MISFITS ―はみ出し者たちの物語―   作:Astley

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 馬鹿な……更新が早すぎる……。


第39話:直前

 フォックが新しい戦術の一端を掴んで見せたあの日から、三人はより一層訓練に励むようになった。以前は二割ほどであったフォックの勝率は五割にまで上昇し、その勢いに負けていられないと感じた二人が更に訓練に力を入れるようになったからだ。

 そんな日々が数日続いて、数週間続いて、数か月続いて……そして何事にも終わりというものが存在する。ライカ及びギルバート17歳、フォック16歳の冬。気付けば士官学校を卒業し、正式に海兵になるまで一か月という時期になっていたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 どれだけ時間が経とうと、一度貼り付けられた『はみ出し者』のレッテルは簡単には剝がれない。故に、卒業間近だろうと関係なく、彼らの周囲に人が集まることは殆ど無い。今も食堂に集う三人の周りにはぽっかりと穴が空いていて、周囲の人々はその穴の中心に敵意やら恐怖やらを籠めた視線を注いでいる。

 しかし、今の三人が避けられているのは『はみ出し者』のレッテルだけが原因ではないようだ。

 

「……ねえ、ギル。筆記試験の合格最低点って何割だっけ?」

 

「……六割」

 

「……今のフォックなら何割取れそう?」

 

「……良くて三割」

 

「いやあぁぁぁああ!!?」

 

 椅子が倒れる音が食堂に響き渡る。ライカは頭を抱え、目を見開いて天を見上げた。その有り様は、事情を知らない人でさえ彼女が今絶望的な状況に追い込まれていると確信できるほど悲壮なものであった。

 

「ライカ、どうしたんだ? ワルいものでもタべたのか?」

 

「フォック、ライカのことは気にするな。とにかく今はこのページを覚えてくれ」

 

 暢気な様子のフォックに集中するよう促し、その間にギルバートはライカを再起動させにかかる。

 

「おい、ライカ。腐ってる暇は無いぞ。もう時間が無いんだ。このままだと間違いなくフォックは卒業試験に落ちちまう」

 

「でも……今から頑張っても間に合う訳ないよぉ……」

 

「今まで試験の度にそう言ってきただろ! でも現に全部最低限は取らせてきたじゃないか! あと少しなんだぞ!? これさえ超えれば俺たちは二度とコイツの勉強を見なくて良くなるんだ! もうちょっとの辛抱だから耐えてくれ、ライカァ!」

 

 そう、二人の尽力のおかげでなんとフォックは今まで一度も試験で不合格になっていないのだ。自由時間を返上した二人の努力は確かに結果を出していたのだ。

 しかし、その努力もフォックが卒業試験に落ちれば水泡に帰してしまう。だからギルバートは必死だった。

 

「……そうね。ギルがこんなに頑張ってるのに、私だけ項垂れてる訳にもいかないよね」

 

 ギルバートの呼び掛けの甲斐あって、ライカは何とか再起動した。

 

「ライカ、ギル。このページオボえた」

 

「本当か? テストしてやるから教科書を閉じろ」

 

 フォックが言われた通りに教科書を閉じたのを見計らって、ギルバートが問題を出した。

 

「行くぞフォック。じゃあまず一問目は――」

 

 その後フォックは何度も頭を捻ったり、答えに詰まったりしながらも、何とか最後まで答え切った。

 

「はぁ……とりあえずこのページは大丈夫そうだな。存外何とかなりそうだ」

 

「良かった……最悪徹夜を覚悟してたけど、そこまでする必要はなさそうね」

 

 そう言ってライカは教科書のページを捲った。そこに書かれていたのは――

 

『軽度の外傷に有効な薬は――』

『航海中の病気への対処に――』

『壊血病対策として――』

 

――航海するにあたって必要な医学知識であった。以前(第20話)でも出てきた話だが、士官学校では航海中に船医や航海士と言った、必要な人材が戦闘に巻き込まれたりして職務を果たせなくなった時に備えて、それらの知識を最低限身に付けさせている。

 であるならば当然、ある程度の医学も覚えるべき()()()の中に含まれている。

 

「「…………」」

 

 座学成績学年一位二位の二人ですら覚えるのに苦労したくらいに情報量の多いそのページに、二人は絶句するしかない。

 

「「いやあぁぁぁああ!!?」」

 

 椅子が倒れる音が二回響き、騒音を嫌って周囲の訓練生が更に離れていく。何も知らないフォックだけが暢気な様子で、口を半開きで教科書を眺めていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ライカ、ギル。オレたちはどこにムかってるんだ?」

 

「服屋よ。いつまでも勉強漬けじゃあ、むしろ効率が下がっちゃうからね。気晴らしも大切よ」

 

(まあ気晴らしするのはフォックじゃなくて俺たちだけどな……)

 

 今日は日曜日。訓練は休みであり、自主訓練をしない人にとっては休みの日でもある。ライカたちは、普段なら日曜日でも自主訓練をしていたのだが、今日だけは()()()()()から休みにしていた。

 

「それで気晴らしついでに、卒業式用の一張羅を買っちまおうって算段さ」

 

 士官学校にはとある伝統がある。それが「卒業式には制服以外の服を着て参加する」というものだ。

 海軍では、伍長未満の海兵は制服の着用が義務付けられているが、伍長以上の海兵にはある程度の服装の自由が認められている。

 士官学校の訓練生も伍長未満と同じ扱いであり、制服の着用は義務である。しかし、士官学校を卒業すると、一端の海軍将校として少尉の位が与えられるため、その瞬間から服装の自由が認められるのである。

 こうした事情から、士官学校の卒業式では制服以外の服を着て来ることで、自分が既に一人前の将校であることを周囲に示すという伝統があるのだ。

 ライカたち三人もそのための服を買いにマリンフォード市街地の服屋へと来ていた。

 

「学校に入ってからずっと訓練漬けだったから、こういう場所に来るのは凄く久しぶりな気がするわ」

 

 実際、ライカが学校行事や家族への挨拶以外で士官学校から出たのはこれが始めてである。はみ出し者の彼女にはこうした遊びに誘ってくれる友達はおらず、ギルバートとフォックもそういったことに興味を持たない人種であったため、行く機会が全く無かったのだ。

 

「フォック、着る服はちゃんと選べよ。卒業式に着た服を今後の仕事着にするのが海兵の伝統らしいからな」

 

「? フクなんてキれればゼンブいっしょじゃないのか?」

 

「馬鹿野郎。海賊に襲われてるときに助けに来た奴が海賊みたいな見た目をしてたら、市民はどんな気分になるんだよ」

 

「ああ、そっか。タシかに」

 

 ギルバートは何とかフォックに服装の重要性を理解させることができたようだ。

 

「それじゃあ十分後にここに集合でいいか? どうせお互いに相談することもないだろうしな」

 

「えっ?」

 

 ギルバートの提案にライカは思わず疑問の声を上げた。

 

「何だ? まさかお前に限って、誰かと相談して決めたいなんてことはないだろう?」

 

 割とデリカシーの無い発言ではあるが、ライカはギルバートがそういう奴だと知っているので、特にそこに突っかかったりはしない。彼女が気にしているのは別のことだ。

 

「別に私は相談とかしなくてもいいけど……フォックは彼自身に任せちゃって大丈夫なのかなって」

 

 それは至極当然の疑問だった。普段のフォックの言動を知るものならば、フォックにまともな服装を選ぶことなど無理ではないかと疑わざるを得ないだろう。

 

「正直俺もそこは不安なんだが……だけど、なんでもかんでも俺たちがアイツのことを決めてたら、アイツいつまでも成長できないだろう? 一度アイツ自身に決めさせて、それで駄目ならまた考えるさ」

 

「なるほど……。それなら一度フォックに自分で選ばせた方が良いわね」

 

 ギルバートはフォックの自主性を重んじて、服装選びも彼自身にやらせたかったようだ。これにはライカも全面的に同意する。二人の目線は最早完全にフォックの保護者のものとなっていた。

 

「よし、それじゃあ十分後に集合だ。それまでに決めろよ」

 

「ええ」

 

「ウン」

 

 三人は自分の服を見つけるためにそれぞれ別れて行動するのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「あいつらどんな服を持ってくるかな」

 

 一人先に服を選び終え、集合場所に戻ってきたギルバートはそう呟いた。既に選んだ服は購入済みで、二人を驚かせるためにもう買った服に着替えている。

 

「あ! ギル! もう戻ってた――」

 

 戻ってきたライカは、ギルバートの服装を見て一瞬閉口した。服装自体は(海兵としては)無難なもので、グレーのスーツであった。多くの海兵がスーツを着用していることから、別に奇抜な選択ではないはずだった。

 しかし、グレーのスーツはギルバートの焦げ茶色の肌との対比と、ギルバートの大柄な体格もあって、必要以上の威圧感を振りまいていた。

 

「何だろう……。そういう人は一度も見たことが無いはずなのに、中小規模の犯罪組織のトップの息子ってきっとこんな感じなんだろうなっていう奇妙な感覚がする……」

 

「何だよそれ……無難なものを選んだはずなんだが」

 

 そうこうしている内にフォックも集合場所にやってきた。

 

「! ナンだそれ! カッコいいな、ギル!」

 

 フォックは目を輝かせてそう言った。

 

「ほら、フォックはこう言ってるぞ?」

 

「いや、格好いいとは思うよ? でも、それはそれとしてボスの息子感というか……」

 

「じゃあそう言うお前はどんなのを選んだんだよ……」

 

 若干呆れ気味にギルバートはそう言った。

 

「私はこんなのを……って言っても分かりづらいよね。試着室に行ってくる」

 

 ライカは選んだ服を二人に見せようとしたが、それではどんな風になるのか分かりにくいだろうと思い、試着してくることにしたようだ。それを待つ間、ギルバートはフォックと話す。

 

「フォック、お前はどんなのを選んだんだ?」

 

「オレはコレにした! カッコいいからイイとオモう!」

 

 そう言ってフォックが広げたのは虎柄のジャケットと赤色の短パンであった。ギルバートは思わず頭を抱えたくなった。

 

「あ~、フォック? 市民のことを考えて、まともなものを選ぶべきだってさっき言ったよな?」

 

「! ワスれてた……」

 

 ギルバートはフォックの記憶の揮発速度に深い悲しみを覚えた。しかし、同時に安堵した。こう言われて落ち込むということは、フォックはこの服装(虎柄ジャケットと赤短パン)がまともではないということを理解しているのだ。

 

「フォック……ライカが着替え終わる前にまともなやつと変えてこい……」

 

「ウン! イってくる!」

 

 どたどたとフォックが走り去っていった。その直後、試着室からライカが出てきた。

 

「こんな感じなんだけど、どうかな? ……あれ? フォックは?」

 

「あまりに酷すぎたから選び直させてる。それでお前の服は――」

 

 ギルバートがライカに目を向ける。その第一印象は“黒”だった。紺色のスキニーパンツと適当な服を身に纏い、その上に短めで真っ黒なトレンチコートを着ていた。前側のボタンはしっかりと閉じられていて、彼女の首元まですっぽりと覆い隠している。

 

「……人のこと言えねえな。どこの組織の暗殺者だ?」

 

「えっ!? これが一番ヒーローっぽいと思ったのに……」

 

 ギルバートが思ったよりもライカはダメージを受けている様子で、がっくりと項垂れた。

 

「ヒーローっぽい、かあ……色がもっと明るければヒーローっぽいんだがな。せめてコートは白色にしろよ」

 

「私もそう思ったんだけど……でも白はどうしてもしっくりこなくて……黒にしたら()が落ち着くっていうか、何というか……」

 

「……それって要するにお前が黒色好きなだけじゃないのか?」

 

 ライカの要領を得ない言葉を、そうギルバートはバッサリと切り捨てた。

 

「でもまあ、アリだと思う。普通に格好いいぞ、ライカ」

 

「そう? ありがとう」

 

 ギルバートにも推されて、ライカはこの服装で行くことを決意したようだった。後はフォックだけなのだが――

 

「ギル! まともなのをエラんできたぞ!」

 

 そう言って駆けてくるフォックの手に握られているのは、クリーム色のジャケットと深緑色の短パンだった。

 

「フォック……お前、まともって言葉の意味知ってるか?」

 

 色以外何も変わっていないチョイスに、ギルバートはそう問いただす。しかし、ライカはそれ以上に恐ろしいことに気付いた。

 

「ちょっと待って、フォック。()()()()()()()()()には何を着るつもりなの?」

 

「? ナニも」

 

 ライカは戦慄した。なんと彼は素肌の上に直接ジャケットを着るつもりであった。

 

「えっと……もちろん、前は閉じるのよね?」

 

「? ナンで?」

 

 再びライカは戦慄した。海兵が自分の素肌を堂々と人に見せつける格好をするだろうか。彼女の常識ではそれは有り得ないことだった。

 

「いや、なんで前を空けるんだよ。それじゃあまるで海賊だよ。市民から苦情が来るぞ」

 

 ギルバートがそうフォックを諫めるも、フォックは譲る気は無かった。

 

「だって、まともなフクソウっていったじゃないか!」

 

「まとも!? これがか!?」

 

「まともだぞ! オレの()()()()はいつもこのカッコウをしてた!」

 

 その後フォックとギルバートの間で口論が発生したが、最終的にギルバートが折れ、フォックはこの格好で行くことが決定した。

 

「どうせ卒業したら海軍のコートが貰えるし……それ付けてれば海賊に間違われることも無いだろうし……」

 

 ギルバートは不貞腐れたようにそう呟いているが、ライカは不安でしかなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「あと一週間かぁ……」

 

 食堂にて、テーブルに突っ伏しながらライカはそう言った。

 服を買いに行ったあの日から更に数日経って、今日はちょうど試験一週間前。フォックは二人の尽力によって、何とか最低点にはギリギリ届きそうなくらいにはなっている。

 

「筆記試験は大丈夫そうだな……というか、フォックが大丈夫なら俺たちが大丈夫じゃないはずがない」

 

 ギルバートも椅子にもたれかかったままそう答える。きっと自分たちなら大丈夫。今までしてきたことから客観的に考えればそう結論付けられるはずなのだが、他の訓練生の不安感が充満する今の時期ではこの三人もどうしても不安を感じてしまう。

 

「しっかし、あいつら何でこんなにも不安がってんだよ。筆記試験がそんなに怖いのか?」

 

「いえ、どっちかって言ったらみんな実技試験の方が心配みたい」

 

「……例の()()()()、とやらか?」

 

 訓練生たちは士官学校のOBから、卒業前の最後の実技試験では()()()()()をするという話を聞かされていた。そしてその試験の具体的な内容は、口止めされているのかOB全員が話そうとしない。そんな事情もあって、ライカたち三人以外の訓練生は滅茶苦茶に緊張しているようだった。

 

「冷静になって考えれば、今までちゃんとOBたちが卒業できてることから、そんな難しい試験は出ないって分かりそうなもんだがね」

 

「でも私も気になるわ。態々OB全員に口止めするくらいだし、特別試験には間違いなく何かがあると思う」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 士官学校の教官室にて。ゼファーは電伝虫のダイヤルを回す。幾度もその番号にかけたことがあるのか、その手つきに迷いは無い。そして、番号を入力し終えたゼファーは電伝虫の受話器を取った。電伝虫の呼び出し音が暫く鳴り響く。なかなか繋がらないが、相手の多忙さを考えれば出るのが遅くなるのも当然である。そうゼファーは思いながら相手を待つ。

 そしてガチャッという音と共に、()()()()の電伝虫と通話が繋がった。

 

「もしもし」

 

『! ゼファー先生! この時期に電話ということは、毎年恒例の()()ですか』

 

「話が早くて助かるよ。今年もお前に特別試験の相手役を頼もうと思ってな」

 

 本人も気付かぬうちに、ゼファーの顔が綻んでいた。教官として、今尚自分を慕ってくれる()()()()()()()()にはどうしても甘くなってしまうのかもしれない。

 

『しかし、何でいつも俺なんですかね? 他()()でも良いでしょうに』

 

()()()()()()は天竜人関連の仕事が多くてなかなかスケジュールが合わん。()()()()はちょっと、な……」

 

『はぁ……まあそういうことなら俺が頑張らないといけませんかね』

 

「ああ、しっかり頼むぞ、()()()。今年の訓練生はなかなかだ。楽しみにしておけ」

 




ライカ
 大人っぽいコートスタイル。この後海軍のコートも受け取るので、コートの上にコートを羽織るスタイルになります。

ギルバート
 若頭スタイル。でも、本編の海兵も大概みんなヤクザ染みた雰囲気だし、一番無難なのは彼かも。

フォック
 ラフなアウトロースタイル。少なくとも海兵ではない。

海兵が自分の素肌を堂々と人に見せつける格好をするだろうか
 スモーカー「えっ」

 ということでイメチェン回。服とかファッションとか全然詳しくないので、三人の服装が分かりづらかったらすみません。分かんなかったらお好きな格好をご想像下さい。
 あと、三人が正式に海兵になった後は、この格好をデフォルトにするつもりです。
 次回はいよいよ卒業試験かな?

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