――魂とは、人間という存在そのものだ。
――肉体など仮初の器に過ぎん。
――故にこそ、魂にはその人間の
――記憶、経験、技術、能力。
――そう、全てだ。
――だからこそ、『支配の力』を持つお前ならば――!
「……んぅ?」
ライカは朝っぱらから最悪な気分になっていた。僅かに思い出せる自分の過去の中で、自分を捨てた『
(誰なんだろう、あの黒ずくめの女)
最近になってライカはよく過去のことを夢に見るようになった。しかし、今までの夢では『白いフードの海兵』が出ていたのに、今日の夢ではあの『お母さん』が出てきた。ライカには、なんとなくこれが良くないことが起こる前兆のように感じられた。
◆◆◆◆◆◆
マリンフォードの街の一角。そこには海兵御用達の酒場があった。休暇中の海兵たちが羽を伸ばすその場所に、二つの影があった。それはベルツとダスティであった。
「こうして二人で飲めるのも何か月ぶりだろうな」
「ああ、最近はお互い特に忙しかったからね」
二人とも海兵歴は短いながらも、既に少佐にまで昇進しているような実力者である。大海賊時代で万年人材不足気味な海軍では、彼らは引く手数多であった。そのため、同じ時期に休暇を取ることすら難しく、長らく二人は直接顔を合わせる機会が無かった。
そして今日、ついに久しぶり会うことのできた二人は、雑談に花を咲かせていた。二人とも子持ちの父親である。必然、彼らの話題は自分たちの子供へと移っていった。
「ミミがさ、私もライカちゃんみたいになりたいって言いだしてさ」
「いいじゃないか。誰かに憧れることはいいことだ」
「ああ。だから駐屯地に連れて行ってライカと一緒に訓練させたんだけどさ」
「ふむ」
「全くついていけなくてね。私じゃライカちゃんみたいにはなれないんだ、って泣き出したときはどうしたものかと思ったよ」
「まあ、仕方ない。うちのライカは規格外だからな」
それは自他共に認める事実であった。ライカの身体能力は同年代どころか大人すら超えている。その上、ライカはそれに驕ることなく訓練し続けているので、まだまだ強くなり続けている。
「君の娘はなんであんなに強いんだろうね」
「なんでって、そりゃあ俺の娘だからな」
「「ハハハハハ!」」
理由にならない理由に、二人して大笑いした。ベルツもダスティも、こういう馬鹿らしい時間が、家族と過ごす時間の次に好きだった。そこで、ふとダスティは先日のことを思い出した。
「……そういえば、ベルツは『白いフードの海兵』については聞いてたっけ?」
「ああ。今日家で聞いたよ。俺の娘を助けてくれたんだってな。今は死んじまってるみたいだが……」
ベルツは既に、ライカから『白いフードの海兵』について聞いているようだ。しかし、ダスティがライカに話したこと以上のことはまだ知らないようだった。同じ娘を持つ海兵として、ベルツがライカをどれだけ大事に思っているかを理解しているダスティは、ライカに話していないことも知らせるべきだと判断した。
「実は、ライカちゃんに話してないことがあるんだけど――」
ダスティは『白いフードの海兵』の存在を世界政府が消したがっていることを話した。
「……なんだと? そんなヤバい海兵が、俺の娘を……?」
ベルツは言われたことがあまりにも予想外過ぎて、目をパチパチさせている。その様子を見て、ダスティは先日ゼファーに同じことを聞かされた時の自分を思い出していた。
「世界政府が無かったことにしたい海兵と、その海兵が助けた少女。そして少女は異常な戦闘能力を持っている……あまりにも怪しすぎる」
「なんだぁ、ダスティ? 人の娘が犯罪者だって言いたいのか?」
ベルツから怒気が放たれる。しかし、ダスティも、親友とその娘のためにも、ここで退く訳にはいかなかった。
「その可能性も、視野に入れるべきだと思う」
その瞬間、ベルツは椅子を蹴って立ち上がり、ダスティの胸倉を掴んだ。
「ふざけるな! あの子はそんな子じゃない!」
「分かっている! 一度落ち着いてくれ! 周囲の目を集めている!」
ダスティは胸倉を掴まれたまま冷静にベルツに着席を促す。ベルツはそこに至って漸く、店中の海兵が自分たちに注目していることに気付いた。
「すまん……ついカッとなってしまった」
「いや、僕も言い方が悪かった。ごめん」
お互いに謝罪し、事無きを得た。周囲の海兵たちも、喧嘩が終わったことが確認出来たので、二人への興味を失い、自分の酒盛りに戻っていく。
「もちろん、今のライカちゃんは犯罪なんかするような子じゃない。でも、あの子に過去の記憶が無くて、なのに戦いは異常なまでに得意なのは事実だ。あの子が過去に何らかの犯罪に巻き込まれている可能性は大いにあると思う」
ダスティはベルツに気遣って、ライカが何らかの犯罪の当事者であるかもしれないとは言わなかった。しかし、ベルツはダスティの言わんとしていることが分かったのか、顔をしかめた。
「……そうか。そうだよな」
一度も考えなかったわけじゃない。海で拾われ、過去の記憶が無く、異常に強い。よく考えなくても怪しい要素しかない。自分の娘でなかったら、ベルツは真っ先に自分がライカを疑わしく思っていただろう。
しかし、家族を得て、友達を得て、夢を得て。人間らしく、生き生きと成長していくライカの姿を見て、そんなはずはないと思い込もうとしていた。
「よくよく考えたらライカの過去がまともであるはずがないな。親ならそれくらい覚悟できて然るべきなのに……」
「こればかりはしょうがない。僕も立場が逆だったら君と同じようになっていたさ」
その言葉にベルツは苦笑することしかできなかった。
「ライカちゃんの過去がどんなものであれ、僕はあの子の味方をするつもりだ」
「お前……!」
その言葉にベルツは目を見開く。
「何を驚いているんだい? 友達として当然のことを言ったまでさ」
「……ありがとう」
ベルツはそれだけ言うと、酒を一気に飲み干した。
「折角の休みなのに辛気臭くなっちまったな。ここからは嫌な話は無しだ。酒を楽しむぞ」
「ああ、そうだね。初めからそうするべきだった」
ダスティも一気にジョッキを呷った。
「「大将! もう一杯!!」」
無駄に息の合った動きで同時に注文する。こういうところはやはり親友同士であった。
◆◆◆◆◆◆
「この前任務でさぁ、ウォーターセブンまで行ったんだけどさあ」
「……うん」
ベルツとダスティは深夜になっても飲み続けていた。久方ぶりに親友と飲めたのも手伝って、二人の酔いは止まらなかった。ベルツは酔い潰れており、テーブルの上に突っ伏したまま駄弁り続けている。対するダスティは、ほんのりと赤い顔を真顔にして、淡々と相槌を打っていた。
「水水肉ってあるじゃん?」
「うん」
「休憩時間に食いに行ったんだけどさあ」
「うん」
「マジで美味かった」
「うん」
「あれ腐らせずにマリンフォードまで運べないのかなあ」
「うん」
「家族やお前にも食わせたい」
「うん」
「ホゾホゾの実の食糧保存人間とかいないかなあ」
「うん」
「お前もマリンフォードから出られれば色々食いに行けるのになあ」
ベルツが愚痴る。一見自慢にしか聞こえないが、その実ベルツは本気でダスティがこの海の特産品を食べられないことを嘆いていた。ダスティはマリンフォード市街地内駐屯地勤務なので、何かを食べに海へ出て行くということが出来ない。そのため海兵になってからは別の島の特産品を口にするような機会は全く無くなっていた。しかし――
「来週……」
「え?」
「来週、シャボンディ。遠足。付き添い」
常人が理解するにはあまりにも省略され過ぎたダスティの圧縮言語。しかし、ベルツにはそれで充分だった。
「ああ、学校の。良かったじゃん。何か食ってこい」
◆◆◆◆◆◆
この大海賊時代で、海兵の卵となる子供たちをマリンフォードの外に出すのはリスクが高い。しかし、教育のため、好奇心旺盛な子供にはやはり外の世界を体験させたいものである。この相反する思惑を両立させるために、ライカたちが通う学校では海軍主導で遠足を行ってきた歴史がある。
この遠足は、子供たちを危険に晒さないよう、海兵の引率者をつけた上で行う。そして、遠足の行き先も、海軍の勢力下にあり、比較的治安の良いシャボンディ諸島30~39番グローブにしている。
また、この遠足には、子供たちの好奇心を満たすだけでなく、実際に市井の人間を海兵が守っている様子を見せつけることで、海兵に対する信頼感を高める狙いもあった。
「ライカ、明日は遠足でしょう?準備は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、お母さん。昼の内に済ませた」
ライカたちの学級は、明日が遠足の日であった。事前に配られた栞に従って明日の用意をしなければならないのだが、しっかり者のライカは既に用意を終えていた。
「アルフもあなたくらいしっかりしてくれたら助かるのにねえ」
ライカは苦笑いする。アルフは、クルツやライカと違って、割と適当な性格をしている。将来医者を目指す人間がそれでいいのかとメルクは思っているが、生憎アルフの成績は悪くなく、むしろ良い方であるため、メルクも強くは注意できない。
「じゃあ、あとはお弁当だけね。明日の朝、腕によりをかけて最高のお弁当を作るから、楽しみにしていてね!」
「ありがとう、お母さん!」
そう言って笑うライカの顔を見て、思わずメルクも笑顔になる。
「明日は早いんでしょう。もう寝た方が良いわ」
「分かってるよ、お母さん」
ライカは自分のベッドに横になった。早く眠らなければいけないことは分かっているのに、どうしても明日のことを考えてしまって眠れなかった。
◆◆◆◆◆◆
同時刻、マリンフォード市街地の駐屯地では、ダスティを海兵たちが囲んでいた。
「ダスティ少佐! あなたがいなくても必ずやマリンフォードの街は守ってみせます!」
「明日一日、我々にお任せを!」
海兵たちがダスティに敬礼する。ダスティは明日の遠足の付き添いの一人に選ばれていた。そのため明日は駐屯地を離れて、子供たちと一緒にシャボンディ諸島へ行くことになっている。
「ハハハ! 大げさだな。一日子供たちの付き添いをするだけだから、そんなに気張らなくてもいいだろうに」
ダスティは笑ってそう言うが、海兵たちは真剣な表情でダスティを見つめている。
「いえ! 決してそのようなことは無いと存じ上げております! 我々の心は常に貴方と共にあります!!」
「そ、そうか。ありがとう」
あまりの迫力にダスティは少し引き気味である。
「しかし、シャボンディ諸島か……」
ダスティは何を思ったのか、顔を顰めた。
「どうしましたか、少佐? 何か嫌な思い出でも……」
「馬っ鹿! 士官学校出でシャボンディ諸島に嫌な思い出が無い奴なんているか! お前『洗礼』のこと知らないのか!」
「あっ……そうでした。すみません」
海兵同士で口論になるが、それをダスティが諫める。
「まあまあ、落ち着きなさい。受けた当人じゃないんだから、思い当たらなくても仕方ないさ」
「うっ……熱くなって申し訳ありません。しかし、少佐。明日の遠足、天竜人とかは大丈夫なのですか」
天竜人。世界政府を創立した王たちの末裔。彼らは絶大な権力を有していて、いかなる人間であろうと歯向かうことは許されない。そして、彼らは権力の味にどっぷり浸かっているので、非常に横暴であった。その横暴さは折り紙付きで、奴隷をいたぶって遊んだり、彼らの前を横切っただけの子供を殺したりなど、残虐なエピソードには事欠かない。
そんな天竜人を子供たちに見せようものなら教育にどんな悪影響を及ぼすか分かったもんじゃない。だからこそこの海兵は心配していた。
「そのへんは大丈夫だ。遠足のスケジュール担当が天竜人の予定と照らし合わせて、あいつらが絶対に島にいない間に遠足が終わるように調整しているから」
それを聞いた海兵が安堵した。
海軍や世界政府もそのあたりのことは分かっている。もし万が一子供たちが天竜人の所業を見ようものなら、子供たちの将来の夢は海軍から革命軍に早変わりしかねない。そのため、遠足では、子供たちを天竜人に会わせないことが徹底されている。
「とにかく、明日は一日しっかり頼んだぞ!」
「「「「「はい!」」」」」
海兵たちが一斉に敬礼した。
「久々にマリンフォードの外に出られるんだ。ちょっとは楽しませてもらおうかな」
ダスティはそう言って笑った。
『お母さん』
1話以来の登場。といっても1話も回想でしか出てないけどね。
ベルツ
娘を愛しているけど、それ故に盲目的なところもある。とはいえ指摘されればそれを反省することもできる。なんなんすかねこの完璧超人。
ダスティ
親友のためなら泥をも被る。こっちはこっちで割と完璧超人。
ライカ
どう考えても碌な過去を送ってない系主人公。遠足が楽しみ。
『洗礼』
ダスティくん一体シャボンディ諸島で何されたんでしょうねえ……。
という訳でストーリー的には特に何も進展してない説明回。でも次回のために必要だし、しょうがないね。次回は遠足かな。無事に終わるといいね!