そして私は夢を見る   作:ぱちぱち

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ボボボーボ・ボーボボ

 私はウマ娘である。

 

 ウマソウルは、持っていない。

 

 

 

 音が鳴り響く。それを合図に一斉に走り出す同級生たちの後ろを、流すような速度でついていく。いつもどおりの光景、いつもどおりのポジショニング。

 

「お、今日もこっちか! 気が合うじゃねぇか! どうする? このままコースぶっ千切って夜明けの砂浜をラナウェイしに行くかぁ!?」

 

 追い込み戦法とやらを使う幼馴染がそう声をかけてくる。曖昧に言葉を返して、彼女に前を譲りすぅっと最後尾をひた走る。視線は目の前にいる彼女を飛び越えて、前段の少女たちへと向ける。

 

 今日もまた、額に汗を流して彼女たちは走っている。前を走るあの子を追い抜くため、隣を走る彼女に負けないため、後ろを走る誰かに抜かれないために、険しい表情の中に笑顔を織り交ぜながら、彼女たちは走っている。

 

 彼女たちにとって、それは非常に大事なことなのだろう。走るためにウマ娘は生まれてきたという。ならば、彼女たちこそが正しく正常なウマ娘なのだ。走ることに情熱を燃やし、走るために努力し、そして勝利を喜び敗北を憂う。それが、正しくウマ娘の姿、なのだろう。

 

 私には。前世が馬どころか生物ですらなかった私には、理解できない感情だ。

 

 いや。

 

 そもそも、私には感情なんてものはないのかもしれない。

 

 ロングスパートをかけ始めた幼馴染に、それを見送って、そろそろと後を追う。レース結果は成績に左右する。好成績を取っていれば両親が喜ぶ。それだけを念頭に置きながら直線を駆け抜け、ゴール板を抜ける。

 

『ゴール! ゴールドシップ、2着を5バ身差の圧勝!』

 

 実況を担当する高学年の先輩の声が運動場のスピーカーから響き渡る。幼馴染には追いつけなかったが10名中3着。悪くない成績の筈だ。一つ前を走っていた2着の少女が泣き崩れる姿を横目に見ながら、軽く柔軟を行う。

 

 観客席にピースを振りまく幼馴染がこちらに来る前に更衣室に引っ込んでしまおう。ほぼ流したとはいえ消耗した体力を更に削る事もあるまい。

 

 

 

「アルちゃん、おやすみ」

「おやすみなさい。お母さん」

 

 今生の母に就寝の挨拶を行い、自室へと戻る。レースを走った日には入浴後、入念な整理体操を行い、就寝に至るのが私のルーティーンだ。

 

 その前に。

 

 私の体格に合わせて作られた勉強机に向かい、日記を綴る。ごく一般的な人間は日記をつけている、という幼馴染の言葉を元に始めたこの日記綴りも、気づけば2年。すっかり習慣化している。

 

 今日の出来事を記載した後に過去生について振り返り、新しく思い出せた事があればそれを記入する。日記というよりもメモ帳とでも呼ぶべきだろうそれを軽く読み直して、壁にかけた時計を見やる。

 

 もう、10時を過ぎている。明日も早い、そろそろ眠るとしよう。不健康な生活を送るとすぐに体に不調をきたしてしまう。人間とは、存外脆いものだ。

 

 ベッドに入り、部屋の明かりを消して目を閉じる。朝練のためにも6時前には起きなければ。そう心の中のメモ帳に記入して意識を闇の中へと沈めていき――――

 

 そして私は夢を見る。

 

 

 

 メケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケ

 

 不気味な音に、ハッと意識が蘇る。目を開ける。見えるのは自室の天井。

 

 なんだ、この音は。どこから響いている?

 

 起き上がろうとして、体が動かないことに気がつく。金縛り、という奴だろうか。幼馴染に聞いたことの在る現象。まさか自分に襲いかかってくるとは思わなかったそれに思考が固まる中、動かすことが出来る唯一の場所、目を動かして私は周辺に視線を向け。

 

 なんか居た。

 

 メケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケ

 

 オレンジ色の金平糖に顔と手足がついたような見た目のソレは、おハーブをキメているような表情でどこかを眺めながら高速で口を動かしている。

 

 不審者だ。いや、者なのだろうかこの金平糖。不審物体と名付けた方が良いのでは。

 

 混乱し、エラーをはじき出す私の思考を知ってか知らずか。不審物体は「HEY!一丁!」とやたらと良い発音で叫んだ後、手に持っていたらしいバケツを私の真上でひっくり返した。

 

 まず降り掛かってきたのは水。逃げることも出来ずそれを被り、ついで襲ってきた軽い衝撃。何か硬いものが頭にぶつかる。石か何かだろうか、やけに生臭

 

 この石動いてる

 

 ゾワゾワと背筋を駆け抜ける悪寒。この体になって備わった女性としての感性が、全力で悲鳴を上げる感覚。

 

 必死に視線を巡らせ。いや視線をそらし、必死に逃げようとする私を見下ろしながら、オレンジ色の金平糖がバケツを頭にかぶってキメ顔を浮かべているのが目に入る。

 

「あるじゃねーか、感情」

 

 なにいってだこいつぶっ殺すぞ

 

 口が動けば間違いなく口汚く罵っていただろう、殺意すらこもった私の視線を無視し、コンペートーはテクテクとドアに向かって歩みを進め。

 

「世の中ハジケてなんぼだぜ、お嬢ちゃん。もっと自由に生きろよ」

 

 振り返り、ニッと笑顔を浮かべてコンペートーはドアの向こうへと姿を消した。

 

 動けない私と、私の上にぶちまけた亀を置いて。

 

 

 

 

 ガタッ

 

 大きく揺れるベッドの上で、私は目を覚ます。

 

 ハァ、ハァと荒い息を吐き、周囲を見渡す。窓の、カーテンから漏れる光が朝が来たことを私に告げている。

 

「…………夢」

 

 そう口にする。どうやら、体の自由は取り戻せたらしい。スンスンと鼻を動かす。生臭い匂いも水に濡れた感触もない。動転したままの意識が、少しずつクリアになっていく。

 

 そうか、夢か。あれは、とんでもない悪夢だったか。

 

 ふぅ、と一つ息を吐く。そうだ、如何に無機物から生物への転生というオカルトな現象が起きたとはいえ、この世界はかつて自身が製造された世界と似通った世界だ。あのような生物が、少なくとも日本近郊に居るとは考えにくい。

 

 幼馴染がいつぞや話していた「世界のUMA特集」が記憶の中で整理されて、あのような夢を見せてきたのだろうか。顔面に亀をぶちまけられる願望が自分にはある、なんてのは流石に考えたくはないのだが。

 

 そう思いながら体を起こそうとして。

 

 うまく体が動かせず、ギシッとなにかが軋む音が部屋の中に響く。

 

「――――うん?」

 

 動転して気づかなかった、何かに拘束されている感覚。自分の置かれた状況を確認するために自由に動ける首を動かして視線をめぐらせてみる。

 

 どうやらベッドごと鎖で縛られているらしい。なんで???

 

 あまりの事態に再びフリーズする思考。顔を引くつかせたまま全ての動作を止めた私の耳に、あの聞きたくない妙な音が飛び込んでくる。

 

 メケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケ

 

 総毛立つ髪と尻尾。カタカタと震え始めた体を抑え、私はギ、ギギッと音が立ちそうなほどに力を込めて音の発生元を探し。

 

メケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケメケ

 

 ドアの向こうで顔を半分のぞかせながら高速で口を動かす幼馴染の姿に、再び思考を停止させる。

 

「なんだ起きたのかアル! これからちょっくら本場のRAPバトルに招待しようとあれ? なにそれ新手の緊迫プレイ? お前も始まってんなぁ!」

 

 ペラペラと口を回す幼馴染の姿に、少しずつ思考が追いついてくる。

 

 そうか。

 

 あの夢は、お前か。

 

 お前が全ての

 

 そこまで思考が回ってきた時。

 

 私は、今生で。いいや、前世も含めて初めて。

 

 “怒り”を爆発させた。

 

「ゴールドシップ………………貴様ァァァァァ!!!」

「うぇ? お、おいアル」

 

 ブチブチと鎖を引きちぎり、怒髪天をつく勢いで幼馴染に躍りかかる。

 

 そうして私は正気に返るまでの半日間暴れ続け。そして正気に返った後どうやら推定無罪であった幼馴染に謝り通し。今生で初めて部屋をめちゃくちゃにして両親に怒られと散々な一日が幕を開けるのだが、それはまた別の話。




という夢を見たんだ。



人物紹介

アルちゃん
主人公。幼馴染とは病院で生まれた頃からの付き合い。
生まれた瞬間からこの話までずっと無表情だった。人生で初めて顔を歪ませた相手が亀。
オレンジ色のトゲ頭は見つけ次第ぶちのめそうと思っている。

ゴールドシップ
生まれてすぐ位からの腐れ縁。いつかその済まし面を歪ませてやるぜ!と思っていたら何故かすごい形相で追いかけられた。楽しかった。ハジケってスゲーな!!!
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