切っていい?」

 

 そんなことを言うためだけにこんな通信をしてるんだったら、ドクターって相当な暇人だったんだね。

 そう笑えそうだったけど、ドクターが言った次の言葉は何も笑えなかった。

 

『アビスは俺の物だ。君はただ依存対象を探しているだけなのだろう、だったら俺に譲ってくれ』

 

「……は?」

 

『というのは冗談にしても、アビスの死をただ認めないと繰り返すだけで実際には何もしていない木偶の坊。それが今の君だ』

 

 言葉は頭に入ってくる。

 けど意味を理解する一歩手前で止まっている。

 

『邪魔なんだよ。ロドスとして、ケルシーはアビスを救うことに決めた。しかし君が邪魔をするせいでまともにコンタクトが取れない。分かるだろ?』

 

「いきなり何言ってんの?」

 

『アビスがいない任務期間中に今後の身の振り方を考えてくれ。時間はたっぷり取ってある、自分で決めることだ』

 

「はぁ? ちょっと、待っ──」

 

 聞こえていた雑音が綺麗さっぱり途絶えた。

 偵察ではない戦闘だけのオペレーターに配られるインカムは通信に応えることしかできない子機。

 ドクターはロドスの中から通信設備を使って指令を飛ばしてるはずだから、この作戦の隊長に許可を取らなきゃ接触できない。

 

 端末の連絡先はつい先日、腹が立って仕方がなくて消去した。

 ……ドクターの方からは私に連絡が取れるから、その時はそれでいいと思ってたの。

 まさか私から話をしないといけない日が来るなんて思わないし、それも直接会って話せばいいことだったから。

 

 でも。

 

 本当にそれでいいのかな。

 ドクターが言っていた通り、私がアビスに生きてくれるよう働きかけたのは数えるほどしかない。

 ケルシー先生がどうやってアビスに影響を与えようとしてるのかは知らないけど、きっと私よりずっと効果的な方法を取ってるんだと思う。

 

 私が木偶の坊だって話は否定できない。

 私はアビスの時間を無駄にしてる。

 

 あれだけ啖呵を切ってたのに、私は。

 

 

 

 航空機に揺られながら考えていた。

 離れていた方が生き残ってくれるのかもしれないって。

 

 それでも、もしそれが失敗して、遠巻きに終わりを見ることになったなら、私はどうすればいいか分からない。

 

 離れることがいくら賢明な判断だと分かっていても、その絶望(もしかして)を、ただ遠くから死んでいくのを見ていく未来を、ずっと想像していなきゃいけないのは。

 

 ……堪らなく、怖い。

 

 私はオペレーターだけどロドスを知らない。

 アビスしか見てこなかったから、信用できるのか全然分からない。

 でも、信じられなくても、私に時間を割くよりは有意義なものになるんだと分かってる。

 

「あら。溜め息なんて吐いて、どうしたのかしら? もしかしてようやく眼中にないことが分かって絶望でもしてる?」

 

「あー、面倒なのが来た」

 

「〝面倒なの〟って何よ。人のことそう言えるほどあんたの聞き分けは良くないわよ」

 

「Wって人なの?」

 

「逆にどこが人以外に見えるって言うのよ! あと話す時は相手の顔を見て話しなさい、常識よ?」

 

「私に常識を説教できるほどWは常識人じゃないでしょ」

 

「……それは、そうね」

 

「Wが常識()とか本当にありえないから」

 

「どうしてかしら、銃口が勝手にあんたの方を向くのよね。撃っても私のせいじゃないわよ?」

 

 Wが相変わらずバカ言ってる。

 敵ばっかり作って虚勢ばかり張って、何故か知らないけど接近してるアビスは拒絶一辺倒。

 芯だとか知らないけど、もしその大事なものを守ってこうなってるんだとしたら、バカみたい。本当にバカ。

 

 そう言う私はもっとバカだけど。

 

 あーあ、もういっそ撃ってくれないかなあ。

 それで怪我してロドスに帰って、アビスに心配してもらって……

 

「折角あんたに答えをあげられる私が来たって言うのに、こうまで邪険にされるなんて思いもしなかったわ」

 

「W、相変わらず頭悪いね」

 

「はぁ!!?」

 

「答えなんてものをWが持ってるわけないでしょ。そんなもの、絶対存在しないんだからさ」

 

 現実ではいくら努力したって正解が存在しない問いに何回だってぶつかる。

 陳腐な言葉だけど、間違ってるとは思わない。

 だって今まさにそれを実感してるから。

 

 けど、Wは違ってるみたいだった。

 

「視点が変われば見えてくるものなんて、幾らでもあるのよ? 答えを出すことが出来なくたって、答えが存在しないとは限らないわ」

 

「あるって言うの?」

 

「ええ、そうね。たとえばドクターがケルシーやあんたを追い払って、アビスを生き延びさせることすらないようにしてるってことは、知ってるのかしら?」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

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