教室から訓練生たちがぞろぞろと出て行く。その顔色は十人十色だ。あるものは達成感と安堵に顔を綻ばせ、またあるものは絶望感に顔を青くしている。そんな中いつもの三人はというと――
「フォック、筆記試験はどうだったの?」
「ワからない」
「分からないってことはねえだろ。何かこう、『できた』とか『できなかった』とか、そういう手応えは無かったのかよ」
「……ワからない」
「自分ができたかどうかすら分からないのかよ……」
ギルバートは呆れる他ない。自分の試験の結果の良し悪しすら分からないようでは、合格など遠い夢なのではないか。そうギルバートは思い始めていた。
「これは落ちたかなぁ……」
「……もう祈る他無いわね」
「「はぁぁぁぁ……」」
ライカとギルバートは二人揃って溜息を吐くことしかできなかった。
「切り替えていきましょう。フォックには実技試験で筆記の分を取り返させるしかないわ」
「結局そうなるのか……」
ギルバートは不安そうに呟く。自分の状況を理解しているのかいないのか、フォックは最後まで首を傾げたままだった。
◆◆◆◆◆◆
筆記試験から昼休みを挟んで午後の時間。全ての三年生は訓練場に集められていた。大半の訓練生はガチガチに緊張していて、ともすれば筆記試験のときよりも空気がヒリついている。
訓練場がこのような空気に包まれているのは、この後ここで実技試験が行われるからであった。いつもの三人のように腕に自信があるならともかく、大半の訓練生にとって実技試験は恐怖の象徴であった。ましてや、今回の試験では『特別試験』とやらをやるらしいと噂になっている。彼らの顔色が最悪になるのも無理はなかった。
「いよいよ実技試験か……」
「結局特別試験って何をやるのかしら……」
「でもどうせ、ツヨければナンとかなるだろ?」
フォックの気楽な発言に、ギルバートはそれもそうかと首肯した。試験の目的は飽くまでも訓練生が一人前の海軍将校に相応しい実力に成長しているかを見ることである。『特別試験』の内容がどうであれ、実力的に三本の指に入っているこの三人が落ちる道理は無い。
「だけど、フォックはいつも以上に頑張らないと、筆記の分に足を引っ張られて最悪落ちかねないわ」
「ああ、だから今回の試験はいつも以上に気合を入れておけよ、フォック」
「ウン! イわれなくても!」
士官学校の卒業の可否は、筆記試験と実技試験の両方の結果を元に決定される。筆記も最高レベルのライカとギルバートならともかく、(恐らく)筆記の結果は悪いであろうフォックが卒業するためには、実技の方で目覚ましい成果を見せなければならない。
最早事実上のフォックの保護者と化している二人は、できるならフォックも一緒に卒業してほしいと思っていた。
「静かにしろ、お前ら! 今から最後の実技試験を開始するぞ!」
訓練場にゼファーが入ってきた。訓練生たちは全員条件反射的に背筋を伸ばした。
「先輩どもから噂を聞いているとは思うが、今回の試験はいつもとは違う。実戦形式であることに変わりは無いが、今回はお前らに圧倒的な格上と対峙してもらう」
ゼファーの言葉に空気がより一層張りつめていく。訓練生にとってはゼファーも格上であるはずなのに、今回はさらにその上を相手してもらうというのである。
「教官よりも上!? それって――」
「――よしてくださいよ、先生。あんまりハードルを上げられると、コッチまで緊張しちゃうじゃないですか」
気怠げな声で喋りながら訓練場に入ってきたその人物を見て、訓練生の殆どは息を呑んだ。青いシャツの上に白いベストを着用し、額にはアイマスクを付けた海兵。
「嘘……だろ……?」
「あの人って……!?」
「
「海軍大将、青雉!! 生で見れるなんて!!」
それは三人いる海軍大将の一人であり、海軍の最高戦力の一人。“青雉”こと、クザンであった。
そんな人間が突然目の前に現れて、訓練生たちはキャーキャーと騒ぎ立てる。この後何が起こるか察したライカたちは無言で耳を塞いだ。
「黙らんかぁ!! お前らぁ!! 試験ができねえだろうがぁ!!!」
ゼファーの一喝により、訓練場の空気がビリビリと震えた。騒いでいた訓練生たちは圧倒され、思わず口をつぐむ。
「相変わらずですね、ゼファー先生」
「お前の人気もな。なぜ毎年こうもミーハーみたいな反応をしやがるのか……」
ゼファーは心底うんざりしたように溜息をつく。一方でクザンは愉快そうに笑った。
「まあ仕方ないですよ。俺くらいになるとね」
「全く……。はぁ、最終試験について説明する。最終試験ではコイツと戦ってもらう」
一瞬で訓練生たちの間にざわめきが広がる。だがそれも当たり前だろう。手加減したゼファーにすら勝てない訓練生が、それよりもさらに強いと言われる大将を相手取れと言われているのだ。その動揺は計り知れない。
「まぁまぁ、そんなに不安そうにしなさんな。俺もしっかり手加減してやるから」
そうは言うが、やはり不安なものは不安であった。大半の訓練生は顔を青褪めさせたままだった。
「安心しろ。お前らがコイツに負けるのは当たり前のことだ。この試験ではお前らが負けるまでに何をしたか、それを見させてもらう」
普段ならこのように初めから負けることが確定しているかのような物言いをされれば、一人か二人は無謀にもその発言に噛み付いていただろう。しかし、今回だけは相手が悪すぎた。誰一人として反論しない。
「今までの試験では一対一だったが、今回は複数人で戦っても良いことにする。腕試しのために一人で挑んでも良いし、好きな奴と組んで本気で勝ちに行っても良い。何なら、大将相手に数の暴力が通じるのか試してみるのも面白いんじゃないか?」
普段の試験と違って、今回は何人で挑んでも良いようだ。ライカたちにとってこのルールは追い風だった。どうやってフォックに筆記の分を埋め合わせられるだけの活躍をしてもらうか考えていた二人だったが、このルールならば直接フォックを手助けすることも可能だ。
(それ以前に、私たち三人の連携が格上相手にどれだけ通じるのかも試してみたい)
それはライカの偽らざる本音であった。基本的にライカは
「さて、それじゃあ始めるぞ。まずはチーム決めの時間だ。今のうちに作戦も考えておけよ」
ゼファーの言葉を聞いて、訓練生たちは一斉に動き出した。仲の良い人と組む者、成績の良い人と組んでお零れを狙う者、敢えて一人を選ぶ者。皆それぞれ自分のスタイルにあったやり方で、自分なりのベストメンバーを集めようと必死になっていた。
そんな中いつもの三人はやはりいつもの三人で組むことにした。
「まあ、本気で合格しに行くならこれが一番よね」
「ああ、はみ出し者の俺たちに他に組む人間なんていないしな」
「ゆガラらとイッショにタタかうのはナンドもレンシュウしてきた。これがイチバン」
いつもならばこのはみ出し者三人の集まりを周囲の人間が避けて、彼らの周りだけぽっかりと穴が空くことになっていただろう。しかし、今回ばかりは事情が違った。
「あ~……ライカさん、今までのことは謝るから、一緒に組んでくれませんか?」
「ギルバートくん、今まで無視してすまなかった! だが、俺とお前が組めば必ず合格できるはずだ! 組んでくれ!」
「フォックちゃん! 馬鹿にしてごめんなさい! 組んでください!」
「ヘイ!
強さという観点では、はみ出し者三人は間違いなくスリートップであった。故に、プライドも何もかも捨てて彼らと組もうと、そう考えた人たちが殺到したのだ。
「わっ!? ちょっと待って! えぇっと――」
「? ゆガラ、ダレだ?」
ライカは予想外の事態に目を回している。フォックは全く面識の無い人間が突然仲良さげに話しかけて来るという異常事態を前にしても、ある意味いつも通りな対応をしていた。
「お願いです! 士官学校を卒業できなかったら、お父さんに勘当されてしまうんです! どうか組んでください」
「えぇっ!? そ、それは大変だけど――!」
「家族が病気で、何としても海軍将校にならないと……!」
「確かにそれは気の毒だけど――!」
ライカの心が押され始めていた。始めは自分の強さだけが目的の彼らに辟易としていたが、そんな彼らにも切実な事情があると知ってしまった。ヒーローを目指す身として、人助けを好む人間として、彼らと組んで卒業の手伝いをしてあげた方が良いのではと考え始めてしまっていた。
「じゃ、じゃあ一緒に――」
「いい加減にしろよ、てめえら」
ライカの口から承諾の言葉が出掛かったそのタイミングで、ギルバートのドスを利かせた声が訓練場に響き渡った。
「黙って聞いてりゃ不幸自慢を始めやがって。自分がどれだけ惨めで弱っちいかをアピールして、ヒーロー様に恵んでもらおうってか?」
いつもならトーマス辺りが反発しそうな発言だったが、しかし今は誰も反発できなかった。言い方はともかくとして、言っていることは正論であったからだ。
「俺がゼファー先生なら試験以前にお前ら全員不合格にしてるよ。最初っから他人任せで解決しようとする奴がどうして海賊と戦える?」
尚もギルバートの罵声は続くが、やはり誰も何も言えない。ふと訓練生の一人がゼファーの方を見ると、彼は無言で首を縦に振っていた。それが一層自分たちの情けなさを自覚させる。
「帰れ。お前らみたいな格下に差し伸べてやる手なんて持ってないんだよ、コッチは」
三人の周りに集まっていた訓練生たちは、とぼとぼと彼らから離れていった。
「ハァ……プライドもへったくりもねえんだな、あの馬鹿ども」
「あ……ギル、あの……」
「ライカ。ヒーローの役目は他人を甘えさせることか?」
ライカは首を横に振った。
「そうだろう? 他人を助けるのがヒーローなら、あんな馬鹿は断ってやるのが優しさだろうが。勘違いするな、ライカ」
「そうね……ごめんなさい、ギル。それと、ありがとう」
「別に……あいつらにムカついたからやっただけだ」
三人の周囲に群がっていた訓練生たちは別の人と組むことになり、当初の予定通り三人は三人だけで組むのだった。
◆◆◆◆◆◆
その後、試験が始まった。一組ずつクザンと対戦し、そして負けていく。クザンは明らかに手加減しているが、それでも尚訓練生には過ぎた相手であった。ある者は蹴られ、ある者は殴られ、ある者は氷漬けにされる。それでもごく少数の訓練生は全力を尽くした果てに、何とか一矢報いたりもしている。
「……ハヤい。ツヨい。スゴい。あれが『大将』……」
「手加減していても大将は大将ね。勝てるビジョンがまるで浮かばない……」
厳正なるくじ引きの結果、ライカたちの出番は最後となった。だから三人は来る試験に備えて、他のチームとの戦いぶりからクザンを分析していた。そんな最中零れたその言葉は、ライカが抱いた率直な感想であった。
「そうか? 青雉さんがあのレベルで手加減し続けてくれるなら、ワンチャン俺たちでも倒せる可能性はあると思うが」
しかし、ギルバートは同じ光景を見て違う感想を抱いたようだった。予想外の発言に、ライカの目が丸くなる。
「嘘ぉ!? あれを見て勝機があるっていうの!?」
「ギル、ウソはいけない」
「嘘じゃねえよ。いや、そりゃあ勝率は限りなくゼロに近いけど、ゼロではないだろ」
ギルバートはあっけらかんとした様子で断言してみせた。
「フォックの
「確かにまあ、ゼロではない……かもしれない……」
「ソウなのか?」
ライカは多少納得したが、それでもやはり不安が拭えない。フォックはいつも通り首を傾げていた。
「そうなのか、じゃねえぞフォック。俺たちが青雉さんに勝つにはお前の頑張りが必要不可欠だ。しっかり頼むぜ」
「そうね。多分、鍵はフォックの
「……えぇっ?」
尚も首を傾げるフォックに、二人は苦笑した。三人は残りの時間を使って作戦を煮詰めていく。そして時は来た。
「勝負あり! 次はライカ、ギルバート、フォックのチームだ。さっさと準備しろ」
「「了解!」」
「リョウカイ!」
三人がすっと立ち上がり、訓練場の中央へと向かっていく。
(へぇ、コイツらがゼファー先生のお気に入りの――)
クザンの思考も余所に、三人は遂にクザンと対峙した。傍から見ていたときにも感じられていたその威圧感は、実際に対面するとより一層大きく感じられる。しかし、その程度のことで萎縮するような三人ではない。
そもそも三人ともそれぞれ理由は違えど大将を目指す身だ。いつか自分たちも至らなければならない領域を目の前にして、むしろ三人は燃え上がっていた。
(俺を前にしても吞まれない……先生の言った通り、これは本当に将来有望だねぇ……)
「準備は終わったか? それじゃあ構えろ」
ゼファーの言葉に従って三人はそれぞれ構える。対するクザンはどこまでも自然体で立っているだけだった。
「始め!」
ゼファーの号令と同時に三人が一斉に駆け出す。今、最後の試験が幕を開けた。
ライカ、ギルバート
書いてませんが筆記試験は問題なく通過しました。
フォック
書いてありましたが筆記試験は問題ありで通過できませんでした。次回、遂に編み出した新戦術を披露。
群がるモブ
ここで再び悠然と輝く「モブの民度低め」のタグ。
クザン
まさかの特別試験。クッッッッッソ手加減してますが、それでも勝てる相手ではない。
ということで試験回。フォックに学業を期待してはいけない(戒め)。特別試験そのものは次回ということで。