ライカとギルバートが海辺で訓練をしているのと同じくらいの時刻。ゼファーは海軍本部の資料室を訪れていた。
「あ、ゼファーさん! あなたが資料室に来るなんて、珍しいですね!」
「ああ。教え子の頼みでな。ある人物の情報が必要なんだ」
「へえ、教え子が……で、その人物とは誰なのです? 良かったら私が探しますよ?」
「それがな、具体的な名前が分からないんだ。教え子が言うには、真っ黒なローブを着ていて、身体から黒い靄を出せる女性の能力者らしいんだが、お前は何か心当たりはあるか?」
ゼファーが探していたのは、ライカの記憶の中でアンネを攫っていった女であり、ライカの「お母さん」でもあるその人物であった。しかし、この資料室にある海賊、革命軍、その他種々の犯罪者の資料を探してみても、それらしき人物は見つからなかったのだ。
いつも資料室の管理を任されているこの海兵なら、もしかしたら心当たりがあるかもしれない……そんなゼファーの期待は、彼の言葉であっさりと打ち砕かれた。
「すいません。僕には心当たりが無いですね」
「そうか……」
この海兵ですら心当たりが無いのなら、この資料室にその女の情報は無いとみていいだろう。ゼファーは諦めて、ある資料だけを持って帰ることにした。
「黒衣の女の方は諦めるか……なら、こっちの資料だけ貸りていくぞ」
ゼファーが持つ資料の束の一番上には、ある人物の手配書があった。その人物とは――
「フランツ・アンネですか? 随分懐かしい人間の資料を持っていくんですね?」
「まあ、色々あってな」
――懸賞金1億8000万ベリー、“蒼華”のアンネ。彼女は革命軍の戦士として、その名を轟かせて
◆◆◆◆◆◆
「ライカかギルバートは居るか?」
朝食の時間。人がごった返している食堂にゼファーが現れた。
「あ、はい! 私ならここに居ます!」
ゼファーに呼ばれて、ライカが手を挙げる。その隣には、いつも通りギルバートも居た。
「頼まれていた資料だ。なるべく早く渡した方が良いと思ったから、今渡しておく」
「ありがとうございます!」
「黒衣の女の方は資料が見つからなかった。だからここにあるのはアンネの資料だけだ」
ゼファーがライカたちに渡したのは、フランツ・アンネの資料だった。二人は受け取ったそれを食い入るように見つめる。
「そいつは借り物だからな。読み終わったらちゃんと俺に返せ。あと、資料を読むのも良いが、ちゃんと朝食も摂れよ。お前たちにどんな事情があろうと、訓練に遅刻することは許さん」
それだけ言って、ゼファーは食堂から出て行った。二人は朝食を食べながら、アンネの資料を読み進めていく。
「やっぱり9年前を最後に、ばったりと足取りが掴めなくなってる」
「お前の見た記憶通り、ってことか」
ライカが見たフウライの記憶では、9年前にアンネは黒衣の女に攫われている。海軍でも、その後の彼女の痕跡は全く見つけられていないようだった。
「しっかし、海軍の情報部はガバガバだな。攫われた後のことが分からないのはいいとして、何で攫われる前から情報が少ねえんだよ。怠慢だろ、これ」
「そんなこと言わないの。情報部だって忙しいんだから。それに、直接的な被害では革命軍よりも海賊の方が大きいから、情報部はどうしても海賊の情報収集に労力を割かざるを得ないみたいだし。革命軍の情報が少なくなるのも仕方ないわ」
「だからって能力すら分からないのはおかしいだろ。ほら、ここの部分を読んでみろよ?『彼女は、フウライがこちらの正面で注意を惹いている内に背後から襲撃し、一気に全滅させる戦法を得意とする。そのため、彼女の戦い方をまともに目に出来た海兵が殆どおらず、能力すら判明していない。一部の海兵は、彼女に気絶させられた際のことについて、「蒼い華が咲いていた」と証言しているので、それが彼女の能力の正体を紐解く手掛かりになるであろう』だってよ。要するに何も分かんねえってことだろうが!」
「それは悪いのは情報部というより、彼女と戦った海兵の方なんじゃ……」
いずれにせよ、アンネの情報も、黒衣の女の情報も、どちらも殆どと言っていいほど得られていない。そのことに二人は溜息を吐くしかなかった。
そもそも二人が彼女らの情報を集めているのは、フウライから託された、アンネの捜索という使命を果たすためであった。闇雲に探したとて、記憶の中のフウライのようになるだけだ。だからこそ、情報を集めて、ある程度目途を付けてから捜索しようと考えていたのだが、このままではそれすらできない。
「なあ、ライカ。フウライの記憶に何かヒントになりそうなものは無かったのか?」
「あったらフウライさんが自分で探しに行ってるでしょう?」
「いや、フウライの視点では気付けなかっただけで、実は他人の視点からなら気付けるようなヒントがあったかもしれないだろう?」
「確かに、それはそうね。もう一度思い返してみるわ」
ライカはフウライの魂を取り込んではいるものの、やはりフウライとは別人である。だからこそ、フウライとは別の視点から彼の記憶を見直せる。二人はそこに賭けてみた。
ライカは目を瞑ってフウライの記憶をもう一度思い返す。何かアンネに繋がるような情報は無いか。彼が経験したことを、一つ一つ思い起こしては精査していく。そして――
「一つだけ……でも、手掛かりと言うにはあまりにも不確定なものだけど……」
ライカは言いづらそうに口を開いた。その様子から、自分の考えによっぽど自信が無いことが窺える。
「この際何だっていい。どんな些細な情報でも、無いよりはマシだ。話してくれ」
このままでは、アンネの捜索が早くも暗礁に乗り上げてしまう。些細な情報でも必要だった。
「えっと……
「はぁ?」
いきなり突拍子もないことを言われて、ギルバートは一瞬呆けてしまった。しかし、すぐに思い出した。そもそもフウライがライカを誘拐したのは、彼女がアンネを攫うのに関わった「黒ずくめの少女」とやらとそっくりであったことが原因であった。
「実際、フウライさんの記憶にあるその姿と、5歳の頃の私の写真を見比べてみたけど、本当に瓜二つだったわ。だから、私がこの件に何らかの形で関わっているのは間違いない」
「でも、お前は5歳の頃より前の記憶が殆ど無いんだろ?」
「うん。断片的にしか思い出せなくて、しかもその記憶すら曖昧だから、今のままじゃ手掛かりにはなり得ないと思う」
「……じゃあ結局、アンネの手掛かりは無し、ってことか。」
現状アンネを見つける目途は全く立ちそうにない。この問題は一旦保留にするしかなかった。
今できることは無いと結論付けた二人は、急いで朝食を平らげ、朝の訓練に向かうのだった。
◆◆◆◆◆◆
「ライカとギルバートの奴は本当に強くなったな」
朝の訓練を終え、ゼファーは執務室で独り言ちた。今や彼らはこの士官学校で最も強い二人となっている。まだ一学年でありながら、それより上の学年の誰よりも強かった。
「まるで
ゼファーが思い出すのは、彼の教え子の中でも最強の三人。現在では海軍大将になっているその三人は、ライカたちと同じく、士官学校時代から化け物と称されていた。一学年の時点で全訓練生の誰よりも強く、一目置かれる存在であったのだ。
「はてさて、将来どっちの方が強くなるやら」
ライカたち二人と、士官学校でまだ一年生だったころの三大将を頭の中で並べて、ゼファーは呟いた。
一年生時点での強さでは、三大将がライカたち二人を大きく上回っている。しかし、成長速度ではライカたち二人に軍配が上がる。二人がこのまま成長し続けると仮定すると、将来どちらの方が強くなるかはゼファーですら分からない。
「しかし、周囲の人間からの扱いにこうも差があるとはな……」
ゼファーは嘆く。士官学校時代の三大将とライカ、ギルバートの二人は、実力的な意味では似た位置にいる。しかし、その扱われ方は大きく異なっていた。
士官学校時代の三大将は、同期の人間から尊敬されていた。その圧倒的な実力から、多くの人間が彼らに憧れ、そして慕っていた。彼らに対抗心を抱く者もいたが、そんな人間ですら彼らの実力が隔絶していることは素直に認めていた。
対して、ライカとギルバートは、同期の訓練生から奇異の目で見られていて、遠ざけられている。二人は圧倒的な実力を持っているのに、それを認めようとしない者も多い。彼らの強さは間違いなく彼らの努力によるものなのだが、一部の人は「魂喰らいのおかげ」だの、「魚人の膂力に頼っている」だの陰口を叩いている。
「“はみ出し者”か……」
それが今の二人を表す言葉であった。誰よりもヒーロー然としているのに気味悪がられる少女と、誰よりも努力しているのにそれを種族の違いという一言で切り捨てられる少年。彼らの将来を憂い、ゼファーは思わず溜息を吐いた。
プルプルプルプル!プルプルプルプル!
その時、部屋に置いてあった電伝虫が鳴り始めた。ゼファーは思考を切り替えて、受話器を取る。
「もしもし?」
『わしじゃ、ゼファー! ガープじゃ!』
電伝虫の相手はガープだった。いつも年を感じさせないほどにテンションが高いガープであるが、今日は特にテンションが高い。
「どうした、ガープ? やけに嬉しそうじゃないか」
『ぶわっはっはっは! やはりゼファーなら分かるか!』
ゼファーとガープは同期であり、何度も共闘した戦友でもあった。故に、ゼファーは知っている。ガープが喜んでいるときは、大体いつも面倒事を持ってくる。今度はどんな面倒事を押し付けられるのか。ゼファーは反射的に身構えてしまっていた。
「はあ……それで、今度はどんな面倒事を持ち込んでくれるんだ?」
『今回はそこまで面倒じゃないわい! 海で海軍に入りたいという少年を拾ったから、お前さんに育ててもらおうと思ってな!』
(またか……)
ガープはしばしばこういうことをしてくる。任務中に海兵になりたい人間や、強くなる見込みのある人間を見つけると、そのままマリンフォードまで引っ張って来て、そして「わしよりもお前さんの方が育てるのは得意じゃろう?」などとほざいて、結局その人物をゼファーが育てることになる。
ゼファーはいつもガープに、そういう人間には士官学校や海軍学校の案内を渡せと言っている。しかし、破天荒な彼はいつもそれを無視して、善は急げなどと嘯いてマリンフォードに連れ帰ってきてしまうのだ。
しかし、これでもガープが持ち込んでくる面倒事の中では、だいぶ楽な方であった。船を破壊したことの始末書を押し付けられたり、天竜人への不敬罪の揉み消しに参加させられたりするのに比べれば、遥かに楽である。
だからゼファーは、身構えていたのを解いて、若干安堵していた。しかし、ガープから更なる爆弾が投下された。
『おお! そうじゃ! 言い忘れておったが、その少年というのがなんとミンク族なのじゃ! 史上初のミンク族の海兵になるのじゃから、しっかり育てておくれ!』
「……何だと!?」
ミンク族。それは
そしてミンク族の最大の特徴は、その戦闘能力にある。彼らは魚人と同じように、生まれつき人間よりも身体能力が高い。また、種族全体の特性として、「エレクトロ」と呼ばれる、身体から電気を発する能力を持っている。そのため、彼らは「生まれながらの戦闘種族」とすら称されることがある。
そしてガープが言っていた通り、今までミンク族が海軍に入った例は一つも無い。それが海軍に入ってくるとは、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。
(しかし、まさかミンク族が海軍に入る日が来るとは……史上初の魚人の海兵も、特異な体質を持った女海兵もいるし、今期は史上初だらけだ。間違いなく一波乱が起こるな)
ここまで期待が持てるのは、三大将の期以来であった。教える身として、否が応でもゼファーの気分は高揚してしまう。
「分かった。その少年は俺がきっちり育て上げてやるさ。魚人だって育てられたんだ。ミンク族も問題ない」
『ぶわっはっはっは! 流石は“全ての海兵を育て上げた男”じゃな! その意気じゃ!』
(こいつ帰ってきたら一発殴ってやろうか……?)
元はと言えば面倒事を持ち込んだのは自分であろうに、ガープは他人事のように笑っていた。そのあまりの自由ぶりに、ゼファーのこめかみに青筋が浮かぶ。しかし、ガープは更なる追撃をかけてきた。
『おお! そうじゃ! そろそろそちらに着くから、準備しておいてくれ! 着いたらすぐに件の少年を連れてそっちに向かうからな』
「何だとガープ! 急すぎるぞ! そういうことをする時は事前に連絡を入れろとあれほど言っただろう!!」
『別に良いじゃないか、ゼファー! 育てることに変わりはないのじゃろう? なら、何も問題はなかろう!』
「大問題だこの馬鹿野郎! こっちはスケジュールとか、カリキュラムとか、全部事前に決めて訓練をしているんだぞ! それを急に変更するのがどれだけ大変か、分からないお前じゃあるまい!!」
『そうじゃったな! すまんすまん! しかし、わしも連絡することをすっかり忘れておったのじゃ! 次からは忘れんから許しておくれ!』
(お前そう言って連絡することを覚えていたことが一回でもあったか……!?)
ゼファーは決めた。必ずこの大馬鹿野郎を一発ぶん殴ってやると。電伝虫の向こうから尚も響き渡る豪快な笑いを聞きながら、ゼファーは静かに拳を握りしめた。
◆◆◆◆◆◆
マリンフォードの港に一隻の軍艦が入ってきた。船首に骨を咥えた犬の飾りを付けた、ガープ曰く「最高にカッコイイ」軍艦を見て、ゼファーは思わず抑えつけた怒りが爆発しそうになる。
しかし、それをして良いのは今じゃない。今の自分は教官として、件のミンク族の少年の出迎えをしなければいけない。だから今だけは、ゼファーはその鋼の理性で怒りを抑えつける。
「ぶわっはっはっは! 久しぶりじゃのう! ゼファー!」
「……ああ、直接会うのは久しぶりだな」
今すぐ殴り飛ばしたい気持ちをグッと抑え、冷静に対応する。こいつのせいで予定外の自主訓練をさせられる羽目になっている教え子たちのためにも、なるべく早くこの件は終わらせなければならない。
そうゼファーが考えていると、ガープの後ろから、件の少年が彼の部下に連れられてやってきた。狐を二足歩行させたような容姿は、何も知らない人が見れば
しかし、長年悪魔の実の能力者たちを見てきたゼファーは、一目見ただけで彼が能力者ではないということを、なんとなく感じ取っていた。
(本当にミンク族が海軍に来るとはな……)
ミンク族の少年は、ゼファーを見るなり口角を上げる。裂けた口が歪み、鋭い歯が剥き出しになった。
「ゆガラも、ツヨそうだな……テアワセをネガう」
(随分と好戦的だな)
しかし、それならば好都合。ゼファーとしても彼の実力を把握しておきたかったので、もともと彼と手合わせする予定だったのだ。
ガープを殴るのは後回しにして、今は彼を訓練場に連れていくことにした。
「お前、名前は?」
「オレのナマエは――」
◆◆◆◆◆◆
急な予定の変更により、士官学校の訓練場には訓練生たちが溢れていた。その中には、当然この二人の姿もある。
「急に自主訓練に変更になるなんて……ゼファー先生に何かあったのかしら? ひょっとして……病気とか?」
「あのゼファー先生に限ってそれは無いだろう。『洗礼』のときを思い出してみろ。一人だけ回復速度が段違いだったじゃないか」
「でも、先生も結構な老齢だし……『万が一』ということも――」
「お前ら、急ですまないが、訓練場の一角を空けてくれないか?これから模擬戦を行う」
ライカとギルバートが話していると、ゼファーが訓練場に入ってきた。その後ろには、あのミンク族の少年を連れている。
「あれは……
「戦闘前から変身しているなんて、よっぽど気合が入ってるんだな」
ざわめく訓練生たちを放置して、ゼファーとミンク族の少年は対峙する。
「戦闘開始の合図は俺が行う。いいな?」
「……それでいい」
訓練場に張り詰めた空気が流れ始め、ざわついていた訓練生たちも、自然と口を閉じていく。訓練場から一切の音が消え、肌を焼くような緊張感が辺りを支配する。一瞬とも、永遠とも思える静寂の後に、ついにゼファーは口を開いた。
「始め!」
「! ユくぞっ!!」
少年は地面を蹴り、一気にゼファーと肉薄した。その凄まじい速度に、訓練生が再びざわめき始める。
「なんだ今の速度は!?」
「あの人……私よりも速い!」
今期の訓練生で最も速さに秀でているのはライカである。しかし、今の動きは、完全にライカが出せる最高速度を超えていた。
「クらえっ!!」
少年は右腕を大きく後ろに振りかぶり、一気に振り抜いた。それはただのパンチでしかなかった。しかし、その速度は凄まじく、傍から見ている訓練生たちの大半がその動きを捉えられないほどだった。
ゼファーは腕をクロスさせて、そのパンチを受ける。瞬間、訓練場に衝撃波が走る。
「なんてパワーだ……俺よりも強いのか?」
「速さは私以上で、力もギル以上……とんでもないわね……」
訓練生たちのざわめきはさらに大きくなる。ライカの言葉通り、速度でも力でも今期の最高値を超える化け物が現れたともあれば、無理もない。
しかし、ゼファーは少年以上に化け物であった。それ程強力なパンチを受けながら、その身体は全くブレなかった。
「どうした? もう終わりか?」
「ッ! まだだあッ!!」
少年はゼファーに連続でパンチを繰り出した。凄まじい速度で放たれるそのラッシュを、ゼファーは避けるか防ぐかして、全て捌いていく。
「す、すげえ……」
「ゼファー先生も、あの狐も、とんでもないな……」
「アノ
少年のラッシュは数分間にも及んでいる。しかし、ゼファーはそれらを全て捌ききり、一発も攻撃を受けていない。周囲の訓練生は、その光景に息を呑むことしかできなかった。
しかし、ライカたちだけは違った。
「あいつ……なんで正面からしか攻めないんだ?」
「何か考えがあってのこと……という様子には見えないけど」
少年はさっきから、正面からゼファーに殴りかかることしかせず、それ以外の攻め方をしようという気配が見られない。
ライカやギルバートなら、こうも何度も攻撃を防がれれば、正面から戦うのは無意味と悟って別の手を考える。いや、二人なら最初のパンチを防がれた時点でそういう思考に移ることができるだろう。
しかし、彼はそうしようとしない。何百発もの乱打を防がれているのに、今もなお正面から拳の乱打を浴びせているだけで、他の手を使おうともしない。
「もしかしてあの人、身体能力は高いけど……」
「……頭の方はだいぶ残念なのか?」
「ちょっと、ギル! そんな言い方はしちゃ駄目でしょ!」
実際ゼファーも、彼に対して同じような評価を下していた。
(こいつ……身体能力はライカやギルバートすら凌駕するレベルだが、頭の方は下から数えた方が早いくらいだな。身体の使い方が全くなっていない。宝の持ち腐れだな。まあ、だからこそ――)
――鍛え甲斐がある。少年の実力を見極終わったゼファーは、模擬戦を終わらせることにした。
「フンッ!」
「!? ガハァッ!」
今まで全く攻めてこなかったゼファーが、突然パンチを繰り出す。対する少年は突然のことで反応できず、ゼファーの拳が無防備な少年の腹に突き刺さった。
「ゴホッ、ゴホッ……ハァ……ハァ……!」
少年は咳きこみながら膝をつくが、顔だけはゼファーの方に向けていて、その闘志は全く衰えていなかった。
(身体能力は十分以上、戦意も十分で、強さへの渇望はあのギルバート以上……頭さえ鍛えれば、良い海兵になれるな)
それだけが彼の唯一の欠点だった。彼を自分が育てるのは確定として、どのように育てるのかを考える。
(あと一ヶ月で今年度も終わる。それを待ってから改めて一年生として入学させて、新一年生と共に一からじっくりと鍛えるか? いや、それも良いが、彼にもライバルとの切磋琢磨というものを経験させた方が良い)
ゼファーは、今の三大将があれほどまでの化け物になれたのは、彼らにライバルと呼べる存在が居たからだと思っている。もちろん、彼らが才能に恵まれていたこと、時間を惜しんで努力をしてきたこともその強さの理由に挙げられるが、やはりゼファーはライバルの存在を重視する。
彼らはお互いがお互いをライバル視し、お互いに高め合うことで強くなれた。同格の相手との競い合いは、格上から教えてもらったり、一人で鍛え上げたりするよりも、遥かに大きなエネルギーを生み出す。
事実、ゼファー自身も、海兵時代はガープ、センゴク、つるといった、同格のライバルたちと覇を競ったことで強くなっていったのだ。
だから、この少年にも、ライバルとの切磋琢磨を経験させたい。
(来期にライカやギルバートのような奴が来るとは限らない。なら、彼を今期に無理矢理捻じ込んで、二人をライバルとして当てた方がいいだろう。その方がフォックだけでなく、二人にとってもいい刺激になる)
そこまで考えたゼファーは、周囲で見ている訓練生たちに高々と宣言した。
「今日より彼がこの士官学校に仲間として加わる! 皆、仲良くするように!」
「「「はい!」」」
(まあ、若干二名を除いて仲良くなんてしないだろうがな)
社交辞令として仲良くするようにとは言ったが、今期の訓練生の、ライカやギルバートへの態度を見る限り、彼と仲良くしようとする人間があの二人以外に現れるとはどうしても思えない。コミュニケーション能力も海軍将校に求められる必須スキルである以上、フォックには同期の訓練生たちとの交流を経験させたかった。しかし、現状ではそれを期待できるのは彼らだけであった。
そんな思考を一旦打ち切って、ゼファーは彼に自己紹介を促した。
「
ゼファーに促され、フォックは周囲をぐるりと見まわす。訓練生全員が彼に視線を向けているのを確認して、彼は口を開いた。
「オレのナマエはフォックだ……」
それっきり、沈黙。辺りを静寂が包み込む。
「お前、他に言いたいことは無いのか?」
「ナい」
あまりにもきっぱりとした物言いに、ゼファーの眉がピクリと動いた。
(だいぶ濃い人が来たわね……)
(とんでもねえ奴が編入してきたもんだ……)
ライカとギルバートは、自分のことは棚に上げてそんなことを考えていた。
フォック
ついに来ました、「ミンク族海兵」くん。身体能力は高いけど頭は残念系狐人間。詳細は次回。
ゼファー
編入生にウッキウキで、ガープを殴ろうとしていたことをすっかり忘れてます。
ガープ
ゼファーとセンゴクに胃薬常備させてそう。自由にさせ過ぎたかな?って思ったけど、原作でもこんな感じだったし、まあいいでしょう。
ライカ、ギルバート
今回は影薄め。新キャラ登場回だし、仕方ないね。
トーマス
途中の英語混じりの片言はまたしても彼です。ぶっちゃけこいつなんもしてないけど、でも彼には今後重要な役目を担っていただかないといけないので、今後も出てきます。
三日間休んでしまって本当に申し訳ありません。活動報告でも言った通り、体調を崩してました。(ちなみに例のウィルスでは)ないです。
今はもう治ったので、これからは毎日投稿を再開できると思います。
というわけで、復帰一発目は新キャラ登場回。これでついにあらすじの「ミンク族海兵」くんが登場したので、あらすじ詐欺ではなくなりました。やったぜ。ついに主人公が三人とも揃ったので、本格的に物語が動き出す……!と言いたいところなんですが、彼らが士官学校を卒業するまで動かせないんだよね、これが……。ということで、本格的な「冒険」が始まるまでは、後10話くらいお待ちください。話のテンポがスロー過ぎて、本当に申し訳ない(メタルマン並感)。