MISFITS ―はみ出し者たちの物語―   作:Astley

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第17話:いじめ

「んぅ?」

 

 窓から差してくる光を浴びて、ライカは目を覚ました。伸びをしながら身体を起こす。そこで、彼女は周囲の景色がいつもと違うことに気付いた。

 

(あれ? 何でこんなところに? 私は一体――?)

 

 起きたら自分が()に居ない。そんな異常事態に、ライカは咄嗟に身構えた。

 そこまでしたところで、ライカは漸く思い出した。昨日自分は士官学校に入り、そして今は寮生活をしているのだったと。

 

(朝から私は何をやっているのだろう……)

 

 顔を赤くしたまま、朝の身支度をする。士官学校では、朝から訓練漬けにされる。さっさと朝食を済ませないと、腹をすかせたまま訓練に挑むことになる。それだけは避けたかった。

 身支度を済ませたライカは、部屋を出て食堂へと向かった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 ライカが食堂に来てみると、何やら騒がしい。誰かの怒鳴り声や食器の割れる音が聞こえる。食堂の周りには人だかりが出来ていて、中の様子がよく見えない。

 

「何かあったんですか?」

 

 ライカは近くに居た訓練生に聞いてみた。

 

「ああ、なんかな、西の海(ウェストブルー)出身のボンボンが、自分の取り巻きを引き連れてあの魚人(・・・・)に突っかかってるらしい。なんでも、昨日の測定であの魚人に負けたのが余程気に食わなかったそうだ」

 

「魚人って……」

 

 この学校に魚人は一人しかいない。というか、海軍全体で見ても魚人は彼一人だ。つまり、この喧騒の中心にいるのはギルバートに違いない。

 

「すいません! 通してください!」

 

 ライカは野次馬たちを掻き分けて食堂へ入る。ギルバートは昨日一緒に訓練をしただけの縁であるが、ライカにとっては、それだけで助けに行くには十分であった。

 何とか食堂に入れた彼女が見たのは、訓練生の集団に囲まれ、暴行を受けているギルバートの姿だった。ギルバートは何をされようが呻き声すら発さず、彼らに反撃することもせず、ただひたすら仁王立ちで耐えていた。

 ライカは思わず飛び出していた。

 

「何をしているのですか!? やめなさい!!」

 

 ライカは周囲の目も気にせず、ギルバートと、それを囲む訓練生の方へ歩いて行った。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 こうなった経緯は数十分前まで遡る。

 

「入学翌日から訓練漬けとは……やはり天下のマリンフォードは違うな」

 

 朝早く起きたギルバートは、まず初めに今日一日の予定を確認した。予定表には、僅かな休憩時間を除けば、朝から夕方までびっしりと『訓練』の文字が書かれている。

 

(こりゃあ、食いそこなったら死ぬな)

 

 数十分後のライカと同じ結論に達した彼は、食堂に行くことにした。

 食堂までの道中、やはりギルバートには奇異の視線が注がれる。ギルバートは、昨日も散々同じことをされているので、こんな視線ももう慣れたものだと思っていた。しかし、いざ実際にまた同じ状況に陥ると、やはり気が滅入りそうになる。

 

(海軍に魚人がいるのがそんなに珍しいのか? 差別主義者どもめ……)

 

 内心辟易としていたが、それを表に出せば魚人に差別的なものたちの思う壺だということを、ギルバートは知っている。そのため、一切の視線を無視して、無表情のまま歩き続けている。

 やがて、ギルバートは食堂に着いた。食堂に入ると、そこに居た人々からも一斉に、好奇の視線を向けられる。

 

(はあ……ここでもか。食事くらい気楽にさせてくれよ……)

 

 嫌悪感を表に出すつもりは無かったのに、思わずため息が漏れてしまった。

 ギルバートはカウンターで朝食を受け取り、席に着く。周囲の人は遠巻きからこちらに注目するだけで、何かをしてくるわけではない。それだけが唯一の救いであった。

 

(さっさと食って、訓練の時間になるまで部屋に籠ろう。不愉快だ)

 

 そう考えて、ギルバートが朝食を食べてようとした時、そいつら(・・・・)がやって来た。

 

「魚の分際で人間の飯を食うとは、生意気だなあ!」

 

「力が強いだけの魚が、体力測定でいい成績だったからって、調子に乗るなよ!」

 

(……やっぱり居やがったか。差別主義者め)

 

 食堂に居た二人の訓練生がギルバートに絡んでくる。

 

(問題を起こすわけにはいかない。目的(・・)を果たすためにも、ここは耐えなければ)

 

 ギルバートは、二人を無視して黙々と食事を続ける。しかし、二人はそれを、ギルバートが物も言えないほど怯えていると解釈したのか、ますます増長してギルバートを罵る。

 

「おい! どうしたんだよ魚ぁ!」

 

「声も出ねえほどビビってんのか!? その体格で、とんだ臆病者だなあ?」

 

(……馬鹿らしい。その臆病者に体力測定で惨敗しといて、よくそんな口が利けるものだ)

 

 そう思いつつも、何も言わない。すでに手遅れな気がするが、しかしそれでも問題を起こしたくないギルバートはただひたすら耐えることに決めた。

 

You(ユー) たちナニをしてるノ!?そんな fish(フィッシュ) とカカわるのは dirty(ダーティ) ネ! Stop(ストップ) なさイ!」

 

 その時、突如二人の後ろから金髪の訓練生が表れた。言葉遣いは片言で、態度は一目見て分かるほどに偉そうだ。ギルバートはなんとなく、こいつは甘やかされて育ったんだろうなと推測した。実際その推測は間違っていない。

 

「トーマス様! でも見てくださいよ、こいつ! 魚の癖に人間社会に入り込もうとしているんですよ!」

 

「そうですよ、トーマス様! こいつに人間社会の厳しさを分からせてやらないと!」

 

 あまりにも差別的な発言に、ギルバートは眉をひそめた。しかし、問題を起こさないようにするため、反抗するわけにはいかない。

 

「まア、ソレもそうネ。ナマイキにも Human(ヒューマン)Society(ソサイエティ) にデてきたんですから、discipline(ディシプリン) がヒツヨウですネ!」

 

 言動から察するに、二人はトーマスの腰巾着みたいなものらしい。ギルバートは、二人が何故こんな見るからにアホな人間に付き従っているのか理解できなかった。

 実は、このトーマスという人間は、西の海(ウェストブルー)の名門の出身で、代々海軍将校を排出してきた家系のお坊ちゃんだった。そのため、彼の周囲には、権力に擦り寄ろうとするこのような取り巻きが存在する。

 

「ほら、魚野郎! これが人間社会の食事だ! ありがたく食えよ!」

 

 二人の内の片方がテーブルの上にあったスープを持ち上げ、ギルバートの頭上からぶちまけた。しかし、ギルバートはそれでも反抗しない。他の訓練生たちも、トーマスたちから報復されるのを恐れて、誰もギルバートを助けようとしない。

 

「おい魚ぁ!人間の言葉も喋れねえのか! 何とかいえよ!」

 

 ギルバートはこれらの嫌がらせをひたすら無視していたが、そんな態度がむしろ彼らの怒りに火をつけてしまったようだ。二人の内のもう片方がギルバートの胸倉を掴んで、無理やり立たせようとする。

 

「チッ! 無駄に重てえなあ! この魚が!」

 

 ギルバートを立たせられなかったことで逆恨みし、空っぽのスープの器をギルバートの頭に叩きつける。陶器の割れる音が辺りに響き、傍観していた人たちもざわめき始める。

 そんな中、ギルバートは相変わらず無表情でいた。何事もなかったかのようにパンを齧る。

 

「ズイブンと rebellious(レベリアス) なタイドをトりますネ! Eat(イート) this(ディス)Fish(フィッシュ)!」

 

 彼らはますますヒートアップしていき、ついにはギルバートに対して、直接殴ったり、蹴ったりし始めた。

 

(いい加減鬱陶しいなあ……!)

 

 しかし、彼は手を出すわけにはいかないと思っている。そのため為すが儘にされていた。そうして誰も助けないまま、ギルバートがサンドバッグにされていたときだった。

 

「何をしているのですか!? やめなさい!!」

 

 突然人混みを搔き分けて、一人の少女が割って入ってきた。

 

(この女、昨日の!やっぱり面倒くさいタイプだったか!)

 

「Oh! ナニをしているのですカ! Cute(キュート) girl(ガール) ! ジャマしないでくだサイ!」

 

「一人の人間に寄ってたかって! 恥ずかしくないんですか!?」

 

 ライカが三人に詰め寄る。三人は、ライカの14歳の少女とは思えぬ剣幕にたじろいだ。しかし、数の上では自分たちが有利だと判断した取り巻きの一人は、ライカに反抗する。

 

「人間だと!? こいつは魚だ! 文句を言われる筋合いは無い!」

 

「魚人は200年前に人間と定義されています! それに、魚人への差別も、今は禁止されています! これ以上続けるのなら、法律違反としてこの件をゼファー先生に報告させてもらいます!」

 

 ライカは、ゼファーの名を出すことで彼らを牽制した。しかし、それは逆効果だったようで、三人組はますます激昂した。

 

「こいつがイきってるのが悪いんだ! 体力測定で一位になったからって、いい気になりやがって! だいたい魚人の筋力は人間の10倍って言うじゃないか! 勝って当たり前の戦いで勝ち誇りやがって!」

 

 もう一人の取り巻きが続けて文句を言った。彼の言っていることは事実であった。一般に、魚人の筋力は人間を遥かに超えていて、その強さは人間の10倍ほどだと言われている。しかし――

 

「私は彼と対等に渡り合えましたが?」

 

「っ!」

 

――ライカ相手にその言い訳は通じない。人間だって鍛えれば、魚人族を優に超える力を発揮できる。そんなことは、ライカが証明するまでもなく、この海の実力者たちを見れば火を見るより明らかであった。

 

「あなた方の努力不足の言い訳に、人種を持ち出さないでくれます?」

 

「このアマ……! 多少強いからって調子に乗って……!」

 

 彼は怒りに震え、歯を食い縛った。しかし、ライカの言ったことは全て事実であり、反論の余地は無い。暴力に訴えようにも、彼は昨日の体力測定でライカの身体能力を見ている。どう考えても暴力では勝てない。

 

「しかしですネ、Cute(キュート) girl(ガール) !この fish(フィッシュ)marine(マリーネ) にふさわしくアリマセン!ココは military(ミリタリー) academy(アカデミー)marine(マリーネ) にふさわしくナイ fish(フィッシュ) はデていくベキデース!!」

 

 トーマスが怒りに任せて支離滅裂な反論をした。しかし、それは彼自身の首を絞めるだけだった。

 

「海兵に相応しくない人がここを去るべきなら、まず真っ先に去るべきなのはあなたなのでは? 集団で一人をいじめるような人がどうして海兵になれるとお思いで? おまけに公用語すらまともに喋れない。恥をかかない内に()へ行った方が良いのでは?」

 

 父親譲りの皮肉が炸裂し、トーマスの心を突き刺す。三人は顔を真っ赤にして、今にもライカに飛び掛からんとしている。対するライカも、迎撃の構えを取っている。唯一、ギルバートだけが面倒くさそうに天を仰いでいた。

 

(ああ、やっぱり。死ぬほど面倒くせえことになった)

 

 この後起きるであろう面倒事と、それに巻き込まれるであろう自分を思って、思わずギルバートは溜息をついた。

 

「そこまでだ、ひよっこども。余計な仕事を増やすな」

 

 突然野太い低い声が食堂に響き、その場に居た人々が驚愕した。騒ぎを聞きつけたゼファーが突然割って入ってきたのである。

 

「何があったかは周りの奴らから聞いた。トーマス以下三人には罰則を与える」

 

「えっ!?」

 

「そんなっ!?」

 

But(バット)Mr.(ミスター) ゼファー! We(ウィー) はこのサカナを discipline(ディシプリン) しようトしただけデ……」

 

 三人は口々に言い訳をするが、ゼファーはそれに取り合わない。

 

「いじめに差別に暴行。これらがあったのは事実なんだろう?大人しく罰則を受けることだな」

 

 ゼファーは三人を威圧して黙らせた。そのまま三人の首根っこを片手で掴み、どこかへ引きずっていく。

 

「ライカ、ギルバート。朝の訓練は早いぞ。さっさと朝食を済ませておけ」

 

 そう言われてから、二人は今が朝食の時間であることを思い出した。訓練初日から遅刻する訳にはいかない。ギルバートは急いで朝食を食べ始めた。

 

「ギルバート、さっき殴られてたけど、大丈夫なの?」

 

 流れでギルバートの隣に座ったライカは、ギルバートの容態を心配した。ちなみに、昨日の一件でギルバートが同い年と分かってからは、ライカはギルバートにため口で接している。

 

「見りゃあ分かんだろ。あの程度の雑魚に傷付けられるほどヤワじゃない」

 

 実際、そう言うギルバートの身体には傷一つついていなかった。

 

「でも、怪我してないように見えても、後からぶり返すこともあるし……」

 

「うるせえ。俺の身体のことは俺が一番よく知っている。お前は自分の遅刻の心配でもするんだな」

 

 そこまで言われて漸くライカは、自分が全く朝食に手を付けられていなかったことに気づいた。このままでは遅刻まっしぐらなライカは、急いで朝食を食べ始める。

 

(しかし、この女。相手が雑魚だったとはいえ、3対1の状況に平然と首を突っ込んでくるとは――)

 

 ギルバートがいじめられていたとき、周囲の人間は助けてくれなかった。別に彼はそのことを恨んではいない。助けに入ったところで3対2で嬲られるだけ。だから、自分の身を案ずるならば、ここは助けに入るべきではない。普通の人間ならそう思うし、なんならギルバート自身だってそう思っていた。

 彼は自分が逆の立場に置かれた時、助けに行く自信が無い。だから、今回自分を助けようとしなかった彼らを恨まない。しかし、ライカは状況を知るなり自分を助けようと飛び出していった。故に、ギルバートのライカに対する評価は――

 

(――思っていたよりも遥かに面倒くせえ……)

 

――むしろ下がっていた。彼は、こんな面倒な女に目を付けられている自分の不幸を呪っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 朝の訓練を終えて、昼休み。午後も訓練漬けなので、この間に確実に栄養を補給しておかなければならない。故にギルバートは再び食堂に来ていた。

 

「ギルバート!」

 

「……! チッ」

 

 後ろから掛けられた声に、思わずギルバートは舌打ちをしてしまった。後ろを振り返れば、やはりそこに居たのはライカだった。

 

「折角なら一緒に食べない? ちょうどよくあそこの席も二つ空いているし」

 

(ガチで面倒だな……この女……)

 

 ギルバートは一度断ってやろうかと思った。しかし、一人で居ては朝のように、この女よりも面倒な差別主義者に絡まれるかもしれない。そう考えたら、この女と一緒に昼食を取った方がマシなのかもしれない。そんな結論に達した彼は、ライカの提案を受けることにした。

 

「分かった。一緒に食ってやる。ただし、俺に話しかけんなよ」

 

「ええっ!? そんな! 聞きたいことが色々あったのに!」

 

 大袈裟にショックを受けているライカを見て、ギルバートは心底うんざりした。

 

「何をそんなに聞きたいんだよ」

 

 仕方なく、ギルバートはライカの質問に答えてやることにした。

 

「朝食のとき、あなたの実力ならあの三人くらい容易く退けられた。なのに、どうして抵抗しなかったの?」

 

「ああ、それか……」

 

 ギルバートは悩んだ。この女にそれを打ち明けてしまっていいのかを。

 

(だが、こいつは面倒くさいが善人だ。事情を話して同情を誘えば、より積極的に俺の訓練に協力してくれるだろう)

 

 そうなれば、今以上に面倒くさくなる。しかし、代わりに、より手っ取り早く強くなれる。そう判断したギルバートは、口を開くことにした。

 

「俺は問題を起こすわけにはいかねえんだよ」

 

「……? それって、どういう――?」

 

「俺は、海軍大将にならなければならないんだ」

 

 そう語るギルバートの顔は真剣そのもので、その瞳は真っ直ぐに前を見据えていた。

 

「だから、問題を起こすわけにはいかない」

 

 ギルバートの言葉からは、どこまでも重い覚悟が伝わってきた。

 

「どうしてそこまで……自分の身を犠牲にするようなことまでして……」

 

 ギルバートの表情があまりにも切実だったので、ライカは思わずそう聞いてしまった。そこからギルバートが語り始めたことは、ライカにとってあまりにも衝撃的なことであった。




トーマスとその取り巻き立ち
 民度の低い方々。多分そのうちまた出ます。

ギルバート
 何が何でも大将になりたい模様。その理由は次回。

ライカ
 見た目は cute girl。でもやっぱり面倒くさい女。仕方ないね。

 ということで今回はギルバートの過去回への繋ぎです。やっぱりモブの民度が低すぎる気が……いや、でもこんなもんなのかな? 次回で魚人でありながら海兵になった彼の過去とかについて描写できると思います。
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