健康な精神は健康な肉体に宿るという。
「ほっ……ほっ……」
感情が暴走し、醜態を晒してから半年。
私は自身の未熟な精神をせめて健全なものにするために、体力錬成を始めた。
以前も運動好きなウマ娘の本能に従い、ストレスを感じない程度に動いてはいたのだが、現在は元アスリートであるという幼馴染の母親に教えを請い、本格的なランニングや筋トレを行っている。
『うちのバカ娘はすぐにサボろうとするから。アルちゃんが一緒ならあの子も真面目に――無理かしらね』
自分の娘に対して全てを諦めたような視線はどうかと思うしそれを私に向けられても困るんだが
そしてその質問には私も無理だと思う。一緒にランニングに出ても一緒に帰ってきたことが一度もないし、なんなら次の日に北海道の網走で保護されたという時もあった。カニを取りたかったと供述していた。
まぁ、そういう大きな事をしでかした時は元ヤンだったという幼馴染の母親が48の必殺技で制裁を行うので数日は大人しくなるのだが。ちなみに幼馴染は昨日、沖縄からさとうきびをお土産に帰ってきてそのままお母様に風林火山をくらい寝込んでいる。
つまり今日明日は平和な日というわけだ。
まぁ、こういう日は得てして何か別の問題が起きるものだ。ランニングの際はウマ娘用の道路をしっかり走り、歩行者や車を轢かないように注意して走らなければいけない。左右チェックを徹底。事故のない生活を目指して――
「よぉお嬢ちゃん。ちょっとお茶しねぇか」
いてももらい事故のようなものは存在する。
目の前で道を塞ぐように立つ、学ランを着たリーゼントくんと茶髪くん。人通りの多くない場所で、狙ったかのように声をかけてきたTHE.不良に私はどうも絡まれているらしい。
少し話はそれるが、ウマ娘はその種族全体が見目麗しい。どれだけ自分に自信がない、と自分を卑下するウマ娘でも普通の人間でもかなり上位の容姿を持っている。
また、ウマ娘特有の現象というか、年齢の割に生育が早かったり、老化が遅かったりと普通の人間よりも実年齢がわかりにくい。容姿の話に限定して言うならば、非常に全盛期が長い種族である、といえる。
まぁ、つまり軽く見ただけではそのウマ娘が何歳なのか、なんてそうそう分からない訳で。
実年齢10歳の小学生である私に、明らかに20手前の容貌をしているこういう方々が声をかけてくることもありえるわけだ。
「ん~? だんまりかぁ?」
「おいおい怖がらせるなって。大丈夫だよ~、俺らシンシで通ってるから」
どうやって小児性愛は病気だと伝えるべきか悩んでいると、なにを勘違いしたのか男たち二人は口元を釣り上げて一歩、私の方へと足を踏み入れる。
これは少しまずいかもしれない。ウマ娘の怪力は、たとえ私のような本格化を迎える前の幼駒でも十分以上に発揮できる。しかも前世の兼ね合いか、私は通常のウマ娘よりも力が強い。前世で言うところの馬力が違う、という奴だ。
しかも私は未だに成長期。日々成長していく体のせいで細かい力の調整がどうしても不得手となってしまう。
多分、私がこいつらを制圧しようとしたら、ネギトロめいたものにしてしまう可能性が高い。つまり、下手に手を出すわけには行かないのだ。
これは、少しまずいかもしれない。
全力で背後に向かって走るかと考え始めたその時、覚えの在る意識が闇の中へと沈んでいく感覚、待て。このタイミングでそれは、や――
「おい、テメェら」
ハッと意識が戻ってくる。
目の前の光景は変わらず二人組は下卑た笑みを浮かべているままだが、視界の端には明らかな異物の存在。
ドラム缶に手足が生えたかのようなそれが、私にその事実を教えてくれた。
「俺の“妹”に、何してくれてんだ。アァ?」
どうやら私は、夢を見ている。
「それでバース高の連中をボコって来たのか。流石はメカ沢」
「よせよ。大したことじゃねぇ」
「しかしメカ沢にこんなかわいい妹が居たなんてなぁ。知らなかったよ。ちっちぇえ弟は見たことあるけど」
私もドラム缶が兄だなんて知らなかったよ
口々にドラム缶を称える学ランを着た連中に内心で返事を返し、兄と名乗るドラム缶が途中で買ってくれたボンズホワイトクレンジングを口にする。ポン酢だこれ。
ここはドラム缶が通うという学校の教室。ロリコン二人に絡まれた私を助けてくれた兄と名乗るドラム缶は、どうも登校途中であったらしく。何かあってもいけないからと、そのまま私を連れて学校へとやってきた。今、昼前の筈なのだが高校とはこの時間に登校しても良い場所なのだろうか。というかこいつ学生だったのか
「おいお前ら、アルに色目使うなよ。こいつ、こんなナリでもまだ小5なんだぞ」
「マジかよ! 同年代かと思ったぜ」
「最近の子は発育が良いって聞くからな。耳とかもデカイし」
発育の良さでヒトミミからウマミミになるとは聞いたことがないが、どうやらそれで彼らは納得したらしい。部外者を平然と授業中であるはずの教室に招き入れるだけでも大概だと思ったが、どうもこの学校は非常に、その。大らかな場所なのだろう。
しかしロボットが学校に通う、か。この夢はどうも随分と倫理的に発展した世界の夢らしい。人とロボットが同等に考えて、同等に権利を持つ。ロボット3原則がどうなっているかは気になるが、もしかしたらこういった世界こそが理想の
「おい本当にメカ沢に人間の妹が」
「いや、あの耳を見るに彼女も人間とは限らない。もしかしたら超高性能なアンドロイドかも」
あ、違った。やっぱりこのドラム缶がおかしい
教室のドアからこちらを覗き見る優等生らしき男とモヒカン頭の男の声にピクピクと耳を動かす。その姿に何を思ったのか、いかつい顔をした学ランを着た男が「ぽっ」と口で呟いて頬を赤く染める。
すすっと彼から少し距離を取る。
「ドラ――兄――ドラム缶さん。そろそろ帰りたいんですが」
「ん、おぉ分かった。じゃぁ送ってくわ」
「ドラム缶って言ったぁぁぁぁ!?」
少しばかり身の危険を感じてそう兄を名乗るドラム缶に尋ねると、彼は快活に笑いながらそう返事を返して席を立つ。授業は良いのだろうか、良いのだろう。いつまで経っても教師はやってこないようだし。
教室を出る時、ドアの前で漫才をしていた二人組とすれ違う。なにか兄に言い訳じみた事を話す優等生とモヒカンに軽く会釈をして通り過ぎると、背後から「……可憐だ」という呟くような声が耳に入った。この学校の男は。
頭を振って雑念を払い、ドラム缶の後をついていく。10分ほど歩くと、見覚えのある道が見えてくる。ああ、この道を歩けば商店街、そしてそこから中道に入れば我が家だ。
「よし。ここで良いだろう」
そう口にして、ドラム缶がぐるり首だけを回して振り返る。そこ、回転するのか。ちょっとだけ驚いてしまった。
「まぁ、こっ恥ずかしい事を言う気はないけどよ」
「あ、はぁ」
「そっちでも頑張れよ。仲間として、兄貴として応援してるぜ」
ぐっとサムズアップをしているのか。片腕を上げてドラム缶はそう口にすると、テクテクと歩き去っていく。
「……ありがとう、ございます?」
内心のほぼ9割を占める困惑をにじませながらそう口にすると、ドラム缶は背を向けたまま手を振って、そしてその姿がかき消える。
夢は、終わったのだろう。
そして、その事実に気づいた後。先程、自分をナンパしていた男二人が幼馴染の母親に首根っこ掴まれている姿を視界に捉えながら、つい、ぽろりと漏れた言葉が風に舞って消えていく。
「結局なんで兄……?」
ロボット3原則
1.ロボットは人間を傷つけてはならない。また、危険を看過して人間に危害を及ぼしてはならない。
2.ロボットは第1条に反しない限りで、人間の命令に従わなくてはならない。
3.ロボットは前掲1条及び2条に反しない限りで、自己を守らねばならない
メカ沢3原則
1.自分は人間だと思ってる
2.メカの扱いは苦手
3.自分より年上の弟がいるが設定は自分が歳上なので兄
人物紹介
アルちゃん
主人公。前より感情豊かになったが基本無表情。
ドラム缶が兄貴だったらしい。兄とは……?
ゴールドシップ
幼馴染。あのババア更年期かげぼげぼげぼ(……続きは破かれている)
幼馴染の母
駄娘をいい感じに煽る存在としてアルを可愛がっている。