「“
「“黄泉送り”!」
黒く染まった腕と刀が打ち合う。腕が刀に触れた瞬間、腕を受け流され、ゼファーは明後日の方向を殴る。その隙を狙って、フウライは突きを放った。しかし――
「フンッ!」
「っ! 見事!」
ゼファーは受け流されたその勢いのままに一回転し、再びフウライにパンチを放っていた。ゼファーの腕でフウライの突きが弾かれ、彼の刀が打ち上がる。刀を両手で握っていたフウライは、上に弾かれた刀に腕を持っていかれて、両腕を頭の上に上げている形になった。
つまり、今度はフウライの方が隙を晒している。それを逃がすゼファーではない。すかさずゼファーは、フウライのがら空きの胴に向けてパンチを繰り出した
「不覚!」
しかしフウライも、腕を上に弾かれた勢いを利用して、後ろにバク宙する。ゼファーのパンチが空を切り、二人の間合いが離れる。戦況は
実は、二人はさっきからこれと同じような応酬を、何百回も続けている。お互いに一発も有効打が当たらず、体力だけを浪費する戦いが既に十分も続いていた。
このような不毛な状況になっているのは、お互いに決定打が欠けているのが原因だった。
戦法がカウンター主体のフウライは、自分からゼファーを攻めることができない。故に、ゼファーの攻撃を受け流して、その隙を突くしか攻撃手段はない。しかし、歴戦の海兵であるゼファーは、攻撃を受け流されても、その勢いすら利用して、即座に体勢を立て直すことができる。つまり、受け流しで隙を作るのが難しく、どう受け流しても攻撃に繋げられない。故に、フウライは決定打を与えられない。
対して、ゼファーも、攻撃手段が近接格闘しか無いため、フウライの受け流しを突破する術が無い。いや、格闘以外の攻撃手段もあるにはあるのだが、老体のゼファーにその技は負担が大きく、出来るならあまり使いたくはない。つまり、ゼファーも決定打を与えられないのである。
このように、二人はお互いに決め手に欠ける、千日手のような状況に陥ってしまっているのである。
(不覚! 未だに本調子に戻らんとは!)
(……! 急所は避けても傷は傷か!)
お互いが本調子ではないことも、この不毛な状況を後押ししていた。
フウライは、ライカを攫う際に、何度も彼女から電撃を浴びせられていた。そのため身体が痺れてしまい、動きが鈍くなっていた。本来なら瞬殺できる程度の相手でしかないライカ相手に、あそこまで時間をかけてしまったのも、結局はそれが理由である。ライカと戦っていたときよりは痺れが抜けてきているが、それでもまだ本調子からは程遠い。故に、あまり素早い動きはできない。
ゼファーも、先の「洗礼」において、天竜人に撃たれている。ただでさえ老体で衰えているのに、傷が響いていては、本来の力を発揮できるはずがない。故に、無理はできない。
だからお互いに決定打を放てない。このままでは、どちらかの体力が尽きるまで続く消耗戦となる。
(まずいな! 長期戦ではこちらが不利だ!)
しかし、ゼファーには消耗戦に持ち込んではいけない理由があった。それは老いによる心肺機能の低下。先に述べた通り、ゼファーの身体は老いにより衰えている。その中でも特に深刻なのが、心肺機能の衰えだった。彼は決して教え子の前ではそれを見せないが、実は定期的に薬を吸入しなければいけなほどに呼吸器系が弱っている。消耗戦に持ち込まれたら、先に体力が尽きるのは必至だった。
(かと言って焦って攻勢に出れば、受け流されてそのままとどめを刺されかねない! どうする!?)
表情には出さないが、確実にゼファーは焦っていた。
(仕方がない……一か八か、勝負に出る!)
「“
一瞬の隙を突いて、ゼファーは地面を殴った。殴った箇所から急速に罅が広がっていき、地面が砕けた。
「何!?」
フウライは足場を破壊されて、バランスを崩した。対するゼファーは、崩れた足場の上でも器用にバランスを保ち、腰を据えて力を溜めている。右腕の黒色がさらに深く、闇よりも暗く変色していく。ゼファーはここで決めるつもりだった。渾身の覇気が右腕に籠められ、その色をさらに深く黒くする。
「“
「“黄泉送り”!」
フウライはゼファーの渾身の一撃すらも受け流そうと、刀を構える。しかし、足場が不安定なこの状況で、精密な刀の操作を要求される受け流しを成功させるのは、フウライとて無理であった。
「グッ!?」
刀越しに凄まじい衝撃がフウライに伝わってくる。受け流し切れなかった衝撃はフウライの身体へと伝わり、肉を潰れさせ、骨を軋ませた。
「ウグウゥゥゥ!? ぐわああぁ!!?」
衝撃に耐えきれなくなったフウライは、ついに吹っ飛ばされていった。彼の身体は凄まじい速度で後ろに吹っ飛んでいく。視界の中でどんどん小さくなっていくフウライを見つめながら、ゼファーは膝をついた。
(何とか勝てたが……本当に手強い相手だった。ライカが生きていたのは奇跡だったな)
久方ぶりの強敵との激戦が老体に響いたのか、ゼファーは深く息をつく。
(奴の捕獲は他の海兵に任せざるを得ないな……俺も本当に老いたものだ)
かつては四皇とすら正面切って殴り合えた自分が、今では一犯罪者に手こずらされる。老いというものの恐ろしさを、ゼファーは実感した。
「“黄泉返し”!」
遠くで小さくフウライの声が聞こえた気がした。しかし、吹き飛ばされた彼に、今更反撃する手段は――
「……何だと!?」
ゼファーの視界に信じられないものが映り込んだ。それは、吹き飛ばされた時と同じ速度でこちらに突っ込んでくるフウライの姿であった。
「くっ!」
老いも、心肺機能の低下も、撃たれた傷も今は全て無視して、ゼファーは重い身体を無理やり立たせた。両腕に覇気を籠め、黒化させる。しかし、その色は戦い始めのときと比べてはるかに鈍くなっている。
「“
「“未練断ち”!」
フウライが、カウンター戦法を捨て、初めて自分から攻勢に出る。突っ込む速度をそのまま刀に乗せて、大振りの一撃を放つ。対して、ゼファーも黒化した腕でパンチを放つ。しかし、ここまでの戦いで大きく消耗したゼファーのパンチでは、フウライの、速度が乗った一撃を受けることはできなかった。ゼファーのパンチが弾かれて、ゼファー自身も大きく吹き飛ばされる。隙だらけとなったゼファーに、フウライが駆けた。
(……まずいっ!)
「悪いが、眠ってもらうぞ」
ゼファーの腹に、フウライの全力の峰打ちが突き刺さった。
「がはぁっ!?」
ゼファーは薄れていく意識の中でフウライを睨みつける。
(何故吹き飛ばしたのにあの速度で戻ってこれたんだ!? 一体どんな手を――)
そこまで考えて、ゼファーの視界に、遠くにある建物の壁が入った。それは、フウライが吹き飛んでいった方向にあった建物。本来ならフウライが突き刺さっていたであろう壁。そこに、刀で斬ったような斬り傷が付いていた。それを見て、ゼファーはフウライが戻って来たからくりを理解した。
(まさか、壁
フウライは駐屯地に踏み込んだ時に、刀で銃弾を跳ね返すという芸当をやっている。つまり、彼は、刀があれば自分に向かってくる物体を跳ね返すことができるということである。
そして、壁に向かって吹き飛んでいくフウライ自身の視点に立てば、壁はフウライに向かって迫って来ているように見える。つまり、壁を自分に向かってくる物体と見做すことができて、それ即ち壁を跳ね返せるということである。
そうして壁を跳ね返せば、壁に当たるときの力でフウライが壁から弾き飛ばされることになり、吹き飛ばされたのと同じ速度で帰ってくる。それが、さっきの一瞬に起きたことの真相だった。
(なんて技量だ……くそっ……ライカ……ギルバート……)
ゼファーは地面に倒れ、そのまま気を失った。
「見事だ、海軍教官ゼファー。正義の担い手を育て上げるだけのことはある」
フウライは、気絶したゼファーに一礼をすると、そのまま彼を放置して、ライカたちが逃げて行った方角へと走り出した。
◆◆◆◆◆◆
行きと同じように、ギルバートは建物の屋上を飛び移って元の場所を目指していた。しかし、行きと違い、その背中にはライカを負ぶっている。
「大丈夫か、ライカ? もうすぐみんなのところに着くからな」
「……んぅ、うん?」
ライカはギルバートの背中で、うつらうつらと船を漕いでいた。午前は「洗礼」で精神的に追い詰められ、午後は誘拐されて戦闘する、という過酷すぎる一日を過ごしたのだ。ライカは体力を殆ど使い果たしていた。
(天竜人のところまで帰れば、中将5人であいつを封殺できる!ゼファー先生が足止めしてくれている間に、辿り着かないと――!)
そう思っていた矢先の出来事だった。ギルバートは、ふと地面を見て、自分たちの影よりも小さな影が、自分たちの影を追い越していったのに気付いた。
(影……誰かが俺たちを飛び越した?)
ゼファーがあの魚人を撃破して自分たちに追いついてきたのだろうか。そう思ってギルバートは顔を上げた。
「見つけたぞ! 女!」
「っ!? 何だと!?」
「……! 嘘っ!?」
そこに居たのはゼファーではなく、フウライであった。予想外の人物の登場に、ギルバートは思わず叫んだ。ライカも、予想外の事態で、眠気が吹き飛んでいる。
フウライはギルバートたちを跳び越え、彼らの前に着地した。前方を抑えられたギルバートは、立ち止まらざるを得ない。
「あいつがここに居るということは……!」
「……そんな……ゼファー先生が負けたの?」
ギルバートたちの脳裏に最悪の可能性が過った。しかし、フウライはすぐにそれを否定した。
「安心しろ。殺してはいない。海兵を殺すのは、
「だったら何でライカを狙う!? こいつも海兵なんだぞ!」
背中のライカを指しながらギルバートは叫ぶ。それは当然の疑問だった。彼は支部に突入したときも、海兵の武器だけを破壊して、なるべく彼らが傷付かないように戦っていた。しかし、ライカにだけは殺意を剥き出しにしている。あまりにも不可解であった。
「笑止! その女に騙されているとも知らずに、哀れな男だ」
「騙されてるだと!? お前がライカの何を知っている!」
フウライはギルバートの言葉を無視して刀を構えた。
「その女を大人しく渡してくれるなら、貴様には何もせん。だが、立ちはだかるというのなら、少々痛い目を見てもらうぞ?」
フウライから威圧感が放たれる。それはフウライの言葉が、単なる脅しではなく本気であると感じさせるには十分なものだった。
「ギルバート、私を置いて逃げて……ゼファー先生すら倒すようなのが相手じゃ、あなたでも――」
「ふざけるな。お前無しでどうやって訓練するんだ。お前がいなけりゃ俺は強くなれねえんだ。意地でもお前は連れ帰ってやるからな」
フウライの威圧感に充てられようが、ライカ自身に見捨てるように言われようが、ギルバートに彼女を見捨てるという選択肢はない。こんな状況の中で、ギルバートは敢えて茶化した答えを吐いてみせた。
「……そうか。ならば、力尽くで参るしかあるまい!!」
フウライがギルバートへと駆ける。対するギルバートも、ライカを背に、ハルバードを構えて迎撃の構えを取る。大切な友のために、ギルバートにとって負けられない戦いが始まった。
ゼファー
まさかの敗北。ジャルマック聖が余計な傷を増やしてなければ勝ってました。
ゼファーの技
この世界線のゼファーは右腕を斬られてないので、スマッシャーはありません。なので、使う技も“スマッシュ○○”ではなくなりました。“黒腕”にちなんで技名は“ブラック○○”に変更。あとなんとなく格好良さそうだったから、技名に日本語読みを付けたけど、要らなかったかもしれない。
フウライ
ゼファーに勝ちました。でもゼファーの最後の一撃で大ダメージを受けてるので、再びライカに手こずるくらいに不調になりました。
“未練断ち”
フウライの技ではほぼ唯一の非カウンター技。カウンター特化ここに極まれり。
ギルバート
前回の予告通り、次回で輝きます。
ライカ
眠そう。
という訳でゼファーVSフウライ回。ジャルマック聖が余計なことしなければここで洗礼編は終わってたのに。やっぱり天竜人は屑。はっきり分かんだね。
次回はギルバートVSフウライ。乞うご期待。