ライカたちが士官学校に入学してから早数か月。ライカ含めた訓練生たちは、一つの部屋に集められ、ゼファーの話を聞いていた。
「――以上のことから、このような状況下で部下に出すべき命令は――」
士官学校で行われるのは訓練だけではない。士官学校は、将校を育てる学校である。つまり、将来部下の海兵を指揮し、率いて戦うことができる人材を育成しているのである。であるならば、当然座学も重視される。
「――このように、
基本的に
しかし、海軍の場合は話が別である。海軍の航海では、海賊との戦いなどで、それらの役割を持つ人間が業務を遂行できないくらいの怪我を負ったり、あるいは最悪死んでしまったりすることがある。そうなった場合、必要な役割を持った人間が仕事をできなくなるので、当然航海ができなくなる。結果多数の海兵が立ち往生するか、あるいは最悪海の藻屑と化してしまうだろう。
そこで、士官学校では、このような事態に備えて、訓練生にそれらの技能を少なくとも最低限は教えることにしている。海図の読み方から、航海術、医術、その他もろもろの全てを、この座学の時間に叩き込まれるのである。
「――以上のことから分かるように、
それがこの海の常識である。今からだいたい3年後に、的中率十割の航海士が
「だからこそ、指揮官はいつ天候が変わっても大丈夫なように作戦を立てなければならない」
「……まあ、俺なら十割だけどな」
「……?」
ライカは、隣に座るギルバートが何かを呟いたような気がしたが、構わず講義に集中した。
「――以上のように、
突然の知らせに、訓練生たちの反応は真っ二つに分かれた。半分は顔を喜びに染めている。数か月間閉じ込められていたこの学校から出られるのが嬉しいのだろうか。あるいは、ただ単に航海が楽しみなのだろうか。
対して、残り半分は緊張だったり、恐怖だったりで顔を青くしている。無理もない。何せここ最近の講義で、
ちなみに、ライカの反応は前者に分類され、ギルバートはどちらにも属さなかった。ライカはこう見えて、5歳の頃に拾われた時と、かの事件があったあの遠足のとき以外では、マリンフォードを出たことは無かった。故に、どんな形であれ、マリンフォードの外を見られるのを楽しみにしていた。何だかんだでこういうところは年相応な少女なのであった。
対してギルバートは無表情である。魚人であるが故に、その身一つで海に出ていける彼は、幼少期から
「当然だが、明日の航海でこれまで教えてきた航海術を実践してもらう。お前ら、ちゃんと覚えているよな?忘れている奴には罰を与えるからな」
その言葉に、さっきまで喜んでいた訓練生たちの内の多くが顔を青くした。ゼファーにとっては嘆かわしいことに、この学校に来る人間の大半は、戦いさえ上手ければ将校になれると思っている。故に、座学が苦手な者が多いのだった。
ちなみに、ライカもギルバートも涼しい顔をしている。ライカは元々勉強が得意な方であるので、座学でも学年2位という高い成績を誇っている。ギルバートは、幼少期がスラム育ちなので、勉強は得意では無い。しかし、大将になるのにそれが必要であるならばと、鬼気迫る勢いで勉強しているため、座学の成績は実はライカを超えて学年1位だったりする。
「まあ、好む好まざるに関わらず明日は海に出ることになるんだ。準備はしっかりやっておけ。体調を崩していようが関係なく、無理やり船に乗せるからな。では、今日の講義はここまでだ。解散!」
ゼファーの号令で講義は終わりとなり、訓練生たちは一斉に寮へと帰っていく。
「ライカ、この後一緒に訓練しないか?」
「う~ん、やめとく。明日の航海に影響が出そうだから」
「……別に航海なんてそこまでキツイもんでもないと思うけどな……」
「まあ、あなたにとってはそうでしょうけど……能力者は色々大変なのよ」
「ああ……そうだったな」
ライカはまだまだ体力が有り余っていたが、今日は寮に戻って休むことに決めていた。というのも、悪魔の実の能力者は、曰く「海に嫌われて」、泳ぐことができなくなる。そのため、航海中の僅かな油断で、最悪海の底に行くことになりかねない。だから、ライカは明日の航海に万全の状態で挑みたかった。
「別にお前が海に落ちたら俺が助けてやるのに」
「あら、ありがとう。でも、自分から進んで溺れたくはないから、今日は大人しくしておくわ」
「そうかい。じゃあ、また明日な。ライカ」
「ええ、また明日。ギル」
二人は別れの挨拶を済ませて、ライカは寮に、ギルバートは訓練場に向かった。
◆◆◆◆◆◆
「ちっくしょう……やっぱり昨日はやめておくべきだった……」
航海当日。ギルバートは筋肉痛に悩まされていた。普段は二人で訓練しているため、どちらかがやり過ぎそうになったら、もう片方がそれを指摘して、最適な練習量に留めておくということができていた。しかし、昨日は、ライカが先に帰ってしまったため、ついつい訓練をやりすぎてしまったのだ。
「えっと……ごめんなさい。私も一緒に訓練するべきだったわね……」
「いや、どう考えてもこれは俺のせいだろ。自己管理もできないとは、俺もまだ大将には程遠いな」
揺れる船の上で二人は喋っていた。天気は気持ちのいいぐらいの快晴。いくら
「でも、こんなに気持ちよく晴れてくれてよかったわ。能力者的には、船なんて揺れないのが一番だもの」
「いくら何でも海を怖がり過ぎじゃないか?海軍の船は頑丈なんだ。余程のことが無きゃあ、お前が海に落ちることなんてないだろうに」
「そうだけど……怖いものは怖いのよ」
ライカの脳裏に5歳の頃の記憶が蘇る。ライカは朧気ではあるが、あの時に海の中を漂っていた記憶が残っていた。何も見えない真っ暗闇の中で、全身から体温を奪われていくのを感じる。全く力の入らない身体で、上下の感覚が消えてしまうくらい激しく揺さぶられ続ける。それは、彼女にとって人生で3番目に大きいトラウマとなっている。
ちなみに1番はダスティの死で、2番はその後に友達が全員離れていったことだったりする。
「まあ、安心しろ。俺がいるからには、大船に乗ったつもりでいればいいさ。まあ、この船は実際に大船だが――!」
ギルバートは冗談めかしてライカを安心させようとしていたが、不意に表情を引き締めた。さっきまでの笑顔からは想像もつかないほど真剣な真顔は、ライカを大いに不安にさせた。
「――まずいっ!」
「ちょっと! ギル!? どこに行くの!?」
ギルバートは血相を変えて走り出した。彼が向かうのはゼファーのいるところ。確か今は執務室にいたはずだ。
(操舵室に行くのが一番早いが、一訓練生の発言なんて信じてもらえるはずがない! でもゼファー先生なら
ギルバートは執務室に着くと、扉を蹴破った。
「ゼファー先生!」
「ギルバート、礼儀がなってないぞ。扉を開ける前は――」
「大変です! 大嵐が来ます! 急いで右に回頭を!」
「……何だと!?」
ギルバートはゼファーの小言を遮って、一息で言った。それは、今の快晴からは信じられない発言で、実際ゼファーも驚愕している。しかし、ゼファーは
「ギルバート! お前は他の訓練生に嵐に備えるように言いに行け! 俺は操舵手に言ってくる!」
ギルバートの言葉を信じるなら、対策が必須になる。ゼファーは体力測定のときも斯くやといった速度で執務室を出ていった。残されたギルバートは、急いで甲板に向かう。
「ギル! 急にどうしたのよ!?」
その道中で追いかけてきたライカに遭った。
「嵐が来るぞ! 俺は甲板の連中に避難を呼びかける!」
「ええ!? あんなにいい天気なのに!?」
ライカの疑問も当然のものであった。今の天気は空も透き通るような快晴。そこから急に嵐が来るなんて思えない。しかし――
「分かった!私は船内の人たちに備えるよう言ってくる!」
「ああ!任せた!」
――ライカは、ギルバートが出鱈目にそんなことを言う人間ではないと知っている。だから彼を信じて、即席で役割分担をした。
「嵐が来るぞ!船内に避難しろ!」
「嵐が来ます!揺れに備えて!」
二人がそれぞれの持ち場を走り回り、対応を呼びかける。しかし、大半の人間が彼らを信じなかった。いくら
(クソッ! これじゃあ意味がない! ゼファー先生が間に合ってくれるのを祈るしか……!)
一方そのころ、ゼファーは操舵手の下へ着いていた。
「ゼファー教官。そんなに急いで何か――」
「嵐が来る! 右に回頭しろ!」
「え?でも、予報士は――」
「説明している暇は無い! 早く!」
ゼファーのあまりの剣幕に気圧され、急いで面舵を取る。船はゆっくりと進行方向を右にずらしていく。
「間に合うか!?」
甲板に居るギルバートは、船が曲がり始めたことに気付いた。しかし、だからといって油断はできない。まだ8割くらいの人が甲板に出ている。今嵐が直撃すれば、未熟な訓練生では大きな被害を受けかねない。
(俺の感覚が正しければ、あと1分で――)
「っ!!」
その時、さっきまで無風状態であったはずの海が、突然ざわめき始めた。風が急激に強くなっていき、船が揺れる。
「始まったか!」
船の前方に風が集まり始め、塊になっていく。その様子に嫌な予感を覚えた訓練生たちは、今になって焦り始めた。
(既に右に曲がり始めているが、避けられるか!?)
船は急には曲がれない。前方に明らかに危険な風の塊があったとしても、即座に曲がって回避することはできない。ゆっくりと船が風の塊へ向かっていく。甲板に居る人たちは今更顔を青くして慌てふためいている。
しかし、ギルバートが早い内にゼファーに進言したのが功を奏した。徐々に船は右に曲がっていき、何とかギリギリで、風の塊に側面を向けることに成功した。そして、風はどんどん強くなり、風の塊がどんどん大きくなっていく。そして――
ゴウウウゥゥゥ!!
「……間に合った」
船の左側で、凄まじい嵐が吹き荒れていた。回避が間に合ったので、船に直接嵐が当たることはなかった。しかし、嵐に揺られた海が船に波を叩きつけていて、船を激しく揺らす。余波だけでこの揺れなのだから、直撃していたらどうなっていたかことか。そう甲板にいたものたちは顔を青くした。
緊張から解放されたギルバートは、へなへなとその場で腰をついた。
「大丈夫? どこか怪我でもしたの?」
いつの間にか船内から戻ってきていたライカがギルバートの隣に立っていた。
「大丈夫だ。筋肉痛なのに全力で走っちまって、疲れただけさ」
ギルバートは、ライカの手を煩わせまいとして、一人で立ち上がった。
「ところでギル。さっきは何で嵐が来るって分かったの?」
「何でって、簡単なことだ。俺は
ドジョウ。それはコイ目ドジョウ科に分類される淡水魚の一種。ドジョウは気圧の変化に敏感で、天候に応じて泳ぐ場所や泳ぎ方を変える習性がある。その性質から、ドジョウは天気魚と呼ばれることもある。
ドジョウの魚人であるギルバートも、当然その性質は受け継いでいる。故に、他の人では分からないような気圧の変化にいち早く気付いて、先に対処することができたのだった。
「便利ね。その体質」
「だろう?俺も気に入ってる」
二人は船の縁に寄りかかりながら、目の前で暴れ狂う嵐を見ていた。
ライカ
実は座学2位。
ギルバート
実は座学1位。おまけに天候を100%予測できる。チートかな?
今からだいたい3年後に現れる的中率十割の航海士
これを言うのは2度目になりますが、ライカと某麦わらの少年は同い年です。そして今のライカは14歳です。つまりそういうことです。
はみ出し者の言葉を信じない人たち
悠然と輝く「モブの民度低め」のタグ。
ドジョウ
実際のドジョウにここまでできるのかは謎。でもワンピ時空のドジョウならきっとこれくらいできるでしょう。
ということでギルバートの能力判明回。