スーパーカーは飛行機雲の夢を見るか。   作:にゃあたいぷ。

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三冠は、果てなき夢への滑走路。
西日が照らす、直線コースに向いて来た。
苦しみましたが掴み取った三冠。
衝撃には続きがありました。


前編

 ふと気が付くと私はゲートの中に収まっていた。

 ピリピリとひりつく空気、競走馬としての本能が今から始まるのが本番だという事を予見する。

 何が起きているのか分からない。それでも私が先ず、取ったのは身構える事。考えるよりも先に備える。

 小さく深呼吸をして、ゲートが開く直前。僅かに軋む金属音を頼りにゲートから飛び出した。

 地面を踏み締めるのは二本脚。いつもと違う感覚、でも違和感はなかった。

 

 最初から本能の赴くままにかっ飛ばして、他の誰よりも早くにゴール板を超えようと足に力を込める。

 

 私は無敗の三冠馬、額に刻んだ三日月は祖父。強いては曾爺から脈々と受け継がれたものだ。

 親子二代で達成した偉業は、シンボリルドルフとトウカイテイオーをも超える。とはいえ圧倒的だった訳ではない、現役最強の牝馬には手痛い敗北を喫した後、無敗の連勝街道を邁進する牝馬とひとつ下の牡馬相手にも負けてしまった。2度目の敗北は不良バ場だったこともあるが、それは言い訳にしかならない。

 本物には勝てない。あの時は、そんな苦手意識を植え付けられた気がした。

 

 だから、なんとなく分かってしまったのだ。

 スタート直後から、するすると先頭に躍り出た競走馬。もといウマ娘が、更に大きな差を広げる為に速度を高める。

 現役最強と評された競走馬の走りを知っている。

 最後の直線に入ってから大きく伸ばす、その末脚を知っている。

 

 彼女は、それと似た臭いを感じ取る。

 

 途中まで軽快に飛ばしていた彼女は第3コーナーの手前で急に速度を落とす。

 故障でもしたのかな。その割には、しっかりと地に脚を付いている。なにはともあれ、相手が脚を緩めた隙を突いて横に並んでやれば、彼女は息ひとつ切らさない涼しい顔で──しかし驚いたように目を見開いて、私の姿を捉える。彼女はギアを1段階上げる。置いてかれてなるものか、と私もまた普段よりも早い位置から仕掛ける。

 私を振り切れない事に気付いたのか。彼女は1速から2速、2速から3速へと段階的に速度を上げていった。

 

 まるで相手を試すかのように、斜め後ろから見た彼女の横顔は、ほんのりと笑みが浮かべられている。

 

「貴女は私を一人にしないでいてくれるのかしら?」

 

 そんな言葉が聞こえた気がした。

 最後の直線に入って、残り100メートルの地点。彼女の気配が変わる。

 ただ楽しいだけの走りに闘志が宿った。

 

 此処からが本番、勝負所を察した私が脚に力を込める。

 最後のもう一伸び。私が飛び出す、その倍はある加速で彼女は私を突き放し、ゴール板の向こう側へと駆け抜けていった。

 彼女は本物だ、それも圧倒的だ。差は1と1/4バ身。

 どれだけ走っても追い付けない差があった。

 

『ゴールインッ! 選抜レースの1着はマルゼンスキー!! 他ウマ娘を振り払う、見事な走りでした!』

 

 膝に手を付いて、見上げた先に彼女は涼しい顔で私を振り返る。

 無意識なのだろう。その視線は、若干、私のことを見下しており、とても残念そうに溜息を零す。

 疼く胸に手を上げる。大丈夫、負ける事は初めてじゃない。

 私の心はまだ折れてはいない。

 

『2着はコントレイル! なんとか追い縋りましたが一歩、及ばず!』

 

 悔しい想いは残っている内は、まだ戦える。

 

 

スーパーカーは飛行機雲の夢を見るか

~果てなき夢への滑走路~

 

 

 メイクデビュー戦から4連勝。大差、9バ身差、ハナ差。大差と勝ち続けた。

 あまりにもレースがチョロ過ぎるので3戦目の府中ジュニアSでは、油断し過ぎてハナ差と危ういところを見せてしまったが、次戦の朝日杯ジュニアSでは少し真面目に走った結果、前走で激戦を演じた相手に大差で勝利してしまった。顔面蒼白でポッキリと心が折れてしまった相手に私は掛ける言葉も思い付かず、その居心地の悪さに耐え切れなくて勝者であるのにひそひそとコースを後にする。

 文句なしの世代最強ウマ娘、悔やまれるのは海外出身だという事。海外で生まれ育った私にクラシック3冠レースの枠が与えられる事はない。私が日本ダービーに出走したいと言えば、黒船の来航と揶揄された。

 走る事は好きだった。勝利する事にモチベーションは上がらない、ただ整備されたトラックコースを走るのが好きだった。

 

 レースには、人一倍に強い拘りがあったように思える。

 夢だった、切磋琢磨することに憧れを持っていた。しかしメイクデビュー戦に出走してから今日まで、レースを実感した覚えがない。ちょっと力を込めて走るだけで他全てのウマ娘が遥か後方に落ちていった。流石に手を抜き過ぎると追い付かれてしまうが、コース場を独りで走っているにも等しい。

 逃げているつもりもない。ウマ並程度に流すだけで先頭に立ててしまうので、結果的に逃げ戦法に分類されているだけだ。

 

 思えば、最もレースらしいレースをしたのでメイクデビュー戦よりも更に前、選抜レースの時だけだ。

 あの時も本気で走った訳ではなかった。でも、最後の直線でスパートを仕掛けても自分以外の足音が残るのは、あの一度きりだけだ。確か、名前はコントレイル。彼女は、先週の阪神ジュニアSに出走している。前走でレコードタイムを記録している事から私の対抗ウマ娘として目されていたが、ジュニア世代最強決定戦とも呼べる朝日杯ジュニアSへの出走を回避した事により、マルゼンスキーから逃げた。とも言われている。

 溜息を零す。ふと空を見上げる、空には飛行機が雲の尾を引いていた。

 

 

 勝負を避けた、と言われても否定するつもりはない。

 若返り、未熟な身体では、既に本格化を迎えて、長い最盛期に入ったマルゼンスキーを相手に勝てない。

 私は、自分の身の程を弁えているつもりだ。

 

 この時期、まだ坂路コースがない為、近場の山道まで訪れて走っていた。

 最初こそ整備された調教コースと比べて、凹凸の多い山道は走り難かったが、一年以上も走り続けている内に踏み均し、少しずつだが走りやすくなっている。坂を登り切った後、呼吸を整えながら来た道を歩いて戻り、降り切った後ですぐ坂を全力で駆け登った。此処に来るとトレセン学園に戻るのも面倒臭くて、一日中、坂を走り続けている事もある。

 小休止。スポーツドリンクを飲みながら、坂の頂点からの景色を眺める。

 

 マルゼンスキーと云えば、思い出すのはレイパパレ。

 私とレースをした時点で重賞1勝を含めた5戦5勝、5世代前のマルゼンスキーのような圧倒的な大差はないが、全てを2バ身差が2回、3バ身差が3回と力強い走りを見せていた。

 重馬場が苦手というのもあったけど、アレが最も厳しいレースだった。

 

 ……今にして思うと、5世代前とは遠い時代にやって来たものだ。

 

 よし、と両頬を叩いてから坂を降りる。

 どうして自分が、この時代に居るのかはわからない。

 歴史を改変してしまう危険もあった。

 しかし、私が今、此処に立っていることには意味があるはずだ。

 なにより私が私である以上、走り続ける。

 

 皐月賞には直行し、無事に勝利を収めることが出来た。

 この時代にはまだない坂路トレーニングを積んだ成果も出たのか、着差は3バ身。続く東京優駿への期待も高まって、十年ぶりの3冠ウマ娘への夢を背負わされる。東京優駿の価値は、今も昔も変わらない。日本における世代最強を決める最高峰のレースだ。

 ただ、この時代はまだ、日本のウマ娘に海外出身の者は含まれていなかった。

 

『日本ダービーに出させてほしい』

 

 東京優駿が開催される当週、ブラウン管の箱のようなテレビにマルゼンスキーの姿があった。校門前で待ち受けていたマスコミに対して、マルゼンスキーは若干の苛立ちを感じさせながら押し殺すように続ける。

 

『枠順は大外でいい、賞金もいらない。ただ私の実力を確かめさせてくれるだけでいい』

 

 競馬ファンならば、余りにも有名過ぎるその言葉。抜けている言葉があった、代わりに綴られる想いがある。

 

『コントレイル。私は貴女と走りたい、走って欲しい。日本ダービーという大舞台で競いたい。でも、それを世間が許してくれないと云うのなら……何処でもいい。3600メートルだろうと障害戦だって構わない、ダートでも良い。私が出走できるレースに出て欲しい、私の方から貴女の都合と予定に合わせます』

 

 その突然の言葉に困惑した。私は身の程を知っている。所謂、持っている競争馬ではない。集中力もある方ではなくて、自分では、トウカイテイオーの二度目の有馬記念のような真似はできない。一流のウマ娘が持つという領域(ゾーン)の話も、前世では最後までわからず終いだ。どちらかといえば、私は泥臭い方だった。

 

『だから、どうか私の挑戦を受け止めて欲しい』

 

 悲痛にも思える懇願に心が揺れ動かされなかった、と云えば嘘になる。

 先ずは東京優駿。それに勝たなければ、なにも始まらない。

 

 5月4週目。東京レース場、2400メートル。

 あの日、あの時の空っぽの観客席を今も忘れてない。もの静かなレース会場、しんと静まり返ったコースを直走る。

 喝采もなければ、拍手もない。褒めてくれたのは、鞍上の騎手と私を此処まで育ててくれた人達だけだった。

 

 それが今、大観衆が押し寄せてきている。

 まだレースも始まっていない返し馬、もとい準備運動であるにも関わらず、その歓声は会場全体を揺るがす程であった。ビリビリと痺れる感覚に、思わず、身体が強張る。今まで感じた事がない熱狂があった。感じ入るものがなかった、と云えば嘘になる。

 なんというか、ちゃんとしなきゃっていう想いがあった。

 それはきっと、少し前に聞いたマルゼンスキーの言葉の影響もある。

 

 その日、私は後続を6バ身の差を付けて、ぶっち切った。

 

 

 コントレイルの勝利は確信していた。

 少し気になったので、彼女の走ったレースをビデオテープを借りて見たのだ。すると彼女は自分の本領を発揮できていない事がわかった。何時も力を持て余しており、全てを出し切ることは難しい。気性に難がある為か、ただ単純に集中力に欠けているのかは分からない。

 ゲートインした時、何時も違う気配を感じ取り、勝ったわね。と結果を見る前から分かっていた。

 

 特に面白味もない過程と結末に、テレビを消そうとリモコンに手に持った。

 

 その時だ。コントレイルはウイニングランもせず、ゆっくりと観客席に向かって歩み寄る。

 姿勢を正し、今まで一度も見せなかった真摯な顔付きで、何も語らず、ただ深々と頭を下げた。それ以上は何もない。その行いに歓声で沸いていた観衆が静まり返る。通じていた、通じ合っていた。コントレイルは、この行為に特別な何かを抱いており、その何かをウマ娘ファンは感じ取っていた。

 具体的な何かはわからない。わかるのは、その姿は今まで見た何よりも美しいという事だ。

 格好良かった。泣きたくなる程に、悔しかった。

 

 どうして私は此処に居る。どうして彼処に居ない?

 歯を食い縛る。どうして私は出走させて貰えなかったのか。

 手に持ったリモコンを握り潰した。

 声にならない慟哭を発する。

 

 私も日本ダービーに出たかった! ……想いは届かず、頭を掻き毟って項垂れる。

 

 そこから先の記憶は曖昧だ。

 テレビを点けたまま、部屋のベッドで俯せとなり、枕を頭に被る。

 日本一の証明がしたい。頭がどうにかなりそうだ。

 

『次走は、札幌記念です』

 

 勝利後のインタビュー、唐突に聞こえた言葉に飛び起きた。

 聞き間違いだろうか? 女性のアナウンサーも、トライアルレースではないかと聞き返している。

 7月開催の札幌記念は、11月開催の菊花賞の叩き台と考えても不適切だ。

 

 だが、コントレイルは首を横に振る。

 

『どうやら私のことを待っている人が居るようなので、会いに行ってみようかと思っています』

 

 しかし、アナウンサーが言い淀む。

 現状で無敗の2冠ウマ娘、世間は無敗の3冠ウマ娘の誕生を望んでいた。

 それが一般論。違うでしょう、とコントレイルが続ける。

 

『ファンが興味を持っているのは、海外出身だとか、日本出身だとか。そういう話じゃないと思うんですよ。レースなんですから、どっちが速いか、走ってみれば良い』

 

 そういって彼女は肩を竦めてみせる。

 

『……それでは、あの怪物に勝つ自信があるのでしょうか?』

『いえ、わかりません』

 

 わかりませんが、と彼女は初めて、獰猛に笑ってみせる。

 

『ただで負けてやるつもりはありません』

 

 その挑発的な瞳に、胸の高鳴りを感じた。

 予定を全て変更しないと、トレーナーに相談して札幌まで遠征する準備を始めないといけない!

 ルンルン、と高揚する想いに今すぐにでも部屋を飛び出したいくらいだ。

 

『えっと、でも確か、札幌記念はダートでしたよね? ダートも走れるのですか?』

『いや、札幌記念は芝でしょう?』

 

 ザザ、とテレビ画面にノイズが走る。

 

『……ああ、そういえば、そうでした。今年、改定されたばかりでしたね』

 

 あはは、と誤魔化すように笑うアナウンサーの言葉を、聞き流した。

 この時の私は、それどころじゃなかったのだ。

 

 

 

 

 

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