~ある狩人の回想~
森人の森の狩人
辺境の街のギルドにて、とある冒険者が名指しの依頼について説明を聞いていた。
「魔神王の軍勢が森の周囲に潜伏している可能性がある。」
そんな言葉から始まった依頼の内容を要約すれば、混沌の軍勢に伍する獣人或いはそれに類する存在が見られるようになった。それに前後して奇妙な信仰を掲げる集団が彷徨くのだと言う。
「これは貴女にしか頼めない依頼だ。それに、付近でも大規模なゴブリンの群れが確認されている。悩みの種は少しでも早く減らしたい。」
「私の他に適任がいる。」
異邦の黒い装束に身を包み、羽根飾りの付いた帽子の女狩人が言う。ぶっきらぼうな物言いに、森人の使者は顔をしかめる。
「私は群れを相手にはしない。ただ一匹を狩るのみだ。」
「だが、獣狩りとして名を馳せる銀等級だ。かつて恐ろしき獣すら狩ったと聞くが?」
「それはそれ、これはこれだ。貴公の話を聞く限り、群れと邪教の者共が敵となるだろう。ならば貴公らが誇る森人の狩人達と戦士達に任せれば良い。何よりそこは貴公ら森人の領域だろう。なぜ自身らで対処しない。」
恐らく依頼目標の"敵"は、追い続けている"上位者"が絡む。冒険者となってから自らに起きた奇跡を解明するために追い続けた者共…。
しかし、女狩人は問わずにはいられない。敵の規模が大きい。更に巷を騒がす魔神王の軍勢が絡んだ依頼だ。似た内容の依頼は何度かこなしてきたが、祈らぬ者の中でも一等悪辣な集団相手に一人は荷が重い。
「銀等級だからこその依頼だ。我々の里にて合議が開かれる。」
「森人の…か?」
「否だ。魔神王に抗する者達の長が集まるものだ。」
「尚更、私などより"辺境最高"にすべき依頼だろう…。」
厄介な事だと女狩人は思う。幼馴染み兼恋人は他の一党にいる。助けを求めようにも長期の依頼で辺境の街を離れてしまっている。そして失敗すれば自身も含む、祈る者達の敗北に繋がる。
失敗が許されない依頼に私情を持ち込んで依頼を受けるほど、彼女は愚かにはなれなかった。
「その彼等から貴女を紹介されたのだ。貴女とて銀等級ならこの様な事は良くあることだろう。何が不満なのだ?」
「…、不満は無い。が、迅速にという訳にはいかない。相応に時間を掛ける。それでも良いか?」
「時間なら有る。しかし、定命の者達からすれば有限だ。祈る者達にとっても。」
事、ここに至っては拒否するという選択肢は恐らく無い。
断ってしまえば、それは"辺境最高"の名に泥を塗ることになる。面子よりも何よりも"信用"がモノを言う稼業だが、ある程度の等級になればこそ"面子"も重要なのだ。
無論、だからと言って安請け合いするつもりもないのだが…。
「…、最善を尽くそう。」
女狩人は決断した。
数刻後、女狩人は街道で馬を走らせていた。森人の森へ急ぐ。
ゴブリンの群れについては"ゴブリンスレイヤー"が対処に当たる。と聞かされた。ならば、問題は無いだろう。
森人の里が近付いてくる。恐らく、平時は荘厳かつ美麗な全て"樹"が自ら形を変えた彼等の住居が迎えるのだろう。しかし、合議が開かれるのも有ろうが、森人の戦士や狩人と思しき格好の者達があちらこちらに立ち、物々しい雰囲気であった。
「止まれ!」
森人の衛兵に止められる。
「何用でここへ来た!」
共通語で問いかけられた。
「依頼で来た。これを見せれば良いと言われている。」
女狩人は懐から楓の葉で作られた、掌大のひも飾りをかざた。
「しばし待たれよ。」
先程までの警戒された様子から僅かに空気が弛緩する。だが、それまでとはまた別種の緊張が辺りから昇って来た。
「こちらへ」
衛兵に連れられ、里へと足を踏み入れる。
太陽が沈み始め、夜の気配が迫ってくる里の中を歩く。狩りの始まりを前に、女狩人は昂りを抑えつつ案内される先へ行く。
尻切れトンボですが長くなりすぎるので一旦区切ります。
次話から本格的に狩りを始めます。