MISFITS ―はみ出し者たちの物語―   作:Astley

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第16話:体力測定

「なんだ、お前ら。あれだけ自信満々な顔をしていたのにこの程度なのか?」

 

 あれから数人ずつトラックを走っている。当たり前だが、この時点で最終目標の4秒を出せる人はいない。しかし、だからといって、10秒を切る訓練生すら現れないのはゼファーにとって嘆かわしいことであった。

 

「今の三大将は、この最初の測定の時点で5秒台を出していた。一人くらいはそれだけできて欲しいものだがなあ?」

 

 それは流石に酷だろうとライカは思った。現在海軍で大将に就いている三人は、新人の時点で、“化け物”と評されるほどの実力を誇っていたという。自分のように、海賊に絶対に負けないヒーローを目指している人間なら、それくらい求められてもやぶさかではない。しかし、そうでない他の訓練生たちにそれを求めるのは無理があるだろう。

 そうこうしている内に、ライカが走る番がやって来た。広場のときと同じように、多数の好奇の視線が浴びせられる。しかし、さっきとは違い、視線の大部分はライカには向いていなかった。

 

(この人……魚人、なのかな?)

 

 ライカの隣のレーンに立っているのは、焦げ茶色の肌を持つ大男だった。基本的に海軍に入ってくるのは、人間か巨人族だけで、他の人種は殆ど入ってこない。特に、人魚族と魚人族は、現在まで根強く差別されていたこともあってか、現在までに人魚族の海兵、魚人族の海兵というのは存在していない。

 つまり、今隣にいるこの男は、史上初の魚人族の海兵になるのだろうか。そう考えたライカは、なんとなく隣の男を応援したくなった。

 

「よし、全員位置に着いたな。では用意!」

 

パァン!

 

 ピストルの音が鳴り響く。それと同時に、ライカを含めた訓練性たちが走り始めた。

 

(4秒は無理でも、今まで鍛え続けた私なら……!)

 

 横並びだった集団から、二つ(・・)の影が飛び出していった。それはライカと、そして――

 

(この魚人の人……速い!)

 

 ライカとて、自分が一番強いなどという傲慢な考えは持っていない。しかし、ライカには6歳のころから訓練をしていたという実績があり、それは彼女の自信にもつながっている。そのため、無意識の内に、この訓練生たちの中で一番強いのは自分だと思っていた。

 だからこそ驚愕する。そして歓喜する。今までは、格上か格下としかライカは戦えなかった。ライカは、自分の父親のように、ライバルと切磋琢磨するということに憧れていた節があった。

 

(この人はきっと私と同じくらい強い! この人と高め合っていければ……きっとヒーローになれる!)

 

 思考しながらも彼女は足を動かし続ける。速度ではライカの方が勝っているようで、少しずつライカが引き離し始めた。そして――

 

「やっと10秒切りが表れたか。しかも二人同時とはな……今年は思ったよりもやれるかもしれん」

 

 ゴールした二人は、しばらく走りながら徐々に速度を落としていき、止まると同時にへたり込んだ。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」

 

 ライカは乱れた息を整える。その間に、その男と目が合った。見るからに悔しそうな目。溢れんばかりの向上心が込められた目。その目を見て、やはりこの男は自分のライバルになると、ライカは確信した。

 

「タイムが出た。ライカは7秒07、ギルバート(・・・・・)は7秒12だ。他の奴らは――」

 

 淡々とタイムが読み上げられていったが、最早二人にとって他人のタイムなどどうでもよかった。今はただ、ライバルとの次なる決戦に向けて体力を回復させていたかった。

 

(あなたはギルバートっていうのね。名前は覚えたわ)

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 次の種目はボール投げだった。こちらも勿論能力は使用禁止で、純粋な身体能力だけで手のひら大のボールをどれだけ遠くまで投げられるかを競う。こちらも数人ずつやっていたのだが――

 

「えいっ!!」

 

「ふんっ!!」

 

 二つのボールが凄まじい勢いで飛んでいく。その影は急速に小さくなっていき、最後には最早ただの点にしか見えないくらいにまでなった。そして、二つの点が落ちていき――

 

「結果が出た。ギルバートは552メートル。ライカは531メートルだ」

 

 どうやら力ではギルバートの方に分があるらしい。ギルバートは勝ち誇ったかのような表情をライカに見せたが、ライカは純粋に、ギルバートの強さを賞賛するかのような表情を見せている。バツが悪くなったギルバートは、ライカから顔を背けた。

 そんな二人を、化け物を見るような目で他の訓練生は見ていた。他の訓練生の記録は、長くても200メートル程度であるというのに、この二人だけは別次元で争っている。二人(・・)それ以外(・・・・)には、隔絶した差があった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 その後も、反復横跳びや立ち幅跳びなど、様々な種目で測定したが、やはりどの種目でも、この二人の一騎打ちにしかならなかった。

 

「体力測定はこれで終わりだ。お前ら、疲れただろう?今日はもう寮に戻っていい。本格的な訓練は明日からだ」

 

 ゼファーがそう締めて、今日は解散ということになった。

 士官学校は全寮制だ。海軍の任務では、長期間家を離れて、多くの他人に囲まれながら生活することが多いが、そういった状況に先に慣れさせるためにも、全寮制を採用しているのである。そのため、家がマリンフォードにあり、学校から日帰りができるような人も、寮で生活することになっている。

 多くの訓練生たちは、体力測定で疲れてしまったのか、とぼとぼと寮へと向かっていた。しかし、ライカはまだまだ体力が有り余っていた。なんだか身体を動かし足りない感じがするので、ゼファーに訓練場を使えないか聞いてみた。

 

「ゼファー先生、この後残って訓練場を使ってもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、いいぞ。向上心があるのはいいことだ。ただし、やりすぎて身体を壊すなよ。過ぎたるは及ばざるが如しだ。」

 

「はい!」

 

「それと、消灯時間までには必ず寮に戻れ。初日から門限破りなんぞ見たくもないからな」

 

「了解です!」

 

 その時、ふと一人の訓練生が手を挙げた。

 

「俺もここに残って訓練していいですか」

 

 手を挙げていたのはギルバートだった。

 

「ああ。先の注意は聞いていたな?」

 

「はい」

 

「それを守ってくれるなら、俺は何も言わん」

 

 そう言ってゼファーは去っていく。

 他の訓練生たちは、何人かが二人に倣って訓練場に残ろうかと考えたが、結局身体が訴える疲労には勝てず、寮に帰っていった。

 訓練場にはライカとギルバートの二人だけが残された。二人はそのまま訓練を始めた。

 ライカは、自分と互角の身体能力を持つライバルと一緒なら、より効率的に訓練できるだろうと考え、ギルバートに近づいていった。

 

「あの、ギルバートさん、でいいんでしたよね……?」

 

しかしギルバートは、ライカが近づくと、今いる場所から離れて、別の訓練器具を使いに行ってしまった。

 

「あの! ギルバートさん!」

 

 ライカはもう一度ギルバートに近づいてみる。すると、やはりギルバートは離れていく。

 

(あれ? もしかして私、嫌われてる? さっきの体力測定で私何かしちゃったかな?)

 

 ライカはそう思った。しかし、嫌われているのならば、なおさら近づく必要がある。何故自分が嫌われたのか知りたいし、自分の何かが彼の気に障ったのなら謝りたい。ライカは純粋な善意からそういう思考に至ってしまうような人間だった。

 ライカは再びギルバートに近づく。

 

「すいません! ギルバートさん! 私、何かあなたのお気に障るようなことをしてしまったのでしょうか!?」

 

 ギルバートは無言で離れていく。

 そして、近づいては離れて、近づいては離れて、のループを十数回ほど繰り返して、ついにギルバートの方からライカに話しかけてきた。

 

「だあああぁぁぁ! さっきから何っなんだよ、お前は! しつっこいんだよ!!」

 

「あ、えっと、ごめんなさい! ただ、さっきから避けられているような気がして……私が何かあなたのお気に障るようなことをしたのなら、どうか謝らせてください!」

 

 ライカが勢い良く頭を下げた。ギルバートは、今のお前が一番気に障ると言いたいのを我慢してライカを見る。

 さっきやり取りだけでギルバートは理解した。この女、面倒くさい。しかもこの女は恐らく善人に分類される人間だ。故に、なおさら面倒くさい。悪人で面倒くさい奴は無視すればいいだけだ。しかし、善人かつ、面倒くさいとなると、無視したらこちらが悪いことをしたような気分になる。だから、やりづらい。ギルバートは思わず顔を顰めた。

 

「別に何もねえよ。初めての訓練場なんだから一人で使わせてくれたっていいだろ?」

 

「その気持ちは分かります。しかし、二人で訓練すれば、お互いの欠点を指摘し合えて、お互い効率よく強くなれるかと思いまして……駄目でしたか?」

 

 やはり面倒くさい。それがギルバートの抱いた感想だった。しかし、ライカの言うことも一理あった。

 

(この女は唯一俺と互角の身体能力を持っていた。確かに、こいつと一緒に訓練できれば、効率はいいだろうな。だが――)

 

 別にプライドが許さないとかではない。そんなものはここに来た時点で捨てているし(・・・・・・・・・・・・・・)、自分には、できるだけ早く強くならなければいけない理由がある。だから、論理的に考えて、この提案を蹴る理由は無い。無いのだが――

 

(こいつと組んだら絶対面倒くさいことになる。この手の善人って十中八九自分から厄介ごとに首突っ込んでくからなあ……)

 

 妙に実感の籠ったギルバートの感想も知らずに、ライカはもう一度提案した。

 

「私と一緒に訓練してくれませんか?」

 

「ああ、分かった、分かった! 一緒にやってやるからもう黙ってくれ!」

 

 もう考えるのが億劫になったギルバートは、ついに折れた。

 ライカの顔が喜色満面に染まる。なんだかんだでこの少女は寂しがり屋だったのだろう。本人も気付いていないが、一緒に訓練するというのは単なる名目で、実際は折角見付けたライバルと仲良くなりたかったというのが本音である。

 ライカは、あの事件が起きてから、6年間も友達が居ない孤独な生活を送っていた。それ故、久方ぶりに友達付き合いができそうな人間に会えて、だいぶテンションが上がっていたようだ。

 

「ありがとうございます! 私はエルンスト・ライカといいます! よろしくお願いしますね!」

 

「はあ……メイウェザー・ギルバートだ。訓練以外では俺に話しかけんなよ」

 

 お互いが自己紹介し、一応の交流を図る。

 こうして二人は一緒に訓練を始めたのだった。後にエルンスト・ライカの右腕とすら呼ばれるようになるメイウェザー・ギルバート。そんな彼の、ライカとの初対面は決して穏やかなものではなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ところで、お前は何で俺に敬語で話しかけんだ?」

 

「同じ訓練生でも、年上は敬うべきだと思いまして……何か問題でも?」

 

「…………俺は14だぞ?」

 

「ええっ!?」

 

「そうか、そんなに俺は老けて見えるか」

 

「いえっ! そんなことは――!」

 

「良いよなお前は。どうせ見た目通りの14歳なんだろ?」

 

「……はい」

 

 やはり初対面は穏やかにはいかないようだ。

 




ギルバート
 ついに名前が判明。何の魚人なのかはまだ伏せておきます。でも焦げ茶の体色と5対のひげで分かる人には分かりそう。

ライカ
 面倒くさい女。まああんな事件を経験しているのだし、仕方ないね。

 という訳でついに本格登場、魚人海兵くん。地の文ですら代名詞が「男」になるくらい14歳には見えないお方です。まあ、5歳のビッグマムとかと比べれば誤差だよ!誤差!
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