スーパーカーは飛行機雲の夢を見るか。   作:にゃあたいぷ。

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アーモンドアイ、アーモンドアイです。
見事に有終の美。お見事、2番のアーモンドアイ。

レイパパレだ、レイパパレだ。これが無敗馬だ。
底知れぬ魅力、無敗馬レイパパレ。
三冠馬も、快速馬も、サリオスも退けました。

エフフォーリア、堂々先頭ゴールイン。
高々と右手がゴールの後、上がりました。
5番エフフォーリア。


中編

 札幌記念、当時から海外出身のウマ娘の出走が認められている数少ないレースの内のひとつだ。

 

 直近では勝負の綾もあったとはいえ、まだ3歳で牝馬のソダシが勝利した衝撃は記憶に新しい。

 嘗て、テスコボーイの栗毛は走らないと言われていた時期があったように、葦毛は走らないと言われていた時期があったように、遠くない未来、重賞で白毛の競走馬が走る姿を見るのもそう珍しい事ではない時期が訪れるかも知れない。

 

 さておき、コース設計からして坂のない平坦なコース設計。

 米国や香港といった海外を目指す競走馬が力試しや調整の為に使われることも多い。

 世界を目指す競走馬も出走するだけあって、集う競走馬もタレント揃いだ。

 

 元よりGⅡレースの中では最高額の賞金が用意されていることもあって、スーパーGⅡのひとつとして数えられている本レース。

 主な優勝馬はメジロパーマーを始めとして、ホクトベガ、マーベラスサンデー、エアグルーヴ、セイウンスカイ、テイエムオーシャン、ファインモーション。と適当に並べるだけでも超一流が目白押しなのが分かる。アーモンドアイの母であるフサイチパンドラも札幌記念に優勝しており、他には香港のGⅠに勝利した競走馬の中にはアドマイヤムーンやネオリアリズムといった競走馬がいる。ソダシが優勝した年には、海外GⅠ2勝のラヴズオンリーユーが2着に入っている。

 今と昔では、その価値も変わっているかも知れないが、それでも多くの実力馬が出走しているのは事実だ。

 

 本日、その札幌レース場の観客席は多くのウマ娘ファンで埋め尽くされていた。

 開催地が北海道であるにも関わらず、私達の無敗同士の対決が一目見たいと全国各地から有休を取り、休めてくれない上司に逆らって無断で足を運んだ。開催する前から世紀の一戦を銘打たれており、その見出しは怪物対怪物。怪獣映画から取って、怪獣大決戦とまで言われている。

 本物の怪物を知る身としては、むず痒い。

 

 たった2分前後のレースを観る為に集まってくれたファンの皆様の為にも、恥ずかしい走りは見せられないな。

 準備運動を終えて、ゲートに入る。私は2枠2番、マルゼンスキーは大外の5枠5番。マルゼンスキーが出走すると聞いた途端に出走取消が相次ぎ、トレセン学園とURAが頭を下げて他のウマ娘に出走して貰う次第となった。米国のサンデーサイレンスは、3頭立てのレースもあったんだっけ? それに比べたら、まだましかも知れない。

 ファンファーレを耳にする。多くの観客に見守られる、それだけで満たされる想いがあった。

 

 そわそわと体を揺らして、構えを取る。

 大きく息を吐いて、ゲートが開くのを今か今かと待ちわびる。

 私の欠点は、集中力に欠けていることだった。

 

 

 ゲートアウト、コントレイルが僅かに内側によれる。

 それを横目に捉えながらも、私は彼女が追いつくことを信じて大外から飛び出す。

 何時もは何も考えずに先頭に立っていた。でも、今日は違う。無敗の2冠ウマ娘、コントレイルを意識して突っ走る。

 

 元来、私は逃げ戦法を得意とするウマ娘ではない。

 良くて先行、もしくは差し戦法。末脚で勝負するタイプだと自負していた。

 今までは、それを披露する間もなく、勝負が決まっている。

 

 レースが終わった後、息を切らしたことはほとんどない。

 だから、楽しみなのだ。追い詰められるという事が、どういう事なのか。

 全力で走るとは、何なのか。

 私はウマ娘として、闘争本能に欠けている。

 違う、闘争心を湧き立てる相手に恵まれて来なかった。

 だから今日、私の心は弾んでいた。

 

 浮かれていたと言い換えても良い。

 もっと速く、もっと全力で!

 

 私は本来、逃げ戦法を得意とするウマ娘ではない。

 結果的に逃げ戦法になってしまうだけだ。

 しかし、私は逃げ以外の状況を経験したことが人生で一度もなかった。

 

 つまり、私は逃げる以外の勝ち方を知らなかった。

 

 先行とは何か、差しとは何か。そもそも好位なんてどこにある?

 わからない。だって今まで、目安になるウマ娘なんて居なかった!

 でも、今日は何時もと違っている。追いつくはずだ、追いついてくれるはずだ。

 しかし後方から足音が聞こえない。

 後ろに振り返りたい思いをぐっと堪えて、前を向いて走り続ける。

 頭の中が真っ白になっていた。

 

『マルゼンスキーの一人旅! やはり怪物は怪物だったか!? スーパーカーや悠々とドライブに洒落込んでいる!』

 

 場内放送の声が聞こえた。

 

『後方との差は10バ身以上、測定不能! 大きく離れてコントレイル、そこから更に後方は6バ身です!』

 

 差が、付き過ぎている。

 全力で走った。走った結果、やはり追いつけなかった。

 私はまだ走れる。まだ先を行ける。

 

 やっぱり私は独りなのか。彼女でも、駄目なのか。

 

 そう思った時、熱に浮かされた想いが、ふっと掻き消えた。

 後はもう、流してしまっても良いかも知れない。

 第3コーナーに差し掛かり、外に膨れないように右足に力を込める。

 

「……あら?」

 

 瞬間、ガクンと姿勢が崩れた。

 左脚を踏み込んで、辛うじて転ばずに済んだ。しかし膝がガクガクと震えて、力が入らない。

 自分の身に、何が起きているのか分からなかった。

 

 呼吸を吸い込もうとして、大きく口を開いた──が、全然、酸素が吸い込めない。

 

 視界に白いモヤが掛かる感覚、初めての体験だった。

 懸命に走る。兎に角、呼吸を整えないといけない。カヒュッとか細い音が漏れる。

 真っすぐに走るのも難しくなってきた。

 

 え、なに? なにが起きているの?

 思考が動かない。疑問ばかりが頭の中に積み重なっていった。

 いつもと、なにが違った? どこが違っていた?

 

 後方をぶっち切るなんて、普段からやっていることだ。

 ちょっと本気を出せば、これくらいの差が付くことは分かっていた。

 ……いや、思い出しなさい。

 普段とは違う事があった。聞き逃していることがある。

 思い出せ、さっきの場内放送。確か、あの時……

 

 ──大きく離れてコントレイル、()()()()()()()()()()()()です!

 

 コントレイルで、既に後続と6バ身以上?

 そこから10バ身以上の差? あ、やば……意識が遠のいて、駄目だ。

 此処で倒れたら、私は、何の為に……

 

 誰かが、後ろの方から、追いかけてくる音が聞こえてくる。

 それは絶望の音がした。

 

 

 知識として、ツインターボの存在を知っている。

 馬込みが苦手で、逃げるか追い込みの二択しか取れず、手加減をすることも出来なかったので結果的に大逃げ以外の手段を取ることができなかった競走馬の事だ。スタートが苦手なので短距離を走ることもできず、中距離を泡を吹くまで走り続ける文字通りの玉砕戦法で戦い続けていた。

 しかし彼の代名詞とも呼べる七夕賞、オールカマ―では狡猾な一面も見せた。

 

 だから警戒していた、時計を正確に測り続けていた。

 セイウンスカイはペースを掌握して、全ての競走馬を騙し切った。ツインターボは二度に渡る作戦勝ちを果たす。日本最強の逃げ馬サイレンススズカのタイムを知っている。それ以上のタイムで最後まで逃げ続けるのであれば、もう勝負を諦めるしかなかった。

 第3コーナーに入るまで、サイレンススズカよりも早いペースで逃げ続けた彼女は、コーナーに入ると同時に急激に速度を落とす。

 

 それがスタミナ切れだと確信したのは、外側へと僅かに寄れたからだ。

 

 無理のないペースで速度を上げる。

 それだけでみるみる内に前との距離が詰まっていった。残り約260メートル、最後の直線に入った段階で射程圏内に収める。マルゼンスキーの脚が止まった事もあり、残り150メートルの地点で半バ身差になった。

 このまま抜き去る。

 

『残り半バ身! コントレイル、コントレイルだ! 海外出身のスーパーカーを押し退けて、和製ジェット機が……いや、これはっ!?』

 

 その瞬間、芝が弾けた。

 高く蹴り上げられた芝を横に見た隙に一歩分、マルゼンスキーに大きく距離を離される。その表情は苦悶に満ちていた、大きく口を開いて酸素を吸い込み、歯を食い縛ってゴールに向かって駆ける。その姿に余裕はない、正に満身創痍。形振り構わず、勝利を目指して走る彼女に一瞬、気圧される。

 怪物は、何処まで行っても怪物だ。

 

『半バ身! 半バ身の差が詰まらない! 粘る、粘る! 粘るッ! マルゼンスキーが意地を見せる!!』

 

 オグリキャップがそうであったように、トウカイテイオーがそうであったように。

 真に強い競走馬は、追い詰められてからが強い。

 怪物には底がない。それは違う、底が深過ぎて追い詰めた程度じゃ出し切れないのだ。

 

 追い縋ることができたのは100メートル。呼吸が持たず、ぶはっと息を吐いた。

 最初の出遅れが痛かった。マルゼンスキーの一人旅を許さない為に、全力に近い速度で2番手まで浮上したのだ。

 その時の無理が今、襲い掛かる。脚が止まる、それでも充分な速度は出ていたが────

 

『残り50メートル、抜け出した! スーパーカーです! マルゼンスキーです! 海外製エンジンの性能は勿論、世界規模でした!!』

 

 ──それでは、本物を相手にするのに足りなかった。

 差は1と1/4バ身。これが私と本物との差。

 永遠に詰まることがない現実が、そこにはあった。

 

 

 土壇場で、私が取った策は脚を休める事だった。

 仮にも差は10バ身以上も付いていた。十秒にも満たない時間を、体力回復に努める。

 全身全霊の大博打、このままでは逃げ切れないと察した。苦し紛れの一手だった。

 

 大逃げのアドバンテージを投げ捨てる。

 頭はもう回らない、考える事すらも億劫だった。

 酸欠の頭痛で苦しむ中、スイッチの切り替えは他者に委ねることにする。

 半バ身、私に競ってきた時点でゴールまでアクセル全開。

 ゴールまでなりふり構わずに全力疾走する。

 

 それもまた大博打だった。

 

 距離を離した大外から攻められたら勝負所を間違える。

 しかし、そうしなくてはいけない程に追い詰められていた。

 必要なのは一歩でも前に行く為の体力。

 ガス欠のスーパーカーには、一滴のガソリンこそが必要だった。

 後は気合と根性、絶対にゴールまで持たせてやる。

 

 意識が朦朧とする中、それだけでゴールを駆け抜けた。

 

『1着マルゼンスキー! 2着コントレイル! 日本と海外! 無敗同士の決着は、マルゼンスキーに軍配が上がりました!』

 

 肺が痛むほど走ったことは初めての経験だった。

 だから、ゴールを超えた。と理解した瞬間、ふっ、と全身から力が抜ける。

 視界が落ちる。地面に倒れた、と認識すると同時に意識は真っ暗に落ちた。

 呼吸をするのも苦しいほどに、私の身体は限界だった。

 

 

 11月第2週、京都レース場。

 芝3000メートルの道程を超えて、最後の冠を収める為に最後の直線に差し掛かる。

 マイラーと称された私は、持ち前のポテンシャルだけで後続を突き放す。

 

『コントレイル! やはりコントレイルです! シンザン以来、10年の時を超えて3冠はコントレイル!』

 

 差は4バ身。思っていたよりも離せなかったけど、勝利は勝利だ。

 

『青い芝に一筋の直線を画いてコントレイル! 見事に最後の1冠を勝ち取りました!』

 

 前走の札幌記念では、お互いに消化不良の部分があった。

 私は大きく出遅れた。マルゼンスキーはペースの調整を間違えた。お互いの未熟な部分が出た勝負、まだ全力を出し切れた訳じゃない。

 菊花賞の3000メートルは、札幌記念の2000メートルよりも遥かに楽だった。

 

 ウィナーズサークル。軽く息を整えた私は、差し出されたマイクに向けてカメラの向こう側に居る誰かに向けて告げる。

 

「次走はジャパンカップです。まだ、私の心は折れていません」

 

 ザザッ、と世界にノイズが走る。

 1秒にも満たないスノーノイズの後、インタビュアーは話を合わせるように「今年から開催される、あの!」と声を上げる。

 世界改変の音がした。もう気付いている、違和感は多くあった。

 

 中国の有名な話に、邯鄲の枕。と呼ばれるものがある。

 胡蝶の夢でも構わない。

 

 ……それに気付かないふりをして、ウイニングライブを終える。

 光陰矢の如し。気付いた時には、もう次のレースだ。実際にトレーニングを積んできた実感はある、それでもやはり細部を思い出そうとすれば違和感が出た。

 そして、その事に私は目を背ける。

 

 納得のいく決着を。

 二度に渡る世界の改変は、世界の崩壊を着実に早めている。

 あと1レース、それだけで良い。

 

 満員の観客席、その光景が見れただけで私は充分だ。

 私の夢はもう果たされている。

 

 だけど、

 彼女はまだ果たしていない。

 私の名前はコントレイル。果てなき夢への滑走路。

 彼女の夢を乗せて、フライハイ。

 時代を超えて、駆け抜ける。

 

 

 




大逃げから第3コーナーから大失速しての二の脚。
もしかして:カツラギエース
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