MISFITS ―はみ出し者たちの物語―   作:Astley

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第32話:三人目のはみ出し者

 フォックの編入と自己紹介が終わり、自由時間がやってきた。フォックは今日ここに来たので、士官学校の構造など分かるはずがない。故に、ライカとギルバートの二人はフォックを連れて学校を案内していた。

 

「ここが食堂よ。昼食の時間になったら、あそこのカウンターで食事を受け取って、ここの席で食べるの。席は決まってなくて、どこに座ってもいいのよ」

 

「ん……」

 

「まあ、自由席とは言うが、あそこの窓際の席はおすすめしないな。あの辺にはいつもトーマスっていう差別主義者と、その取り巻きが座る。その容姿ならあそこから離れることをおすすめするぜ」

 

「ん……」

 

 三人で各種施設を見て回っているのを、他の訓練生は遠巻きから眺めていた。

 

「あいつらよくあんな奴と関わろうと思えるな……」

 

「ミンク族って凶暴で人間嫌いなんだろ? 今に暴れだすぞ……」

 

Witch(ウィッチ)fish(フィッシュ) に加えテ今度は fox(フォックス) ですカ!? Marine(マリーネ) はいつカラ monster(モンスター)nest(ネスト) になっテしまっタのデスカ!?」

 

 先の自己紹介の後に、ゼファーは嘘をつくわけにもいかないので、彼がミンク族であることを全員に話した。そして、それに対する反応は大きく分けて二通りに分けられた。

 一つは困惑。ミンク族は閉鎖的な文化を持っていて、滅多にその故郷から出て行かない。そのため、ミンク族は偉大なる航路(グランドライン)でも殆ど見かける機会の無い存在なのである。当然その情報は余り広まっていないので、ミンク族の存在そのものを知らない人も多い。訓練生の大半が、ミンク族と言われて頭の上にハテナを浮かべるだけであったのはそういった理由からであった。

 そしてもう一つの反応は忌避。先に述べた理由から、世間にミンク族の情報は殆ど出回っていない。そのため、ミンク族が生まれながらの戦闘種族であるという一部の情報だけが独り歩きし、ミンク族は凶暴で人間嫌いだという間違った情報が流布してしまっているのである。故に彼らはミンク族であるフォックを恐れ、避けている。

 ちなみに自由時間の間に、前者の反応をした人たちが後者の反応をした人たちからその噂を聞き、同じ反応をするようになるまで時間はかからなかった。そんなこともあって、フォックは早くも「はみ出し者」として定着し始めてしまっている。

 

(あの人たち……いつもこんなことして……)

 

(本っ当に成長しねえなあ、あいつらは)

 

 ライカもギルバートも周囲のそんな反応に気付いているが、今更どうすることもできないし、どうするつもりもないので無視する。しかし幸いであったのは、フォック自身が自分に向けられるそんな視線を全く気にしていないことだった。

 

(これだけ好奇の視線を向けられて平然としているなんて……大物なのね)

 

(こんだけ好奇の視線を注がれて気付かないとは……鈍感ってレベルじゃねえな)

 

 ライカは、かつて自身が同じような状況に置かれた時と比べて明らかに冷静な態度のフォックを見て感心している。

 しかし、ギルバートはそんなフォックの態度が、実は視線に気付いていないだけであることに気付いており、その鈍さに呆れていた。

 

(まあ、どこかの誰かみたいに、自分から面倒ごとに首を突っ込んでいくような面倒臭さは感じられないし、存外上手くやっていけるかもしれん)

 

 そう考えたギルバートは、案内をしながらフォックに色々と聞いていくことにした。施設と施設の間の廊下を歩く時間に、ギルバートはフォックに話しかけている。

 

「しっかし、ミンク族が士官学校に入るとはな。お前はどうしてここに来ようと思ったんだ?」

 

「……ツヨくなるために」

 

「成程ねえ、強さのために……そりゃ殊勝なこった」

 

 さっきの自己紹介では見事なまでの沈黙を披露してくれた彼だが、別に彼はコミュニケーションをする気が無いわけではない。彼はただ、コミュニケーション能力が低すぎて、自分から話す場合は何を話せば良いのか分からなくなるだけである。そのことを彼と話している内に悟ったギルバートは、積極的にこちらから話しかけることで、彼の口を開かせていた。

 

「だけどさあ、ミンク族ってのはみんな強いんだろう?態々マリンフォードに来なくても、故郷の人とかに鍛えてもらうこともできたんじゃないか?」

 

 ギルバートの疑問は尤もだ。何度も言う通り、ミンク族は生まれながらの戦闘種族と呼ばれるほど種族として強力な存在である。「弱者という概念が存在しない」とすら言われるほど全体として強いので、ミンク族に生まれたのなら師事できるような人には恵まれているはずだ。

 そう考えると、強くなりたいなら故郷で修行した方が絶対に効率が良いように思える。それなのにフォックは故郷を出て、今マリンフォードに来ている。これは不可解だ。だからギルバートはそのことを聞いたのだが……。

 

「……ッ!!」

 

 苦虫を嚙み潰したような顔をするフォックを見て、ギルバートは反射的に悟った。

 

(これは聞いちゃいけないことを聞いちまったかな……)

 

 どうやら彼には故郷で修行できない事情があるらしい。それが何なのかは分からないが、少なくともそれが彼にとってあまり触れてほしくないことだということだけは分かった。

 

(ライカのときも俺は地雷を踏んじまったし……ひょっとして俺ってコミュニケーション能力低い?)

 

 ギルバートが思い出すのはかつて食堂でライカと話したとき(第18話)。あの時もギルバートは、ライカ相手に“魂喰らいの魔女”というあだ名について聞いてしまうという地雷を踏んだ。その時はむしろそれが結果的に二人の絆を深める方向に働いたが、今回は違ったようだ。

 やっちまったと言わんばかりの顔で硬直するギルバートを見かねたライカは、今度はこちらがフォックに話しかけることにした。

 

「確かミンク族の人は『エレクトロ』っていう電気を放つ能力を持っているのよね? 私も電気を使う能力者だから、何か参考になる話でも――」

 

 そこまで言ってライカは気付いた。フォックの顔がさっき以上に引き攣っていることに。その表情からは、怒りや憎しみだけでなく悲しみや寂しさなど、様々な感情が読み取れたが、少なくとも良い感情は一つも含まれていない。

 

(もしかして……私も地雷を踏んじゃった!?)

 

 ここにきてライカは自分がやらかしたことに気付いた。

 

「おい! ライカ! お前何やってんだよ! フォックの表情を見ろよ!」

 

「ご、ごめんなさい! まさかこれが地雷になるとは思わなくて……って先に地雷を踏んだのはあなたでしょ! 何他人事みたいに責めてんのよ!」

 

 水面下で言い争う二人だが、吐いた言葉は呑み込めない。自分たちの言葉でフォックを傷付けたのは事実なのだから、結局できることと言ったらこれしかない。

 

「……すまない、フォック。聞いちゃいけないことを聞いちまったみたいだな。本当にすまなかった」

 

「ごめんなさい、フォック。無神経なことを聞いちゃったわね……」

 

「あ……いや……ベツに……」

 

 フォックとしても、二人が悪意があって聞いたわけではないことは分かっている。なので、こうしてはっきりと謝られてしまうと、どうにも居心地が悪かった。

 バツが悪くて、三人そろって沈黙してしまう。しかし、次の施設まではまだ距離があり、このまま黙ったままでは相当長い時間この気まずい沈黙に耐えなければならない。

 

「あー、その……フォックは、何歳なの?」

 

 それはきついと考えたライカは、勇気を出して先陣を切った。当たり障りが無く、相手が妙齢の女性でもない限りは地雷になり得ない質問。しかし、その質問はさっきとは違う意味で気まずい空気を引き起こすものであった。

 

「トシ……ちょっとマって……」

 

 フォックは何かを思い出しながら一本ずつその手の指を折っていく。それを見た二人は、心の中で猛烈に嫌な予感が大きくなっていくのを感じた。やがて、フォックは両手の指10本全てを折り畳み、無言で手のひらを見つめたまま硬直してしまった。

 

「……ワからない」

 

「えっ」

 

「こいつ……まさか」

 

 あまりにも予想の範疇を超えたフォックの言動に、二人は絶句してしまった。自分の年齢を覚えていなかったり、数を数えるのに指を使ったりするのは、スラム育ちのギルバートですら4歳の頃には卒業していた。それに、ライカに至っては、5歳より前の記憶が無いがために、端からそういうことをした記憶が無かった。

 故に、目の前の少年の言動は、二人にとっては余りにも異質で、衝撃的過ぎた。

 

「嘘……一体どんな環境で育ったというの……?」

 

「……いや、それよりももう一つ気になることがある」

 

 ライカは、彼の幼少期がそういうことを学べないほどに苛酷なものであった可能性に思い至り、早くも彼に同情の目線を向け始めている。

 一方、ギルバートは、先のフォックの言動で何か気付いたようである。それを確かめるために、彼はフォックに再び質問を投げかけた。

 

「なあ、フォック。5+6は?」

 

「ゴたすロク……ちょっとマってくれ……えーっと」

 

 再びフォックは指を使って数え始める。5+6=11なので、当然両手の指を使ってもギリギリ1足りない。なので、フォックはさっきと同じように、再び全ての指を折り切った手を見つめて、しばし沈黙していた。そしてライカにとっては想定外、ギルバートにとっては想定通りの答えがその口から紡がれた。

 

「……ワからない」

 

「やっぱりか」

 

「やっぱりって……ギル、どういうことなの……」

 

 ライカは最早顔を青ざめさせつつある。幼少期から賢かった彼女にとって、目の前で繰り広げられている世界は、早速未知の光景にも等しかった。

 対するギルバートは、飽くまでも冷静にフォックのことを分析している。スラム育ちの彼にとって、この程度は想定の範囲内であるのだろう。

 

「恐らくだが、こいつには10より大きい数の概念が存在しないんだ。指で数えられない数なんて、想像したこともないんじゃないか」

 

 そう言ってギルバートはフォックの方を見る。しかし、フォックは不思議そうに首を傾げて、ギルバートの顔を見つめ返すだけだった。恐らく、さっきの自分の言動のどこがおかしいかすら理解していないのだろう。

 

「……」

 

 あまりに次元の違う無知さに、ライカは完全に言葉を失っている。

 

「なあ、フォック。俺の手を見ていろ」

 

「ん……」

 

 対するギルバートは、全ての指を伸ばした状態でその両手をフォックに突き出した。

 

「1、2、3、4……」

 

 そして、数えながら一本ずつ指を折っていく。それをフォックはじっと見ていた。やがて、ギルバートの全ての指が折り畳まれる。

 

「……9、10」

 

「……」

 

 ここまでは、ギルバートにとってはもちろんのこと、フォックにとっても既知の世界だ。しかし、ここからは彼にとって未知の世界だ。

 

「11、12、13……」

 

「!!」

 

 ギルバートは、今度は折り畳んだ指を一本ずつ伸ばし始めた。やがて全ての指を伸ばし終えたギルバートは、フォックに向かって話し始めた。

 

「……19、20。どうだ、フォック? こうすれば、10より大きい数だって数えられるぞ」

 

「……スゴいな! ゆガラはアタマがイイんだな!」

 

 あまりにも低レベルな賞賛に、ギルバートはまるで自身の脳が溶けていくかのような感覚を覚えた。もう面倒臭いから、何もかもライカに投げて会話を打ち切りたい。しかし、それでは聞きたいことを聞けずに終わってしまう。何とか気を持ち直したギルバートは、再び口を開いた。

 

「なあ、フォック。今度こそお前の年齢を教えてくれないか?」

 

 10より大きい数の数え方を教えた今なら、フォックの年齢も数えられるはず。そんな期待に応えるように、フォックは一本ずつ指を折り始める。さっきと同じように全ての指を折り畳み、そして今度はギルバートがやったように指を一本ずつ伸ばし始めた。やがて片方の手を全て開いたところで、彼は止まった。

 

「10より5オオきいカズ……それがオレのトシみたいだ」

 

 つまりは、フォックは15歳ということになる。それはつまり――

 

((同い年……!))

 

――ライカ、ギルバート両名と同い年であるということだった。

 

(できれば年下であって欲しかった……)

 

(規格外の馬鹿だ……ライカよりは面倒臭くなさそうとか思ってたさっきの自分をぶん殴りたい……)

 

「……?」

 

 内心でかなり失礼なことを思われているとも知らずに、フォックは新しく覚えた概念を忘れないよう、ひたすら手の開閉を繰り返していたのだった。




フォック
 身体能力は最高、頭脳は最低。次回から頭の修行が始まります。

ライカ
 何だかんだ幼少期は恵まれていたので、フォックは未知の存在でした。

ギルバート
 何だかんだ幼少期は苛酷だったので、ある程度はフォックの言動にも付いていけます。ただし、「ある程度は」。

 という訳でフォック回。彼の幼少期について語れるのは100話くらい後になりそう。そこまで行くのにあと何年かかるんですかねえ……。
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