「フォック、船は英語で?」
「えっと……“しっぷ”?」
「正解よ! やるじゃない!」
「じゃあフォック、俺からも英語の問題だ。剣は英語で?」
「うーん……ワからない」
「はあ……及第点はまだまだ先か……」
今日も今日とて二人は自由時間にフォックの勉強を見ていた。二人の尽力で以前よりはましになったとは言え、未だに彼の学力は及第点には遠く及ばない。そのため、二人は休憩時間を全て返上してフォックの勉強の面倒を見るデスマーチを強いられていた。
「やっぱりフォックに英語はまだ早いんじゃないか?」
「まだ早いって……彼は15歳よ。やればきっと――」
「学力では6歳相当くらいだぞ。やっぱり後回しにするべきだって」
「でも英語の勉強は時間が掛かるでしょう? 早めにやり始めておかないと、それこそ卒業に間に合わなくなるわ」
「まあ、それも一理あるけどさあ……」
フォックの教育方針を巡って争う二人は、さながら彼の親であるかのようであった。頭を悩ませ、将来のことを考慮し、ああでもない、こうでもないと唸る二人の間で、フォックは無表情のままのほほんとしている。事の重大さをまだ理解できていないのだろう。
そんなフォックは、二人の疑問も知らずに、純粋に抱いた疑問を口にしていた。
「なあ、ライカ、ギルバート」
「ギルで良いって言っただろ?」
「じゃあ、ライカとギル」
「それで、何かしら?」
「そもそもエイゴってなんだ?」
「「…………」」
そういえばそうだった。コイツはそういう奴だった。そう言わんばかりの顔で二人は項垂れた。二人にとってどれだけ常識的なことでも、フォックにとってはそうではない。だから、根本的なことから教えなければいけないのに、すっかり二人はそれを失念していた。
「ねえ、フォック。海軍という意味を表す言葉が二通り存在することには気付いてる?」
「え?……た、タブン」
「こりゃ気付いてないな」
仕方がないので、ライカはフォックのノートの端っこに、二つの言葉を書いた。一つ目は漢字で『海軍』と。二つ目は英語で『Marine』と。
「フォック、この二つの表記はどっちも見たことあるはずでしょう?」
「イわれてみれば……まあ……タシかに……」
(本当に分かってんのか?コイツは?)
恐らく分かっていないだろう。訓練生ならどちらの表記も毎日見ているはずなのに。フォックがそのことを思い出すのを待っていては日が暮れてしまうので、ライカは先に答えを言ってしまうことにした。
「海軍本部とか、士官学校の建物にはこっちの『海軍』って表記で描かれているよね?」
「ん……タシかに」
「でも、軍艦の帆とか、海兵の帽子にはこっちの『Marine』って表記が使われていたわよね?」
「ん……そうだった」
「前者が標準語で、後者が英語よ」
「なるほど……よくワかんないけど、ワかった!」
(それは分かってないって言うんだよ……)
ライカがノートに書いた二つの単語を指さしながら説明したところ、フォックは笑顔でそう答えた。ギルバートはその返答に内心呆れざるを得なかったが、ライカはフォックが笑顔を浮かべているならきっと分かっているだろうという希望的観測に縋り、そのまま続けることにした。
「もともとこの海では、島ごとに人々は違う言語で喋っていたのよ」
「それは……フベンではないのか?」
「先人たちがそう思ったからなのかどうかは知らんが、800年前に世界政府が誕生した時に、世界で使われる言語は俺たちが今使っている標準語に統一された」
「ふーん……じゃあ、なんでエイゴはイマもツカわれてるんだ?」
「なんでも、その頃では英語は標準語の次に使っている人口が多い言語だったみたいで、強引に変えさせるのは難しかったみたいね。それで、少しづつ標準語に置き換えようってなったんだけど……」
「まあ、結局英語はしぶとく生き残っているわけだ。Marineみたいな英語表記もあれば、政府の機関だって英語で名付けられてるし。CPこと、
「さ、さいふぁー?」
「……お前にはまだ早い話だったか」
これが理由で、この世界では標準語の他にも、未だに英語が様々な場所で使われているのである。
「何なら、
「特に、英語発祥の地と言われている
「うぇすとぶるー……」
世界政府と物理的に距離が近く、その影響が大きい
「そういえば
「そういえばあいつ、そんなこと言ってたな。だから標準語が怪しいのか」
「英語が公用語のところから来たのならあの片言も納得ね。聞き取りづらいから早く標準語を習得して欲しいものだけど」
「ああ、全くだ」
急に二人にしか分からない会話が始まり、フォックは困惑していた。学問に限らず、頭を使うこと全般が苦手なフォックは、今の会話を聞いても、その“トーマス”なる人物が誰のことか分からないのだった。
「あの……“とーます”って、だれだ?」
「ほら、あなたがここに来た日に、私たちを見て、
「ああ、あガラか……」
あのトーマスの片言は物覚えの悪いフォックにすら覚えられるほどのインパクトを彼に与えていたようだった。
「まあ、これで英語が何かは分かったろう?」
「ん……」
「分かったのなら勉強だ! まだまだ覚えなきゃいけない単語はたくさんあるからな! どんどん行くぞ!」
「ん! がんばる!」
何だかんだ言って結局フォックに英語を教えることにやる気を出し始めたギルバートと、そんな彼に呼応して自身も気合を入れるフォックを見て、ライカは思わず微笑んだ。何せ、その光景が親子のように見えたのだ。二人は同い年であるはずなのに。
以前よりもだいぶ軌道に乗ったフォックの勉強会は、以前よりも和やかな雰囲気で進んでいったのであった。
◆◆◆◆◆◆
「じゃあ私はこれを戻してから帰るから、あなたたちは先に行ってて」
「オーケー、訓練場で会おう」
「ん……おーけー」
次の時間は訓練場で訓練がある。ライカは今回の勉強会のために、英語の本を多数借りてきたので、それを先に返してから訓練場に向かうようだ。
ギルバートとフォックは先に訓練場に向かうが、その道中で二人はいつものように他の訓練生から奇異の目を向けられていた。彼らが進む方向に居る者たちは大袈裟なくらいに道を空けようとするし、遠くから二人を見ている者の中には露骨に顔を背ける者もいる。
(いつもよりも大袈裟だな、あいつら)
いつもは三人揃って行動するので、ライカという見た目
しかし、今回はライカが居ないので、この場に居るのは
そのため、いつもよりもその異質さが際立っており、いつもに輪をかけて避けられるようになっていた。そして、そんないつもより異質な
「Oh! 今日は
そう、トーマスだ。彼はいつもの英語混じりの片言で二人を罵るが、最早そんな幼稚な悪口はギルバートには効かないし、フォックはそもそも悪口の意味が理解できていない。
「おお、ちょうど良かった。ほら、フォック。勉強の成果を見せる時だ。あいつが何を言ってるのか分かるだろう?」
「えーっと、もんすたーのイミは……」
「ナニ暢気に
「ああそうだ。馬鹿を馬鹿にして何が悪い」
かつては大将になるために問題を起こすまいとして周囲からのいじめに耐えるだけであったギルバートであったが、最近ではこういう場合罰せられるのは相手の方だと分かってきたため、売られた喧嘩は積極的に買うようになった。こういう時の方が、いつもより心なしか表情が生き生きして見えるとは、ライカの談だ。
「馬ァ鹿ァ!? この
「フォックですら標準語をまともに話せるのに、お前は話せないじゃないか。お前はフォック以下の大馬鹿だよ」
「ん? それって、どういうイミ?」
フォックに流れ弾が当たっているが、それでも尚ギルバートはトーマスを馬鹿にすることをやめはしない。
「だいたいさあ、テスト10位程度が粋がるなよ。俺は学年1位だし、こいつは下から1位だぞ?お前じゃ俺たちには敵わないんだよ」
「それってホめてるのか?」
フォックの勉強会で相当鬱憤が溜まっているのか、それとも舌が乗りに乗っていて止められないのか、ギルバートはトーマスを馬鹿にしながら流れるようにフォックも罵倒し始めた。そんな時に、こういう諍いを終わらせる存在がやってきた。
「ちょっと、あなたたち! また喧嘩してるの!? 少しは成長なさい!」
それはライカであった。ライカの、他人のためなら自分から面倒ごとに突っ込んでいく面倒臭い性格は最早士官学校の誰もが知るところであるので、彼女が現れた瞬間殆どの喧嘩は自然に鎮火していく。今回もその例に漏れないようだ。
「まーたコイツが突っかかってきたんだ。本当に成長して欲しいもんだよ」
「またあなたなの!? いい加減にして! 私たちのことが嫌いなら放っておけば良いでしょう!? 何でいつもいつも、こうもしつこく絡んでくるのよ!」
ライカには、いや、この三人には、トーマスのそういう思考が本当に理解できなかった。だからこそ、ライカは絡まれる度に本気で彼と衝突する。
「ライカ!
「モンスター!? 彼らは人間よ! ふざけないで!」
ライカの剣幕がさらに険しいものとなり、トーマスの表情に怯えが混じり始めた。こうなったら喧嘩はだいたいいつも終わりを迎える。トーマスが捨て台詞を吐きながら逃げて行って終了。今回もそのパターンから外れなかった。
「もういいデス!
そう言ってトーマスは走って訓練場を出て行った。ゼファーの訓練をすっぽかせばどうなるかは彼も知っているので、きっと顔を赤くしてまたこの場に帰ってくるだろう。
「み、ミスフィッツ?ってどういう意味なのかしら」
ライカは、基本的に海軍の任務で必要になる範囲の英語は完璧に扱えるが、それ以上となるとあまり手が付いていない。故に、ライカにその単語の意味は分からない。フォックも、当然分かるはずがない。
しかし、ギルバートだけは知っていた。
「“
ギルバートは、敢えて笑顔でそう言い切った。
ライカ
相変わらずこういうところは面倒臭いままです。
ギルバート
売られた喧嘩は買うようになりました。なお、実技2位座学1位の彼に喧嘩で勝てる人間は居ない模様。
フォック
前話に引き続き今話でも馬鹿にされる。なお、本人は気付いていない模様。
トーマス
ぶっちゃけ彼はこのタイトル回収をしたいがためだけに作ったキャラだったりします。なので彼の仕事はもう終わりです。お疲れ様でした。
でも今後ももしかしたら出番があるかもしれない……!?
という訳でタイトル回収回。タイトルにもなったMisfitsには、はみ出し者という意味があります。要するにこの三人のことを表しています。