士官学校で生活を続けるうちに、ライカたちは二年生となっていた。しかし、学年が変わったからと言って、特にやることが変わるわけではない。
日々の訓練ではより高度な戦闘術が教えられるようになり、座学も難化し始めたが、せいぜいその程度の変化だけである。相変わらず毎日訓練漬けであるし、やる気のある者たちがそれに加えて自主訓練もしているのも変わらない。
当然、それはライカたち三人にも当てはまる。彼らは今日も朝から自主訓練だ。いつものようにマリンフォードの海岸に三人で集まり、戦闘訓練を行う。
今日の初戦はギルバート対フォックという対戦カードだ。二人はある程度の距離を保って向かい合っていて、それを横からライカが眺めている。
「二人とも、準備はいい?」
「オーケーだ」
「ん……オーケー」
ギルバートが返事を返し、続けてフォックも頷いた。
「それじゃあ行くよ。…………始め!」
海岸にライカの声が響き渡ると同時に、二人は動き出した。
ギルバートは背負っていたハルバードを掴み、身体の前で構えようとする。しかし、その前にフォックが地面を蹴り、一気にギルバートに肉薄してきた。
フォックの戦闘スタイルは徒手空拳。故に構える時間は短く、棒立ちの状態から即座に攻撃に移ることができる。
対するギルバートは、得物が重くて大きいハルバードであるため、構えるのに時間が掛かる。まだ構えの途中である彼は隙だらけであり、だから初手でその隙を突く。フォックの戦い方は、彼に似合わず非常に合理的であった。
(まあ、コイツは合理とか何だとか考えないで、本能のままに突っ込んできただけなんだろうけど、な!)
フォックの突撃をギリギリで防ぎながらギルバートはそんなことを考える。実際ギルバートのその想像は間違っていなかった。
フォックは頭を使って戦うということができない。直感に従って本能のままに戦うことしかできないのだ。
今回の初手の突撃も、溢れ出る闘争本能を抑えきれず、戦闘開始と同時に飛び出しただけ。それが偶々ギルバート相手では合理的だっただけであり、もしライカ相手に同じことをしていたらビリビリの実の能力で容易く迎撃されていただろう。
「うぉおらぁ!」
フォックの攻撃をハルバードで防いだギルバートは、そのままハルバードを振り回してフォックの拳を弾いた。
攻撃を弾かれたフォックは、その勢いのままに後ろに大きく跳びギルバートと距離を取った。
以前までのフォックなら、再びここで正面から殴りかかっていただろう。しかし、この学校に来て早一か月。フォックとて成長している。
フォックはギルバートとの距離を保ったまま、彼の周囲を回り始めた。
「――!」
「コイツっ! また余計なことを覚えやがって!」
口調とは裏腹に、ギルバートは嬉しそうに笑った。たった二人しかいない自分のライバルの、その片割れがさらに強くなったのだ。嬉しくないはずがない。
その間にも、フォックはギルバートの周りを回り続けている。フォックのスピードは士官学校の訓練生の中でもトップクラス。その速度で周囲を回られれば、姿を捉えるのも一苦労だ。相応の体力と集中力を消耗しなければ、視界からフォックが外れてしまう。そうなればその隙を突かれて、フォックに大技を繰り出させてしまうことになるだろう。
だからギルバートは彼の姿を視界に納めるために全力で身体を回さなければならない。
傍から見ている分には走り続けているフォックの方が体力の消耗が大きいように見えるが、先述の理由から、実際にはギルバートの方が消耗は大きいのだ。
回転の中心で待ちの姿勢を貫いていたギルバートは、やがてそのことに気付いた。このまま膠着状態を長引かせれば、先に集中を乱して負けるのは自分。ならばこの膠着状態を自分から崩しにかからねばなるまい。
「……“
「! ソコだッ!」
ギルバートが突きを放とうとしたその瞬間に、フォックは回転をやめてギルバートに突貫した。
フォックは頭脳では二人に大きく劣るが、逆に直感では大きく勝っている。故に、彼は相手が行動を起こす直前に見せる僅かな癖を
一月前までは宝の持ち腐れでしかなかったその直感も、今ではゼファーの下で立派な彼の武器にまで磨き上げられていた。
「ハアッ!!」
「げふぅッ!?」
ちょうど攻勢に出ようとしたタイミングで攻撃されて、ギルバートにフォックの拳を防ぐ手段は無い。彼の腹にフォックの正拳突きが突き刺さり、海へと吹き飛ばされていった。
(人間、攻撃に移る直前が一番無防備だと先生は言ってたが……身を以て味わうことになるとはな……!)
その思考を最後に、彼の意識は闇へと落ちていった。
◆◆◆◆◆◆
「本当に凄いなお前は! 一か月前までの脳筋ぶりが嘘みたいだ! 新世界の戦闘民族は伊達じゃないってことか!」
「順調に戦い方のバリエーションが増えているわね。見事だったわ、フォック!」
「え……あ、ウン……アリガトう……」
戦闘が終われば、さっきまでの緊迫した空気は何処へやら、穏やかな雰囲気に包まれての反省会となる。その中で話題に挙がるのはやはり、フォックの成長に関してのことだった。
もともと碌に戦い方を知らない内からゴリ押しでライカ、ギルバート相手に勝率五割を叩き出せるほどの身体能力を誇っていたのだ。それがゼファーの下でまともな戦い方を身に付ければどうなるか。
「しかし、この俺が十戦七敗させられるとはな……ガチで強えなお前……自信無くすわ……」
「何言ってんのよ、ギル。昨日十戦八敗させられた私よりは善戦できてるじゃない。それにあなたもフォックに負けず劣らず順調に強くなってるわよ」
「世辞はいらねえよ。だいたいお前は
「まあ、それはそうだけど……」
現状ギルバート、フォック両名は
「なあ……オレはホントウにツヨくなれているか?」
ライカとギルバートに割り込んで、フォックが突然そんなことを言い出した。その表情は不安気で、どこか怯えのようなものが混じっているように感じられた。
「なーに言ってんだよ。俺に勝てる奴が強くないわけないだろ?」
「そうよ、フォック。あなたはちゃんと強くなってる。それは私たちが保証するわ」
「そうか……オレは、ちゃんと、ツヨくなれてるんだな……オレは……」
フォックは何度もそう呟きながら、安堵したように表情を崩した。その様子に二人は何か不穏なものを感じたが、それを口には出さなかった。
二人はフォックが編入してきたその日に、悪気がないとはいえ、フォックの心の触れて欲しくない領域に土足で踏み込みかけているのだ。だから二人はフォックの表情に何か後ろ暗いものを感じたとしても、そこに触れるような真似はもうしない。
二人だって触れて欲しくないものを抱えている以上、他人の心に不用意に踏み込むべきではないことは分かっているのだ。
「しっかし、これじゃあ俺が大将になれんのは当分先だな。今回は先手を取られてばかりだった」
「千里の道も一歩からよ、ギル。間違いなく成長しているんだから、そこまで悲観する必要はないんじゃないかな」
「お前は今の大将がどれだけ化け物なのか知らないからそんな暢気なことを言えるんだ。お前も大将を目指すならもっと危機感を持て」
「根を詰め過ぎても逆効果でしょ、ギル」
二人とも目指す理由は違えども、海軍大将を目指す身である。故に、フォック
フォックは士官学校の中では最強だが、海に出れば彼を遥かに超えるような強者は星の数ほどいる。だから、フォックに負ける程度でいていいはずがない。ギルバートの焦りもそこから来ていた。
「……? “タイショウ”ってなんだ?」
「ああ、そうか。お前は知らないよな」
フォックが首を傾げて聞いてきた。相変わらずの常識知らずな発言だが、編入から一月もそれに触れていれば嫌でも慣れる。だから、ライカもギルバートも今更そんな発言に驚いたりはしない。二人は冷静にフォックの質問に答えた。
「早い話が、大将ってのは海軍で一番強い奴のことだ」
「そう。ギルの言う通りね。大将はその強さ故に与えられる権限も大きくて、バスターコールの発令とかができるのよ。要するに、やろうと思えば島一つ消せるくらいの権限が与えられるってことね。でも、大将になったら天竜人の直属の部下として扱われるから、あいつらの護衛とかもやらなくちゃいけないんだって。とはいえ、あいつらに近づくのは、世界政府の内情を知るにはいい手段だし――」
「……へー……」
フォックは、ギルバートの説明の『海軍で一番強い』というところで目を輝かせたが、それ以降のライカの解説は全く頭に入っていない様子だった。
しかし、彼にとって一番重要なのはその部分であった。
「ギル、ライカ……その“タイショウ”ってのは、ツヨいのか?」
「ああ、海軍で一番強いって言っただろ」
「…………もし……」
「ん? 何だ?」
「もし、オレがタイショウになったら、
そう言うフォックの表情は真剣そのものであった。その表情の裏に、さっきも感じられた仄暗い何かがあることに二人は気付いた。彼が強さを渇望する理由の、その一端が顔を出したように思えた。
「ああ、もちろん。大将になったのなら、強さで文句を言う奴は居ないさ」
「正義の担い手の最高位だもの。そもそも強くなきゃなれないわよ」
二人の言葉を聞いて、フォックは俯いて何かを考え始めた。暫くそのまま床を見つめながら何かを呟いている。そして遂に何か決心がついたのか、勢いよく顔を上げた。
「きめた。オレはタイショウになる」
脈略なく唐突に放たれたその言葉。しかし、聞いている二人は、その短い言葉の中にどれほどの覚悟が込められているのかが感じられた。
「そうか。ならもっと強くならなきゃな」
「私たちも協力するわ。一緒に頑張りましょう!」
だから彼の発言を茶化すようなことはしない。フォックが何を背負っているのかはまだ分からない。しかし、それでもライバルとして、同じ目標を目指す同士として、彼に協力したいというのが二人の偽りない感情であった。
「よし!じゃあ強くなるためにもう一戦いくぞ! 準備しろフォック! ライカはまた審判を頼む!」
「オッケー、ギル!」
「……! わかった……!」
ここにライカ、ギルバート、フォックの三人が、それぞれ抱える理由は違えど、同じゴールに向かって走り始めたのだった。
ライカ
今回は審判のみで戦闘しませんでした。いつの間にか二年になってた模様。
ギルバート
大将を目指しているので焦り気味。同年代の中では十分すぎるほどに強いが……。同じく二年になりました。
フォック
ゼファー先生に鍛えられたので、だいぶ技巧的な戦い方もできるようになりました。とはいえ二人と比べるとまだまだな模様。
更新が遅れに遅れて本当に申し訳ない……!次はなるべく早く更新したいけど、やっぱり忙しいのでしばらくはこのぐらいのペースになると思います。許して!