そして私は夢を見る   作:ぱちぱち

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Dr.スランプ

 走馬灯という言葉がある。照明器具の方ではなく、人が死に瀕した時に見るという昔の記憶が蘇る現象の方だ。私はアレを人間の脳が見せる現実逃避だと思っていた。目前に迫る恐怖から一時的に逃げるための幻覚だと思っていた。

 

 だが、どうやらこの走馬灯というものは幻覚というには少し趣旨が違うように感じる。眼下に通り過ぎていく景色、恐らくアレは万里の長城だろうか、を確認しながら、私は少しずつ自分の考えに確信を深めていた。

 

 これは集中力だ。極限にまで集中した時間の中、一秒が何倍何十倍にも広がるような感覚を味わうという瞬間。領域(ゾーン)と呼ばれるそれに私も幼馴染を追いかける時稀によく踏み入る事がある。だから、理解できたかもしれない。ピラミッドらしき建造物が通り過ぎていくのを見ながら、そう思った。

 

 恐らく、ここまでで2秒ほど。地球をほぼ半周した時間としては随分と早い。反対側は本当に夜なんだなぁ、と乾いた笑いを漏らしながら大西洋を突っ切り、南北どちらかのアメリカ大陸を横断し、太平洋に突入する。少しずつ重力によって高度を下げていく感覚に終わりが近いことを察しながら、頭から突っ込むのだけはせめて勘弁してほしいなぁと考えた所で、私の意識は途絶えた。

 

 

 

「あんた何してんの?」

「あんたにぶっ飛ばされたんだよラリアットで」

「……?」

 

 ズボッという大きな音と衝撃に意識を取り戻した私は、開口一番に問いかけてくる少女の問に間髪入れずにそう答えた。それが悪かったのか、叫んだ拍子に顔や体についた土埃が呼吸器に入り込み、咳が止まらなくなってしまう。

 

 ゲホゲホと咳き込む私にメガネを掛けた少女は不思議そうな表情を浮かべた後、やにわにニンマリと笑って「ゲホッゲホッ」と私の咳込みに合わせるように叫び始めた。歌ってんじゃないんですがね?

 

 数秒ほど咳き込んでいると、大体2コマくらい進んだような感覚で呼吸器を襲っていた刺激が和らいでくる。2コマってなんだろう。頭の中に思い浮かんだ言葉に疑問符を持ちながらも動けるようになったのでパッパと体についた誇りを手で払う。

 

 メガネの少女は立ち上がった私を見て「おっきー!」と叫び、周囲をぐるぐると回り始めた。目で終えない速度で。たしかに彼女は随分と背が小さい。少女と表現していたがもしや幼女だったか。随分とパワフルな幼女が居たものだ。

 

「なぁ、幼女さん。私は先程までアラブ首長国連邦の大使館に居たはずなんだがここは」

「あたし則巻アラレ!」

「あ、はい。サンデー篠原です。アルでもアールでもアール・バー」

「スケキヨじゃないの?」

「頭から地面に突っ込んだ奴全員がスケキヨになるわけじゃないんで」

 

 遮られる形で名乗られたので挨拶を返す。挨拶は大事だと古事記にも書いてあるし社長(トレーナー)もいっていた。そういえば顔を合わせた際に彼女は挨拶をこちらに行っていたし、それを無視した形になったからぶっ飛ばされたのだろうか。

 

 そういえばラリアットと思っただけで広げた両手にぶち当たっただけだったしあんまり本気で打撃を放ったわけじゃないのかもしれない。地域によっては決まり事が変わるものだ。こちらがこの地域で礼儀を知らない言動を取っていたのならば、それは猛省すべきことだろう。まて、そういえば今こちらの名乗りも遮られたのでは……?

 

「ねぇねぇ、大使館ってなぁに?」

「ええと。外国の偉い人が住んでる場所で良いのかなぁ」

「エライヒトってつおい?」

「力はあると思うよ。金と権力って力がある」

「ほよよ~」

 

 よく理解できなかったのか首を傾げるアラレ。可愛い。軽く腕が当たっただけで地球を一周する勢いで相手をぶっ飛ばしてくる危険人物の筈だが、その先入観が無ければ普通の幼稚園に通うくらいの女の子にしか見えない。

 

 恐らく、ここは夢だろう。そういえばドアをくぐる際に視界が消えるような感覚があった。

 

「アラレちゃん。ここはどこか教えてくれないか?」

「ペンギン村だよ!」

「うん、わからん」

 

 分からないことは現地民に聞く。数多の夢を渡り歩いた私の必殺の交渉術はアラレのただ一言で砕け散った。彼女の名前を考えて日本の何処かかなぁという淡い希望を懐いていたのだが日本のどこにペンギン村なんぞという自治体が存在するというのか。

 

 あ、待てよ。もしかしたらこの眼の前の幼女が実は大人でペンギン村という水族館かなにかで働いている可能性もあるのではないだろうか。先程の受け答えを考えるに少し苦しい気もするが、田舎のほうなら大使だか総理なんて食い物かなにかと思うような人々が居ても可笑しくはない、かもしれない。

 

 遠目に耕運機に乗って爆走?する珍走団らしきおっさん達の姿が見えるし、多分グンマーの秘境とかウチナージャングルの奥地に現存すると言われる昭和の時代をそのまま残している地域なんだろう。探検隊がいつも挑戦して戻ってくるような感じの。

 

 しかしそうなると、少し困ったことになる。見渡す限り田んぼやら畑やらで構成されたど田舎だ。一つ前の夢が長いスパンの物だったため今回も長く夢に取り残されることはないだろうが、何もなさすぎると戻るまでの時間が暇で暇で仕方がない。

 

 大体こういう短いスパンの夢の場合、目の前にいきなりとんでもない人物が居たりするんだが、アラレは軽い腕の一振りで私を地球一周させるくらいのパワーがあるだけのごくごく普通の幼じいや地球一周はおかしいだろどんだけ私の脳みそはパワーインフレしてんだよ

 

 ガリガリと頭をかいていると、百姓姿に着替えたらしいアラレが不思議そうな顔でこちらに声をかけてくる。

 

「頭痒いの?」

「アラレちゃん、これは頭を抱えてると表現するんだよ。所でその格好はどうしたの?早着替えなんてレベルじゃないと思うんだけど

「種まくの!」

「クピポー!」

 

 1コマで着替えか、テンポ早いなぁ。1コマってなんだ。

 

 頭の中で自問自答を繰り返しながらそう訪ねた私の問いかけに、アラレは満面の笑顔を浮かべてそう答える。彼女の視線の先には爆走する耕運機の姿があり、どうやら彼女はアレの後ろから種を巻いて練り歩くつもりらしい。所でそこの羽の生えた天使のような空飛ぶ赤ん坊は一体どなたでしょうか。ガジラちゃん、はい。天使のように可愛らしい方ですね。

 

 

 

「手伝いありがとよ、嬢ちゃんたち!」

「安いよ―!とれたてだよー!」

「暴走族って儲かるんだな……」

 

 暴走族からページを挟んで八百屋に転職したおっさんから両手に抱えきれないほどの野菜を手渡され、感謝の言葉とともに見送られる。バイト代らしい。物納か。一周回って新鮮さすら感じるわ。

 

 所でこの両手が埋まるどころか視界すら塞がれる量の野菜が栽培期間わずか数時間の代物だと誰が思うだろうか。種蒔いたら数分で発芽して後ろの方でニョキニョキ生えてくるのはホラー通り越して喜劇だった。多分そろそろ尺がないとかだろう。尺ってなんだよ本当に。

 

 ココに来てから頭の中でなんかここはそういうものだと納得してる悪魔の格好をした自分が居て、でもそれをおかしいと感じる天使の格好をした自分もいて、そいつらが向かい合って常にバチバチとやりあっている。

 

 そのせいで、ツッコミを入れたいのにいやそれは問題ないと口ごもってしまう。脳内で自分のボケに自分でツッコミをしている漫画かアニメでありそうな状況が、まさか自分の身に起きるとは。余りにもうるさいので止めろとこちらから頭上の二人?に拳を振るうとタンコブをこさえて沈黙した。あ、お前ら物理でイケるのか。私の脳内は今どうなっているんだろうな。

 

「ここはどういう場所なんだろうなぁ」

「ゲンゴロウ島だよ!」

「地名の話じゃないんだけどすごい名前の島だね」

 

 若干舌足らずな声で疑問に答えてくれるアラレちゃんがとても可愛い。たった数時間の付き合いだが、なんというか彼女に対して親近感というか付き合いやすい空気を感じる。なんとなく幼馴染に近い空気を感じるからだろうか。ちょっと目をそらしたら農夫にジョブチェンジしてる辺り幼馴染に通じるところがあると思うんだ、この娘は。

 

 というか推定村人には彼女を含めて数人しか出会っていないのだがどいつもこいつも幼馴染を彷彿とさせるテンションとノリの持ち主で初めてあった気がしないんだよなぁ。雑誌は違うはずなんだが。雑誌とは一体?

 

「これはヤバいかもしれん」

 

 余り長居は出来ない。というかしたら不味い。私の中の本能レベルに存在するなにかが汚染されていくというべきか。直感ではあるが、このままだと幼馴染レベルのアホになってしまうような気がする。

 

 そうなると、だ。

 

 余りにも現実離れしすぎていて考えることを放棄していたし、正直覚悟を決めきれないというかこんなんどうしろというレベルなんだが。

 

 多分、この夢の目的地、出会うべき相手は、目の前で両手を広げて走りながら走っただけで出てきた衝撃で周辺を薙ぎ払っている幼女だということだろう。

 

 走っただけで出てきた衝撃で周辺を薙ぎ払う幼女。凄いな、こう頭に思い浮かべるだけで体力が切れたウマ娘のごとく「む~り~」と叫びたくなる。アレどう見てもソニックブームだよな。なんで走るだけでソニックブーム出てるんだよガ○ルじゃねぇんだぞ音速出てんじゃねぇか。

 

 まさかあれと競えとかいう事じゃないだろうな。ヒヤリとしたモノを背中に感じながら心の中で自問すると、脳内イメージの天使の格好をしたアルちゃんと悪魔の格好をしたバーちゃんがその通り!と書かれたプラカードを掲げていた。周辺に紙吹雪をばら撒いて笛をふきながら。

 

 だから現実世界に干渉してくんじゃねぇよ、と想いを込めた拳を振るいタンコブの海に二人を沈めた後、大きく息を吸い込んで、吐き出す。

 

 今、自分は迷っている。眼の前を爆走する幼女の形をした自然災害と対峙することを恐れてしまっている。このまま諦めてこの村の住民になってアホになってしまうほうがずっとずっと楽だし、きっと楽しく生きていけるだろう。それが出来るだろうという確信も、なぜだか知らないけれども、ある。

 

 逃げてしまいたい。楽になりたい。どんな生き物だって持っている願いだ。決して悪いことではないだろう。悪いことではないんだ。

 

 だが、私はソレを選ばない。選びたくもない。

 

 たとえどれだけ楽しく何も悩みのないような生活を送ろうとも、心の何処か奥の方でここで逃げたことが突き刺さったままになってしまう。自分の生き方に納得できない人生を送ることになってしまう。誰にも……顔向けできないような人生を、アホになって笑いながら過ごす羽目になってしまう。

 

 そんな地獄のような余生を送るくらいなら、ここで立ち向かって死んだほうが万倍マシだ。

 

 手に持っていた重みが消えた。羽の生えた赤ん坊天使が私を縛る野菜の山をすべて食べてくれた。たくさん食べて大きくなってくれ。「クピポー」と元気に喋る彼?彼女?の頭を撫で付けて、私は自身の両の頬を両手で叩く。

 

 迷わずいけよ。行けば分かるさ

 

 覚悟を決めるおまじないを心のなかで叫び、私は大きく声を張り上げた。

 

「アラレちゃーーん! 駆けっこやろうぜぇ!」

「うん、いいよー!」

 

 キーン!と走り回っていた全周囲巻込型幼女式大災害(則巻アラレ)が私に目を向ける。視線を向けられただけで、雪崩が降り注いでくるようなイメージが私の両足を縛る。超一流の達人は、自身が対処できない危険が迫るとそれを本能的に悟るという。自身が達人であるなどと自惚れたことは言えないが、おそらく彼らが感じる世界はこういうものなのではないだろうか。

 

 頭の中で考えていた選択肢の一つ、プロレスという選択を消す。私の側の事情に突き合わせて彼女に力を振るう気になれなかったからだ。もっとも、仮にプロレスを彼女と行ったとしても無事で済まなかったのは私のほうだろうが。ガタガタと震える両手と足を無理やり動かして走り始める。学べ! 相手は圧倒的な格上だ。今の自分のままでは1秒も持たずただ吹き飛ばされて終わるだけだろう。

 

 走る姿を見る。音速だというのに目で見える速度というわけのわからない幼女の姿を見る。両手を広げているのは風の抵抗を考えているからだろう。私とは規模もパワーも段違いだが、似たような経験をしているこれに関しては理解が及んだ。

 

 あれだけのパワーだ、まともに走れば一歩ごとに成層圏までぶっ飛ぶような跳躍になってもおかしくはない。それを抑えるために体勢を低くし、両の手を翼に見立てて空気圧の抵抗を受けているのだろう。素晴らしい技術だ。もしも生き残ったならば参考にさせてもらいたい。

 

 ソニックブームが襲いかかってくる前に、両の足に力を込めて走り始める。できる限り風の影響を受けないように体を操るも、暴風のように迫るアラレの圧力に背を押されてしまう。極限まで引き伸ばされた感覚。自身が認知できる感覚の極地まで到達して、ようやく走りよってくる彼女の行動に対処できる反応速度を手に入れたが、対処できるかはまた別の話。

 

 引き伸ばされた世界でなお普通に走るような速度で近づいてくる彼女に牛歩のような速度でしか動けない自身の体。まともな行動は取れないし、取らない。一歩一歩を深く踏みしめ、この一時の感覚を全身で感じ取る。

 

 勝てるかなんて余計なことは考えない。ただ先へ、もっと前へと足を動かす。この一瞬が、この一時を全力で、全身で受け止める。負けない、負けるもんか。諦めという単語を消し去って、私はあやっぱむ~り~

 

 戦闘機並みの速度で走る彼女が、私の真横を横切った。並走なんてまるで出来ない、たった一瞬のすれ違い。横目で見たアラレが、満面の笑顔を浮かべて私を抜き去り、千切っていく。

 

 いっそ清々しいほどの負けっぷり。楽しそうに走るなぁ、と場違いなことを考えながら、私は横合いから襲いかかってきたソニックブームに吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 扉を開けた瞬間、ピンボールのように廊下の端から端まで弾き飛ばされて、アルは壁に激突し大の字の穴を開けた。

 

「いや~。普通そうはならんでしょ」

 

 大の字にめり込んだ壁という通常ならまずお目にかかることのない代物と眼前で起きた異常事態に使用人やボディガードたちがフリーズする中、開かれた扉からその部屋の主がそうボヤくように呟く。ウマ娘だ。ひどく小さな背丈の、白い体毛をしたウマ娘だ。

 

 騒然となる周囲を尻目に彼女は廊下を歩きはじめる。危険であるという使用人たちの言葉にいやいやと首を横に振り、大の字の穴に到着すると中に手を突っ込み埋もれているアルを引きずり出す。

 

「私の出番はちょっとだけ早かったみたいなのね」

 

 意識を失ったままのアルにそう言って、彼女はアルを担いで大使館内の救護室へと歩き始めた。




アルちゃん「あ~、死ぬかと思った(全身打撲)」
ゴールドシップ「ひき肉になってても可笑しくないんだけどな。すげーな人体」

デビューは無事遅れた模様
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