MISFITS ―はみ出し者たちの物語―   作:Astley

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第33話:馬鹿

 フォックが編入してきてから数日が経ったある日。訓練場にて、二つの影がぶつかり合っている。それはライカとフォックだった。

 

「シッ……!」

 

 フォックがライカの正面から殴りかかる。対するライカは、柳水を両手で握って、フォックのパンチを見極めようとしている。そして――

 

「“黄泉送り”!」

 

「……!?」

 

 フォックのパンチは受け流され、虚空を切った。そのままライカはもう一本の刀を腰から抜き、二刀流で構える。

 

「“二刀類(にとうるい)絡刀須(ラクトース)”!」

 

「グアァッ!?」

 

 峰打ちとは言え、二本の刀で無防備な背中に全力の一撃を加えられればダメージも大きい。フォックは一瞬白目を剥き、しかし即座に意識を取り戻して反撃をしようとした。

 

「そこまでっ!!」

 

 しかし、ゼファーの声に止められ、フォックはその場に立ち止まった。

 

「今回の模擬戦はライカの勝ちだ。フォック、どうすれば今回の戦いに勝てたか分かるか?」

 

「オレがもっとツヨくなれば、カてた」

 

「具体的には?」

 

「オレにもっとパワーがあれば」

 

「違う」

 

「オレにもっとスピードがあれば」

 

「違う」

 

「じゃあ……オレがもっとカシコければ……?」

 

「具体的には?」

 

「…………」

 

 それっきりフォックは黙ってしまう。ゼファーは、黙ったままこちらにチラチラと視線を送って助けを求めるフォックに気付いているが、それを無視して答えを促す。

 ゼファーは、教官の仕事とはなるべく早く教え子を教官から卒業させることだと考えている。自分で考えて、自分で自分の弱点に気付き、そして自分でそれを克服できる。それこそがゼファーが求める海兵の姿なのだ。

 だからこそ、時間を掛けてフォックが自力で答えに到達できるよう、戦闘そのものよりもその後の反省会に時間を費やす。

 今回も黙ってプレッシャーをかけることで、フォックに自分から考えることを促す。ライカやギルバートと違い、フォックは毎回反省点に気付くのに時間が掛かる。しかし、そこで焦ってしまっては、フォックが自力で強くなっていくための土台が作れない。だから、ゼファーは粘り強く待つ。

 

「……トチュウから、マワりこむのをワスれてた」

 

「ああ、そうだな」

 

「……アレがナければ、カってたと、オモう……」

 

「ああ、そうだ。前半戦ではちゃんと相手の後ろに回り込むことが意識できていたのに、途中から完全にそれがおざなりになった。何故だ?」

 

「タタカイにムチュウになっちゃって……」

 

「俺は戦闘中は常に頭を回せと言ったよなぁ?」

 

「……ごめんなさい」

 

 フォックは、端的に言って頭が悪い。そのため、戦闘に熱中し始めると作戦も戦略も消し飛んで、正面からの力押し一辺倒になってしまう。

 幸い、フォックは素直な性格であり、また、強さへの渇望も非常に強いため、何度も自分から改善しようとはしてくれている。なので、この欠点が改善される見込みは、無いことはないのであった。

 

「じゃあ、次はライカだ。反省点はあるか?」

 

「はい。今回も一刀流から二刀流への持ち替えにもたつきました。相手がフォックでなければ、この時間で体勢を立て直される恐れがあるくらいでした」

 

「よく分かっているじゃないか。以前よりは早くなったとはいえ、まだまだお前の持ち替えは遅い。これからもそこの短縮は課題だな」

 

「はい」

 

 ライカは未だに二刀流ではフウライの剣術が使えない。何度も二刀流でそれを使う練習はしたのだが、二刀流になった瞬間、どうしても()とのずれが感じられて、まともにその技が使えなくなってしまう。

 最近では、ライカは二刀流でフウライの剣術を使うことを諦めて、二刀流と一刀流の持ち替え時間の短縮の方に重点を置き始めたくらいである。それだけ、フウライの魂に一刀流が刻み込まれているのだった。

 

「ライカ、反省点はそれだけか?」

 

「はい。私が気付けた限りでは」

 

「……そうか」

 

 ライカは今期どころか、士官学校全体で見てもトップを争うレベルの聡明さを持つ。そのため、大概の弱点は自分で見つけ出して、克服することができる。しかし、ゼファーの口振りから、そんな彼女でも気付けなかった反省点があったようだ。

 

「ライカ。お前、無意識の内に油断していたぞ」

 

「えっ!? 油断……!? 私が!?」

 

 ライカは6年前(第11話)の事件で、目の前で海兵が海賊に殺されるのを見ている。だから、戦場の恐ろしさを人一倍知る彼女は、自分では油断しないように努めているつもり(・・・)だった。

 

「お前はフォックが正面から攻め始めた時から、コイツならフェイントはできないだろうと高を括って受け流しのタイミングを計るのを怠っていた。お前自身も気付いてないみたいだがな」

 

「それは……っ!」

 

 ライカは言われて初めて気付いた。確かにフォックの動きが単調化して以降、彼女はフォックがフェイントをしてくる可能性を排除していた。無意識の内にそんなことできるはずがないと侮り、フォックがそのままの速度、そのままの勢いで突っ込んでくると山を張っていた。

 実際、彼女のフォックに対するこの評価は現時点では正しいのだが、問題はそこではない。

 

「練習は本番のようにやれと俺は言ったはずだぞ? それとも何だ? お前は思い込みを優先して、相手がそれと外れた行動をしたら大人しく殺されてやるつもりなのか?」

 

「う……すいません」

 

「相手がどんな奴であれ、油断は死を招くぞ。今回は偶々相手がその油断を上回らなかったから勝てたが、次は無いと思え。いいな?」

 

「はい!」

 

 こうして今日も訓練は続く。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はあ~~疲れたあ~」

 

「音を上げるのが早いぞ、ライカ。鍛え方が足りないんじゃないのか」

 

「ライカは、タイリョクがスクないのか?」

 

「あなたたちが異常なのよ……これでも持久走の成績は学年2位なのよ……」

 

「次の持久走では学年3位になりそうだな」

 

 ゼファーの訓練が終わり、ライカはへとへとになっていた。これは別に、ライカの体力が少ない訳ではない。ただ、彼女の隣に居る二人が、輪をかけて化け物なだけだ。

 ギルバートは速さと器用さでライカに劣る代わりに、筋力と体力で彼女に勝り、フォックに至っては頭脳以外の全てでライカを凌駕している。

 そのため、この三人で訓練をした場合、一番先に体力が尽きるのはライカであった。

 

「だが、夕食の後は頭脳労働だ。良かったじゃないか、休めるぞ」

 

「他人事みたいに言ってるけど、一番苦労しなきゃいけないのはあなたでしょう? 座学学年1位のギルバートさん」

 

「くっ……フォック、今日こそは時間内に終わらせるぞ!」

 

「ん……がんばる」

 

 この後訓練は無い。夕食を食べれば、しばしの自由時間の後、消灯だ。しかし、ライカとギルバートには、その自由時間にある意味訓練よりも余程辛いことを為さねばならなかった。

 それは頭脳労働でありながら、究極的に体力を消耗する仕事であった。

 

「……今日も憂鬱だな、ライカ」

 

「……そうね、ギル」

 

「……?」

 

 ライカとギルバートは、これからやることを思って大きな溜息を吐いた。そんな中で、当事者であるはずのフォックだけがあっけらかんとしていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 食事の時間以外でも、食堂は開放されている。そのため、訓練生たちが自由時間にここでたむろして、会話に華を咲かせたり、友人と交流を深めたりすることがある。

 そんな食堂に、ライカたち三人の姿があった。しかし、その雰囲気は談笑のそれではない。ライカとギルバートは地獄にでも落とされたかのような必死の形相を浮かべている。そんな二人に挟まれたフォックは、二人の様子に気付いていないのか、どこまでも暢気で楽しそうにしていた。

 

「フォック。北半球では、太陽は東から昇った後、どの方角を通ってどの方角に沈む?」

 

「えーっと……西をトオって南にシズむ?」

 

「……太陽がワープしてるじゃねえか」

 

 ライカとギルバートは、フォックの勉強の面倒を見ていたのだった。元々彼の言動からある程度予想は付いていたが、彼の学力は非常に低い。しかし、ここ数日フォックと生活して分かったのは、彼の学力は想定を遥かに超えるレベルで酷いことであった。

 その酷さは、最悪それが原因で、実技一位でありながら下の学校に落とされかねないほどである。今日の模擬戦ではライカ相手に黒星を付けられたフォックだが、圧倒的なパワーとスピードで乱打するのは単純に脅威であるため、実はライカ、ギルバート両名に対する勝率は5割を超えている。そのため、ゼファーからの評価では、実技では学年どころか学校でもトップと目されている。

 しかし、それほどの強さを持ちながら、その規格外の無知っぷりから、総合成績では下から数えた方が早いとすらされている。

 だから二人は、フォックを無事に卒業させるために、自由時間を返上して彼の勉強に付き合っているのである。

 

「フォック、北を向いているときは、どっちの方向が東で、どっちの方向が西になるのだったかしら?」

 

「うーん……ウエが東で、シタが西?」

 

「……昨日やったでしょ。右が東で左が西。ちゃんと覚えて」

 

「そうだった! やっぱりゆガラらはアタマがいいんだな!」

 

 幸いなことに、フォックは勉強をすることを嫌がらず、新しい知識を覚える度に無邪気に喜んでくれる。

 しかし、こうも覚えるのに時間が掛かると、やはり二人としてはどうしても辟易としてくる。

 

「……今日中に地学の入門までは終わるかな……」

 

「絶対無理だろ……ペースが遅すぎる……」

 

「ナニかイったか?」

 

「いやいや、何でもないよ!」

 

「ああ! 何でもないさ!」

 

 どんよりとした雰囲気を隠そうともしない、いや、隠そうとすることすらできない二人にフォックが首を傾げるが、すぐに二人は誤魔化した。

 何だかんだ言って、ライカもギルバートも善人に分類される人間である。だから、フォックに自分のせいで二人の時間を奪っているという罪悪感を抱かせないよう、楽しんでフォックに教えている振りをする()()()()()

 しかし、フォックの頭脳は、彼の幼少期が劣悪な環境にあったと思われることを考慮しても擁護ができないほど悪かった。一を覚えるのに十の時間が必要だし、簡単な計算でも指を使わないと解けないし、漢字や英語といった言語の違いなど当然理解できるはずもない。

 故に、楽しむ振りをする余裕は早々に二人から消えた。

 

「卒業までに必要レベルにまで到達させられるかな……」

 

「俺たちがそうさせるしかないだろ……下の学校にコイツの面倒を見てくれる奴が居ると思うか?」

 

「そうね、そうだわ。私たちがやらなきゃ誰がやるんだ!」

 

「ゆガラら、どうかしたのか?」

 

「「何でもない!」」

 

 士官学校に来て早々にはみ出し者認定されてしまった彼が、下の学校に落とされても勉強の世話をしてくれる誰かに会えるとは思えない。だから、結局善人な彼らにフォックを見捨てるという選択肢はない。故に二人は、ある意味訓練よりもずっとキツイ時間を過ごさなければならないのだった。

 

「オレたちがスむホシってボールみたいなカタチなんだな! シらなかった! これでまたヒトつカシコくなれたぞ!」

 

「……そうね、それは良かったわね」

 

「……ああ、そうだな。本当に良かった」

 

 二人の目が死んでいることにフォックが気付く日は、きっと永遠に来ないだろう。




ライカ
 自分から面倒事に首を突っ込む性分のせいで、当分は自由時間が消失しそう。

ギルバート
 ライカのことを面倒臭い女と思ってるけど、実は自分も同じようなところがある男。こっちも当分自由時間は無いでしょう。

フォック
 素直な良い子だけど、それが余計に二人の心労を増やしてたりする。無事卒業できるのか!?

 という訳でフォック回その2。今回はちょろっとフォックの戦闘スタイルを示唆して、そして学力。サブタイトルで直球の罵倒をかまされた彼が及第点を取れる日は来るのでしょうか。
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