MISFITS ―はみ出し者たちの物語―   作:Astley

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あけましておめでとうございます(激遅)。半年も待たせてしまって本っ当に申し訳ございませんでしたあああああああ!!!!!!


第42話:誓い

 静かな部屋に、紙とペンが擦れる音が響く。ここはゼファーの執務室。ゼファーは今日行われた試験の結果を纏め、合否の判定及び人事部への報告書の作成をしている最中であった。

 

「……」

 

 ゼファーは一枚の解答用紙を見つめる。その氏名欄には、拙い文字でフォックと書かれていた。

 

「存外やるものだな。それとも、二人が頑張ったおかげか……」

 

 得点の欄に赤色で書いた“61”の文字。それはフォックが今回の筆記試験で、一般的な合格最低点である六割を取れていたことを示していた。

 

「尤も、あんな大立ち回りを見せられたら10点でも合格させていたがな」

 

 相手が手加減していたとはいえ。三対一だったとはいえ。ただの訓練生にすぎない三人が海軍大将を撃破した。当然だが、それは史上類を見ないほどの大ニュースであった。

 そしてフォックはその大立ち回りの主役を担ったのだ。たとえ彼の筆記試験がどれだけ酷かったとしても、彼の合格にケチを付けるものなどいるはずが――

 

(――いや、いるだろうな)

 

 フォックたち三人は自他共に認めるはみ出し者だ。どれほど努力しようと、どんな結果を出そうと、それを認められることは余りにも少ない。

 今までだってそうだったように、今回も彼らは不当に突っかかれるだろう。

 

「……儘ならんものだな」

 

 ゼファーは思わず溜息を吐いてしまう。間違いなく能力はあるのに、勝手な偏見で針の筵に座らされる。そんな三人が、ゼファーには不憫でならなかった。

 

「正式採用された後は、大丈夫だろうか?」

 

 海軍は集団行動が基本の組織だ。士官学校を卒業した訓練生は、誰であれいずれかの上司の下で働くことになる。また、士官である以上、兵卒たちの指揮もしなければならない。

 当然ながらライカたち三人も、卒業すればそういう立場に送られることになるだろう。上下の人間と彼らが上手くやっていけるのかどうか、ゼファーはどうしてもそれが不安だった。

 

コンコンコンッ!

 

 その時、執務室の扉がノックされた。

 

「入れ」

 

「失礼しますよ、先生」

 

 扉が開き、入ってきたのはクザンだった。その手には一本のボトルが握られている。

 

「クザンか、試験ではご苦労だったな。忙しいだろうに、今年も来てもらってすまなかったな」

 

「いえいえ、俺としても楽しませてもらってますから」

 

「フフ、そう言ってもらえると助かる。さあ、座れよ」

 

 クザンはゼファーに促されるまま、彼の正面に座った。テーブルの上にボトルが置かれ、琥珀色の液体がゆらゆらと揺れる。

 

「『アルミランテ』か。今の時世じゃ手に入れるのも難しい高級品だろうに。それをこうも毎年……もっと自分のために金を使ったらどうだ?」

 

「そういう訳にはいきませんよ。あんたには死ぬほど世話になりましたから。こういう機会にでも恩を返さなきゃ、罰が当たる」

 

 真面目過ぎる自身の教え子に、ゼファーは小さく笑みを浮かべる。今では「ダラけきった正義」として有名なクザンではあるが、しかしこういうところでは根の真面目さを感じさせてくれる。

 

「クザン、まだ時間はあるか?」

 

「ええ。今日一日は大丈夫です」

 

「そうか。なら一杯付き合え」

 

 クザンの意志を確認したゼファーは戸棚から二つのグラスを取り出す。一つはどこにでもあるような普通のグラスだが、もう一方のグラスはかなり小さく、まるで子供が使うようなサイズであった。

 普通のグラスをクザンの方に、小さなグラスを自分の方に置き、ゼファーはボトルを開けた。

 

「先生……また、コップが小さくなりましたか?」

 

「ああ、病気の方が酷くてな。また医者の奴に飲む量を減らされちまった。こりゃあ先は長くないかもしれんな」

 

「何言ってんすか。あなたに限ってそんな……」

 

 それ以上の言葉をクザンは口に出せなかった。ゼファーの顔が真剣そのものであったからだ。

 

「医者に言われたよ。このまま病気が悪化したら、あと二、三年で戦うことはおろか、日常生活にも支障が出始めるってな」

 

「……」

 

「俺としては生涯現役を貫くつもりだったんだが……そういうわけにはいかないらしい」

 

「…………」

 

「…………」

 

 クザンは予想だにしなかったことを聞かされて黙ってしまう。それに対するゼファーもまた、彼にかける言葉を持たなかった。お互いに何を言えばいいのか分からない沈黙の中、酒が注がれるトクトクという音だけが部屋に響く。芳ばしい香りが部屋中に立ち昇るが、それは沈黙を破るには至らない。

 ようやく沈黙が破られたのは、お互いのグラスが一杯になった後だった。

 

「では乾杯といこうじゃないか」

 

 ゼファーは自分のグラスを持ち上げてそう呼び掛ける。呼び掛けに応じてクザンもグラスを持ち上げた。

 

「「乾杯!」」

 

 二人は勢いよくグラスをぶつけ合った。ガラス同士がぶつかりあい、甲高い音が部屋に響いた。

 特に示し合わせた訳でもないのに二人は同時に酒に口を付け、そして同時に中身を飲み干す。ゼファーの方がはるかに量が少ないはずなのに、飲み終えたのは同時であった。

 

「ふぅ……こんなコップじゃ飲んだ気がしないな。しかしクザン、お前もこの酒が似合う男になったもんだな」

 

「いえいえ、俺なんてまだまだですよ。先生に比べたら、ね」

 

 クザンは苦笑いをしながら首を振った。

 

「昔はビン一本を一気飲みするくらいわけなかったんだがなぁ」

 

 ゼファーは自身のグラスを見ながらそう溢した。ゼファーの大きな手では、指で摘まむようにしないと持てないほど小さなグラス。それを見ていると、ゼファーの胸には「洗礼」のときにフウライに敗北した記憶が蘇ってくる。

 かつての自分なら絶対に負けなかった。何なら瞬殺すら可能だったはずだ。フウライは間違いなく手練れの部類ではあったが、全盛期のゼファーは四皇とすら正面から渡り合うほどの猛者なのだ。フウライなど勝負にすらならない。

 

「これじゃあ、ボトル一杯飲み終わるのに何日かかることか」

 

「……」

 

 緑色のボトルの中では相変わらず琥珀色の液体が揺らめいている。大好きだったシェリー酒の味はあの頃からずっと変わらない。それが一層老いた自分を惨めにさせているように思える。

 

「もう俺はこの酒が似合う男ではないんだろうな」

 

「そんなことない。あんたが似合わなかったら、誰が似合うんですか」

 

 クザンは思わずそう捲し立てていた。それは普段のクザンらしからぬ、感情の籠った叫びにも近い物言いであった。

 

「……! 申し訳ない、先生」

 

「いや、いい。フフ、お前も意外と可愛げがある」

 

 思わず大声を出してしまった自分に気付き、クザンは居心地悪そうに謝罪した。

 対するゼファーは、サングラスの上からでも分かるくらいの満面の笑みを浮かべている。

 

「そうか。今でも俺はお前の憧れか」

 

「ええ、勿論」

 

「フフフ、そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 ゼファーは上機嫌になり、もう一杯をコップに注ごうとボトルを持ち上げた。しかし、酒を制限されていることを思い出し、ボトルを持ち上げたまま手を止める。

 所在無さげに宙を彷徨うボトルの前に、クザンは無言でグラスを差し出した。

 

「悪いな、クザン」

 

「いえ、気になさらないで下さい」

 

 それが何に対する感謝なのか、クザンには分からなかった。いや、正確には理解したくなかったと言うべきか。

 クザンがグラスを差し出したおかげで、ゼファーはボトルを持ち上げたことへの言い訳が利いた。医者の言葉を忘れてもう一杯を入れようとしたという、そんな恥を覆い隠せる体裁を得た。だから彼は礼を言った。

 そんなはずはない。自分の憧れの男がそんなものを必要とするはずがない。そんな子供っぽい思考がクザンの中に湧きあがる。こんなに大人げない一面がまだ自分の中に残っているとは。クザンは苦笑するしかない。

 とにかく、今日のように二人で飲み明かすことができる日はもう多くない。そうクザンは直感した。

 

「そうだ、先生。聞いてくださいよ。 この前ガープ中将が──」

 

 それっきり二人はお互いの胸の中に残るざわめきを努めて無視するかのように、とりとめのない世間話に花を咲かせ始めた。

 片方だけに酒の入った会話は、しかしそれでも大いに盛り上がった。けれども、恩師との久方振りの交流で満たされたはずのクザンの心には、寂しさのような無力感のような、はっきりしない感情が残ったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 かの試験から数日後。今日は朝から三学年の訓練生全員が広場に集合させられていた。

 一糸乱れぬ整列をしている訓練生たちは、いつもの制服姿ではない。皆思い思いの服装に身を包んでいる。しかし、その頭にはいつもの訓練生の帽子が被さっていて、どこかちぐはぐな印象を与えた。

 ライカたちも、他の訓練生と同じように以前買い物したとき(第39話)に買った服を着て、訓練生の帽子を被っていた。

 今日は卒業式の日。訓練生たちが一人前の士官と認められ、晴れて正式な海兵に任命される日なのだ。

 訓練場の外周には訓練生の家族が詰めており、彼らは一様に我が子の勇姿をその目に焼き付けようとしていた。

 

「卒業生、敬礼!!」

 

 ゼファーの声に合わせて、訓練生たちが一斉に右手を頭に挙げる。

 

「直れ!」

 

 今度は全員が一斉に手を下げる。統率の取れた一切の乱れの無いその動きは、彼らが厳しい訓練を乗り越えてきたことを如実に表していた。彼らの家族の者たちは、その晴れ姿に誇らしさと幾ばくかの寂しさを覚えていた。

 

「今日、諸君らは本校を卒業し、一人前の海兵となる」

 

 壇上のゼファーが話し始める。いつもの数割増しに威厳に満ちたその雰囲気に充てられて、訓練生たちの背筋がさらに伸びた。

 

「だが、それは訓練の終わりを意味している訳ではない」

 

 卒業式ということで多少浮かれていた訓練生も、()()に充てられて背筋が伸びる。

 

「少し厳しい話をさせてもらおう。君たちの中で、5年後も変わらず元気でいられるのは、恐らく半分程度だろう」

 

 祝いの場に相応しくない物言いに、訓練生もその家族も思わず唾を飲んだ。

 

「身体を壊すか、心を壊すか、あるいは……最悪、死ぬか」

 

 ゼファーはそう言って俯き、サングラスの下で目を閉じる。そしてまた顔を上げ、訓練生たちを真っ直ぐ見つめた。

 

「君たちが足を踏み入れたのはそういう世界だ」

 

 訓練生たちの間にどよめきが広がる。頭ではわかっていたし、覚悟もしていたつもりであった。しかし、いざこうして卒業式という場でそれを伝えられると、絶対に抱くまいと思っていたはずの後悔の念が湧いて出て来てしまう。

 

「大海賊時代が始まって以来、海賊の数は急速に増え続けている。しかし、それに対抗する正義の力は、現状余りにも心許ない」

 

 ライカのように、マリンフォードで平和な日々を送ってきた者にとってそれは、余り実感が湧かない言葉であったかもしれない。しかし、そうでないものたちにとって、()()はもはや常識であった。マリンフォード住みでも無い限り、人生で海賊の襲撃を受けた回数が一桁に収まるような人間などいないのだ。

 

「無力な市民を守るために、君たちは強くならねばならない。奴らは君たちが強くなるのを待っていてはくれないのだから」

 

 海賊たちに容赦は無い。士官学校上がりたての新米海兵であろうと、手加減などしてくれるはずがない。むしろ嬉々として殺しにかかるだろう。

 

「そう、君たちの訓練は今から始まるのだ」

 

 「「「「「……」」」」」

 

 ただでさえ静かであった訓練生たちは、尚更強く口を閉ざしていた。しかし、そこでゼファーの表情がふと緩んだ。

 

「だが、君たちならやれると、俺は確信している。何故なら君たちは、俺の訓練に最後までついてきてくれたのだから。弱音を吐いたこともあるだろう。サボってやろうと思ったこともあるだろう。しかし、この場にいる君たちはそれでも最後までついてきてくれた。これは誇るべき偉業だ」

 

 ゼファーの言葉は、不思議と訓練生たちの胸にすっと入っていった。まだ不安はある。恐怖も勿論ある。だけど、それに負けない希望があると、自然とそう思わせてくれた。

 

「だからこそこう言わせてくれ。強くなれ。5年後、ここに居る全員でまた笑い合えるように」

 

 ゼファーの言葉に力が入る。誰も望んで教え子を死地に送りたいわけではないのだ。

 

「君たちこそ、次代の正義の担い手だ!!」

 

 一際力の籠ったその言葉をもって、ゼファーの講和は終了となった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「続いて、卒業証書授与式を行います」

 

 ゼファーの講和が終われば、次は卒業証書授与であった。一般的な卒業証書授与と同じく、士官学校でも一人ずつ名前を呼ばれた訓練生が壇上に上がり、先生から卒業証書を受け取っていく。しかし、海軍士官学校で授与されるのは証書だけではない。

 

「アイゼン・トーマス!」

 

「ハイ!」

 

 壇上へと金髪の訓練生が歩いていく。彼は堂々たる態度でゼファーの前に立った。

 

「貴官を本校卒業生として認め、少尉の地位を授ける」

 

「ハッ!」

 

「貴官の今後の活躍に期待する!」

 

「アリガトうゴザいます!!  Mr.(ミスター)ゼファー!!」

 

 ゼファーは証書と共に、トーマスに一着のコートを渡した。背中に“正義”の二文字が刻まれたそれは、この海で正義を担う者の証。海軍将校のみが着用を許される、紛れもない士官の証明であった。彼がそれを背中に羽織ると、会場中から拍手が響き渡る。

 

Everybody(エブリバディ)!  Celebration(セレブレーション) アリガトう!!」

 

 祝いのムードに包まれたこの場で、トーマスのいつもの片言を笑うものなど一人もいない。こうして、さっきまでの緊張感が嘘のように和やかな空気の中、卒業証書授与は進んでいった。

 途中フォックやギルバートが壇上に経った瞬間にざわついたり、クラミネル・()()と呼ばれた訓練生が壇上から戻る際に列の中の()()を睨みつけたりと小さなトラブルこそあったものの、特に大きな騒ぎには見舞われずに式は進む。

 そして、いよいよ最後の一人の番となった。この士官学校では、首席卒業生の証書の授与は最後に回すのが伝統となっている。つまり、最後に呼ばれる名前は――

 

「エルンスト・ライカ!」

 

「はい!」

 

 凛とした声が響く。黒いコートにほぼ黒色のボトムス、上も下も黒色、帽子からはみ出る髪も真っ黒、そんな帽子以外何もかも()()()()な少女は、周囲から注がれる視線をものともせずに歩んでゆく。

 

「あれが噂の……」

 

「本当にあんな純粋そうな子が、“魂喰らいの魔女”なのか?」

 

「見た目で判断しちゃ駄目よ! あの子は危険なの!」

 

 家族席から僅かに聞こえる心無いひそひそ声も、今の彼女には何の問題にもならない。士官学校での様々な経験は、彼女をそこまで強くしていた。

 壇上へ向かう途中で、ふと家族席の見知った顔と目が合った。

 

「……!」

 

 嬉し涙で顔をぐちゃぐちゃにしたメルク、そして笑顔で手を振るクルツとアルフ。ベルツはいない。海軍の仕事が忙しいのだろう。

 ライカは、笑顔を見せ、そちらに向けて軽く手を振る。するとメルクの顔はますますぐちゃぐちゃになった。

 

(母さんったら、親バカが過ぎるよ……。そんなに泣いたら周りに私の親ってバレちゃうでしょうに……)

 

 そうは思うのだが、しかし悪い気はしない。

 

(ありがとう。こんな私を育ててくれて……家族に迎え入れてくれて)

 

 ライカは壇上に向き直り、そのまま上って行った。階段を上り切り、ゼファーの前に立つ。演台を挟んでライカの前に立つゼファーの顔は、心なしか笑顔であるように見えた。

 

「貴官を本校卒業生として認め、少尉の地位を授ける」

 

「ハッ!!」

 

「本校を首席で卒業した貴官は、次代の正義の中核を担うこととなるだろう。今後のますますの活躍に期待する!!!」

 

「ありがとうございます!」

 

 証書と共に受け取ったコートを羽織る。黒のコートの上に真っ白な“正義”のコートという出で立ちは、不釣り合いでありながらも不思議とどこか様になっていた。

 

「以上をもって、今年度士官学校卒業式を終了する!! 諸君らの未来に幸多からんことを!!」

 

 ライカが列に戻り、ゼファーがそう宣言した。それを聞くや否や、訓練生たちは皆被っていた帽子を手に取り、一斉に頭上へと放り投げた。今や彼らの身に訓練生であったことを示すものは何も無い。今この瞬間、この場にいる訓練生たちは、名実共に海軍将校となったのだ。

 花びらのように無数の帽子が舞う中、卒業式は幕を閉じた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ん~~~っ、はぁ……。やっと終わったかあ。この無駄に長い卒業式が」

 

 卒業式が終わると同時に、ギルバートは背伸びをする。身体に残った緊張感が抜けきったところで、彼は人混みを掻き分けてフォックのところへ行った。

 

「よぉフォック。お前がこんな長時間静かにできるのか不安だったけど、何とかなったな! 安心したよ俺!」

 

「ん、ギル。ツカれたけど、オレガンバったぞ」

 

「ああ、頑張った、頑張った! 偉いぞ~!」

 

 二人の間柄は友達であるはずなのだが、会話だけ聞いたら完全に親子であった。そんなことは最早今更な話でしかないので、二人とも全く気にはしないが。

 

「お疲れ様。二人ともカッコ良かったよ!」

 

「おっと、漸く主役が登場なさったか」

 

「ライカ!」

 

 二人が話していたところに、遅れてライカも辿り着いた。

 

「主役って……別に私はそんなんじゃ――」

 

「首席様が主役じゃなかったら誰が主役ってんだよ。畜生、俺も割と本気で首席を狙ってたんだけどなぁ!」

 

「いやいや、そんな……ギルだって、次席じゃない。私との差も僅差だったし、ほとんど変わんないでしょ」

 

「僅差でも二位は二位だよ。ま、俺が気持ちよく悔しがれるように、一位様はせいぜい誇ってくれや」

 

「そうだぞ、ライカ! 1イってスゴいんだぞ!」

 

「あはは……ありがとう」

 

 照れくさいやら何やらで、ライカはタジタジになった。

 

「でも、まあそれはそれとして、無事に卒業式が終わって本当に良かったわ」

 

「無事……? お前めっちゃ()()()()()のに?」

 

「ダレだったんだアイツ?」

 

「いや、まあ、あれは……。とにかく、『洗礼』とかと比べれば無事に終わってるから……」

 

 ライカは思わず言葉を濁らせた。ミミとのいざこざは、未だにライカの心に影を落としていたのだ。何かを察したギルバートはそれ以上聞かないことにした。

 その時、ライカたちの下に、三つの影が近づいてきた。

 

「ライカ!」

 

「ライカちゃん!」

 

「ライカお姉ちゃん!」

 

 それはライカの家族たちだった。メルクは未だに涙ぐんだ目でライカを見つめ、クルツは自分のことのように誇らしげにしている。アルフはぴょんぴょんと元気に跳ね回っていて、全身で喜びを表していた。

 

「あ、お母さん! お兄ちゃん! アルフ!」

 

 家族たちがライカの下へ駆け寄る。

 

「ライカちゃん! 卒業、おめでとう!」

 

 クルツがそう言うと、それに続いてメルクが言った。

 

「ライカ、本当に立派になって……。もう一人前の海軍将校なのね」

 

「うん……。ありがとう、母さん。みんな」

 

「さっすが私のお姉ちゃん! 絶対に海兵になれるって信じてたけど、まさか首席だなんて!」

 

 家族の団欒が始まったのを見て、ギルバートはここにいるのは野暮だと感じた。故に、フォックを連れてそそくさと退散しようとした。

 

「待って! あなたたちがギルバート君とフォック君よね? ライカから電伝虫で聞いているわ。いつも娘と仲良くしてくれてありがとう」

 

「え? あ、いや、そんなんじゃ――」

 

「ん、どういたしまして」

 

 しかし、退散する前にメルクたちに捕まった。ギルバートとしては別に感謝されるようなことをした覚えは無いので、やんわりと感謝の言葉を否定しようとしていた。しかし、それよりも前にフォックが条件反射的に応えてしまった。ギルバートは、フォックに微妙な表情を向けることしかできなかった。

 

「ふふふ、ライカも本当にいいお友達を持ったのね」

 

 そんな二人を微笑まし気に見ていたメルクは、そう溢した。

 

「この子ったら、そうは見えないけど実は結構寂しがり屋で……表には出さないけど、一人になるとすぐに傷付いちゃうから。だから士官学校でちゃんとお友達が作れるか心配していたのよ」

 

「ちょっ!? 母さん!!?」

 

 突然の暴露にライカは顔を赤らめた。しかし、メルクがそうしてしまうのもある意味仕方ないのかもしれない。

 メルクは校外学習の後から始まった娘の孤独と、気丈に振る舞いながらも内心それに傷ついていた娘をすぐ傍でずっと見ていたのだ。故にこそ、彼女にとって今目の前の光景は本気で嬉しいのだ。

 

「これからも娘と仲良くしてやってくれると、嬉しいわ」

 

「いや、頼まれずともそうさせて――」

 

「ウン。オレたちはこれからもずっとライカのトモダチだ」

 

 再び台詞を遮られたギルバートが、またもフォックに微妙な視線を向ける。そして当のフォックはそれに気付かなかった。やはり娘は良い友人を持てたのだなと、メルクは再び微笑ましいものを見る目を彼らに向けた。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん! 士官学校での出来事とか色々聞かせてよ!」

 

「わっと、アルフ。そんなに焦らなくても――」

 

 その傍では久しぶりの姉妹の再会に感極まったアルフが、ライカに抱き着きながら質問攻めしていた。

 

「あ~、ライカ? ()()()()は俺たちだけでやっとくから、お前は家族水入らずで楽しんで来いよ」

 

「え? でも――」

 

「何だ? 俺たちだけだと不安だって言いたいのか?」

 

「そんなことは……ないけど」

 

 嘘だ。そうギルバートは直感した。否定する直前にライカの目線がフォックの方へと寄っていた。自分はともかくとして、フォックの方は間違いなく不安に思われている。

 

「ライカ。カゾクはダイジ。()()()()()()()()()()()。ハナせるウチにハナすべき」

 

「フォック……」

 

 しかし、当の本人からこう言われてしまえば、ライカとしても断れない。

 

「……分かった。ありがとう、ギル、フォック。後から合流するから、それまでは()()よろしくね!」

 

「おう。任せとけ」

 

 こうして、ライカを家族の下に残し、ギルバートとフォックはその場を後にした。

 

(しかしあいつの母ちゃん、俺を見ても全然怯えたりとかしなかったな……)

 

 ライカとその家族は血が繋がってないと、そう本人から聞いていた。しかし、ギルバートはあの親にしてこの子ありだなと思ったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 突然だが、マリンフォードの士官学校には幾つもの伝統が存在する。卒業式の服装然り、式最後の帽子投げ然り、他にも様々な伝統が受け継がれている。そしてその中の一つに、卒業式後の宴会がある。卒業式が終わったその日限定で、士官学校が宴会場として卒業生たちに開放されるのだ。

 このときだけは普段は禁止されている酒も解禁され、学校にある食糧も全て持ち出し自由になる。つまり、この時に限って、学校内のどこで、誰と、何を食べても、何を飲んでも自由になるのだ。

 いつもの三人組も、この期に乗じて三人だけの卒業記念パーティーを開くつもりであった。

 

「場所の確保は……まあ、どうせ訓練場が空くからいいか。訓練器具に囲まれてパーティーする気になれる奴なんて、どうせ俺ら以外にはおるまい」

 

「そうなのか、ギル?」

 

「そうだよ、フォック。あいつらはどうせ食堂とか広場とか、その辺にたむろしてるさ。そんなことより酒と食糧の確保だ。急がねえと全部先に取られちまうぞ。俺たちの場合、分けてくれって頼んだって、絶対分けて貰えないだろうからな。急ぐぞ」

 

 はみ出し者たる彼らに、分けて貰ったり他のグループに入れて貰ったりするという選択肢は存在しない。酒と食糧を巡る無用なトラブルを避けるためにも、彼らは急ぐ必要があった。

 

「食糧の確保は頼んだぞ、フォック! 食糧庫に行って、持てるだけの食糧を持ったら訓練場に向かうんだ!」

 

「リョウカイ!」

 

「俺は酒の方だ。訓練場で楽しみに待っとけ!」

 

「ウン!」

 

 彼らは二手に分かれた。それぞれの方向に全力疾走していく。

 

(酒類は普段学校に置いてない関係上、食糧庫には無い。確か、今日のために外部から運んできた酒を、一旦倉庫の方に置いて、で後から食堂に運ぶって話だったよな? 食堂なんかに持ってかれたら絶対人が群がって取れなくなる。倉庫にあるうちに確保せねば!)

 

 予め調べておいた情報を下に、一直線に倉庫へ向かう。座学ではライカすら凌駕するギルバートならば、倉庫への最短ルートを割り出すことなど容易い。あっという間に倉庫に着いたギルバートは、酒を探すが――

 

「これじゃない。これも違う。こいつも違う。ない、ない、ない! どこだ酒は!?」

 

――酒が無い。いくら探しても、それらしいものは見つからなかった。

 

「ひっ!? あ、あの……ここで何をしているんですか……?」

 

 そんな折、偶然通りかかった職員がギルバートに話しかけてきた。

 

「あ、すいません。今日はここにお酒が運び込まれているって聞いていたのですが……」

 

「あ、えっと、それはですね……」

 

(コイツ人がちゃんと丁寧に話してんのに不必要に怯えやがって……腹立つな)

 

 職員の態度を不愉快に思うギルバートだが、酒のためにもグッと堪える。

 

「さ、酒は……運送業者の方が気を利かせて、直接食堂の方へと運んでくれまして……」

 

「……マジですか」

 

 どうやら運送業者が親切心を働かせてくれたらしい。しかし、その親切心は今のギルバートにとっては完全に裏目であった。

 

「教えてくれてありがとうございます!」

 

「えっ? あ……はい……」

 

 職員に礼を言って、ギルバートは倉庫を飛び出す。倉庫を探すのに結構な時間を無駄にしてしまった。もう既に酒は食堂に着いていて、手出しできる状況ではなくなっているかもしれない。しかし、それでも一縷の望みに賭けて全速力で走る。そしてギルバートは食堂に辿り着いた。

 

「ハァ……ハァ……マジかよ」

 

 ギルバートは絶望した。そこには、既に食堂に運び込まれた酒樽と、そこに群がる卒業生たちの姿があった。その中にはあのトーマスたちの姿もあり、今取りに行ったらトラブルは必至だ。

 

(かと言って、あいつらが去るまで待ったところで、多分酒は残んねえだろうなあ……。はぁ……酒無しで宴会すんのか……)

 

 がっくりと肩を落とし、ギルバートは訓練場へと歩いていった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「あ、ギル!」

 

「キたのか、ギル!」

 

「おう、ライカ。もう団欒はいいのか?」

 

「うん。もう十分に話せたから」

 

 訓練場の入口には、ライカと、大量の食糧を抱えたフォックがいた。

 

「なんだ、わざわざ入口で待っててくれたのか。別に先に中に入っててくれて良かったんだぞ」

 

「いや、チガうんだ、ギル。これはそういうワケじゃなくて……」

 

「ん? 違うって、どういう――」

 

 そこまで言って、ギルバートはフォックの発現の意味に気付いた。

 

「……まさか俺たち以外に訓練場パーティーをやる奴らがいるとはな……」

 

 入口から中を見渡すと、そこには先客がいた。十数人規模のグループが訓練場で宴会をしていたのだ。

 

「どうしよう? 端っこを使わせてもらう?」

 

「いや、それはなあ……。別に他のグループと一緒に使ったところで、俺たちが好奇の視線に晒されるだけで済むとは思うけど、でもそんな中でパーティーってのもなぁ……」

 

「そうよね。じゃあ、寮の部屋で――」

 

「いくら何でも特別感が無さすぎる。最悪そうするしかないけど、だからといってなぁ……」

 

「じゃあケッキョク、どこにするんだ?」

 

 三人は頭を悩ませる。我儘を言うつもりはないが、せっかくの卒業記念なのだから、もう少し特別な感じを出したかった。

 

「うーむ……」

「うーん……」

「んん~……?」

 

三人は必死になって考える。すると、そこでギルバートが何かを思いついた。

 

「なあ、二人とも。ピッタリな場所があったぞ」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「全く、どいつもこいつも式が終わった途端に元気になりやがって」

 

 ゼファーは校内を歩いていた。教え子たちが学校の至る所で宴会を楽しんでいる。その様を眺めるのが彼は好きだった。

 

「お前ら! 羽目だけは外し過ぎるなよ!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 そうは言うが、この時だけはゼファーも規則に緩くなる。彼だってこういうお祭り騒ぎは嫌いではないのだ。

 

(ライカたちはどこにいるものか……)

 

 教え子たちの騒ぎに笑顔を向けつつ、彼は今期卒業生で一番のお気に入りたちを探す。

 

「いや、確かにピッタリな場所だけど、それっていいの?」

 

「大丈夫大丈夫。駄目だったら俺が責任を取るからさ」

 

「それ大丈夫って言わないよ!?」

 

 ふとそんなやり取りが喧騒の中から聞こえてきた。声のした方向を見ると、そこにはいつもの三人組がいた。

 

「どうしたお前たち?」

 

「あ、ゼファー先生!」

 

 ゼファーに気付いた三人は一斉に敬礼をした。

 

「先生、聞いてください。俺たち卒業パーティーをしようと思ってたんですけど、場所が無かったので――」

 

 ギルバートは一切包み隠さず全ての事情をゼファーに話した。

 

「――何だ、そんなことか。別にいいぞ」

 

「いいんですか!? ありがとうございます!」

 

 ギルバートの話を聞いたゼファーは、あっさりとそれを承諾した。余りにもあっさりしすぎていたので、思わずライカが感謝の言葉を述べる。

 

「ああ。ただ、流石に前例の無いことだからな。なるべく見つからないようにやってくれ」

 

「え? それって大丈夫なんですか?」

 

「わからん。さっきも言ったように前例が無い。まあ、万一責任問題に発展したら俺が責任を取るから、お前たちは気にしなくていい」

 

「やっぱり大丈夫じゃないじゃないですか!!?」

 

 ゼファーの予想外の発言に、ライカは驚愕の声を上げる。

 

「心配するな。ただの冗談だ。前例が無いのは本当だが、()()()()のことで責任問題にはならんよ」

 

「……本当に、大丈夫なんですよね?」

 

「ああ。信じてくれ。俺は教官だぞ?」

 

 ライカの念押しにも、ゼファーは余裕の表情で答えてみせた。どうやら本当に大丈夫なようだった。

 

「わかりました。じゃあ、俺たち早速行ってきますんで!」

 

 ギルバートは二人を連れて、さっさとその場所へ行こうとした。

 

「ちょっと待て。お前たち、酒を持っていないように見えるが……?」

 

「あ~、これはちょっと、色々ありまして……」

 

 ギルバートは口ごもった。流石にこの目出度いムードの中で、「はみ出し者の自分たちが酒を取りに行ったらきっとトラブルになるので諦めました」と言えるほどデリカシーが無いわけではない。

 しかし、その様子だけでゼファーには十分だったようで、おおよその事情を把握したゼファーは溜息をついた。

 

「仕方がない。お前たち、ちょっとそこで待っていろ」

 

「あ、はい」

 

 言われるがままに待っている三人の前で、ゼファーは自分の執務室に入っていった。そして暫くしてから、深緑色のボトルを持ってゼファーは出てきた。

 

「ほれ」

 

 ゼファーはボトルをライカに投げ渡し、ライカは危なげなくそれをキャッチした。

 

「え? このラベル、どこかで見覚えが……」

 

 ライカはボトルを見て、何かを考え始める。それを脇に置いて、ギルバートはゼファーに尋ねた。

 

「これってお酒ですよね? 俺たちが貰っちゃっていいんですか?」

 

「ああ。実技トップ3にはこれくらいの褒美があっても――」

 

「ええええぇぇぇぇ!!? ちょちょちょちょっと待ってください!!」

 

 突然ライカが叫びだし、二人の会話は中断された。

 

「びっくりしたなぁ、もう。どうしたんだよライカ。そんな大声あげて――」

 

「どうもこうも無いわよ!! だってこれ、『アルミランテ』よ!!? 最高級のシェリー酒!! 買えば数億ベリーもする超高級品よ!!」

 

「え……ええええええええええええ!!?」

 

 ライカに続いて、ギルバートも叫ぶ。そう、このボトルは実技試験の後にクザンがゼファーに渡したそのボトルであった。

 

「こここ、こんな高価なもの、受け取れません!!」

 

 ライカはボトルをゼファーに返そうとするが、ゼファーはそれを拒む。

 

「いや、俺が持っていても腐らすだけだからな。俺の身体が悪いのは知っているだろう? 一日にこれっぽちしか飲めやしない。俺の手元にあっても虚しいだけだ」

 

「いや、だからって、むむむ、無理ですよこれ貰うの……」

 

「貰ってくれ。酒は飲める人間が飲むべきだ」

 

「せ、先生の気持ちはありがたいですけど……あわわわわわ」

 

「じゃあ、こうしよう」

 

 頑なに受け取ろうとしないライカに業を煮やしたゼファーは、こう提案することにした。

 

「確かお前たちは大将を目指していたな? いつか立派な大将になったらこの酒の代を返しに来い。コイツは未来への先行投資だ」

 

 ゼファーの期待に満ちた眼差しがサングラス越しに三人に突き刺さる。こうまでされてしまっては、もう断ることもできない。

 

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……アリガトウゴザイマス?」

 

 緊張と驚愕で、ライカの感謝の言葉は片言になってしまった。ゼファーは微笑みながら言った。

 

「ソイツは一番カッコイイ酒だ。よく味わって飲めよ」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ヨかったな! センセイがいいサケをくれて!」

 

「気楽でいいなぁ、フォックは。俺は胃が痛いよ……」

 

「あわわわわわ……」

 

 三人は学校の外を歩いていた。卒業式が終わってから時間も経ち、日が完全に沈んでいる。通りに人影は殆どなく、しかしそんな寂しい道を三人が騒がしく彩っていた。

 

「ライカ、腹ぁ括ろうぜ。どうせ元々大将になる予定だったんだ。そこに一人分の期待が追加で乗っかってきただけさ」

 

「でも……その一人分が重いよ……!」

 

「? そのサケ、オモいのか? オレがモとうか?」

 

 そうこうしながら歩いているうちに、遂にその場所に辿り着く。

 

「案の定誰もいないね」

 

「逆にいたら怖えよ」

 

 そこはマリンフォード端の海岸であった。いつも三人が早朝に訓練をしていた海岸。学校が針の筵であったはみ出し者三人にとってはある意味学校以上になじみ深い場所であるかもしれない。

 

「でもこうして見ると案外いい場所かもね」

 

「ああ、俺たちみたいなはみ出し者にはちょうどいい」

 

「ヒトがイなくておちつくな!」

 

 そう、三人はここで卒業パーティーを開くことにしたのだった。

 三人が砂浜に腰を掛け、ライカがボトルを開ける。高すぎるその酒を一滴も溢すまいと、恐る恐るグラスに注いでいく。そして全員分入れ終わったところで、三人ともグラスを持った。

 

「えっと、音頭は誰が取るの?」

 

「お前でいいだろ。首席だろ?」

 

「そうだぞ! ライカは1イなんだからライカがマトめるべき!」

 

「まあ、そうなるよね。オーケー……。それでは、私たちの卒業を祝って、それと私たちの未来の栄光を願って!」

 

「「「乾杯(カンパイ)!!」」」

 

 三つのグラスが勢いよくぶつけられる。波の音以外何も無かった海岸に、その甲高い音はどこまでも遠くへと響いていった。

 

「ん……ふわぁ……。おいしい~~。流石は高級品……」

 

「んぐ……プハァッ!! すっげえなあ! こりゃあ次席を取った甲斐があるってもんよ!」

 

「ゴクゴクゴクゴク……ん、ウマイ。もう1パイ」

 

 ライカとギルバートは良く味わって飲んでいる。一方、フォックは見事なまでに一気飲みであった。一瞬でグラスは空になり、いけしゃあしゃあとおかわりを要求している。

 

「待てよフォック。良く味わって飲めって先生も言ってただろう?」

 

「あ、ゴメン……」

 

「いや、怒ったわけじゃないからな。そんなにシュンとするなよ」

 

 特別な日でもいつも通りに騒ぐ二人を見ていると、ライカはどうしても口角が上がってしまう。こんな日がずっと続いたらいいのになと考えてしまう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今日が終わったら、私たちみんな離れ離れになるんだよね?」

 

「エ? そうなのか?」

 

「はぁ……野暮だぞライカ。人が考えないようにしていたことを思い出させるな」

 

 フォックはライカの言っている意味が分からず首を傾げる。一方、ギルバートは彼にしては珍しく悲し気な表情を見せた。

 

「フォック、お前今日の先生の話聞いてなかったのか? 海賊に対する正義の力は心許ないって言ってたろ?」

 

「ウン。イってた。それが?」

 

「つまり、海軍には戦力を遊ばせておく余裕は無いってことなの。この広い海全体を守るためには、必然的に戦力は分散させなくちゃいけなくなる。それが私たちみたいに強力なものなら、尚更ね」

 

「ウ~ン、そうなのか?」

 

 フォックは分かったような分かってないような、そんな様子であった。

 

「俺たちは明日からどこかの部隊に配属されることになる」

 

 士官学校を卒業すれば、次の日から正式な海兵として扱われるようになり、任務にも駆り出されるようになる。大海賊時代で人手不足である以上、そうせざるを得ないのだ。

 

「ライカの言う通り戦力は分散させなければならない。俺たちは実技ではトップ3だ。一緒にさせるわけがない」

 

「だからきっと明日からは私たちは別々の部隊に配属されて、そこで過ごしていくことになる……離れ離れになるのよ、私たち」

 

「そんな……」

 

 フォックは絶句した。フォックにとって二人は、周囲の人間が恐怖やら敵意やらばかりを向けてくる中で、唯一友情を結んでくれた存在だ。そんな二人と離れ離れになってしまうなんて考えたくもなかった。

 

「俺部隊で上手くやってけるかなぁ、魚人差別主義者が少なければいいなぁ」

 

 ギルバートはわざと茶化すような声色でそう言った。しかし、空気を軽くするためにやったはずのそれは、寧ろより空気を重くするだけだった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 さっきまでのお祝いムードが一転、誰も何も喋れなくなってしまう。全員が同じことを考えているのだ。自分たちのようなはみ出し者が、お互い以外の人間と上手くやっていけるわけがないと。

 

「だああぁぁぁ!! 辛気臭いのはやめだ!」

 

 沈黙を破ったのはギルバートだった。

 

「別に今生の別れじゃねえんだから、そこまで悲観する必要はないだろうが! ほら、もっと酒入れてけ! 今日はパーッと飲み明かすぞ!」

 

「ギル……ふふ、そうね。ちょっと難しく考えすぎちゃったみたい」

 

「じゃあ、オレたちまたイッショになれるのか?」

 

「ああ、いつか絶対にな!」

 

 ギルバートがそれぞれのグラスに酒を注ぐ。今度はフォックだけでなく、ライカとギルバートも一気に流し込んだ。喉の奥を焼くアルコールの感覚が心地良い。

 

「「「ぷはーっ!」」」

 

三人揃って息を吐き、そして笑う。

 

「やっぱりサケはイイな!」

 

「ああ! 先生は本当にいい酒をくれた!」

 

「ふふふ! こんなに美味しいのは初めて!」

 

 少し赤らんだ顔でお互いに笑い合う。夜の海岸に、いつまでも笑い声が響いていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「んぅ……あれ? ねえ見て! 二人とも! 綺麗な満月よ!」

 

 宴も佳境に差し掛かった頃、ライカは不意に大きな声で叫んだ。その言葉を聞いて、フォックも空を見上げようとした。

 

「おいバカ! 何やってんだライカ! フォックを殺す気か!?」

 

 しかし、フォックの頭が上を向く前にギルバートが彼の目を塞いだ。

 

「え? 何を言って――」

 

「“月の獅子(スーロン)”だよ! 忘れたのか!?」

 

「あっ――」

 

 ライカはハッとして口を手で覆う。

 ミンク族には“月の獅子(スーロン)”と呼ばれる形態がある。満月を直視することで発動するその形態は、飛躍的に戦闘力を高める代わりに正気を失い、周囲を無差別に破壊しつくす化け物となってしまう。その上、自力で止めることも難しいため、最後には体力を使い果たして衰弱死してしまう。

 訓練をすれば月の獅子を制御することも可能ではあるのだが、今のフォックにそれができるかは定かでない。

 

「ごめんなさい。完全に失念してたわ。ありがとう」

 

「いや、いい。こんな夜だもの。仕方ないさ」

 

「ギル、オレはいつまでこうしてればイイんだ?」

 

 フォックの目を塞いだままギルバートは空を見上げる。雲一つない夜空には、一片の欠けもない満月が煌々と輝いていた。

 

「ギル? マダなのか?」

 

「あ、悪い」

 

 フォックの頭を下に向けてから手を離す。フォックも、流石に月の獅子のことくらいは知っているようで、以降は決して上を向こうとしなかった。

 

「しっかし、本っ当に綺麗な月だな。フォックに見せてやれないのが残念なくらいだ」

 

「ちょっと、ギル。思っててもそういうことは口にしない方が――」

 

「いや、ミえてるぞ」

 

「「え?」」

 

 フォックは零れんばかりに酒が注がれた自分のグラスを見せる。そこには、琥珀色の液面に浮かぶ見事なまでに真っ白な月があった。

 

「キレイにミえてるだろ?」

 

「アハハ! 本当だ! ちゃんと見えるじゃねえか!」

 

「ええ、こうして見ても本当に綺麗な月」

 

 それぞれのグラスに月を映し、改めてじっくりと眺める。液面の揺れに合わせて形を歪ませる月は、しかし本物には無い妖しい魅力を持っているように思えた。

 

「月が私たちの門出を祝ってる、なんて考えるのは……ちょっとロマンチストが過ぎるかな?」

 

「ハハ、いいんじゃねえか? ちょうど卒業式の日にこんなに綺麗な満月が出るなんて、ちょっと出来すぎじゃないか」

 

「ウン。ホントウにキレイだ」

 

 それきり三人は暫く無言で、グラスの中の月見に興じていた。ふと風が吹く。液面が揺らされ、月の輪郭が歪む。やがて完全に輪郭が失われ、白と琥珀色が溶け合う。しかし、すぐに液面が落ち着いて、また元通りに真ん丸な白がそこにあった。

 

「……そういえばさ」

 

 不意にフォックが口を開く。

 

「オレのフルサトにこんなイイツタエがあるんだ。『サカズキにツキ、メグりてきたらば、ケツイをクチにソれをノめ。さすればツキは、チカラをカさん』って。なんとなくコレをミてたらオモいだしたんだ。イミはシらんけど」

 

「意味は知らないって……言葉通りの意味なら、『自分の決意を口に出して盃に映った月を呑めば、その決意が叶う』みたいな感じかしら?」

 

「へえ……そりゃあ、ありがちだけどロマンチックな話だな」

 

 ライカはフォックに呆れながらも、その意味を解釈してみせる。ギルバートはそれを典型的だと感じながらも、気に入ったようだった。

 

「どうせなら別れる前の最後の景気づけに、その通りにやってみないか?」

 

「いいわね、それ。ちょっと素敵かも」

 

「ウン、オレもオモしろいとオモう!」

 

 ギルバートの思いつきは、二人に肯定を以て迎えられた。

 

「でも『決意を口に』って、一体どんな決意を言えばいいのか――」

 

「そんなの一つしかないだろう? 俺たち三人とも、同じ決意を抱いていたはずだ」

 

「ゼンインがおなじケツイをイったなら、オツキサマもきっとたくさんチカラをカしてくれる」

 

「そういうものなのかな……でも、これを最後に暫く離れ離れになるのなら、最後くらい全員で合わせてみるのも悪くないわね」

 

「よし! そうと決まったならやるぞ、みんなぁ!」

 

 三人はそれぞれグラスを掲げる。三者三様に映った月を目の前に、それぞれの、しかして同じ決意を胸に抱く。

 

「オレのツヨさをミトめさせるために!」

 

 フォックが思い起こすのはまだこの場の誰にも話していない記憶。もう自分が守られているだけの存在ではないのだと、この世界に知らしめるために。

 

「俺の故郷を守るために!」

 ギルバートが思い起こすのは危ういバランスの上に成り立つ自分の故郷。かの場所を自身の手で守り、もう不安になる必要はないんだと胸を張って言うために。

 

「世界を変えるヒーローになるために!」

 ライカが思い起こすのは「洗礼」の最中で関わることとなったこの世界の歪み。自身が傷つけてしまった彼のような人たちを、この手で助け出すために。

 

「オレは!!」

「俺は!!」

「私は!!」

 

「「「大将(タイショウ)になる!!!」」」

 

 三つのグラスを同時にぶつけ合い、揺れる月を一気に飲み干す。

 曇り一つない夜空の下、暗闇全てを照らすような月が見ている中で。今、誓いの言葉が交わされた。




ゼファー先生
 腕は斬られてないし、遊撃隊もやってないので、原作よりもストレスが少なく、酒を止められるまでには至ってない人。でも病気なので相当制限されてます。やっぱワンピ時空の老いデバフはキツすぎるんじゃ。

アルミランテ
 現実にそんな名前のシェリー酒があるとか。ちなみにアルミランテは「海軍大将」という意味らしいです。出来すぎか。

トーマス
 作劇上の都合で卒業証書授与一番手を担わされた男。卒業式でも相変わらず片言。証書授与のときにゼファーの目の前で「Thank you(センキュー)!」って言わせる案もあったけど、流石に恥知らずが過ぎたので多少片言が抑えられました。

ミミ
 めっちゃ久しぶりの登場。もちろん幼少期編に出てきたミミと同一人物です。15話でライカを睨んでたのもこの子。

メルク、クルツ、アルフ
 こちらも久しぶりの登場。残念ながらベルツは来られませんでした。大海賊時代ってつらい。

 ということで超久々の更新。いや、ホントにお待たせして申し訳ございませんでした……。次回は流石に一か月以内に更新したい……いや、します(断言)。
 次回は一度幕間を挟んで、それで士官学校編は終わりになると思います。はみ出し者三人が、ついに海へと出てゆきます。
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