――ライカちゃん! 逃げて!
女性が倒れている。真っ白だったフードは赤く染まっている。背中の正義の文字も、最早読めなくなるくらいまで血で汚れてしまっている。
――ライカちゃん!! ライカちゃん!!
『これも世界のためだ。死んでもらう』
目の前には白いスーツの男がいた。男はゆっくりと手を振りかぶり――
「ひっ!?」
ライカはそこで布団を蹴飛ばしながら飛び起きた。嫌な夢を見たためか、呼吸が荒い。
「ハァ、ハァ、ハァ……夢?」
呼吸を整えながら状況を整理する。
(今の夢って……)
夢の中で、確かに自分はライカと呼ばれていた。未だに思い出せない自分の過去。そこへの足掛かりを見つけたような気がした。
◆◆◆◆◆◆
ライカが駐屯地で訓練をするようになってから2年が経った。ライカは順調に強くなり続け、今やダスティ以外は誰もライカに勝てなくなってしまった。また、能力の制御も完全にできるようになり、訓練中の能力の使用も許可された。
「お前たち、8歳児にボロ負けして情けなくないのか? 次回以降ライカに負けた奴は訓練量を大幅に増やすからな、覚悟しとけ」
ダスティが集まっている海兵たちに向けてそう宣言した。
「そんな! それじゃあダスティ少佐以外は全員訓練漬け決定みたいなもんじゃないですか!」
「だいたい
海兵たちは口々に文句を言う。確かにライカはビリビリの実の能力で自身の身体を電気へと変換することができるので、
「文句を言うな。訓練漬けが嫌なら普段から僕と同じくらいの量の訓練をすればいいじゃないか。そうすればライカにも勝てるし、
ダスティは
なお、ダスティの訓練量は一般的海兵の数十倍であることをここに記しておく。
◆◆◆◆◆◆
今日もライカは駐屯地に赴く。今日の訓練の担当はダスティだ。しかし、ライカは訓練を始める前にダスティに聞きたいことがあった。
「白いフードを被った女の海兵?」
「はい。ダスティさんは知らないですか?」
「う~ん。僕は知らないなあ」
夢の中に出てきた海兵。夢の中で何度もライカを守ってくれた海兵。ライカはその人がどうなっているのかが気になっていた。今、ベルツは任務で別の島にいるため、駐屯地の海兵くらいしかそのことを聞ける人がいなかった。そのためこうしてダスティに聞いたのだが、結果は空振りだった。
「……夢の中で血まみれになっていたってことは、多分、生きている可能性は低いと思う」
「それでも、せめて生きているかどうかくらいは知りたいです。それに、今こうして私が生きている以上、あの人が生きている可能性も捨てきれません」
ダスティは少女の話から、その海兵が既に死んでいる可能性が高いと判断しているようだ。しかし、ライカもそれくらいは覚悟ができている。
「白いフードで、コートがあるから階級は少尉以上、そして性別は女性。これだけ情報があればある程度は特定できそうだけど……とにかく、時間を見付けて探してみるよ」
「ありがとうございます!」
「よし。それじゃあ、訓練を始めようか」
「はい!」
◆◆◆◆◆◆
ダスティはあれから会った海兵に手当たり次第に白いフードの海兵について尋ねたが、知っていると答えたものは誰一人としていなかった。しかし、収穫が無かったわけではない。ある程度以上の年齢で、かつある程度以上の階級の海兵は、皆一様に『白いフードの海兵』の言葉を聞くと顔をしかめる。そして、何かを隠すように「知らない」「何も聞くな」と言って、逃げるように去っていく。まるでそれがタブーであるかのように。
(一体白いフードの海兵は何者なんだ?)
そう思いながらも調べていたときだった。ある日突然、駐屯地にゼファーが訪ねてきた。
「ゼファー先生、お久しぶりです。急に訪ねてこられるなんて珍しいですね。今お茶を入れます」
「いや、茶は必要ない。今日は伝えたいことがあって来た」
いつになくゼファーの纏う雰囲気が重い。ダスティは違和感を覚えた。
「ダスティ、白いフードの海兵について調べるのはもうやめろ」
「え?」
突然告げられたことがあまりにも予想外で、ダスティの思考は一瞬空白になった。
「どういうことです?やっぱりあの海兵には何かあるんですか?」
「お前は知らなくていいことだ。だからやめるんだ」
ゼファーの語気が強くなる。しかし、こちらも友人の娘から頼まれた以上、引き下がりたくはなかった。
「しかし、ライカが白いフードの海兵について知りたがっているのです」
ダスティはライカの名前を出すことにした。ゼファーはライカのことを気に入っている。海兵になりたくて訓練を付けてもらっていることをベルツ経由で聞き、自分が直接ライカを鍛える日を楽しみにしている節がある。そんなライカが白いフードの海兵について知りたがっていると知れば、少なくとも無言を貫くことはできないと踏んだのだ。
「……なんだと?」
やはり反応があった。手ごたえを感じたダスティは、ライカの見た夢について話した。
「あいつがライカを……いや、そんなはずは……」
ゼファーは顎に手を当てて何やら考え込んでいる。
「ライカのためです。教えられる範囲でいいので、教えてくれませんか」
ダスティはさらにダメ押しをした。すると、しばらく黙っていたゼファーが口を開いた。
「……結論から言うと、彼女は既に死亡している」
「……そうですか」
「それ以上は何も言えない。彼女の存在は世界政府が無かったことにしたがっている」
「……えっ!?」
突然出た突拍子の無い発言に、ダスティは度肝を抜かれた。
「このままあいつのことを調べ続けたら、お前は世界政府に目を付けられかねん。お前にも家族がいるだろう? だから、ここは退いてくれ」
そうまで言われてしまっては、ダスティも粘れなかった。親友の娘の願いは叶えてあげたいが、自分の家族の無事と天秤にかけられてはどうしようもなかった。
「……分かりました。ライカには、彼女は死んでいた、とだけ伝えておきます」
「……ああ。そうしてくれ」
そう言ってゼファーは部屋を出ていく。一人残されたダスティは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
◆◆◆◆◆◆
「そうですか。白いフードの海兵さんはもう……」
「ああ」
翌日、ダスティはライカに、白いフードの海兵は死んでいたとだけ話した。彼女の存在が世界政府にとってタブーであること等は言わなかった。いや、言えなかったという方が正確か。余計なことを知らせても、ライカのためにはなるまい。
「名前すら分からないのですか」
「……ごめん」
ダスティの態度にライカは何かを察したのか、それ以上は言及しなかった。
「でも、それが分かっただけでも良かったです。ありがとうございます」
ライカは漸く見つけた過去への手掛かりが消えてしまったような気がして、少し落ち込んだ。
「ごめんねライカちゃん。力になれなくて」
「い、いえ! 良いんです! ダメで元々だったのですから!」
落ち込んだライカを見て、ダスティが謝ってきたが、ライカは慌ててそれを止めた。ライカも知れたらいいなくらいの気持ちで頼んでいたので、そこまで謝罪されるのは居心地が悪かった。
「もしまた何か分かったら君に知らせるよ、ライカちゃん」
口ではそう言うが、ダスティはそんな時は来ないだろうと思っていた。世界政府が存在を隠したがるほどの人物。そんな人間の情報を一海兵でしかない自分が得られるとは思えない。しかし、それでも何とかしてライカを元気づけたいダスティは、嘘でもそう口にしていた。
「じゃあ、お仕事に行ってくるよ。今日も訓練頑張ってね、ライカちゃん!」
「はい! ダスティさんも、頑張ってください!」
今日の訓練担当はダスティではない。今日ダスティは任務があるからだ。ダスティはライカに背を向けて歩き出した。
(世界政府がタブー視する海兵に、そんな海兵に助けられた少女。少女の方は才能に溢れていて、既に8歳とは思えない強さを持つ。あまりに出来すぎじゃあないのか?)
誰もいない廊下を歩きながらダスティは一人思考に耽る。
(ライカ、君は一体何者なんだ?)
◆◆◆◆◆◆
「あいつがライカを助けただと?」
誰もいない部屋で、ゼファーは一人呟いた。
「そんなはずはない……有り得ない」
ゼファーは、ダスティに対して嘘は言っていなかった。しかし、嘘を言っていないだけで、話していないことはいくらでもあった。例えば――
「あいつが死んだのは20年以上も前のはずだ」
ライカは今8歳である。20年以上も前ともなれば生まれてすらいない。つまり、白いフードの海兵がライカを助けたとするならば、時系列が合わない。
「ライカが実は8歳ではないか……あるいは」
ある種の悪魔の実の能力者は、老化が遅くなることもあるという。しかし、ライカのビリビリの実にそんな効果があるとは思えない。ゼファーは、ライカが見た目以上の年齢である可能性は限りなく低いと思っていた。ならば、導き出される結論は――
「お前はまだどこかで生きているのか?」
ゼファーは鍵のかかった引き出しを開けて、一枚の写真を取り出す。そこには、白いフードを目深に被った海兵の姿が写されていた。
「ヴィクトリア……」
呟かれたその名前は、誰にも聞かれることなく虚空へと消えていった。
ライカ
過去をちょっとずつ思い出してます。でも、完全に思い出すのはまだまだ全然先になるかな?
ダスティ
無能力者ですが、
白いフードの海兵
何やらかしたらこんな扱いになるんですかね……。
ということで伏線回。色々書きたいことはあるんですけど、何書いてもネタバレになる気がするので今回は口を噤みます。悪しからず。