MISFITS ―はみ出し者たちの物語―   作:Astley

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第22話:現実

「ほら、早く歩くえ!」

 

「グウウゥゥゥ!?」

 

 ライカのすぐ隣で、男が鞭打たれている。天竜人の奴隷である彼は、叩かれる度にライカに縋るような視線を向けてくる。しかし、ライカは必死にそれを無視していた。

 本音を言えば彼を助けたい。上に乗る屑を斬り倒して、その首輪を外してあげたい。しかし、彼女にそれはできなかった。天竜人に逆らえば間違いなく地獄を味わうことになる。それも、地獄に落とされるのがライカ一人ならいい方で、天竜人の気分次第では、ライカの関係者まで同じ目に遭うかもしれないのである。ゼファーは事前に言っていた。天竜人に逆らえば、最悪、その人の家族や、訓練生を含めたこの場に居る海兵全員が地獄行きになる可能性があると。だから、ライカは目の前で虐げられる男を見捨てるしかなかった。

 

(ごめんなさい……本当にごめんなさい……!)

 

 助けを求める無力な人を傍観することしかできない現状に吐き気を覚える。しかし、彼女の受難はこれでは終わらない。

 

「ほれ! 何つまらなそうな顔をしているえ! そうだ! お前もこいつを躾けるえ! 奴隷に鞭打つのは楽しいえ!」

 

「……いえ、遠慮させていただきます。貴方様のご自慢の鞭に、私のような薄汚い下々民(しもじみん)が触れてしまっては、鞭が汚れてしまいます。ですので、私は――」

 

「うるさいえ! いいからお前も躾けるんだえ!! それともなんだえ!? お前はわちきに逆らおうというのかえ!?」

 

「……分かりました。そのご厚意に、甘えさせていただきます」

 

 何とか自分が奴隷を虐げることは避けようとしたライカだったが、こういう言い方をされてしまっては、逆らうことはできなかった。使いたくもない敬語で答えながら、その手に鞭を受け取った。

 奴隷の男と目が合う。怯えるような、懇願するような視線を受けて、罪悪感が彼女を蝕む。

 家族のため、ゼファー先生のため、付き添いの中将たちのため、他の訓練生たちのため。受け取った鞭で目の前の男を嬲らなければならない。しかし、ライカの腕がどうしても動かない。

 

「何してるえ!? さっさとそいつを躾けるえ!!」

 

「……は、い……。そう、させて、いただきます」

 

 泣いてしまいたい。泣いてそのまま逃げだしてしまいたい。しかしそれは許されない。ゆっくりと鞭を振り上げ、そのまま振り下ろす。なるべく力は抜いたので、痛みは殆ど無いはずだ。

 

「……! ウグゥッ!」

 

 奴隷の男も痛がる演技をしてくれた。これならば、ライカが手加減していることがバレないで済むはずだ。

 

(良かった。いや、良くないけど……このままバレないように手加減して、なるべく痛まないように――)

 

「何手加減しているえ?」

 

「…………え? いえ、手加減など――」

 

「嘘つくなえ!! 鞭の音が鈍かったえ!! 全然力が入ってないえ!!」

 

「……あれが、私の全力です。華奢な私では、これが、精一杯です」

 

「ふーん。そうかえ」

 

 ジャルマック聖は明らかに納得していなかった。そこで、彼は周囲の訓練生たちを見渡す。彼が探しているのは気弱で、自分に逆らえなさそうな訓練生。

 

「…………っ!?」

 

 ジャルマック聖は、そこで一人の金髪の訓練生と目が合った。ジャルマック聖は懐から銃を取り出し、その訓練生に向ける。引き金に指をかけているので、いつでも撃てる。つまり、その訓練生の命は、ジャルマック聖の気分次第でいつでも奪えるのだ。

 

「そこのお前。さっきのがこの女の全力なのかえ?」

 

「あっ…………えーっト…………」

 

「さっさと答えるえ!」

 

 ジャルマック聖が空に向けて発砲した。轟音がシャボンディ諸島に鳴り響く。訓練生の中には、耐えきれず恐怖の叫び声をあげてしまう者や、涙を流す者も見受けられた。

 

「い、いエ! No(ノー) でございまス! Sir(サー). ジャルマック! あの girl(ガール)merman(マーマン) よりも powerful(パワフル) デス!!」

 

 銃口を突きつけられるという恐怖に耐えられなかった金髪の訓練生――トーマスは、ついに本当のことを言ってしまった。

 

「ほう? ということは、お前はわちきに嘘をついたのかえ?」

 

 ジャルマック聖は、今度はライカに銃口を向けた。自然系(ロギア)であるライカに銃は効かない。しかし、効かないからといって状況を好転させられるわけではない。むしろ、ここでライカが銃弾を避けてしまえば、ジャルマック聖はますます怒り狂って、より事態を悪化させるだろう。それが分かっているライカは、覚悟を決めた。

 

「はい。私は嘘をつきました。不敬なる私を、どうか罰してください」

 

 怒りの矛先が自分に向いてくれるのならいい。これ以上誰かを傷つけるくらいなら、自分が傷付いた方が万倍マシだ。そう考えたライカは、正直に告白した。

 

「そうかえ」

 

 しかし、ジャルマック聖はその銃口をゼファーに向けて、そのまま発砲した。

 

「グウッ!?」

 

「「「ゼファー先生!?」」」

 

 ライカを含めた数人の訓練生が、耐えきれずに叫んだ。幸い、ゼファーは天竜人に気付かれないくらいギリギリで急所を外していたので、軽傷ではあった。しかし、自分のせいで大切な先生を傷つけてしまったという事実は、ライカの心をへし折るのに十分だった。

 

「おい、ゼファー。今年も(・・・)教え子の躾けがなってないえ? これ以上こんなことが続くようなら、お前もわちきの奴隷にしてやるえ! 分かってるなえ?」

 

「はい。全ては私の不手際です。申し訳ございません」

 

 地に頭を付けて土下座するゼファーを、ジャルマック聖はニヤニヤした顔で見つめている。彼は分かっていて(・・・・・・)やっていた。洗礼という行事を利用して、正義感溢れる者の心を徹底的に凌辱する。それが愉しくて仕方がないからこそ、彼はこんなことをしているのである。

 ジャルマック聖の表情からそれを察したとしても、最早ライカにはどうすることもできない。何をやっても自分以外の誰かが傷付くような気がして、最早自分を責めることしかできなかった。

 

「まあいいえ。女、次は本気で躾けるえ。じゃないと、この場に居る誰かが死ぬえ」

 

「…………は、い……」

 

 ライカの声は完全に震えていた。表情は今にも泣きだしそうで、何なら既に右目から一粒の涙が零れかけている。しかし、それでもライカは無表情でいようとしていた。目の前の男は自分よりも遥かに過酷な状況にいるのに、それよりはまだマシな状況である自分が辛い顔をするわけにはいかないと、そうライカは思い込んでいた。

 ライカは鞭を振り上げ、さっきよりもずっと力を込めて振るった。

 

「ぐわあぁあああ!!?」

 

 気持ち悪くなるくらいに気持ちのいい破裂音が、シャボンディ諸島に響く。同時に、今までで最大級の悲鳴が男から上がる。

 

「良いえ! 次はもっと強くやるんだえ!!」

 

「…………はい……!」

 

 男が痛みに呻き、身体を仰け反らせる。ライカは、ヒーローとは真逆のことをしている自分への嫌悪感でどうにかなってしまいそうだった。

 あまりにも胸糞悪い光景に、その場に居たジャルマック聖以外の全員が目を背ける。ゼファーやギルバートは、ライカを助けに行きたかった。しかし、天竜人相手にそのようなことはできない。ただ黙って傷付く少女を見守ることしかできない。

 

「もっとえ! もっとだえ!! もっと愉しくやるんだえ!!」

 

「…………っ!!」

 

 完全に心が砕け散ったライカは、ジャルマック聖に従って、無言で男を鞭打つことしかできなかった。

 結局ライカは、ジャルマック聖が目的地に着くまでの十数分間、合計で数百回もその男を叩かせられたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 目的地の人間屋(ヒューマンショップ)に辿り着き、ライカは漸く解放された。人間屋(ヒューマンショップ)に一緒に入るのは付き添いの中将たちだけで、ゼファーと訓練生たちは人間屋(ヒューマンショップ)の外の警備を任されている。

 ライカは、自分の身体を抱きしめて蹲り、虚ろな瞳で虚空を見つめている。普段は彼女を避けていた人たちも、今の彼女には流石に同情せざるを得なかった。

 

「「ライカ!!」」

Hey(ヘイ) 、 ライカ!」

 

 そこに駆けつけて来る影が三つあった。ゼファーとギルバートと、そしてトーマスだった。ギルバートはトーマスの姿を確認するや否や、怒気を振りまきながら彼へと駆けていく。

 

「てめえ!! どの面下げて来やがった! トーマス!! お前のせいで、ライカは!!」

 

 ギルバートはトーマスの胸倉を掴み、持ち上げた。トーマスの足が地面から離れ、つま先が宙に浮く。

 

「わ、分かってまス!だから、 apologize(アポロジャイズ) しニ……!」

 

「ギルバート、トーマス」

 

 ゼファーが感情を徹底的に抑えた平坦な声で二人の名前を呼んだ。

 

「喧嘩なら余所でやれ。邪魔だ」

 

「「……はい」」

 

 ゼファーに気圧されて冷静になった二人は、先の醜態を恥じて、大人しく下がっていった。ゼファー一人がライカの前に立つ。ゼファーは腰を落として、蹲るライカと目線が合うようにした。

 

「ライカ、ご苦労だった。疲れただろう?ゆっくり休め」

 

 そう言ってゼファーはマグカップを渡す。中には温かいココアが入っていた。甘い匂いがライカの鼻孔をくすぐり、立ち上る湯気は見ているだけで温まるようであった。

 ライカはマグカップを受け取ったものの、一向に飲もうとはしなかった。

 

「ライカ、気に病むなとは言わん。それが無理なことくらいは俺にも分かる。だが、自分を責めるな。あの場面では、ああするしかなかった」

 

「……」

 

 ライカはココアの水面に僅かに映る自分の顔をじっと見つめていた。

 

「お前以外の誰があの位置に立っていたとしても、同じことが起きただろう。勿論、俺でもだ。だから――」

 

「ゼファー先生」

 

 ライカはゆっくりと顔を上げる。焦点の合わない目をゼファーに向けて、口を開いた。

 

「こんな私でも……ヒーローになれるんでしょうか……」

 

 そう尋ねたライカの声は、あまりにもか細く、弱々しかった。その様子を見たゼファーは暫し考えた後、口を開いた。

 

「もうなっているじゃないか」

 

「……え?」

 

 予想外の言葉に、ライカは目を見開いて驚いた。

 

「6年前、お前はクルーエルと対峙し、民間人を守り抜いた。そして今日、お前はあの天竜人の暴虐に耐えることで、あの場に居た人たちを守った。十分にヒーローをしている」

 

「……っ! 何ですかそれ! 私は、ヒーローなんかじゃない!! 6年前はダスティさんを助けられなかった!! そして今も!! あの男の人を助けられなかったし!! 先生にも怪我をさせた!! 私は――!」

 

「じゃあ、ライカ。どうすればダスティを助けられたと思う? どうすればあの男を助けられたと思う? どうすれば俺が怪我をせずに済んだと思う?」

 

 激高するライカの言葉を遮って、ゼファーが問うた。それは、ある意味意地悪な質問でもあった。

 

「6年前は、私がもっと強ければ助けられた! 今日だって、今日だってっ……!」

 

 そこでライカは言葉に詰まってしまった。どうすれば彼を助けられたのか。どうすればゼファーが怪我をせずに済んだのか。ライカには全く思いつかない。当たり前だ。たかだか一海兵に、世界最高の権力を持つ天竜人から奴隷を救い出す術などありはしない。

 

「……今日、だって……ぐすっ」

 

 それを言ったきり、言葉に嗚咽が混じり始める。そして遂には、言葉は泣き声へと変わっていった。

 

「ライカ。残酷なことを言うようだが、ヒーローだって全員を助けられるわけじゃないんだ。結局は助けられる範囲の人々を全力で助けることくらいしかできない」

 

「……うぅっ……ひぐっ……」

 

「強くなれ、ライカ。助けられる範囲を少しでも広くできるように。そして賢くなれ。あの男のような人々を助けられる術を見つけられるように」

 

「……うわぁああああん!」

 

 ライカは子供のように泣き出してしまった。そして同時に心の中で決意した。いつか自分が、こんな悲劇を起こさせないくらい強く、賢いヒーローに絶対になってやると。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 ゼファーと話して多少落ち着いたライカは、チビチビとココアを飲んでいる。

 

「ライカ、大丈夫か?」

 

 そこへギルバートがやって来た。

 

「……うん。まだ納得できてないけど、多少は……」

 

「そうか……」

 

 ライカからいつもの快活さが完全に消え失せている。ギルバートは、ライカが心に負った傷の深さを思って、胸が張り裂けそうになった。

 

「なあ、ライカ。さっき言いそびれたが――」

 

「やったえ~~! レアものを手に入れたえ~!」

 

 そのときだった。ジャルマック聖が、新しく買った奴隷を引き連れて人間屋(ヒューマンショップ)から出てきた。

 

「珍しい魚が手に入ったえ~! これは遊び甲斐があるえ~!」

 

 酷く上機嫌なジャルマック聖の後ろには、中将たちに連れられて、首輪を付けた奴隷たちが歩いていた。その中に一人、真っ赤な肌をした大男がいる。明らかに魚人であった。その魚人はライカを見ると、目を見開き驚愕したかのような顔付きになる。

 

(……あの人、私をじっと見てる。何故? 私のことを知っているの?)

 

 ライカがその魚人を見ていると、その魚人が自身の首輪に手をかける。そしてその手が黒く染まっていき――

 

パキンッ!

 

「え?」

 

 何かが壊れたような音がした。そしてその魚人はライカへと走っていき、そのままライカを抱えた。

 

「キャアッ!? 何!?」

 

「なっ!? ライカぁっ!!?」

 

 周囲の海兵や訓練生たちも突然のことで反応できていない。ライカのすぐ傍にいたギルバートでさえ、急な状況の変化に頭がついてきていない。

 

「馬鹿な魚え! 奴隷の首輪には爆弾が仕掛けてあるえ! 死ぬえ!」

 

 そう言ってジャルマック聖が懐から取り出したスイッチを押す。すると、彼の言葉通り、首輪が爆発した。割れて地面に落ちていた首輪(・・・・・・・・・・・・・)が。

 

「え?」

 

 奴隷に付ける首輪は鋼鉄製で、素手で破壊できるものではない。しかし、この魚人は、どういうわけかそれを破壊し、外している。ジャルマック聖は予想を裏切る事態に困惑することしかできない。

 ライカを抱えた魚人は一気に跳躍し、急速に距離が離れていく。

 

(あれは、流桜(りゅうおう)だと!? そんなことができる奴が何故奴隷なんかに!? いや、それよりもライカの救出を!)

 

「訓練生はここに待機して天竜人を護衛しろ! 中将は一人を残して俺について来い!」

 

 いち早く状況を理解したゼファーが号令を出し、中将たちが命令通りに行動しようとする。しかし、それに待ったをかけた人間がいた。

 

「待つえ! わちきを危険に晒す気かえ!? 中将を動かすのはわちきが許さないえ!」

 

 あろうことかジャルマック聖は中将たちを自分の護衛として残すように命令したのだった。これではライカの救援のために中将たちを動かすことができない。

 

(こいつ! 人の教え子を何だと思っているんだ!?)

 

 ゼファーは、一人の少女の命を何とも思わない天竜人のあまりの横暴に、こめかみに青筋が浮かぶのを抑えられなかった。しかし、ここでキれてしまっては訓練生全員が天竜人の餌食になりかねない。だから、耐えるしかない。

 

「仕方がない……ライカは俺一人で救出する! 他は全員ここに残って――」

 

「待ってください、ゼファー先生! 俺も一緒に行きます! 一訓練生なら、護衛から離れても文句は無いはずです!」

 

 そう言って手を挙げたのはギルバートだった。ギルバートはジャルマック聖の方を見たが、彼は興味無さげに鼻を鳴らすだけだった。それを肯定と捉えたゼファーは指示を出す。

 

「分かった! ギルバート! 俺について来い!」

 

 ゼファーとギルバートは、ジャルマック聖の傍から離れ、ライカを攫った魚人の方へと駆けだした。

 

(流桜使い相手に俺とギルバートでは余りにも心許ない! だが、迷っている時間は無い!)

 

 予測される敵戦力に対して、こちら側はどうしても戦力に不安が残る。しかし、それでもゼファーは教え子を見捨てるつもりはさらさら無い。そしてそれはギルバートも同じであった。

 ジャルマック聖は小さくなっていく二つの影をつまらなさそうに見つめていた。




ライカ
 心を壊された上に誘拐までされる系主人公。

ギルバート
 今回は影が薄め。次回あたりで活躍するかな?

トーマス
 今日の戦犯。でもあの状況になってなお片言なのは逆に大物なのかもしれない。

ゼファー
 撃たれました。年配者には優しくしましょう。

ジャルマック聖
 ぐう屑。

魚人の奴隷
 流桜使えるってマジ? クルーエルといい、コイツといい、前半の海に居ちゃいけない奴多過ぎじゃないですかね?

 という訳で尊厳破壊回。可愛い女の子を曇らせるのは気持ちがいいえ~!(天竜人並みの感想)まあワンピ時空ですし、しょうがないね。
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