「ギル、気を付けて! あいつはこちらの攻撃を全部受け流せるわ!」
「全部って……じゃあどうすれば良いんだよ?」
「分からない! 格闘戦だと受け流されて隙を晒す! かと言って遠距離攻撃も跳ね返される!」
「じゃあますますどうすれば良いんだよ!?」
二人が言い争っている間にも、フウライはこちらに近づいてくる。どうすれば良いか分からないが、このままでは逃げることもできない。故に、ギルバートは賭けに出るしかない。
(近距離も遠距離も駄目ならば――!)
ギルバートは、その手のハルバードを長く持ち、構える。それは、中距離戦の構え。リーチの長いハルバードなら、近距離のように受け流されて隙を晒すことも、遠距離のように跳ね返されることもない。
「魚人槍術!“
迫るフウライにハルバードで突きを放つ。ハルバードのリーチなら、たとえ受け流されたとしてもすぐには反撃されない。そう踏んだギルバートは、反撃される可能性を敢えて排除して全力の突きを放った。
「甘い! “冥土踏み”!」
しかし、ギルバートは自分の見通しが甘かったことを思い知らされた。
「……! そんな!」
「俺のハルバードをっ!?」
フウライは突き出されたハルバードを踏みつけていた。踏まれたハルバードがそのまま地面に向かい、深々と突き刺さる。つまり、ギルバートは今完全に隙だらけにされたのだ。
「っ! 魚人空手! “百枚瓦正拳”!」
ギルバートは咄嗟にハルバードを手放し、素手で正拳突きを放った。しかし、それは悪手でしかない。
「“黄泉送り”!」
「しまった!?」
正拳突きはあっさりと受け流されてしまった。その隙を突かれて蹴りを入れられ、吹き飛ばされる。
「ぐわあっ!」
「きゃあっ!?」
ギルバートは背中のライカごと地面を転がった。今の蹴りは明らかにこちらを侮っていた。あの隙に刀で斬るなり刺すなりすれば、あの時点でギルバートは死んでいた。なのに、放たれたのは蹴り。ギルバートの心に、沸々と屈辱感が募る。
「最近の魚人は武術がなっておらんな。魚人の膂力でごり押すことを武術だと勘違いしている」
フウライは構えを解き、倒れるギルバートを嘲るように言った。彼は地面に突き刺さったハルバードを抜き、ギルバートへと投げ渡す。それは、明らかな挑発行為であった。
「……こいつ! 舐めてくれやがって!」
口では挑発に乗るが、頭の中ではあくまで冷静に状況を俯瞰する。
(正面から戦ったら100%負ける!かと言って、全力疾走する俺を追い越せるような相手から逃げられるとは思えない! どうすればいい!?)
ギルバートは考える。何か打開策が必ず見つかると信じて、とにかく必死に頭を回す。その中で考えたのは、先程の一幕のことだった。
(とどめを刺せる場面で蹴りを入れる、構えを解いて説教を入れる、得物は態々返す。一体奴は何のつもりなんだ? ライカにはあれほどまでに殺気を向けて、俺に対しては……)
ふとギルバートが気になったのはそこだった。彼がゼファーと共にライカの下に辿り着いたときは、フウライは一片の容赦もなくライカを刺し殺そうとしていた。しかし、今は、ギルバートに対して明らかに手加減をしながら戦っている。
(同じ魚人であるからか? じゃあライカへの殺意は……? そもそも何でライカが狙われる? というかまず真っ先にそれを聞くべきだった!)
そういえばそうだった。ギルバートは、何故フウライがライカを狙うのかを知らない。戦闘が一時停止した今この瞬間に、その話題に持ち込むことができれば、時間を稼げる。そうすれば、恐らくこちらに向かっているであろう救援を待つことができるかもしれない。フウライが話に乗ってくれる保証はどこにも無いが、このまま戦っても勝ち目が無い以上、思いついたことは全て実践してみるしかない。
「そもそも何でお前はこの女を狙う!? 理由を教えてくれ! 理由によっては、今すぐ戦いをやめてこの女を引き渡すことも考えてやる!」
それは嘘であった。どんな理由があろうと、ギルバートに
「そういえば貴様には話していなかったな。我も無駄な争いは好まん。いいだろう、話してやる」
(なーにが『無駄な争いは好まん』だよ。最初は問答無用で攻撃してきたくせに。ふざけんな!)
ギルバートに内心で罵倒されているとはつゆ知らず、フウライは怒気を含んだ表情で語りだした。
「あれは今から9年前の出来事であった……」
(長話になりそうだな……)
しかし、それならば好都合。ギルバートは、増援までの時間稼ぎになってくれるなら、無駄に長い話であろうともいくらでも付き合ってやる所存であった。
「その女は、9年前にアンネを、我が愛弟子を攫ったのだ。
語るにつれてフウライの口調はヒートアップしていった。しかし、ギルバートは、彼の言葉に無視できない点があった。
「待ってくれ! 9年前だと!? ライカは今14歳だ! 9年前なら、ライカはまだ5歳だぞ! そんな子供が誰かを攫うなんて――」
「そうだ! その罪深き女は、まだ幼き身でありながらアンネを攫ったのだ! 素の実力では勝てないから、その見た目で油断させて、アンネを……! あの黒衣の女と共に!」
(黒衣の女……!?)
ライカはその言葉に反応した。そういえば、ライカがフウライと戦う直前にも同じことを言っていた気がする。その時は気が動転していて気付かなかったが。
(9年前……私が5歳のとき……そして黒い服の女。間違いない! この人は私の過去に関わりがある!)
9年前といえば、ライカがベルツに拾われた年である。ライカが拾われたその年に、ちょうどアンネと呼ばれる人が「私」に攫われていて、その傍には黒い服の女がいたらしい。
そして、ライカの記憶の中では、ライカを捨てた「お母さん」も黒い服を着ていた。まだフウライの言う「黒衣の女」と「お母さん」が同一人物であると考えるに足る根拠は何もない。しかし、それでもライカは点と点が線で繋がっていくような感覚を覚えた。
「もしかして、本当に私はそのアンネという人を……?」
「まだ惚けるつもりなのか、貴様!! もう良い、楽には殺さんぞ!!」
激高したフウライがギルバートたちへと突撃する。ギルバートは回避に徹するしかない。先の攻撃で、彼我の実力差は分かった。こちらから攻めたところで、カウンターを食らわせられる未来しか見えない。だから、逃げ回るしか手がない。
(クソッ! 結局2分しか時間を稼げなかった! 救援はいつ来る!? あと何分逃げ回ればいい!?)
ギルバートの体力は訓練生の中でもトップで、長時間の訓練に平然と耐えられるほどのタフさを誇る。しかし、そんなギルバートでも、ライカを背負ったまま、フウライ相手に逃げ回るのはかなり厳しい。それでも、
「待って、ギル! 本当に私はあの人の言う通りのことをしたのかもしれない! だったら、あの人には私を裁く権利が――」
「うるせぇ! そうだとしても、今のお前を裁く権利なんかあるわけないだろ! 記憶を失ってんなら、あれは殆ど別人の話だろうが!」
「でも、せめて真実を明らかにして、謝罪の言葉くらいは――」
「あんな人の話を聞かない奴に謝罪する必要なんかあるか! お前は自分の心配をしろ!」
ギルバートは、ライカの自罰的な発想を切り捨てる。そうしている間にも、フウライは容赦なくギルバートを攻め立てる。
袈裟斬りを身体を傾けて躱し、胴斬りを後ろに跳んで躱した。続いて放たれた斬り上げは、咄嗟にハルバードを横に構えて防御する。
(幸い相手はカウンター特化の戦い方だ。逃げ回るだけなら、何とかなるかもしれない)
避け、防ぎ、逃げて、とにかく時間を稼ぐ。幸い、ギルバートが思っていたよりも何とかなっている。というのも、カウンター主体のフウライは、攻めてきた相手を潰すことには長けるが、逆に自分から攻めていくのは不得手であった。だから、攻撃を一切せず完全に防御に徹すれば、実力に劣るギルバートでもギリギリ持たせられる。
(これなら、救援が来るまで――)
ギルバートは、フウライの斬撃を避けるために後方に大きく跳ぶ。その時だった。フウライが立ち止まり、構えを変える。刀を脇に持ち、剣先が後ろを向くように構える。それは、所謂“脇構え”と呼ばれる構え方。
構えを変えたフウライは、その構えから刀を大きく横に振るった。
「魚人剣術!“冥府送り”!」
刀を振るうのと同時に、斬撃が
「何ぃっ!?」
「嘘ぉっ!?」
ギルバートとライカが同時に驚いた。フウライは、飛び道具を跳ね返さないと遠距離攻撃ができない。それが二人の共通認識だった。しかし、確かに今、フウライは刀一本で飛び道具を放った。
ギルバートは今、直前の攻撃を避けるために跳んで空中に居るので回避軌道を取れない。斬撃が目の前まで迫り、ギルバートは焦る。
「っぶねえ!」
ギルバートは、ハルバードを地面に刺し、無理やり空中で軌道を変えることで、何とか斬撃を避けた。
「今のを避けるか。成程、将来有望だな」
フウライは感心したように言うが、言われたギルバートの方は気が気でない。今までだって逃げるので精一杯だったのに、そこに飛び道具すら加わるともなれば、その絶望感は計り知れない。
「海兵になるなら、よく見ておけ。魚人の武術の真髄はその膂力でごり押すことでは無い。魚人の身体特性を活かし、水を操ること。それこそが、魚人の武術の真髄だ」
そう言って、再びフウライは
「ギル! やっぱり私を置いて――!」
「うるさい! 俺の心配をするくらいなら黙っててくれ!」
再びライカの自罰的思考を即座に切り捨てる。そうしている間にも、斬撃が何発も飛んでくる。隙間を縫うように避けようとするが、やはり避けきれず、掠り傷が増えていく。
「まずいっ!」
今までの攻撃は、何とか最小限の動きで回避することができた。しかし、飛ぶ斬撃を挟まれては、大きく動かないと避けきれない。これでは、救援が来る前に体力が尽きてしまう。ギルバートに攻撃が直撃するのも、時間の問題であった。
(せめて飛ぶ斬撃さえ無ければ、時間稼ぎに徹せるんだがな……!)
迫る無数の斬撃を見て、ギルバートは打ちひしがれる。しかし、諦める訳にはいかなかった。
◆◆◆◆◆◆
ギルバートの身体から血が流れ落ちる。あれから数十分もの間、ライカを背負ってフウライの攻撃を避け続けたギルバートは、限界が近づいていた。
(海兵は何をやっている!? 救援はいつ来るんだ!)
救援が来ないのは、フウライの策によるものだった。フウライは、ギルバートが攻撃を避ける際、彼が天竜人や支部から離れていく方向に誘導していた。そのため、ギルバートは知らない内に、避ければ避けるほど救援の到着が遅れるという事態に追い込まれていた。
また、地理的な要因もフウライに味方した。今彼らが居るのは、シャボンディ諸島でも治安が悪い地域である。当然、海兵を敵視する海賊や、その他の犯罪者が多数存在する。そんな地域に救援部隊を送り込む場合、どうしても部隊の足は遅くならざるを得ない。だから、救援の到着が遅れているのだ。
ライカは状況が絶望的すぎて、最早泣きそうにすらなっていた。自分を守るためにギルバートが傷付いていく。彼女にとって、自分のために誰かが傷付くことは、自分が傷付くことよりずっと辛かった。
対して、ギルバートは冷静そのものだった。この状況に絶望していないわけではない。別に打開策が思いついたわけでもない。ただ、フウライの飛ぶ斬撃を見てから、頭の中で何かのピースが嵌りそうな感覚を覚えている。彼は、何故だか、それこそがこの状況を打開する鍵になるような気がしていた。故に努めて冷静に振る舞い、頭の回転をできるだけ速くして、そのピースを探す。
(さっきの斬撃……当たったところが濡れている。こいつは一体……)
斬撃をハルバードで防ぐ。砕けた斬撃が水飛沫となってギルバートにかかる。
(水を斬撃に? だが、奴の周囲に水場は無い。どこから水を補給している?)
斬撃の正体は掴めた。しかし、その供給元が分からない。水の無い場所で、どうしてあれだけ水の斬撃を放てるのかが分からない。
(そうだ。魚人街に居た時に聞いたことがある。魚人の最大の武器はその膂力じゃなくて、水を操る力だと)
魚人島には、魚人空手や魚人柔術など、様々な魚人発祥の武術が伝わっている。そして、それら全てに水を操る技がある。例えば、水を槍のように発射したり、水を掴んで投げ当てたりする技が奥義として伝わっている。
このような技が生まれた背景には、魚人特有の身体構造がある。もともと魚人の身体は、
この技術は、訓練を積めば他の人種でもできるらしいが、しかし、最もこの技術を使いこなせるのはやはり魚人であった。
(水の操り方を完全に極めれば、空気中に漂う水分すら操れるとか言ってたっけ?)
ギルバートは、フウライが斬撃を放つ瞬間を観察する。何もない虚空から小さな水滴が現れ、それが徐々に大きくなっていき、刀に集まる。そんな過程が見て取れた。
(やっぱりそういうことか。空気中の水分を刀に集め、それを操って斬撃として放つ。そりゃあ水の供給元もいらないな)
ギルバートはついに斬撃の全貌を看破した。フウライは、刀に空気中の水分を集め、それを振り抜くことで、水を斬撃として放っている。
(それが分かれば……やりようがあるってもんだ!)
ギルバートの頭の中に一つの策が浮かぶ。反撃のときは来た。
ギルバート
実力差は歴然。でも何か思いついた模様。
フウライ
不調でもこれ。やっぱこいつ前半の海に居ちゃいけないだろ。
ライカ
ずっと背中に負ぶわれてる系主人公。今回は特に何もしませんでした。
魚人の力
独自解釈。ジンベエとか見てると、やっぱり魚人最大の武器は膂力じゃなくて水の操作だと思うよね。コアラとかが使ってたから他人種でもできるんだろうけど、やっぱり魚人の必殺技という印象が強い。
という訳でギルバートVSフウライ。多分次回で決着が付きます。そこからもう一話くらいで洗礼編は終わりかな?