第15話:入学
海軍士官学校。そこは将来海軍の中核を担う人材を育成する場であり、毎年世界中から海軍将校を志願する者たちが集まってくる場所でもある。この学校で3年間の厳しい訓練に耐えられたものは、晴れて海軍将校として、制式に海軍に入隊することになる。
そんな士官学校の広場にて、今年の訓練生たちが集められ、整列していた。
(視線を感じる……。居心地が悪い……)
当然ライカもその中に居たのだが、彼女は周囲の注目を集めていた。彼女に向けられる視線は大きく分けて2種類に分けられる。
一つ目は好奇の視線。士官学校の入学最低年齢は14歳だが、14歳になってすぐにここに来る者は極めて少ない。それも当然だろう。海兵は極めて危険な職業だ。市民を守るため、いつも海賊との戦いの最前線に立たされるのである。それが将校ともなればなおさらだ。そのため、最低年齢でここに来る勇気がある者は極めて少ない。
特に、ライカは見た目
そして二つ目の視線は忌避の視線だ。この視線を送っているのは、ライカと同じようにマリンフォードに住んでいて、そこから士官学校へ来た者である。彼らは、
ライカに向けられる視線の大多数がこの二つに分類できた。しかし、ライカは、視線の中に一つだけ、明らかに激しい敵意の籠ったものがあることに気付いた。
(あそこから私を睨んでいるのは……。そうよね、
そこまでライカが考えたとき、突如として周囲の人々がざわつき始めた。さっきまでライカに注がれていた視線は、今は前方にある台の上に注がれている。そこには紫色の髪を短く切りそろえた、サングラスの大男が居た。
「よく来たな、お前ら。ここに来るような人間は俺のことは既に知っているだろう。だが、念のため自己紹介をしておく。俺の名はゼファー。今日からお前たちを鍛えてやる教官だ」
その人物こそがゼファーであった。海軍の教官であり、“すべての海兵を育てた男”とすら呼ばれる、名教官でもあった。年齢は69歳と高齢であるが、それを全く感じさせない筋骨隆々の身体は、彼の実力が未だに健在であることを物語っている。
(これが
ライカは、教習艦でベルツに助けられたあのときに、ゼファーと一度会っている。しかし、あのときのゼファーは、ライカを怖がらせないように、なるべくなるべく優しい口調で喋ることを心掛けてくれていた。しかし、今の彼はそれとは全く違う。全身から発せられる凄まじい覇気に、ライカは思わず身震いしそうになる。
「お前らの顔を見れば分かる。地元ではそれなりに強かったり、あるいは能力者だったりで周りからちやほやされていたな?」
ライカが周囲を見渡してみた。この場にいる人たちの多くは、ゼファーに気圧されながらも、それでも自分なら海軍大将になれると言わんばかりに自信満々な顔を浮かべていた。
「はっきり言わせてもらう。この
その発言にライカは納得する。自分より遥かに強いダスティですら、海賊に殺されてしまったのだ。自分など、今海に出ても海賊の餌になる未来しか見えない。
しかし、大半の人たちはゼファーの言葉に納得できなかったようだ。彼らは自分たちが弱いと言われて頭にきたのか、一様に不満気な表情を浮かべている。
「そんなお前らひよっこどもを海賊と戦えるようにしてやるのが俺の仕事だ。いいか、お前ら。俺の言うことはよく聞け。そして俺のやることに必死になって食いつけ。俺はついて来られない奴を待つつもりはない。そういう奴は、容赦なく
大海賊時代で、常に人手不足な海軍では、士官学校に入学試験は設けていない。そんなものを実施して入学者を減らすくらいなら、一旦全員を入学させて、その後訓練を通じて徐々に篩にかけた方が効率的だと考えているのだ。
そして、その篩から落ちた先が
勿論、実力を示せれば、そこから階級を上げていって、将校になることも夢ではない。しかし、士官学校から落とされるような人間が将校以上まで階級を上げられることは殆どない。
つまり、将校を目指す人間にとって、
海軍がこのような形態を取っているのは理由があった。それは訓練生たちを常に緊張状態に置いて、より強い海兵を育てるため。士官学校内に、海軍学校を
ライカは、そのことをベルツから初めて聞かされたときは、いくら何でも残酷すぎやしないかと思ったものだ。しかし、市民を守りながら戦わなければならない海兵に対し、海賊は容赦なくあらゆる手を使ってくる。だからこそ海軍も強い海兵を育てるためなら手段は選んでいられないのである。ライカはそのことを6年前の事件で思い知った。
「俺の言うことが理解できたなら返事をしろ。分かったな?」
「「「「「はい!」」」」」
ゼファーはさらに圧を強めながら言った。その圧に押されて、多くの人たちは先の自信は何処へやら、足を震わせていた。しかし、どれだけ怯えていようと、士官学校で教官の命令に逆らうことなどあってはならない。ライカも含め、その場にいる全員が一斉に返事をした。
「よし。分かったのなら結構。では時間が無いのでな。早速これから体力測定を行うぞ。今のお前らがどの程度なのかを知らんと、鍛えようがないからな」
そう言ってゼファーは台を降りる。そして、訓練生たちに、こちらについてくるようジェスチャーした。それに従って、ライカ含めた訓練生たちはぞろぞろと広場を出ていった。
◆◆◆◆◆◆
ゼファーに連れられて、訓練生たちは先の広場よりもさらに広い空間に出た。そこは、この学校の訓練場であった。
(流石は士官学校ね。駐屯地の訓練場よりもずっと広い上に設備も充実している)
ライカは、こちらの訓練場の方がずっと手間も資金もかかっていることに気付いた。ここならば、より質の高い訓練ができる。
(やっぱり来てよかった。この学校こそが、ヒーローへの近道なんだ)
ライカは改めて自分の夢のために頑張ることを決意した。そうしている間にも、ゼファーは訓練生を連れて歩き続け、100メートルのトラックの前で立ち止まった。
「まずは走力だ。俺たち海兵は市民を守るために素早く行動することが求められる。だからこそ、速く走れない海兵は海兵じゃないと思え。分かったな?」
「「「「「はい!」」」」」
訓練生たちは、これから何が行われるのかを察し始めていた。
「今からお前らにはここを走ってもらい、そのタイムを計測する」
案の定、ゼファーの口からは予測通りの言葉が出てきた。
「だが、最終的にどの程度まで速くなればいいのかも分からないまま闇雲に走るのも効率が悪い。そこで、俺が海軍将校に求められる
そう言ってゼファーはトラックのスタート地点に立った。
「いいか?お前ら。瞬きは厳禁だ。見逃すなよ?」
「「「「「はい!」」」」」
そう言うゼファーは棒立ちのままだ。走る素振りすら見せない。しかし、「見逃すな」と言われているので、訓練生たちはそんなゼファーから視線を外さない。その時だった。
「“
突然風を切るような音がしたと思ったら、ゼファーの姿はスタート地点には無かった。そして、訓練生たちがそのことに気付いてゴール地点に顔を向ける頃には、既にゼファーはゴールしていた。そのタイムはちょうどぴったり4秒。さっきまで自信有り気だった一部の訓練生も、今ので格の違いを知り、愕然としていた。そしてゼファーは、ゴール地点からスタート地点まで同じ速度で帰ってくる。少なくとも、ゼファーは200メートルを8秒で走れるということだ。
「卒業までに、全員が今のをできるようになってもらう」
ゼファーはまるでそれが何てことないかのように言った。あまりにもサラッと恐ろしいことを言われて、訓練生たちは耳を疑った。中には顔を青くしている者もいる。とんでもないものを見せられて、早速諦めムードに入ってしまっているようだ。
「そんなに絶望的な顔をするな。安心しろ。絶対に全員が卒業までにこれをできるようになる。何せ――」
急にゼファーの口調が柔らかくなる。それに訓練生たちは安堵を覚える。しかし――
「できない奴は全員
――その後に続いて発された言葉は途轍もなく厳しいものだった。再び訓練生たちは顔を青くする。さっきよりも、顔を青くしている人数は増えていた。
「では、人数も多いからな。数人ずつトラックに立て」
ゼファーの言葉を受けて、数人の訓練生がスタート地点に立った。先にとんでもないものを見せられたせいか、みんな力み過ぎている。
「今回の体力測定は基礎体力を図るためのものだ。能力は絶対に使うな。いいな?」
「「「「「はい!」」」」」
ゼファーはいつの間にか手に持っているピストルを空へ向ける。
「それでは、位置について……用意!」
ピストルの音が訓練場に鳴り響いた。
ライカ
ついに制式に入学。正義の門をくぐりました。
敵意の視線
一体誰ミが送っているんでしょうね……。
ゼファー
先生。こっから本格的に活躍し始めます。
下の学校
独自設定。でもあの世界観ならこれぐらいのことはしてそう(小並感)。
最低レベル
最低(大嘘)。でもこれぐらいしないと訓練生の危機感を煽れないからね。しょうがないね。
という訳でついに士官学校編がスタート。ここからライカちゃんは本格的にヒーローを目指していくことになります。それとあらすじの魚人、ミンクも……?乞うご期待!