それは、実技試験と卒業式の間の、とある日の話。
ここはマリンフォードが最奥、海軍本部。天守閣を思わせるその建物の、最上部にある一部屋にて。そこには三人の人物がいた。
「今年もご苦労だったな、ゼファー」
一人はアフロヘアに丸眼鏡、そしてカモメの模型が乗った帽子を被った男。彼こそが海軍元帥、センゴク。かつて伝説の海兵と呼ばれていた一人であり、現在は海軍のトップを務めている。
「もう噂になっているよ。今期の卒業生は粒ぞろいだ、って。流石の手腕だね」
もう一人は白髪を後ろで束ねた老齢の女。彼女は海軍中将、つる。“大参謀”の異名を持ち、彼女もまた伝説の海兵の一人であった。
「いや、あいつらが凄かっただけだ。俺は大した事はしていない」
そして最後の一人はゼファーだった。ゼファーは二人の言葉に首を振る。
「それに、最後まであの三人を周囲に馴染ませてやれなかった。俺は『教官』にはなれても『教師』にはなれないらしい」
ゼファーはそう言って自嘲気味に笑う。
「……まあ報告書を見る限り、この三人は個性的なんてレベルじゃないみたいだからねえ。仕方ないさ。あんたに無理なら、誰だってできやしない」
つるの言葉に対し、ゼファーは何も言わなかった。
実際つるの言葉通りであろうことは、彼とて分かっている。自分だからこそ、彼らが無視される程度で済んだのであって、自分以外が教官をしていたのなら、
しかし、だからといって、今回の結果に満足していいはずがない。彼らは海兵を目指す訓練生である前に、思春期の少年少女であるのだ。そんな彼らに寂しい思いをさせ続けてしまったのは、偏に自分の実力不足でしかない。そうゼファーは考えていた。
「だが……それでもやはり、悔しいな」
思わず漏れ出た本音。それを聞いた二人は顔を見合わせ苦笑する。
「まったく、お前という奴は……」
「ふふっ、真面目すぎるんだよ、あんたは。もう少し肩の力を抜きな」
こんなものただの愚痴にすぎない。なのに、二人とも真剣に聞いてくれる。ゼファーはそれが嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。
「すまん、忘れてくれ」
照れ隠しのようにゼファーは言う。
「そうだな。本題に入ろう」
ゼファーの意を汲んで、センゴクは話題を変えた。
「卒業生の人事だが……とりあえず第一案はこんな感じになった。ゼファー、何か意見はあるか?」
彼らがここに集まった理由。それは、士官学校の最終試験の成績をもとに、卒業生たちの配置先を決めるためであった。ゼファーがしたためた報告書をもとにセンゴクが人事案を作り、そして三人で妥当性を話し合う。この場はそういう場であった。
「そうだな……ミミはおつるさんのところか。妥当だな。彼女はダスティを……父親を海賊に殺されている。そのせいでしばしば暴走気味になるから、しっかり見てやってくれ」
「ああ、お安い御用さ。しかし、またその手合いかねえ……本当に増えたもんだよ」
つるは眉間にしわを寄せて溜息をつく。大海賊時代になってから、こういった類の悲劇は珍しいものではなくなりつつある。最近では、自分の部隊の新入りがそういう人間であることにも慣れてしまった。悲しいことだと、つるは思う。
「トーマスの奴はシャボンディ諸島か。あの辺りを訪れる魚人族や人魚族と諍いを起こさなければ良いが……。とはいえ、あいつの性格なら清濁併せ吞む立場は最適ではあるか。適材適所には違いあるまい」
シャボンディ諸島は
フォックにも語った、「何かに劣っているということは、何かに優れているということ」というゼファーの信条。それがこんな形で現れることもあるのかと、そうゼファーは内心で苦笑した。
「さて、あの三人はどこ配属になったのか――」
人事案の書類をペラペラと捲り、彼らの名前を探す。そしてついに、
「海軍本部第8支部配属は……エルンスト・ライカ、メイウェザー・ギルバート、フォック……フフ、報告書に書いた通り、ちゃんと三人は一緒にしてくれたか」
「試験であれだけの連携を見せられては、引き離すわけにもいくまい」
そう言ってセンゴクは、手元に置いていた一匹の電伝虫を撫でる。この電伝虫は、最終試験の内容を映した映像電伝虫であった。あの試験は記録されていて、海軍の上層部ならばそれを閲覧することができる。故に、センゴクは試験における三人の大立ち回りも全て把握している。
「しかし珍しいねえ。あんたが教え子に入れ込むのはいつものことだけど、配属先にまで口を出すなんてね」
「仕方ないだろう? あいつらからはそれだけのものを感じたんだ」
ゼファーは悪びれる素振りすら見せずにそう言い切った。
「だけど、大丈夫なのかい? 実技の成績トップ3を同じ部隊に入れたら、戦力の分散という観点から文句が出そうなもんだけどね」
「出るだろうな。しかし、こうする他あるまい。ライカはともかくとして、他二人は絶対に独りにはできない」
海兵は殆どが人間で構成されていて、人間以外の人種と言えばせいぜい巨人族くらいしかいない。そのため、海軍には未だに人間以外に対する根強い差別が存在している。
ライカは同じ人間なので、たとえ一人別の部隊へと送られてもまだ何とかやっていけるだろう。しかし、ギルバートとフォックは違う。海兵全員が他人種に偏見を持っている訳ではないが、しかし二人が他の海兵と上手くやっていける可能性はきわめて低いと言わざるを得ない。
そう言った事情から、必然的にライカと二人を一緒にする必要があった。ライカがいれば、二人と他の海兵たちとの仲を取り持つこともできるかもしれない。そうはならなかったとしても、少なくとも三人を別々の部隊に送るよりは遥かに良い。こうした考えから、三人は一つの部隊に配属されることになったのだ。
「……はあ、全く。嫌なもんだねえ。差別ってのは」
「ああ、本当にな」
つるの言葉に、ゼファーは深く同意する。センゴクも何も言わなかったが、やはり思うところはあるようだ。
「それさえ無ければ、ライカをうちの部隊に入れられたのにねえ」
「フ……それが本音だったか」
「当たり前だよ。あんないい子、誰だって欲しくなるだろう?」
「確かにな。俺も現役だったら、無理にでも引き抜いていただろうな」
重くなりかけた空気が少し緩む。こういう時のおつるさんは本当に頼りになると、口には出さないがゼファーは思った。
「しかし、センゴク。三人一緒なのはいいが、なぜよりにもよって
「圧力だ。上からの、な」
「上? 世界政府からか?」
「そうだ。奴らは人間以外が活躍するのがよっぽど気に食わんらしい」
軽くなりかけていた空気が再び重くなる。やはり、彼らを語る上でこの話題は避けて通れないようだった。
「そんな理由で、あいつらをあんな僻地に……?」
ゼファーの声に怒りが混じる。あれだけ才能に溢れ、やる気も十分以上である彼らが、政治的な理由で閑職に追いやられる。彼らを鍛え、導いた彼にとって、これほど屈辱的なことはないだろう。
そんなゼファーの反応を予測していたのか、センゴクは飽くまで冷静に応える。
「これでも抵抗した方だ。他の窓際部署と違って、G-8ならまだ彼らに出世の余地がある。あそこは平和ボケしているが、まだドレイク少佐のような海兵もいるからな」
三人が配属される海軍本部第8支部、通称G-8支部は、ナバロンとも呼ばれている海軍の要塞である。全面武装されたその威容から「ハリネズミ」とも呼ばれ、周囲の海賊からは「鉄壁の要塞」として恐れられている場所である。
しかし、その評判と、僻地という立地故に滅多に海賊が寄り付かず、結果海軍では閑職扱いされてしまっている。所属する海兵もこうした事情から平和ボケしていて士気が低く、海軍内でも度々不要論が唱えられるような場所であった。
唯一、ナバロン所属の海兵でドレイク少佐だけはその現状を良しとせず、度々軍艦に乗っては周辺海域に繰り出して海賊を捕えている。
「彼らほどの逸材なら、ドレイク少佐に同行させればいずれ実績を積んでいけるだろう」
「なるほど。そして、無視できないくらいの実績を積ませた暁には――」
「政府の圧力を無視して、要職に就かせることができる。ついでに彼らに経験を積ませることもできて、一石二鳥というわけだ」
いくら世界政府でも、実績を挙げた海兵を冷遇するのは難しい。ガープ中将がそのいい例である。
「そこまで考えての人事だったか……ありがとう、あいつらのためにそこまでしてくれて」
「礼はいい。優れた海兵がいい待遇を得ることは、海軍全体の士気の上昇、ひいてはこの海の平和に繋がるからな。元帥として当然の仕事をしたまでだ」
センゴクはそう言って手元にあった湯飲みを手に取り、お茶をすする。しかし、飽くまで冷静を装うその表情には、若干の笑顔の色が見えるように思える。
「それに、今の話は彼らがドレイク少佐の船で活躍してくれることを前提にしている。その通りに行くと決まったわけではない」
「いや、あいつらなら活躍してくれるよ。絶対にな」
「……本当に入れ込んでるねえ」
喜色を隠せないゼファーに対して、つるは呆れるようにそう言った。
ミミ
おつるさんの部隊に入りました。まだライカたちとは関わりません。まだ。
トーマス
「Misfits」て叫んだら出番終了だったはずなのに、気付いたら何度も出て来てた人。雑に扱っていいオリキャラって立場があまりにも使い易すぎるんじゃ。
ライカたち
前話「離れ離れになるけど、みんなで頑張ろうね!」
→今話「彼らは全員一緒にしよう」
→次話「???」
G-8支部
いわゆるナバロン要塞。知らない人はアニワンをチェックだ!
というわけで幕間の所属決め回。配置先はまさかのナバロン。当然ですがライカたちは要塞に引きこもって閑職に身を埋めるなんてことにはなりません。そのへんの話は次回に。
ということで長らく続いた士官学校編もついに今話で終了。次回からはついに正式な海兵となった三人の姿が見れます。乞うご期待!
プルプルプルプル! プルプルプルプル!
ガチャッ!
「どうした? お前から連絡をしてくるとは珍しいな」
『あ、
「ああ、聞こえている。何があった?」
『今期の士官学校卒業生の名簿に、気になる人物がいまして』
「気になる人物だと?」
『はい。なんでも、
「そうか……。やはり、仕留め損なっていたか」
『どうしますか? 俺が消しましょうか?』
「いや、我々はまだ奴らに存在を知られるわけにはいかない。お前が直接手を下すのは危険すぎる」
『では、どうすれば?』
「今は放置でいい。どうせ奴らに
『わかりました。では、そのように』
「ああ。ただ、アレの動きは逐一報告しろ。やはり不安要素は一つでも減らしておきたい。
『了解です。では、隊長。また何かあったらご連絡ください』
「ああ。お前も、引き続きその
ガチャッ!
「…………やはり生きていたか、あの