――今度こそ、絶対に! もう折れたりはしない!
革命軍についてからは、今度こそヒーローになるために、『我』はひたすら修行を積んだ。水流操作にさらに磨きをかけ、覇気も習得した。『我』は逃亡生活でのブランクを埋めて、ついには以前よりも遥かに強くなった。
しかし、もう驕らない。白いフードの海兵や、フィッシャー・タイガー、それにドラゴンのようなヒーローになるためにも、かつてのような過ちは二度と犯さない。それに――
『もうこれほどまでに強くなったのか。見事だ。才能を感じさせる』
『ヴァナタも本当に立派になったわね! ヴァターシとしても、鼻が高いわ!』
熊の耳が付いた帽子を被った大柄な男と、紫色のアフロに赤いレオタードという奇抜な恰好の……男?が『我』に話しかけてきた。彼らの名前は、前者がバーソロミュー・くまといい、後者はエンポリオ・イワンコフという。
彼らは二人ともかなりの実力者であり、度々『我』の修行に付き合ってくれる恩人でもある。
彼らほどの実力者ですら、驕ることなく謙虚に鍛錬を積み続けているのだ。それよりも遥かに弱い『我』が、どうして鼻を伸ばせよう。
『ドラゴンったら! ま~た子供を拾ってきたの? ヴァナタったらいっつもそう! ここは託児所じゃな~いのよっ!』
『分かっている。だが、放っておいたら死んでいた。見捨てることはできない』
ドラゴンは時々、出先から孤児を拾って帰ることがあった。そのことについていつもイワンコフが文句を言っているが、彼も本気で嫌がっているわけではないのだろう。その表情は笑顔であった。
ちなみに革命軍の中で、こういった孤児の養育に一番熱心なのはイワンコフであったりする。
――その子は?
『孤児だ……海賊に両親を殺されたそうだ』
大海賊時代なのだ。このような悲劇なんてざらにある。しかし、だからこそ『我』らはそのような理不尽に泣く人々を助けなければならないのだ。
『名前を教えてくれるかな?』
『…………』
ドラゴンは孤児に名前を聞くが、震えたまま何も答えない。無理もない。こんな厳つい顔をした刺青の男に話しかけられれば、誰だってそうなろう。
ドラゴンは間違いなく優しい人物なのだが、その見た目のせいでいつも拾ってきた子供に怯えられる。
『彼女の面倒はイワンコフが見ることになった』
――つまりはいつも通りということか。
まあ、イワンコフに預けられたのなら、安心だろう。あの人は今まで何人もの孤児の面倒を見てきて、そのうち全員が心を開くようになったという実績があるのだから。
イワンコフに育てられた孤児たちの多くは、大人になるとそのまま革命軍の戦士となることが多い。『彼女』もその一例であった。
『あら、フウライちゃん。ヴァナタったら、こんなところに居たのね! 次の任務ではこの子、
『えっと……あなたがフウライさんですよね? 剣術の腕は聞き及んでいます。なんでも、最高レベルの柔剣使いだとか……。私の名前はフランツ・アンネです! よろしくお願いします!』
それが『彼女』との初対面だった。
――そなたの方が革命軍には長く身を置いていたのだろう? 敬語でなくとも良い。
『え、でも……あなたの方が年上ですし……』
アンネは優しく、礼儀正しい少女であった。その穏やかな雰囲気は、とてもじゃないが彼女が革命軍の戦士であるとは信じられないほどであった。
『どうですか? 私だって結構強いんですよ!』
彼女と手合わせしたが、この少女は強い。彼女も剣士で、剣術を学んでいる。彼女はまだまだ『我』には及ばないが、これだけの才能だ。あと数年もすれば『我』をも超えるだろう。そう確信させてくれるほどのものが、彼女にはあった。
『今日の任務、絶対に成功させましょう! フウライさん!』
――ああ。苦しんでいる人々のためにも、行くぞ! アンネ!
『また今日も任務かあ……最近CPが活発に動いてますけど、何かあるんですかね?』
――分からん。情報部からの報告待ちだ。
『フウライさん! 私も“冥府送り”、撃てるようになったよ! やったあ!』
――やるではないか! アンネ! あれは奥義にも数えられるほど難しい技であるのに!見事だ!
任務や彼女の修行などでアンネと行動を共にしている内に、『我』は彼女を娘のように思い始めていた。『我』が教えた技術を、乾いた大地に水が染み込んでいくが如き早さで吸収していく。そして、その後は決まって大喜びをしてはしゃぎまわる。そんな彼女を、『我』は微笑ましく思っていた。
アンネの方も、そうしていく内に砕けていって、『我』に敬語を使わなくなっていった。気付けば『我』らは、同胞以上の関係になっていた。
『見つけたぞ!懸賞金2億3000万ベリー、“海武者”フウライと、懸賞金1億8000万ベリー、“蒼華”のアンネ!』
――また海軍か。我らは人を守りたいという意味では、同士であろうに……。
『向こうにも立場があるのよ。仕方ないわ』
『我』らのコンビは最強だった。『我』らを捕えに来た海兵や世界政府の工作員も、『我』の剣術と、アンネの、その
『助けていただいてありがとうございます! あなたたちは我々のヒーローです!』
――いや、我はそんなものでは……。
『フウライさん! お礼の言葉くらいは素直に受け取ろうよ!』
『我』らのコンビで、幾多の人々を助けてきた。まさに『我』らはヒーローであった。
『フウライさん! お礼にこの品を差し上げます! この刀はこの国に代々伝わる国宝なのですが、きっとあなたに振るわれた方がこの刀も幸せでしょう! だから受け取ってください!』
助けた国の人々から、金品を贈られることもあった。大半は受け取るのを断ってきたのだが、何故かその刀だけは受け取らなければいけないような気がして、受け取った。
その刀の銘は“柳水”。頑丈でありながらどこまでもしなやかで、柔剣使いには最適な刀であった。
――おい! アンネ! この者たちは世界政府の命令で我らを
『それでも、目の前で死にそうになってる人を放っておくことなんてできないわ!』
――手元が覚束ないではないか! もう良い! 我に任せたまえ!
『ご、ごめんなさい!じゃあ、フウライに任せちゃっても、大丈夫かな?』
ただ、アンネは困ったことに、敵ですら殺すことをためらうような優しい少女であった。
我々革命軍は、もとから海軍とはあまり戦わず、戦ったとしても絶対に殺さないようにしている。というのも、海軍は市民を海賊から守る正義の担い手であり、理念の違いこそあれど、彼らは敵ではないと考えているからである。
しかし、世界政府の工作員は別だ。奴らは世界政府や天竜人の実態を知ったうえで彼らの犬になることを選んだ者たちだ。つまりは明確な「敵」。彼らとの戦いでは、革命軍も容赦はしない。
しかし、アンネは、後者との戦いですら、殺さないように立ちまわる。
――アンネよ、何故そなたはそこまで殺すことを避ける?
殺すのを避けるのは人として当然の感情だ。誰だって殺しなんかしたくない。しないで済むならしない道を選ぶだろう。だが、彼女の場合はその程度がことさら異常だった。
自身の胸や腹を突き刺した男をどうして笑顔で手当できる? 自身の仲間を殺した女にどうして慈悲を見せられる? 彼女はどんなことをされたとしても、必ず殺しはしないし、何なら死なせないために傷の手当すらする。
あまりにも憎しみの色が見えない彼女に、『我』はある種の恐怖を覚え、ある日ついにそう聞いてしまった。
『私の憧れる「ヒーロー」がいつもそうしていたの。なんでも、「どんな人間にも、一度はやり直しの機会が与えられるべきだ」って』
――「ヒーロー」か……なるほど、君にもそういう憧れの存在が居たということか。
返ってきた答えはある意味、予想の範疇を超えないものであった。しかし、無視できないのはそれに続けて彼女の口から放たれた言葉だった。
『うん! 私にとって、ヴィクトリアは憧れなの! 私の親代わりであり、私の永遠のヒーロー! いつか私も、あの人みたいに強くなって、ヒーローになってやるんだから!』
――そうか。君にそこまで言わせるとは、よっぽど凄いヒーローだったんだな。そのヴィクトリアという人は。
『そうなのよ! ヴィクトリアは強くて優しくてカッコイイんだから! あの
――……待て、今何と言った?
『我』にとって聞き捨てならない言葉が確かに聞こえた。
いや、白いフードという言葉だけで同一人物と断定するのは余りにも性急過ぎる。とにかくアンネに聞いてみよう。
――もしかして、君の言うヴィクトリアとは、白いフードを被った女海兵で、天竜人を恐れないくらい破天荒な海兵ではないのか?
『何で知ってるの!? あの人の活躍は世界政府が無かったことにしたせいで、殆ど記録されてないのに!?』
続いて放たれた言葉はさらに衝撃的だった。世界政府が無かったことにしただと? 白いフードの海兵は一体なにをやらかしたのだ? とにかく今はアンネの問いに答えよう。
――我はかつて、白いフードの海兵に、人攫いに攫われた友人たちを助けてもらったことがある。天竜人を恐れず、正面から人間屋を襲撃して見せたあの姿には、度肝を抜かされたぞ。
『アハハ……あの人ならやりそうだわ。いや、絶対やる』
――そういうそなたは、あの海兵とどういう関係なのだ?どうやら彼女と深い関係にあったようだが……。
『うん。さっきも言ったけど、あの人は私の親代わりを務めてくれたんだ。孤児だった私を拾ってくれて、育ててくれたお母さんなの。あ、でも、私にヒーローの何たるかを教えてくれたから、私の師匠でもあるのかな?』
あれだけ破天荒な海兵に、娘とも呼べるような存在が居たとは……。何故だか意外に感じてしまう。
――しかし、あの海兵の名はヴィクトリアというのか。当時は名を聞く暇も無く走り去っていってしまったから、今日初めて知ったぞ。
『ふふふ! あの人らしい! そう、あの人の名前はヴィクトリア。名字まで合わせると、クロム・
まさかあれから10年以上経った今になって彼女の名を知ることになるとは……。人生とは数奇なものだ。
――ヴィクトリアか……ところで、そのヴィクトリアは今はどうしているのだ? 相変わらず元気に人間屋を襲撃したりしているのか?
『我』が冗談めかして聞いたところで、アンネの顔が曇った。これはひょっとして、聞いてはいけないことを聞いてしまったか?
『あの人は……もうこの世に居ないの……』
――え?
『詳しいことは知らないけど、私が5歳くらいのとき、あの人は世界政府にとって都合の悪い
――分かった。もう喋らなくて良い。辛いことを話させてしまったな。
まさか、あの白いフードの海兵が既に死んでいたとは……。しかし、今の話を聞いて、改めて『我』は、世界政府を打ち倒さなければならないと確信した。あのようなヒーローを殺し、あまつさえその存在すら無かったことにしようとは……!
『世界政府はあの戦いで私も死んだと思い込んでいる。だから、私はフランツ・アンネと名乗っているの。本当はクロム・D・――って名乗りたいのにね』
―― ――? それがそなたの本当の名なのか?
『そう。フランツ・アンネというのは、私が今も生きていることを世界政府に隠すための偽名。私の本当の名前は――』
◆◆◆◆◆◆
ある日、『我』はいつものようにアンネと二人で任務に出掛けた。革命軍が追っている世界政府の要人がシャボンディ諸島に現れたらしく、それの追跡と監視を任された。
――シャボンディ諸島か……再びこの地を訪れることになろうとはな。
かつて白いフードの海兵にこの地で助けられたことを思い出し、感慨に浸る。しかし、今は任務中だ。気持ちを切り替えて、革命軍の戦士としての自分になる。
『じゃあ、一度見聞色でこの地区全体を調べるね』
――ああ、頼む。
『我』は見聞色の覇気には長けていない。だから、この手の人探しは、まずアンネに見つけてもらうことから始まる。
世界政府の要人ともなれば、纏う気配は常人のそれとは大きく異なる。故に、見聞色で広範囲を探せば、一発でだいたいの位置が分かる。今までだってそうだったし、今回もそうなるはずだった。
『……!? この気配は!?』
突然、アンネが顔色を変えて走り出した。
――おい! アンネ! 急にどうした!? 何があった! そっちに目的の人物はいるのか!?
アンネは感情的な人間であるが、しかし、同時に責任感が強く、今まで任務中に感情に流されたことは、一度だって無かった。
なのに、今のアンネの顔には、あらゆる感情が溢れていた。喜んでいるような、悲しんでいるような、驚いているような、期待しているような、そんな感情が全てごちゃまぜになったかのようなその表情に、『我』は不安を感じずにはいられなかった。
――アンネ! アンネ!! 一体どうしたというのだ!!
アンネはここまで足が速かっただろうか。みるみるうちに『我』と彼女の距離は離されていき、ついには姿が見えなくなてしまった。
――本当に、どうしたというのだ……。
苦手な見聞色の覇気を全力で行使して、アンネを探す。今のアンネは明らかに冷静ではなかった。そのままにしておいたら、何か良くないことが起こりそうな気がする。そんな漠然とした嫌な予感が『我』の心を埋め尽くしていた。
――! この気配! アンネか!
漸く『我』の見聞色にアンネが引っかかった。急がねば。嫌な予感がどんどん大きくなっていく。
――アンネ!
『我』は遂にアンネを見つけた。そこはシャボンディ諸島でも治安が悪い方の地域で、その中でも特に薄暗く、殆ど人が立ち寄ってこないその場所にアンネは居た。
アンネの前には、二つの影がある。一つは、背の高い女の影。真っ黒なローブに身を包んでおり、黒いフードを目深に被っているので、顔はよく見えない。
もう一つの影は、小さな女の子であった。まだ5歳くらいだろうか。真っ黒な服に身を包んでいて、瞳も髪の毛も真っ黒な、全身黒ずくめの少女だった。
アンネは、黒衣の女性と何かを言い争っているようだ。そんなアンネに黒ずくめの少女が歩いていき――
――っ!? アンネ!?
アンネが黒ずくめの少女に刺されていた。アンネならあの程度の攻撃など容易く見切れるはずなのに。少女の容貌に油断してしまったのだろうか。
――貴様ら! 何をしている! アンネを放せ!
『我』は必死で叫んだが、そいつらが聞き入れてくれるはずもなく。黒衣の女が身体から
――アンネ!! アンネェェェェェエ!!!
『我』がその場に着いた時には、既に黒い何かは消えていて、アンネもあいつらも跡形もなく消えていたのだった。
くま、イワンコフ
革命軍ならまあ居るよね。イワちゃんはなんとなく子育てとか上手そうなイメージがある。
ドラゴン
サボみたいな例はたくさんありそうな気がする人。
アンネ
どこかの誰かと同じく、ヒーローに憧れる少女。攫われました。本名はいずれ明かします。
白いフードの海兵
ついに名前とそのやらかしが判明しました。なお詳細はまだ不明な模様。
クロム・D・ヴィクトリア
世界政府「またDか、(秩序が)壊れるなぁ」
黒衣の女
ライカの「お母さん」その人です。
黒ずくめの少女
書くタイミングが無かったのでここに書きますが、容姿は5歳のころのライカに
ということでフウライの回想回二つ目。長すぎて三分割になってしもた……。でも説明しなきゃならないことが多すぎて端折れないのよね、ここ。
次回でフウライの病気とVSライカ、ギルバートの回想を描いて、回想回は終わりになるはずです。乞うご期待。