MISFITS ―はみ出し者たちの物語―   作:Astley

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 一か月以上も待たせてしまって申し訳ない!しかも待たせた割に今回全然話が進んでない!許して下さい!何でもはしません!


第36話:六式

 士官学校の朝は早い。今日も朝っぱらから訓練だ。訓練場には二年生全員が集められている。当然その中にはライカたち三人の姿もあった。毎朝繰り返されている士官学校の日常的な風景。しかし、そこに流れる空気は普段と違って、どこかそわそわしているように感じられる。

 

「ねえ、ギル」

 

「どうした、ライカ?」

 

「今日の訓練って何をするのかしら?」

 

「……さあな。俺も知らん」

 

 前日の訓練の最後に、ゼファーはこう言っていた。

 

『明日からは一段上のレベルの訓練をしてやろう。楽しみにしておけよ?』

 

 『一段上のレベルの訓練』とやらが何を指しているのかは分からないが、しかし、士官学校でやることなのだから強さには繋がるのだろう。そう訓練生たちは漠然とした期待を抱いていた。

 この場にいるのは皆海軍将校を目指す者たち。目指す理由は違えど、この大海賊時代に否応なく最前線に送られるであろう海軍将校を目指すような連中だ。故に、誰もが強くなることに一定の関心を持っている。それはライカたちとて例外ではない。

 

「ベツにツヨくなれるなら、ナンだってカわらないだろう?」

 

「……お前は気楽でいいよな」

 

 いつも通りなフォックの様子にギルバートは呆れ気味だった。そうこうしている内に、訓練場にゼファーが来た。

 

「全員集まっているな?」

 

 ゼファーは訓練場をぐるりと見渡す。訓練生全員がちゃんと出席していることが確認できたので、ゼファーは今日の訓練内容を話し始めた。

 

「今日の訓練では、お前らに六式を教える」

 

「なるほど、六式ね」

 

「六式か。確かに一段上だな」

 

「……ろくしき?」

 

 フォック含めた多くの海兵が首を傾げる中、ライカとギルバートは納得した。彼らは六式が何なのかを既に知っている。ライカは父親とその親友が海兵であったために、ギルバートはその勤勉さ故に予習していたから、六式についてある程度知っていた。

 だからこそ二人は期待に胸を膨らませる。あの動きを自分のものとすることができれば、彼らは夢の成就に一歩近づけるだろうから。

 

「何人か既に知っている者もいるようだな。知らない奴のために説明するが、六式とは身体そのものを武器にする体技だ。“(ソル)”、“鉄塊(テッカイ)”、“月歩(ゲッポウ)”、“紙絵(カミエ)”、“指銃(シガン)”、“嵐脚(ランキャク)”の六つの技からなる体技、故に“六式”。習得すれば無手の無能力者ですら能力者を超える超人的な戦いができるようになる。勿論、能力者が身に付けても強力な技術だ」

 

 ゼファーの話を聞いて、一部の訓練生の目の色が変わった。先にも述べた通り、この場にいる誰もが強さに一定の関心を持っている。そんな者たちがこのような技術の存在を知れば、そうもなろう。

 

 「ただし、習得するには非常に厳しい訓練に耐える必要がある」

 

 しかし、それほどの技術をそう易々と使えるようになるはずがない。ゼファーの言葉を聞いて、何人かの訓練生が無意識にゴクリと唾を飲んだ。

 

「習得できないまま卒業していく訓練生も多い。それほど難しい技術だ。できなくても恥じる必要はない」

 

 その言葉に安心したのか、何人かが胸を撫で下ろしたようだ。しかし、甘やかすだけでは教官は勤まらない。

 

「だが、最初っから『できなくても大丈夫』と思っているような奴が六式を習得したところを、俺は見たことがない。この海で生き残りたかったら全力で訓練を受けることだな」

 

 生死を引き合いに出されたら、どれだけ気楽な人間だろうと気を引き締めざるを得ない。訓練生たちの間に鋭い緊張感が流れた。

 

「今日はまず“(ソル)”から教える。今日中に体得してやるくらいの気概でいけよ?」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

  “(ソル)”とは、瞬間移動とも見紛う速度で走る技だ。六式の基本となる技であり、その単純にして強力な特性から、海軍や世界政府の人間の多くが習得しているほど便利な技でもある。

 

「「“(ソル)”!」」

 

 叫ぶのと同時に、ライカとギルバートは駆け出した。その速度は、今までの彼らが出せた最高速度を優に超えている。

 二人は訓練初日にして“(ソル)”の習得に一歩踏み込んでいた。その走るフォームは体力測定のときのゼファーを彷彿とさせるくらいには“(ソル)”の形になっている。

 だが、まだまだ所詮「彷彿とさせる(・・・・・・)」程度のレベルでしかない。「そっくり(・・・・)」でも、「似ている(・・・・)」でもなく、「彷彿とさせる(・・・・・・)」。“(ソル)”の走り方を覚え始めた彼らは前よりは各段に速く動けている。しかし、“(ソル)”の加速性能を知っている人間が彼らを見たら、まだまだ彼らは遅いと判断するだろう。二人はまだそのくらいのレベルであった。

 ただし、それでも今期の訓練生の中で見れば、最も“(ソル)”の習得に近づいているのは彼ら二人だったりするのだが。

 

「駄目ね……まだ遅い」

 

「クソッ! さっきから全っ然タイムが縮まらねえ!」

 

 二人とも海軍大将を目指す身。この程度で満足はしていられない。タイムを確認した二人は不満を露わにしながらトラックから離れた。

 

「“ソル”!」

 

 二人がトラックから離れたのを確認するや否や、金色の影がトラックの上を駆け出した。無論、それはフォックであった。その速度はさっきの二人には僅かに劣るものの、十分に速いものであった。

 しかし、フォックの走りを見ている二人の反応は芳しくなかい。

 

「流石に速いわね、フォック。身体能力はこの中で一番だもんね。でも……」

 

「ああ、あれはただ全力で走ってるだけだな」

 

 フォックの“(ソル)”は、「彷彿とさせる」レベルにすら達していなかった。これだけの速度を出せている理由も、ただただその高い身体能力でゴリ押しているからというだけ。

 寧ろ、フォックの身体能力で“(ソル)”を使ったのならば、ライカたちの“(ソル)”を遥かに超える速度を出せているはずなのに、それができていない。つまり今のフォックはかなり遅いとすら言える。

 フォックは“(ソル)”を全く習得できないでいた。

 

「大丈夫なのか?あいつ。いくら何でも不器用すぎる気が……」

 

「ギル、周りを見なさい。他の人たちも同じようなものよ。寧ろおかしいのは私たちの方よ」

 

 周囲を見渡してみれば、他の訓練生もフォックと同じくらいか、或いはそれ以上に苦戦している。この二人の習得速度が異常なだけだったようだ。

 

「そうなのか? ……いや、そうみたいだな」

 

 ギルバートは周囲を見渡して納得した。

 普段は訓練生の中でもこの三人だけ突き抜けているということが多い。だからギルバートは無意識の内に、座学はともかく実戦訓練でなら自分たち三人は何でもそつなくこなせると思い込んでいた。

 しかし、六式に関してはそうではないらしい。そつなくこなせたのはライカとギルバートだけで、フォックはかなり苦戦しているようだった。

 

「まあ、焦るなフォック。こういうのは本来コツコツ努力して身に付けるものだ。俺たちがおかしいのさ」

 

 ギルバートとしてはフォックを慰めるつもりで放ったその言葉は、むしろフォックの中の悔しさを余計に燃え上がらせるだけだった。歯を噛み締めて表情を歪ませたフォックは、ライカに向き直る。

 

「もうイッカイやる。タイムをハカっててくれ」

 

「ええ、任せて」

 

 その後も三人は何度も“(ソル)”の練習をした。しかし、“(ソル)”が上達したのはライカとギルバートだけで、結局フォックの“(ソル)”は何時まで経っても上達しなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 次の日も六式の訓練であった。

 

「“鉄塊(テッカイ)”!」

 

 そう叫んで仁王立ちするライカに、ギルバートが全力のパンチを入れる。以前だったら呆気なく吹き飛ばされていたであろうライカは、しかしその一撃を受けてもその場に留まっていた。

 

「~~~っ!! 痛った~~!!」

 

 直後に大声を上げて飛び上がったが。

 

「着実に硬くはなってるが……鉄の硬度はまだ先だな」

 

 今彼らが訓練しているのは六式が一つ、“鉄塊(テッカイ)”であった。身体を鉄のように硬化させる防御術なのだが、やはりこちらもそう易々と習得できるものではない。

 ライカはある程度身体を硬化させるところまではできるようになったが、それでもまだギルバートの攻撃で痛みを感じる程度にしか硬化できない。まだまだ“鉄塊(テッカイ)”の習得は先のようだった。

 

「次は俺の番だな。フォック、遠慮はいらん。全力で来い! いくぞ!! “鉄塊(テッカイ)”!!」

 

「ワかった、ギル! ハアッ!!」

 

 今度はフォックがギルバートの腹を殴り付ける。フォックの全力のパンチはギルバートの腹に突き刺さり、周囲にけたたましい音を響かせた。しかし、殴られたギルバートはよろめきこそしたものの、吹き飛ばされることなくその場に佇んでいる。

 

(! 凄い! ギルったらもう“鉄塊(テッカイ)”を……! アレ?)

 

 ギルバートは涼しい表情を浮かべているが、その身体はプルプルと震えていて、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 

「痛っ!……く、ない!」

 

「ギル、痩せ我慢は無意味よ」

 

 ギルバートも未だ鉄の硬度には至っていないようだった。しかし、それでも明らかに身体を硬質化させることには成功している。ライカと同じくギルバートも着実に“鉄塊(テッカイ)”をものにし始めていた。

 

「ツギはオレだ! “テッカイ”!」

 

 二人に続いて、今度はフォックが前に出た。フォックも二人の前で仁王立ちし、“鉄塊(テッカイ)”を行う。

 

「よし、じゃあいくね! フォック! せいやっ!!」

 

 次に殴る役目を買って出たのはライカだった。彼女もまた全力のパンチをフォックにお見舞いした。

 

「ゴフッ!?」

 

「あれ!? フォック!?」

 

 ライカがフォックの腹を打つと、フォックは崩れ落ちた。蹲るフォックにライカは慌てて駆け寄る。“(ソル)”のみならず、“鉄塊(テッカイ)”でもフォックは二人と差をつけられているようだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 その次の日もまた同じようなことが起きた。

 

「“月歩(ゲッポウ)”!」

 

「いいぞ!ライカ!見事な二段ジャンプだ!」

 

「“ゲッポウ”!」

 

「あー、うん……いいぞ、フォック。見事な一段ジャンプだったな……」

 

 その次の日も。

 

「“紙絵(カミエ)!”」

 

「凄いわ! ギル! 当たりそうで当たらない、いい避けっぷりよ!」

 

「“カミ──ぐふぉあ!?」

 

「フォックぅーーっ!?」

 

またその次の日も。

 

「“指銃(シガン)”!」

 

「……見た目華奢な女が指で板に穴開けてんの、なんか見ていて脳がバグるな」

 

「“シガン”!」

 

「……穴は開いたが……指、赤いぞ。大丈夫か?」

 

さらにその次の日も。

 

「“嵐脚(ランキャク)!”」

 

「いいよ、ギル! まだ射程は短いけどちゃんと斬撃が飛んでるよ!」

 

「“ランキャク”!」

 

「蹴りは速いけど……何も飛んでないわね」

 

 こと六式の訓練において、フォックは完全に仲間外れになっていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 嵐脚の訓練を終えたその日。フォックは寮への帰り道を、一人とぼとぼと歩いていた。いつもは、訓練後は面倒な差別主義者(主にトーマスたち)に絡まれないよう、三人揃って帰っていた。しかし、今日のフォックは二人と一緒に帰る気になれなかった。二人には先に帰ってもらい、一人ぼっちの帰り道で最近のことを振り返っていた。

 

「ッ!」

 

 思い出されるのは今日まで行ってきた六式の訓練のこと。不甲斐無い自分の姿を思い出し、無意識に歯を噛み締める。

 座学では二人に敵うべくもないが、実戦では自分が三人の中で一番優れていると。そういう自負がフォックにはあった。

 現に、今までの訓練では、技巧的なことに苦戦したことこそあれど、最終的にはライカにもギルバートにもフォックは勝っていた。だから、無意識のうちにそういう慢心が彼の中に生まれていた。

 なのに、六式の訓練が始まってからはいつも自分だけが置いていかれている。それは彼にとっては許されざることだった。

 今のままでは強くなれない。今のままでは故郷を捨てた意味がない。今のままでは──

 

「……」

 

 ぐるぐると堂々巡りする思考を打ち切って、フォックは懐から一枚の紙切れを取り出す。

 それは一見しただけではただの紙切れにしか見えない。しかし、彼にとってそれは何よりも大事なものであった。

 

「オレは……」

 

 フォックは空を見上げる。既に太陽は沈み、空は僅かな星だけが輝く暗闇に覆われていた。

 今日は新月。月の光さえ存在しない。雲一つない暗黒を、フォックはいつまでも睨み付けていた。




ライカ
 成長速度化け物その一。既に六式を習得し始めてます。

ギルバート
 成長速度化け物その二。フォックへの慰めが慰めになってない。やっぱりコミュ力低いなコイツ。

フォック
 六式に苦戦。二人に差を付けられて焦ってます。

 という訳で六式回。「ライカたちの習得速度速すぎない?」と思うかもしれませんが、原作で六式を見ただけで似たようなことをしてみせた海賊がいまして……そいつ、『麦わらのルフィ』って言うんですけど……。なおフォック。
 前書きにも書きましたが、お待たせしてしまって本当に申し訳ない。それと誤字報告をしてくださった方々、本当に助かってます。ありがとうございます。

 次の更新は……二か月後くらいかな!(絶望)

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