目を、醒ます。
どうやら椅子に腰掛けたまま、眠りこけてしまっていたようだ。
ふわっと欠伸を零しながら周囲を見渡すと、どうやら此処は出走を控えたウマ娘の為に用意された個室。つまりは控え室に居るらしい。
ウン、と手足を伸ばして全身の筋肉を解した。
長い、とても長い夢を見ていた気がする。
なんだか、とても楽しい夢だったような。もう一度、微睡みに身を委ねたくなる思いを振り切って、控え室を出る。
これまた長い廊下を歩いて、トラックコースに出れば、ワッと歓声が上がった。
今日はウィンタードリームトロフィー、夢の11レース。
東京レース場、芝2400メートル。シンザンを始めとしてコダマ、ティアラ路線において、歴代最強と名高いテスコガビー。アイドルホース、ハイセイコー。狂気の逃げウマ娘、カブラヤオー。そして古兵トキノミノル。時代を牽引してきた名だたるウマ娘が並び立っている。
ピリピリと来る威圧感。皆が私を警戒し、睨み付けてくる。
観客からの重圧も強いものだ。誰もが私の勝利を望んでいないことが嫌でも分かった。海外からの刺客、トゥインクル・シリーズを蹂躙していった悪魔。誰も手が付けられなかった怪物を、歴戦のウマ娘が退治する所を見て見たい。と本日、レース場に足を運んでいる。
これでも生まれも育ちも日本なんだけどな、と苦笑する。
日本の国籍だって持っている。
準部運動も程々に終えて、私は皆と一緒にゲート前に集まった。
順々にゲートに収まる先輩方を横目に、私は大きく深呼吸をする。ふと頭上を見上げた。
丁度、飛行機が空を横切って、尾を引いているところだった。
それを見て、含み笑いを零す。
パン、と両頬を張って、気合を入れる。
今から40年。長い、とても長い年月だ。ゆっくりとゲートに入り、トントンと軽く跳んで強張った身体を解す。周囲の緊張が高まっていくのが嫌でも分かる。静電気のようにピリピリと来る感覚に、嫌でも掛かってしまいそうだった。
でも、これから先の未来。貴女が生まれてきた時、私の名前を知り、私のレースを観た時に恥ずかしい姿は見せられない。
何時も以上に高い集中力を以て、ゆっくりと姿勢を落とした。
40年後の貴女へ。あの青空の向こう側まで、スーパーカーの伝説は届けてやる。
位置について、よーいドン! と、まだ鉄扉が開き切っていない内からスタートを切った。
うーっ! と浮き立つ想いを力に変えて、弾む心に走りが躍動する。私は走るのが大好きで、それと同じくらいにレースが好きっぽい! うまうまうみゃうみゃ、と言語化できない高揚感。気恥ずかしく思う程に私は浮かれ切っていた! 天気は快晴、良馬場最高! ちょこちょこ何気にカブラヤオーが隣に付いて、私のスピードについてくる事に若干の驚きが混じる。それすらも楽しくって、第一コーナー、第二コーナー、第三コーナーに目掛けて突っ走る。近付くゴール、今日集まった観客の度肝を抜くのが楽しみで、ギラギラと闘志を燃やして更に速度を上げる! レース展開なんて知るものか。今日も滅茶苦茶、はちゃめちゃで! 皆が私に付いて来い!
今日のレースの為に追い込んだ。糖質をカットした分だけ、今日の御飯はきっと美味しい!
シンザンだって、テスコガビーだって! 泣かすつもりで駆けこんで、観客の心にあかちん塗っても治らない傷を刻んでやる!
今日の勝利の女神は私だけにキスをする。
あの青空の彼方へ、風を切って、大地を蹴って、君に向けて走りを届ける。ドキドキと鳴る鼓動。飛行機雲の先を狙い打って、本能のままに走り出す。
貴女と走ったレースは時空を超えて、私に根付いている。
後続との差を、更に更にと突き放す。
破滅逃げ? いいえ、違います。これくらいの速度で走れることは、彼女とのレースで分かっている! 誰も彼もが追いかけないようとしない。誰もが、失速すると考えている。
完全独走、その事が。こんなにも気持ちいいと感じたのは初めてだった。
私は走るのが大好き、レースも大好き!
負けるのは嫌、勝つのが好き! でも負けて悔しい分だけ、レースは大好きだって事に気付かされた!
今日も走る。これがマルゼンスキー。私がスーパーカー、マルゼンスキー!
すったかたった、と向かい直線を駆け抜けて、第3コーナーに差し掛かる。
この辺りで漸く背後からの圧力が強くなる。やっと私の脚に衰える気配がないことに気付いたらしかった。でも、遅い。もう、遅すぎる! 遅刻なんてレベルじゃない、寝惚けるにも程がある!
気分は極上、私は無敵のスーパーウマ娘!
最終コーナー、内埒ギリギリを攻め込んでくるっと回る。
本命は私! シンザンでも、コダマでもなく。私こそが1番だ!
先行し、抜かせない! 後続との差は致命傷、あかちん塗ってももう遅い! 今日の舞台は私の独壇場。雲の彼方へ、ゴール板の向こう側へ!
激烈デビュー。シンザンも、トキノミノルも敵じゃない!
『マルゼンスキー、ゴールイン! 差は3バ身、2着はシンザン! なんと、なんとなんと、なんとなんとなんと!? あのシンザンに影すらも踏ませませんでした! 怪物マルゼンスキーはドリームトロフィー・リーグでも怪物でした! 場内騒然、空いた口が塞がらない! 3着はテスコガビー、4着にハイセイコーです!』
私は額から流れる汗を拭い取る。
ざわめいて歓声も上がらない観客席に背を向けて、まだ空に残る飛行機雲に目掛けて人差し指に突き立てる。
どうだ、見たか。見ているか! と、40年後の貴女に向けたメッセージを残す。
最強のスーパーミラクルウマ娘、マルゼンスキーはドリームトロフィー・リーグで驀進中!
「今と全然違うじゃん。こっちの方がしっくり来るけど」
スーパーカーは飛行機雲の夢を見るか。完~
レイパパレ「姐さん、めっちゃ初々しいですね!」
マルゼンスキー「あ、あんまり見ないでよ? というか私の前で見る必要ある?」
サクラチヨノオー「今の落ち着いた姿からは信じられないくらいに可愛いんですよ! はい! キュートです!」
マルゼンスキー「う、うぅ……っ」
メジロブライト「あんなにはしゃぐマルゼンスキーさん、初めて見たかもしれませんわ~」
ライスシャワー「ライスね、ライスね。マルゼンスキーさんの新しい一面が見れて、嬉しいかな?」
スペシャルウィーク「なんだか、見てるとほっこりしますね~」
マルゼンスキー「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
世界観が同じかも知れない作品。
『錦の輝き、鈴の凱旋。』