俺は馬である。
走ったレースは僅差で負けてしまった。しかし、あの小柄な馬も全力で走っていた。
その馬をもう少しで抜かせそうだった。
しかし、最後の最後で足が鈍ってしまった。
理由はわかっている。
最初に騎手君と喧嘩をしてしまったからだ。あの時の俺は前へ、前へ、行こうとしていて、全身の力を使ってしまった。無駄な体力を使ってしまった。
出遅れたのも俺が集中していなかったからだ。いや変なことに集中してしまったからだ。
それに焦って、いつものように前に行こうとしてしまった。
今思えば、あそこで前に行ってたら、さらに体力を使って、最後は追い抜かれて終わっていたと思う。
それを騎手君が阻止してくれた。彼には解っていたのだろう。
ここで前に行ってはいけないと。
【申し訳ねえ……】
「やっぱり落ち込んでるなあ……ただ、前よりは元気そうだ」
最後の鞭を入れられたタイミングもよかった。
そして、俺は自分でもわからないほど加速する走りをすることが出来た。
練習でもこんな走りをしたことはなかった。
もしかしたら騎手君はずっと俺にこの走りをして欲しかったのかもしれない。
俺が先頭に立とうとすると、いつも減速させようとしていた。
アレは、体力を温存して、最後に決めてやろうぜ!という俺に対しての提案だったのかもしれない。
この間のレースでも、途中で俺の名前を呼んだのはよく覚えている。首を叩かれているのもわかった。
あれで俺は落ち着くことが出来た。
【申し訳ねえ、申し訳ねえ……】
感謝、圧倒的感謝。
俺は気持ちいい走りができた。
俺の勘違いでなければ、あの馬も全力で走っていた。
それを少なくとも捉えることが出来た。
高すぎる壁だと思っていたが、超えられないわけではないことを理解することが出来た。
これはあの走りのおかげだ。
鞭が俺に入った瞬間、不思議と俺はあの走りができた。
あの感覚は忘れない。
俺に気付かせてくれたのも彼だ。
これからは彼の指示に従おう。
次は負けない。
……まあミスをするときもあるだろうか、その時は助けてやろう。
相変わらず上から目線な時もあるが、少し変化することができたテンペストであった。
【というか体が痛い……】
―――――――――――――――
皐月賞から幾日が経過した後、騎手の高森は美浦トレセンに来ていた。
目的は来週騎乗予定の馬に乗ることだったが、テンペストに会いに来るのも目的の一つであった。
「テンペストの様子はどうですか?」
「走り終わった後は疲れていたようで、食が落ちていましたが、今は回復していますね」
厩務員に連れられて、鹿毛の大柄な馬が出てきた。
この間の皐月賞では513kgだった。1着のディープインパクトが444㎏であったので、70㎏近くの体重差があったことになる。
馬なんてみんな同じだろと思う人も多いが、それぞれに個性があったりする。
テンペストクェークは流星もないし靴下もない鹿毛の馬なので、一般人がサラブレッドと想像すると出てくるような馬であった。
目がクリッとした目ではなく、どちらかといえば目つきが鋭い方なので、気性が悪い馬?と勘違いされることもあるらしい。
今日は、美浦にある森林馬道でリフレッシュを兼ねた運動を行う予定だったので、自分が乗りたいと表明しての騎乗であった。
ゆっくりと整備された道を歩いており、時折馬の嘶きが聞こえている。
テンペストもリラックスしており、のんびりと歩いていた。
「相変わらず、一人だなあお前は」
ゼンノロブロイとの一件もあり、彼に近づこうとする馬はおらず、悠々と歩いていた。
彼はちょっかいをかけられるのが嫌なので、この状況を満喫していた。
「テンペスト~前はありがとうな~」
首元をさすってやると、軽く嘶いて反応する。
「はは、かわいいやつめ」
あれ以来少し心を開いてくれたような気がしていた。
賢くて大人しい。だけど頑固で強情。
それでも、少し人馬一体に近づけた気がしたのだった。
こういうことがあるから騎手はやめられないと考えていた。
午前中の調教が終わり、午後の休憩の時間になっていた。もちろん関係者は午後も忙しいのであるが、調教時に比べると緊張感は薄れていた。
藤山厩舎では、騎手の高森と厩務員の秋山、調教師の藤山が話し合っていた。
高森が馬房で彼に別れを告げるとき、いつもよりスキンシップが激しかったようで、服は破けるし、顔や腕では彼の唾液でべたべたになっていた。
「遊びたいだけなのか、俺に感謝しているのか、よくわからん」といっていた。普通、騎手は嫌われるものなんだけどなあと語っていた。あともう大人しい馬とは思わんとも言っていた。
「皐月賞だが、よくやってくれました。1着ではないのは残念ですが、相手が相手ですので。オーナーも喜んでいました」
「ありがとうございます。ただ、テンペストと最初に喧嘩してしまったのが体力を消耗させてしまったみたいです」
「見てましたが、完全に掛かっている馬を必死で落ち着かせる騎手って感じでしたね。1番人気、3番人気の出遅れ。そしてテンペストは掛かって騎手と喧嘩する。最初の直線のあたりは悲鳴が聞こえましたよ」
秋山もレースを見つつ、大丈夫かと思っていた。パドックでは少し元気がなかったので、どこにあんな元気があったのかと驚きもしたようである。
見事な出遅れをしてしまったが、ディープインパクトも躓いてしまったようで、スタート後はテンペストよりも後ろにいた。
ただ、物凄い遅れでもなければ、立ち上がったり暴れたりしたわけではないので、再審査になることはなかった。
「すいません。あれは私のミスでした」
「次からは注意してくださいね。ただ、あのあと、しっかりと彼と折り合うことが出来たのはよかったです。そして、最後の末脚も完璧でした」
「すごかったです。あんな走りは調教でも見たことがありませんでした」
藤山や秋山が驚くのも無理はなかった。
本番のレースで初めて見せた走りであったからだ。
体の重心が低くなり、前に前に加速していく彼の彼だけの走りであった。
「乗ってて怖いと思ったのは初めてです。ただそれでもディープには届かなかった」
「何度もビデオで確認しましたが、最後の最後に騎手が、テンペストが来るのを察知して、ディープインパクトを再加速させたようです。あれだけの馬に乗っているのに一切油断もなかったみたいですね」
こういう状況判断能力の高さも、天才が天才たる所以なんだろうと一同は思っていた。
「次も高森くんに頼むからよろしくお願いしますね。西崎オーナーからも君でお願いするとも言われました」
出遅れに、レース中に喧嘩、僅差の2着と、主戦騎手を外される可能性もあった。しかし、しっかりと折り合いをつけて走ることが出来た点を評価してもらえたことが、騎乗の継続につながった。
藤山は直接言わないし、高森も勘付いているが、弥生賞後から、彼に騎乗したいというアピールを受けていた。中にはリーディングジョッキーを獲ったことがあるような騎手もいた。
マナー違反ともいえるが、そんな甘い世界でもないのが騎手の世界でもある。
「ありがとうございます。次はやっぱりダービーですか?」
高森が藤山に聞いた瞬間、いつもの砕けた口調に戻り、渋い顔をして話し始めた。
「それなんだがなあ……やっぱり2400メートルはテンペストには長いようでね。ただ、出走する権利があるのにダービーに行かないというのもどうかと思うところもあるのよね」
東京優駿日本ダービー
全てのホースマンが目指すべきレースである。
当初の予定では日本ダービーを目指していたが、彼の適正距離が2400メートルに届かないことがわかったのである。父方の血統的には、マイルから2000メートルが適正ではあるが、彼は少しだけ長い距離も走れる体格、体力があった。それが逆に彼らを悩ませていた。
しかし、勝ち目がないからといって出走を諦めるというのもホースマンとしてどうかと思ってしまうのも事実であった。
「ダービーか……これも何年ぶりだろうか」
「そういえばそうだねえ。あの時は私も若かった……」
いや、少なくとも若くはなかっただろと2人は思っていた。
「まあ、オーナーとも相談して決めることだな。彼もダービーには興味もあるようなので。一応いろいろな選択肢があることや彼の距離のこととか、前例とかも話す予定だ」
「わかりました。自分もダービーで騎乗することを前提に準備を進めます」
こうして高森騎手がテンペストクェークに継続して騎乗することが決まった。
皐月賞から1週間後、4月下旬、東京のとある場所に西崎は来ていた。
出走間際以外で、調教師の藤山に呼ばれることがなかったため、何事かと思ったが、馬主初心者に藤山の知り合いの馬主たちを紹介したいとのことだった。
「うちに預けてくれる方々は零細の方が多い。だからこそ収支をプラスにしようとしている人たちです。今後馬主を続けていくのであれば、交流は持っておいた方がいいでしょう」
その言葉もあり、西崎は紹介された場所を訪れていた。
藤山調教師に紹介された馬主の方々は会社役員や経営者が多かったが、物凄いお金持ちといった人はいなかった。地方競馬の馬主をしているサラリーマンの人もいたぐらいである。
みな、ロマンと実利を両立して馬主をしているらしく、いきなり皐月賞2着馬となったテンペストクェークに興味津々であった。
多少嫉妬もあるようだが、純粋な興味の方が多かったらしく、購入時のエピソードなどを聞かれたのであった。
「私はあまり競馬のことはわかりません。ただ、父は日本ダービーと天皇賞を獲りたいといっていました」
「西崎オーナーの御父上は、よく私のところに馬を預けてくださったんですよ。馬主としては大成された方ではありませんでしたが、馬を愛していた方でしたね」
父のことを知っている人もいるらしく、彼は、生前の馬主としての父の話を聞いていた。みな、「人間としては超一流だけど、馬主、選馬眼は二流だった」と声をそろえて言っていたようである。
そして、西崎がこの場所にきたのは、馬主として知り合いを増やすためだけではない。今後のテンペストクェークの出走について、普通の馬主ならどんな風に考えているのかを聞きたいという気持ちもあったから参加したのである。
「テンペストクェークの次のレースは、日本ダービーを予定しています。ただ、先生の話ですと、距離がちょっと長すぎるようなんですね。それにディープインパクトもいますし……」
「西崎さん、自分の馬がダービーに出られるだけでもどれだけ幸運なのかをわかっておいた方がいいですよ。私なんか20年以上馬主をやってますが、一回も出走したことはありませんからね」
彼らから、ダービーは他のG1レースとは価値が違うと教えられた。
2002年に生まれた数千頭のサラブレッド達の頂点を決める闘いに参加できるのはわずか18頭。たとえビリでもダービーに出走できたというだけでも一生の思い出になる。それぐらいのレースである。
「一国の宰相になるより難しいといわれるほどのレースなんです。確かにディープインパクトは強いです。ただ入着するだけでも栄誉なんですよ」
「私は、馬の都合を優先した方がいいと思うかな。明らかにマイルまでしか走れない馬とかは出走しない方がいいかな」
あとはもう意見の出し合いだった。
西崎がわかったことは、ダービーがただのG1レースではないということである。
「藤山先生、テンペストはダービーを走れますか?」
以前、テンペストクェークの出走プランを聞いたとき、皐月賞から日本ダービーを走らせたいと要望していたのを思い出していた。
西崎は、その時の藤山調教師の顔を思い出していた。
「走れます。皐月賞の疲労も抜けていて、調教もスムーズに進んでいます。今のところ、脚部に不安はありませんし、体調も良好です。なので大きなトラブルがない限り、出走自体は問題ないです。ただ……」
「ただ?」
「距離が長いです。2000メートルくらいなら十分走れます。おそらく2200メートルも許容範囲内でしょう。ただ2400メートルとなると、最後は持たない可能性があります。」
「長すぎる、ということですね。新聞でそんなことが書かれていました」
「いえ、長すぎるわけではない、というのがちょっと厄介なんです。彼は素の能力が桁違いに高いです。それこそ、ディープインパクトと比べても引けを取らないレベルです。なので、200、300メートルくらいなら距離の壁を突破できてしまうかもしれないのです。そして、それは彼の競争生活を縮める可能性があります」
「そうなると、テンペストは無事に帰ってこられるのか心配になります」
「絶対は保証できません。ただ、G1レースは馬の消耗度が違います。強い馬が集まってくるので、限界を超えたレースをすることが多くあります。もちろん、限界を超えないように制御するのが騎手の役目でもありますが……」
「そうですか……」
「消耗という観点では、他のプランとして考えていた安田記念出走でも同じように消耗が激しくなります。こちらは古馬との激戦が予想されますので」
プランとしては安田記念出走や宝塚記念出走も考えていた(宝塚記念は投票順もあるし、賞金的に出走できるかわからない部分も多いというのも考慮している)。
3歳限定のマイル戦であるNHKマイルカップも考えたが、皐月賞から中3週間でのG1レース連戦は、さすがに3歳馬には厳しいということもあり、皐月賞に出走する時点で出走計画からは除外していた。
「あとは、このまま秋まで全休というのも考えられます」
札幌記念か毎日王冠からの天皇賞秋、マイルチャンピオンシップ。どこかでG1を勝てば香港もいけるのではと考えていた。
「そうですね。最初はダービーには出ないといけないのかな?とは思っていましたが、いろいろな視点があることがわかりました」
「わかりました。ただ、ダービーを目指すならそれに対応する調教をしていくので、早めにお願いします」
「わかりました」
こればかりは、藤山先生だけに決断させるわけにはいかないなと思った西崎であった。
テンペストクェークの次走は……
テンペストクェークの脚質や馬体のモデルにした馬がみなダービーに出ているんですよね。
勝ったG1レースが全部マイル~2000メートル前後の馬がです。
やはりチャンスがあるなら出したいっていうのがホースマンの本音なのでしょうかねえ……
ただ、自分が読んだ調教師の本では、G1レースは馬の消耗度が違うため、現時点では無理だと判断したら出走を見合わせたほうがいいとも書かれていたので、何とも言えないです。